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第九話 道具か信頼か

 私の家から見て毎月通っている病院の手前に、トレイターズに襲撃された偉多川商科大学のキャンパスはある。

 私たちがフライハイで駆けつけたときには、既に警官隊がトレイターズと戦っていたが全く歯が立っておらず、次々とショットで行動不能にされていく。

 その中の一人がファイヤー・ブレードで殺されそうに――、


「プロテクト・ガードぉ~っ」


 間一髪でほのかちゃんが防いだ! さすがだ!

 着地し、


「警察の皆さん、ここは任せてくださいっ!」

「き、君たちは報道にあった魔法少女の……ありがとう……しかし、我々も!」

「魔法が使えないんじゃ、足手まといですよ~。早く撤退してください~」


 ほのかちゃんに促され、警官隊は助け合ってこの場をしぶしぶ去り始めた。

 トレイターズもそれを邪魔しない。やはり、ねらいは私たちなんだ。


「来たな、マジカルガーディアンズ。この人数を前に来るとは、見上げた度胸じゃないか」


 前回も来た、確かフランコという名前の小男が余裕たっぷりに言う。


「カルロの旦那も応援に来てくれた。お前らに勝利は一切ないね」


 ずい、と金髪のオールバックで碧眼に、黄色いスーツを着た大男が前に出た。身長百八十センチメートルを優に超えていると思う。


「オレがカルロだ。お前らが散々、転移魔法実験の邪魔をしてくれた連中か」


 カルロは子供でも容赦なくひねり殺しそうな邪悪な笑みを浮かべ、


「ク、ク、ク……クハハハッ。オレは強いやつが好きでね。強ければ欲しいものは何でも手に入るだろう? 素晴らしい世界の摂理だ。フランコが言うには、お前らは強いし、黒いのはなんと統合魔法の使い手だそうだな。どうだ、お前らもオレの部下にならないか? そうすれば、豪華で贅沢な暮らしが手に入るぞ?」


 本気で言ってるのか? とてもそうは思えない。裏があるというか……。


「あんたたちトレイターズなんて、信用すると思ってるのかしら?」


 アーニャちゃんが侮蔑するように言う。


「信用ね。世界で最もくだらない言葉だな。……その通りだ、お前らには奴隷刻印魔法を施したうえで部下になってもらうつもりだ。そうすれば、そら、道具として信用できるからな。クハハッ」


 トレイターズの構成員たちがつられて笑いだす。


「奴隷刻印……禁呪よ、それ。奴隷はクレス様が解放して以来、世界的に禁止されてるわ!」

「オレたちがルールに従うとでも? クハ、クハ、クハハハッ!」


 邪悪とはまさにこのことだな。


「レッド、話すだけ無駄だと思うよ~」

「そうね、さっさとやっちゃいましょ! 一人当たり十人くらいのノルマね!」

「誰が多く倒せるか、競争だねっ!」

「言うじゃない、シルバー!」


 カルロは邪悪な笑みを浮かべたまま、


「おやおや、勝てる気でいるのか。ま、いいさ。力づくで手に入れてやる。今までもずっとそうしてきた……! やれ、野郎ども。クイック・シャドー・ストロング」


 カルロの体から黒い魔法力が放たれ、構成員たちの影に吸い込まれていった。瞬間、構成員たちの体の周りにそれぞれの魔法力が噴き上がる。


「カルロの旦那の強化魔法は最高だぜぇーー!」

「斬り刻まれるのが良いか、それともハチの巣になるのが良いか? だ!」

「ハッハァーー、慰み者にしてやるぜ!」


 口々におぞましいことを言う構成員たち。

 でも、それを前にしても、私たちの自信は揺るがなかった。


「通常の強化魔法と出力がけた違い……反動で対象の寿命を削ってるわね」

「よくわかるな、赤いの。奴隷になったら、お前らにも使ってやるぜ」

「お断りよ……! どうしてそこまで!」

「力があれば、何でもできるだろ。なあ、お前ら!」


 うおおーーっと雄たけびを上げる構成員たち。

 寿命を削るだなんて、部下も道具としてしか見ていないんだな!


