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第八話 信頼から生まれる勇気

「サンダー・ダブル・スピアっ!」


 私は両手に一本ずつ、雷の槍を顕現させる。


「良いよ~シルバー! 成功だよ~!」

「少しは対抗策になるかなっ?」

「わからないけど、できることは増やすべきだわ」


 あれからもう一週間以上が経つというのに、いまだにマフィア・トレイターズたちは現れない。

 私たちはというと、早朝魔法トレーニングを欠かさず熱心に行っていた。早朝以外もやりたいところだが、いつトレイターズが現れるかわからないため、魔法力の使い過ぎも禁物ということでもどかしい。


「ケッ、無駄なあがきだ」


 クロが嫌味を言う。クロはともかくとして、一週間も間が空いていることに逆に恐怖をあおられていた。


「じゃあ、次はプロテクト・ガードを複数魔法同時起動してみよう~」

「うん、やってみるよっ!」


 それぞれの得意分野をのばそうと、例えば私の場合は複数魔法同時起動や自在魔法の練習をしてはいる。でも、正直焼け石に水で決定打に欠けている。自在魔法も今の私ではそんなに強力な攻撃魔法を作れないし、魔法そのものは少しずつうまくなっている実感はあるものの、そんな程度では大勢のトレイターズに勝てる気がしないのだ。


『皆、無事かい?』


 ナリユキさんだ!

 この一週間、ナリユキさんとのテレラインは、繋がる時もあれば繋がらない時もある。

 私は展開していた三枚のプロテクト・ガードを終了した。


「名無しおじさん、何か強い攻撃魔法とか持ってないですかっ?」

「あっ、そうよね、名無しおじさんに新しい魔法の術式をもらって使えるようになれば、何とかなるかもしれないってわけね!」

「そうそう、何かないですかっ?」


 ワラにもすがる思いだ。しかしナリユキさんはワラではなく、今までも的確なサポートをしてくれている。正直、期待大である。

 しかし――。


『ごめん、戦闘用魔法は数えるほどしか持ってなくてね……だからやすやすと拉致されてしまったわけで。今までに転送した分で全部なんだ。学校や大学のカリキュラムで学ぶ程度のものしかなくて。助かったら色々と学ぼうと思っているくらいで……すまないね』

「そう……ですか」


 ショックだ。最後の頼みの綱が切れてしまった。


「それは仕方ないとして~、名無しおじさん、リフレクト・メンタルの心の姿について詳しかったりしないですか~? 見えてると思いますけど、シルバーの服が白メインから黒メインに変わってしまったんです~」


 あっ、そうか、それもあった。忙しさと恐怖で忘れていたけど、この姿も気になるところだ。別に変な恰好ではないし可愛いとは思うけど、こと心のこととなれば話は別だ。


「私、持病があるんです。その悪化の前兆だと困るんですけど……」

「前兆も何も、手遅れだ! ヒヒヒ」


 クロは無視する。


『安心してほしい、病気の前兆で変わるだなんて聞いたことがない。病気であまりにも長い間苦しんで結果として変わることはあっても、まだ悪化していないのに心だけ変わるなんてありえないさ。それよりも、きっと突然戦い始めたことによる心境の変化が原因じゃないかな?』

「そうですか……少し、ホッとしましたっ」


 その後は他に聞くこともなかったのでテレラインをやめ、時間になったので解散した後に高校に登校した。非常時なのだから休んでも良いような気はするが、心が日常的な生活を求めていたのでそれに応えて普段通りのカリキュラムをこなしている。……朝のように、早朝魔法トレーニングなど魔法関係のこともしてはいるのだが。


 そして、その昼休み。

 私とほのかちゃんは昼食を食べながらワイヤレスステレオイヤホンを分け合って片方ずつ着けて、一つのスマホの画面を一緒に見ていた。誕生日の夜に私が変身ポーズをとった十一年前のアニメ『ミラクルドレスアッププリピュア』を月額制の有料動画配信サイトで観ているのだ。

 トレイターズが来た次の日の放課後に私の家で開いた観賞会が始まりで、三人してハマってしまった。

 こうして毎日観ているのはマフィアに襲われる恐怖からの現実逃避でもあったが、同時にプリピュアから勇気や前向きさをもらう行為でもあった。

 今頃アーニャちゃんも、当時録画してダビングしたディスクを使って家で観ているはずだ。

 家に帰ると、いつもその日観た話の感想を言い合うことになる。それは恐怖の続く日々の中のかすかな安らぎだった。


「プリピュアは前向きでいいよねっ」

「そうだよね~、わたしたちも元気出さなきゃね~」

「そうだねっ」


 思い出す。入院していた時や退院後のいじめに苦しんだ時、私はプリピュアを観ていた。

 あの頃もそして今も、現実の辛さをプリピュアが癒してくれているのだ。一話見終えるごとに、よし、頑張ろう、と明るい気持ちにさせてもらっていた。プリピュアは、私にとって永遠のヒーローなんだ。

