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魔法もチートも無いんだよ?  作者: しょうゆ
1 ギスムントの鳥籠
2/22

2.

 「絶対、来い」


 なんなんだ……

 自分が出演するのを観に来いと言うイェスタは、俺様口調を崩さない。


 「って言うけどさぁ……ボッチで観に行くの? やだなぁ。夜だし 」

 「テルセラにエスコートさせる」


 テルセラさんは、このアパートの大家さんだ。

 彼は普段は王立騎士団で騎士としてのお仕事をしてる。職場も同じなので何かと話す機会も多い。

 彼も別の世界からここへ渡ってきた人だ。私よりも頭ひとつ分ほど高い背丈、ふさふさの、ゴールデンレトリバーみたいな尻尾が揺れる、獣人だ。

 あの尻尾……いつか絶対、触ってモフモフしたいんだけど、失礼かと思って言い出せずにいる。


 「うーん」

 「来ねぇと、マジで殺す」

 「……いやちょっと、イェスタ、武術のエキスパートでしょ。シャレにならないから」

 「テルセラには俺から言っておくから、6の鐘までに用意していろよ」


 ガッチリ念を押して、イェスタは帰って行った。

 少し厚みのあるチケットを、どうしたものかと裏に表に返しながら、私はテーブルに突っ伏した。

 「気が重いなぁ……」

 公演とかって、服装とかそういえばどうなんだろう。フォーマルな服は持っていない。

 イェスタはいつも強引だ。テルセラさん、迷惑じゃなかったかな。

 でも、人見知りな私には他に一緒に行こうと誘えるような友達も、まだいない。


 「どうしよう……」




 夕刻までグズグズと悩んで、結局、会場まで行って場違いだったら、理由を付けて帰ってこようと考えて、重い腰を上げた。

 幾分みてくれのいい服を見繕って出かける用意をしたら、丁度テルセラさんが迎えに来てくれた。


 「テルセラさんごめんね。なんか、イェスタがムリに頼んじゃったんじゃ……用事とか、無かったですか? 」

 「何を仰います。イェスタ様の依頼ですし、ハルカ様とご一緒できるのは光栄ですよ」

 うは。道端で騎士の礼をとるのはやめてください。その辺の歩行者の皆さんの視線が、かなり恥ずかしいです。


 乗合馬車を使うほどの距離でもないので、徒歩で向かう。

 スッキリと背筋の伸びたテルセラさんは、異界人だけど堂々としてて格好いい。

 治安は良い地域だけど、日も暮れかけて、確かに一人で歩くには心許ない。イェスタがテルセラさんに一緒に行ってくれるように頼んでおいてくれてよかった。

 

 公演は大学構内ではなく、漁港のずっと外れの方の海岸線にある劇場だ。古い闘技場跡を改築して造られた建物は、古代ローマの円形闘技場そっくりだ。

 もしかするとだけど、地球から来た職人とかが、こっちの世界に技術を伝えたとか、若しくはこっちの世界の人が地球に渡ったんじゃないかとか、そんなことを想像してしまう。


 石造りの巨大な建物が日暮れにシルエットとなっている。

 ガスを使っているのだという。長い棒を使ってポツリポツリと街灯に器用に火が点されていくのを横目に、ゆっくり石畳を歩く。昼間のように子どもの姿は無いが、道の向かいからは軽快な音楽や露店のざわめき、すでに飲んでいるのか陽気な騒ぎ声。


 開演時間が近くなって、続々集まってくる人波。

 どうやら私みたいな異端者が1人ぐらい混じっていても、悪目立ちはしないような気がしてきた。

 特に、ドレスコードも無さそうだし、世代も種族も多岐にわたる人々が劇場に向かって笑いさざめきながら目の前を過ぎていく。

 すぐ隣にテルセラさんがいてくれるのも心強い。

 

 「はぐれるといけませんから」

 どうぞ、と差し出された腕にすがって、キョロキョロしながら会場へと向かった。


 チケットは、関係者用の指定席だったらしい。

 私は黒髪に黒い目の、ここではちょっと浮いた変な出で立ちだし、テルセラさんに至っては獣人だ。なのに、チケットをみせると丁寧に係員に席まで案内された。

 場違いじゃないだろうかと周囲を気にして気後れしながらおずおずと席に腰を下ろす。なんで、テルセラさんは堂々としてるのに、私はこんなに卑屈なんだろう。


 空には小さな赤い月とそれより一回り大きな黄色い月が見えている。薄く雲が出ていてボンヤリしている。会場に雨が降ったらどうするんだろうと思ったが、見上げると上空には大がかりなロープが張り巡らされていて、そんなときには大きな帆布で屋根がつくられるみたいだ。


 この町に流れ着いたばかりのときには、よく後ろ指をさされたものだ。金や青、緑、はたまたピンクなんていうキレイな髪の褐色の肌の人たちの中で、黒い髪はよく目立つ。フードをかぶって隠すのが習慣になってしまった私に、イェスタはいつも「隠さねぇで出してろ……キレイなんだから」と言ってくれる。

 職場でも、言葉のよくわからない私にとっても良くしてもらってる。上司のギャレイさんも、同僚のクカさんもケーラさんもロクシナムさんも、右も左もわからないのに丁寧に教えてくれる。

 だけど。

 それなりに異界の人に理解がある町なのだろうけど、それでも、浮いている異端者に冷たい罵倒を浴びせる人はいる。その時のことを思い出して暗澹たる気持ちになる。


 もう、考えたって仕方がないのだけど。

 帰ることが出来るなんて見込みもない。突然会えなくなってしまった故郷を思い出して胸が苦しくなる。

 明るいけどちょっと泣き虫な母、やんちゃでしょっちゅう怪我をするけど私よりずっと出来のいい弟。時間の流れが同じなら、たぶん今頃は高校受験だ。優しかった祖母。幼なじみの友達や同級生、部活動の先輩。行きつけの美容院のおばちゃんや近所の顔見知りの人たち……

 いろんな思い出が一気に溢れて、ざわついた会場の中、ひとりぼっちの自分を痛いほど感じた。

 いかん。ちょっと涙腺が。

 あわてて顔を上げて目をしばたいた。


 どうしよう。やっぱり帰ろうか。

 でも、折角来てくれたテルセラさんにも悪いし。

 席を立つにも勇気が要る。悶々としているうちに開演のラッパが吹き鳴らされてしまった。

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