「「「クイック・ムーブ」」」


 こちらは三人ともまずクイック・ムーブを使う。


「定石だな。それで、どうする? 逃げるのか? 言っとくが逃がしゃしねえぜ」


 カルロが嘲るように言う。


「どうするって……? リミット・ストライク!」


 以前と比べて恐ろしく速さと強さの上がった限定魔弾を撃つ。

 狙った構成員の一人は避ける間もなかったようで、たやすくアーティファクトを破壊した。これでまず一人だ。


「な、ななな、なんだ今のは?! データと全然違う!」

「カ、カルロの旦那……どうすれば……?」


 トレイターズに動揺が走る。

 カルロの顔から笑みが消え、


「怯むな! お前ら、一斉にかかれ。まさか、このオレよりも奴らの方が怖いなんてこたぁねえだろう?」


 カルロが一喝した。この人だけは動揺していない。油断ならないのは、この人だけかな。

 構成員たちはにじり寄った後、


「うああーーっ!」


 と、叫び声を上げながら襲い掛かってきた。

 私たちはリライアンス・ユニオンによって統合魔法特性も共有できているので、三人とも複数魔法同時起動ができる。だからまず接近戦用にそれぞれ得意な属性のスピアとプロテクト・シールドを展開し、さらに駆け寄ってくる構成員のイリーガル・アーティファクトに向けてリミット・ストライクを雨あられと撃ちまくる。儀式のおかげで、ほのかちゃんとアーニャちゃんもリミット属性を使えるようになったのだ。

 以前は二~三個しか瞬時には同時起動できなかったが、リライアンス・ユニオンの影響下の私たちは十数個の同時起動がたやすく行えるようになっていた。


 限定魔弾がさらに五人のイリーガル・アーティファクトを破壊した。これで六人。

 相手が動いているので外れたリミット・ストライクも多かったが、再び相手を動揺させるには十分だったようで、各ブレードで斬りかかってくる動きは精彩を欠いていた。自分が素早くなったのもあり、たやすく避けたり受けたりできる。

 相手の攻撃は簡単に避けられる一方で、こちらの攻撃は相手を圧倒していた。いける!


「死んでもらうぜぇ!」


 前回も戦ったスキンヘッドの大男、ヤコポがファイヤー・ブレードを振り上げ、鬼気迫る表情で襲い掛かってくる。

 だが、遅い。

 相手のファイヤー・ブレードに右手のサンダー・スピアを叩きつける。ブレードは粉砕された。


「なっ……ひっ……」


 ヤコポはあまりの威力に怯えてしまったようだ。自分でもこれほどまでに強くなっているとは思わず、少し驚いた。


「リミット・ストライク!」


 ヤコポの腕輪型イリーガル・アーティファクトだけを破壊し、バインドをかけて無力化する。

 ほのかちゃんやアーニャちゃんも別々の構成員を相手にして、同じように圧倒しているのを横目でとらえながら、次の相手と定めたモヒカンの大男――前回も来たウーゴだ――に突進する。相手も気づいてアイス・ブレードで迎撃しようとするが、サンダー・スピアの一薙ぎで砕け散る。そのまま同じようにリミット・ストライクを撃とうとした瞬間、怖気が走りプロテクト・ガードを後方に張った。