 魔法瓶水筒から紅茶をついで、飲む。温かい。


「ひまりちゃん、それ、あの時のアールグレイ~?」


 ほのかちゃんの言うとおり、この紅茶はボルトンプラザのルピスアで買ったもので、早朝魔法トレーニングの後に淹れたものを、水筒に入れて持ってきたのだ。特徴的な香りが鼻をくすぐる。


「そうだよっ、香りでわかった? ほのかちゃんも飲む?」

「うん、それじゃあ、一口だけ~」


 コップにもなるフタにアールグレイの紅茶を追加で注いで渡す。


「うん、良い香り~。ありがとう~」

「どういたしましてっ」


 トレイターズなんか来ないで、こういう平和な日常が永遠に続けばいいのになあ……。はぁ、とため息をついた。



 夕食を食べ終わり、私の部屋でアーニャちゃんと一緒にラインでビデオ通話を始める。相手はほのかちゃんで、内容は明日の早朝魔法トレーニングで何をするかだ。

『明日は自在魔法を色々試そうよ~。何か進展するかも~』

「うんっ、頑張ってみるよ!」


 その時、アーニャちゃんの髪飾り型アーティファクトからアラームが鳴り響いた。


「……アーニャちゃん、トレイターズ?」


 アーニャちゃんがアーティファクトを操作し、空中に映像を投影する。


「みたいね。反応は……二十九個。単純に考えて二十九人も転移してきた、ってこと」

「そんな」


 前回は三人相手にギリギリの勝利だったのに、今度は二十九人? およそ十倍だ。付け焼刃のトレーニングで勝てるわけがない。

 絶望で目の前が真っ暗になる感じがする。


「あたしが行くわ」

「えっ、アーニャちゃん、無茶だよっ」

「あたしが行って、後の二人は死んでしまったと言えば被害はあたしだけで済むかもしれないわ。これは元々魔法界の問題なんだし、ね」


 アーニャちゃんは悲壮な顔でそう言うが、そんな人身御供みたいなこと、できるわけない。


「ダメだよ、アーニャちゃん。私も行く。仲間でしょっ」

「ひまり……」

『わたしが合流するまで、少し待って欲しいな~』

「……ほのか……ありがとう、二人とも……」


『三人とも、ダメだ。行くんじゃない』


「名無しおじさん!」

『いいかい、勇気と蛮勇は違う。このまま行っても無駄死にだ。そんなことは大人としてさせるわけにはいかない。僕はそんなこと、望んでいない!』


 ナリユキさんは涙ぐんだ声でそう言った。まだ会ったこともないのに、良い人だと思える。


「でも名無しおじさん、このままじゃ科学界の被害は増える一方よ!」

『このまま君たちが行っても、被害が三人分増えるだけだよ。せめて策が無ければ、行くべきじゃない』


 冷酷なようだけど、現実はその通りかもしれない。


『策か~、ゲリラ戦とかどう~?』

『君たちの手持ちの魔法ではあっという間に見破られる。ダメだ』

『ハイド・スタイルは近寄らなければバレないんでしょ~? 遠くから撃ちまくれば~』

『ハイド・スタイルが魔法使いに効かないのは、人為的な魔法力の流れからバレるためだ。そんなものを垂れ流している状態で、探知の魔法を使われれば、逆に居所を教えているようなものだ』

『……なるほど~。でも、とにかく合流するね~。今から自転車でひまりちゃんち、行くから~』

『そうか。トレイターズに見つからないようにね』

「ほのかちゃん、気をつけてねっ!」

『魔法さえ使わなければ普通の人にしか見えないから、大丈夫でしょ~。じゃあ、また後でね~』


 ほのかちゃんはラインのビデオ通話を切った。恐らく、大急ぎで準備してこちらに向かっているのだろう。


「真正面から行くとしたら、あたしやほのかの魔法出力が、ひまりと同等か……いや、その数倍無いと厳しいでしょうね」


 アーニャちゃんが映像の数値を見ながら言う。


「数倍って、そんな、急に上がるわけないよっ」


 早朝魔法トレーニングの成果で少しずつ上がっている実感はあるものの、それは微々たる量なのだ。


『いや……何とかなるかもしれない。うまく作れるかどうか、賭けではあるが』

「えっ?」

『英雄クレス伝説に、信頼の儀式魔法『リライアンス・ユニオン』というものが登場する。アーニャさんは知っているだろう? もちろん僕は術式を持っていないが、これはクレス様が統合魔法で作ったもの。ならば、同じ統合魔法を扱えるひまりさんも作れるかもしれない』