 轟音と共に、プロテクト・ガードに当たった黒いショットが霧散する。


「良い勘してるな、お嬢ちゃん。ますます部下に欲しくなったッ」


 カルロだ。

 さっきの一括といい、今回の着弾音からしても、この人は他の構成員とは一味違いそうだ。


「不意打ちなんて、卑怯だよっ」

「ほざけ。戦場でそれが何の役に立つ?」


 見れば、既にカルロは自らにもクイック・シャドー・ストロングの力をまとわせている。


「助太刀するぜぇ、カルロの旦那!」


 ウーゴとカルロに挟み撃ちの格好にされてしまった。少しだけまずいかもしれない。

 と、そこへ、


「雑魚は任せなさい、シルバー! カルロに集中して!」


 アーニャちゃんがウーゴをファイヤー・スピアで刺突し、注意を引き付けてくれた。そのまま離れていく。


「チッ、まあいい。お前が報告にあった本来の統合魔法使いだな? 黒いの。新たな統合魔法の使い手はこの手で倒してみたいと思っていた。本当なら英雄クレスと戦ってみたかったんだが、それは叶わぬ話だからな。お前に勝って統合魔法を従えれば、この世が手に入るだろうしなあ」


 負けたら、この世が……。絶対に負けてはならないと感じた。


「……勝ってから言ってよねっ」

「ああ、そうさせてもらおうか」


 瞬間、カルロがシャドー・ブレードを顕現させ、斬りつけてきた。見えない動きではないが、避けられるほどでもない。サンダー・スピアで迎撃する。

 轟音とともに激突する二つの魔法。しかし、シャドー・ブレードは砕けなかった。

 そのことに少し驚く。


「おやおや、部下より俺の方が弱いとでも思ったか?」

「そうは……思ってなかったけどねっ」


 つばぜり合いのような押し合いが続く。


「ふん。それ、リライアンス・ユニオンだな?」


 今度は本当に驚いた。それが答えを教えてしまったようだ。


「短期間に力を上げる魔法はそう多くない。しかも非合法なものを使わず、その代わり統合魔法があるとくれば……な。そうとわかりゃあ……お前さえ潰せば、オレらの逆転勝利ってわけだ」

「そんな……どういうことなんだよっ」


 言いながら、シャドー・ブレードを弾き返して距離をとり、ショットを十二弾撃つ。これならどうだ!


「英雄クレス伝説は、クレスの死で終わる。そして、リライアンス・ユニオンで繋がっていた仲間は、クレスの死によって統合魔法を使えなくなるのさ。つまり、お前さえ無力化すれば、あいつらも無力化したに等しい」


 私に恐怖を与えるためだろう、カルロはリライアンス・ユニオンの弱点をとうとうと解説しながら、私のショットをシャドー・ブレードで器用に弾いていく。


「私が負けなければいいっ!」

「さて、そう上手く行くかな? シャドー・ガトリング・ショット!」


 カルロの前に二重の魔法陣が現れたかと思うと、後ろの魔法陣がぐるぐると回転しだし、ショットが連続で雨あられと放たれる。


「プロテクト・ガード!」


 避けきれないと判断した私が守りの一手を使った隙に、カルロはこちらに突進、シャドー・ブレードで斬りかかってくる。

 さすがに一連の攻撃をすべて受けたら、プロテクト・ガードも耐えられないかもしれない。

 ……出し惜しみはダメだ。


「サンダー・ダブル・スピアっ!」

「むっ!」


 プロテクト・ガードを、ガトリング・ショットを受け終えるタイミングで消し、二本の雷の槍を同時に顕現させ、ふるう。カルロの斬りかかりを片方で受けながらもう片方で彼の胸元で火花を散らしている細いシルバーのチェーンを巻き付けてある青い万年筆型のイリーガル・アーティファクトを狙う。

 避けられる。でも、諦めない!


「諦めろぉっ!」


 クロが叫ぶ。でも、相手にしない。私を信じてくれた皆のためにも、今、負けるわけにはいかないんだ!

 カルロが距離をとろうとする。でも、


「逃がさないよっ! プロテクト・ガード!」


 カルロの背中に貼り付くような位置に魔法の壁を作り、後ろへ行けなくする。ドン、とカルロはプロテクト・ガードに衝突する。


「なっ」


 一瞬の隙をつき、


「リミット・ストライク!」


 カルロのイリーガル・アーティファクトを撃ち抜、


「危ない! シルバー!」


 アーニャちゃんの声にとっさに反応し、体ごと後ろへとっさに跳ぶ。狙いが外れ、リミット・ストライクは明後日の方向へ飛んで行った。もう少しだったのに!

 そして、私の体のあったところを、大きな魔弾がかすめ、カルロの動きを止めるために先ほど張った即席のプロテクト・ガードを砕いていく。カルロはそのまま距離をとった。

 いったい、何だろう?!

 横目で見ると、アーニャちゃんと対峙している構成員の手には、見慣れない不格好な異物のついた銃のようなものが握られていた。後から大きな部品をごてごてとつぎはぎしたような印象を受ける。


「イリーガル・ナチュラル! こんなものまで用意してきたとはね……!」


 アーニャちゃんが叫ぶ。

 ナチュラル。確か、人間の魔法力ではなく自然魔法力を使って動く便利な魔法の道具だったはず。それの違法なものか。


「イリーガル・アーティファクトみたいに、出力を上げる無茶な改造をして……さらに武器にしてあるってこと?!」

「そうみたいね! でも、あたしに任せといて! あれは自然魔法力の集束に時間がかかるタイプみたいだから……!」


 言うが早いか、アーニャちゃんはファイヤー・スピアを構えて突進しながらリミット・ストライクを撃ちまくる。


「ひっ、ひっーー!」


 構成員が撃ち返した普通のショットはたった二発。その全てをアーニャちゃんはシールドで弾いて、接敵するころには勝負は終わっていた。

 相手のイリーガル・アーティファクトとイリーガル・ナチュラルは両方とも破壊された。


「さて、これで残るはカルロさんだけだね~」


 余裕の表情でほのかちゃんが合流する。


「うん、もうイリーガル・ナチュラルも残って無いわ」


 アーニャちゃんが探知魔法のように見えるもので示してくれた。


「チッ……使えない野郎どもめ」


 カルロが吐き捨てるように言う。


「認めるぜ。お前らは強い。クハハッ……だが、オレの方がもっと強い! シャドー・カノン!! うおお……っ」


 唱え終わったカルロの口からは血が。血を吐きながら、壮絶な笑みを浮かべている。

 一拍遅れて、ショットとは比べ物にならない、カノン――大砲――と言う名にふさわしい大きさの魔弾が恐ろしい速度で襲い掛かってきた!

 手持ちの攻撃魔法で迎撃できる威力ではない! とっさに避けた瞬間、カルロがシャドー・ブレードで斬りかかってくるのが見えた。こっちは受けられる!

 サンダー・スピアで攻撃をはじき返し、


「ワンパターン……だねっ」

「どうかな? コントロール・シャドー・エクス……」


 凄惨な笑みを浮かべるカルロ。まだ奥の手があるのか!

 魔法を使うときの人為的な魔法力の流れは以前から感じてはいたが、こんなものすごい勢いの流れは初めて感じる!

 これは……マズい!


「二人とも、プロテクト・ガードを全力で張ってっ!!」


 プロテクト・ガードを何枚も全力で自分の周囲に張り巡らせる。ほのかちゃんとアーニャちゃんもそうしてくれた。


「無駄だ……エクスプロージョン!!」


 黒い大きな爆発が目の前で起こった。魔法力を何重にも張り巡らせた防御魔法に全力で注ぎこむ。

 外側のプロテクト・ガードが四枚割れ、雲散霧消してしまった。

 でもそれ以外の、内側三枚のプロテクト・ガードは無事で、私は何とか生き残った……みたい。

 カルロは……? 辺りを見回す。

 黒い爆炎が無くなると、目の前には立っているのもやっとのカルロがいた。黒い魔法力も消えている。

 しかし、爆発の影響のダメージには見えなかった。

 コントロールと言っていたし……想像だが、リミットと似たような方法で、自分以外を爆破したのだろう。彼が消耗しているのはおそらく爆発の影響ではなく、魔法力の使い過ぎだろう。

 地面はえぐれ、周囲の建物のガラスも割れてしまっている。夜で学生がほぼいないのが救いだろうか。

 とはいえ、許せない。


「今のを……耐えるとはな……」


 カルロはよろけ、地に手をついて四つん這いになる。


「クソ……立てねぇ」


 勝負はついた。


「……無茶苦茶な強化魔法を使うからよ」


 アーニャちゃんが諭すように言うと、


「うるせぇ。……殺せよ」


 私たちは頷きあい、


「殺さないよ。リミット・ストライク」


 カルロの青い万年筆型のイリーガル・アーティファクトを破壊して、無力化した。

 そしてふと思った。

 統合魔法抜きでこれだけ強いんだから、もしもトレイターズが利用する関係ではなく信頼関係で結ばれていたら、負けていたのはこちらだったかもしれないと。



 二十九人全員をバインドで拘束し直している間に、ナリユキさんからテレラインが来た。


『無事で良かった……一時はどうなることかと思ったけど……本当に無事でよかった!』

「ありがとうございます!」


 通信の向こうで泣いているのがわかる。良い人だな、本当に。


「チッ……このオレが負ける日が来るとはな。今日は厄日だ。で、どうする気だ?」

「こっちの警察に逮捕されてもらうよ~。アーティファクトさえなければ、科学界の人間と変わらないし~、やったことが酷すぎるからね~」


 戦場となった偉多川商科大学は散々な状況になっていた。窓が割れているだけならまだいい方だ。流れ弾の被害もあるし、最後のエクスプロージョンの影響が甚大だ。これ、直すのにいくらかかるんだろう?


「罪を償ってもらうよ~」

「そうか、残念だったな。もう間に合わん」


 カルロは薄笑いを浮かべた。


「? 何が~?」

「クハハハッ! またな、マジカルガーディアンズ!」


 トレイターズ達は光に包まれたかと思うと、消えてしまった。


「しまった、トランジションだよ……! すっかり忘れてた! 前回もこれで逃げられたのにっ! またたくさん来たらどうしよう?!」


 私は焦りを感じた。しかし――、


『いや、これで良いんだ』

「えっ? どういうこと、名無しおじさん?」


 まんまと逃げられたのに、何が良いんだろう?


『説明するよ。確かに、事前に準備しておけば自在魔法で転移妨害魔法は作れたかもしれない。でも、妨害を一生使い続けるわけにもいかないよ。まず、倒れて死んでしまう。それだったら、あえて帰らせることで――』

「帰らせることで?」

『前回逃げられた時のデータと、今回のデータを突き合わせることで、三角測量のようにして、トレイターズのアジトの場所がわかる……、というわけさ。奴らをつぶし、僕のことを助けるには、魔法界の警察にアジトの場所と奴らの悪行を知らせればいい! アジトの場所を転送しておくよ』


 以前本で読んだ知識では、確か三角測量というものは、地上に三角形を作って一つの辺の長さとその辺の両端の角の角度がわかっていれば頂点の位置や残りの辺の長さがわかるんだっけ。

 今回は、二回現れたトレイターズの位置を結んだ一辺と、後はおそらく彼らが帰るのに使用したイリーガル・トランジションの行き先データを使用して角度を割り出したのだろう。

 割り出す頂点は行き先の、トレイターズのアジトだ。

 魔法界と科学界は重なり合うようにして存在する異界なので、座標を共有できる。だから可能なことだ。

 そのことを確かめてみると、その通りとの返事があった。


「受信したわ」


 アーニャちゃんがアーティファクトを掲げる。


「でも、アジトの場所が分かったのは良いけど、私たち魔法界に行けないし、通信もできないんじゃありませんでしたっけ……?」


 実力が足りなくて……。


『いや、今の君たちならできるはずだ。リライアンス・ユニオンの影響下にある君たちは、魔法出力も精度も格段に上がっているからね。問題は術式だが、今のシルバーなら自在魔法でトランジションも作れるのではないかな?』


 あっ、そうか。


「確かに、今は自信満々ですっ!」


 クレス様のように魔神を倒せと言われたら自信は無いけど、トランジションくらいなら……!


『行方不明だったレッドと一緒に行けば信憑性も増して、きっと警察も力になってくれるに違いない!』

「そうね、良い考えだわ! ああ、やっと帰れるかもしれないのね……」


 アーニャちゃんの目じりにはうっすらと涙が光っていた。辛かったろうな……。


「じゃあ、さっそく作ります!」

「頼んだわよ、シルバー! 上手く行ったらわかるように、サイレントモードは解除しておくわ!」


 頷いてから、目を閉じて集中する。

 本来のトランジションはSFのお話に出てくるワープのような魔法だ。ワープは確か、空間の歪みやワームホールを利用しているとかお父さんが昔一緒にSF映画を観たときに言っていた。

 ワームホールは時空のある一か所から別の離れた一か所へとつながっているトンネルのようなものだ。

 穴がある、と考えればこちらの方がイメージしやすいのでワームホールを起点にして考える。


 普通のワームホールが異世界の魔法界につながったりするかどうかまでは知らないが、逆に言えばそこがポイントだ。私のトランジションで作るワームホールは、科学界と魔法界をつなげるトンネルだ。最初からそう設定してしまえばいい。なんだそれと思うかもしれないけど、統合魔法とはそういうものなのだ。力の上がった今、こうして目を閉じて統合魔法を使おうとすると、何か、世界の深いところとつながっている感じがする。だから、簡単にいろいろなことができるのかもしれない。


 魔法界と科学界をつなぐトンネル。それは一つだけだ。二つの穴がつながっているのではなく、一つのトンネルを作り出す魔法――。


 アーニャちゃんの言っていた、ナリユキさんのイトカワ理論によれば、魔法界と科学界は同じ星にある、重なり合うように存在する異世界である。ならば、今いるこの科学界の座標を基準にして魔法界の同じ座標につながるトンネル、いやそれだと厚みが無いからやっぱり見た目はホールやゲートなのかな。イメージとしては、リング状のゲートをくぐったら既に魔法界にいる感じだ。

 ただ、より便利になるようにつなぐ魔法界の座標と科学界の座標が違っても問題なくつながるよう、最初のトンネルのイメージも同時に組み込んでおく。


「自在魔法作成、『ワールド・トランジション』!」


 リライアンス・ユニオンを作ったときと同様、疲れのような感覚と共に魔法力が消費されていく。


『術式:ワールド・トランジションを登録しました』


 世界をまたぐトランジションだからワールドをつけたんだけども、どうやら上手く行ったみたい!


「やったわ! シルバー、ありがとう!」


 アーニャちゃんが私に抱きつきながら言う。


「えへへ……上手く行ったよ」


 これでアーニャちゃんもお父さんとお母さんの元へ帰れるんだね。


『成功したようだね。トレイターズが科学界に手を出していた証明もできるように、三人で魔法界へ行ってくれると嬉しい。それと、以前も言ったように僕からの通信は魔法界には届けられない。だから、ここでいったんお別れだ。きっと再会できると信じているよ。こんな通信越しじゃなくてね』

「はい、名無しおじさん!」

『ああ、そう呼ばれるのもきっとこれで最後だね。じゃあ、通信を切るよ。幸運を祈る!』


 ナリユキさんとのテレラインが途切れる感触がした。


「よーーっし、行くよ、皆!『ワールド・トランジション』!」


 空中に光り輝く大きなリングができて、その中には見慣れない欧風の景色が見えた。きっとこれが、アーニャちゃんの故郷なんだね。

 ちなみに、魔法界のどこへつなげばいいかわからなかったから、今回はこちらと同じ座標を使用している。


「よし、マジカルガーディアンズ、魔法界へレッツゴーよ!」

「本物の魔法の国なんて楽しみ~」


 ほのかちゃん余裕だな。やっぱり、頼りになるなあ。

 私たちは、ワールド・トランジションのリングをくぐり抜け、魔法界へと降り立ったのでした!

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