「英雄クレス伝説、最後の魔神戦争で作られ、用いられた伝説の魔法ね。英雄の仲間と一緒に使って、魔神の軍勢に襲われた各地を守ったという。確かに、あれがあれば……」


 アーニャちゃんの表情が明るくなっていく。希望があるのかもしれない。


「それって、どんな魔法なんですかっ?!」


 前のめりになるような勢いで聞く。


『儀式魔法に参加した人々の魔法特性・使用可能魔法を共有し、さらに魔法出力も足した上で数倍にするという代物だよ』

「すごいじゃないですかっ!」


 それをものにできれば、トレイターズだって怖くない!


『この儀式魔法の成功に必要な条件は強い信頼関係だ。でも、君たちなら大丈夫だろう。仕組みとしては……』


 ナリユキさんは、記録に残っている儀式魔法の仕組みを教えてくれた。というのも、統合魔法で魔法を作るのは、最終決戦の頃のクレス様みたいに力に覚醒した後なら何でもできるに等しいけれど、そうでない私の場合は仕組みを知っていた方が作りやすいらしい。何故そんなことがわかるのかというと、それも英雄クレス伝説に残っている。クレス様が未熟なころの逸話からだそうだ。


 信頼の儀式魔法の仕組みは、信頼しあっている人たちの、魔法を使うための第二の体を魔法でつなぐものだ。いきなり第二の体と言われてびっくりしたが、どうも科学界でも魔法界でもない別の異世界に存在しているらしい。そしてそれは、信頼しあっていないと反発してしまってつなげないそうだ。といっても実際に接着するわけではなくて、魔法的な不思議なものなんだけれども。そうすることによって魔法特性や使用可能魔法の共有が可能になり、さらに魔法の元がつながれていることによって魔法出力も上がるというわけらしい。電池の直列つなぎのようなものだろうか? ちょっと違うかな?

 さらにアドバイスとして――


『自分だけでわかる形で構わないから、作る魔法の仕組みを紙か何かに書いておくといい。そうすることによって、迷わなくなるから。昔はそうやって魔法の術式を作っていたんだよ』

「ありがとうございますっ! 早速やってみます!」


 ルーズリーフを用意して、そこに簡単な図を描く。私、ほのかちゃん、アーニャちゃんの三人が、円陣を組んで立っている。そしてそれぞれに、重なり合うように存在する第二の体がある。それらを魔法の不思議な力でつなぐ――。つなぐ力は、強い信頼関係に支えられている。一つが三つとなり、三つが一つとなる……。


「できましたっ!」

「あとはほのかを待つだけね!」


       ◆


 ほのかはそろりと部屋を出た。今日は父も母も仕事で政治家としての事務所にまだいるはずで、このまま静かに家を出れば、気づかれないはずだ。


「こんな時間にどこに行くんだい、ほのか」


 そのはずだったのだが――ほのかの兄、忠一(ただかず)がほのかを廊下で呼び止めた。


「あ、あ~、ちょっと~、体力づくりに~?」


 普段のほのかであれば、上手く誤魔化すことができただろう。しかし、トレイターズが来ていること、そのことによって命を脅かされていることが彼女を高揚させ、とても不自然なそぶりで答えてしまった。


「ダメだよ、ほのか。こんな遅くに一人で行かせられない。明日にしなさい」

「それだと~……間に合わないって言うか~」

「最近世間を騒がせている、魔法少女と関係があるのかい?」

「……!」


 ほのかは驚いて押し黙る。大切な兄に嘘をつきたくないが、本当のことを言うのにも抵抗がある。


「本当のことを言うんだ、ほのか。彼女たちは偉多川駅前の事件で魔法を使うマフィアと戦っていたと報道されている。その前も、化け物と……」


 忠一(ただかず)は涙をこらえるようにして言葉を一度切り、そして続きを口にする。


「いいかい、君は戦わなくちゃいけないかもしれない。でも、もしものことがあったとき、残された家族はどうするんだ。訳の分からないまま愛する家族を亡くすなんて、耐えられないよ……」


 いつになく真剣なまなざしの忠一(ただかず)にほのかは狼狽える。


「爺ちゃんに、父さんや、母さんだって。もちろん、僕も耐えられない。本当のことを言ってくれ。でないと、行かせられない」


 数秒黙った後、


「……どうして、わかったの~?」

「爺ちゃんや父さんから、政治家になるなら人をよく観察しなさいって言われてね。他にも、いろいろ。ほのかは単なる体力づくりを始めたにしては、覚悟ができてた。あと決定的だったのは、友達が遊びに来た時におやつを持って行ったら、部屋がもぬけの殻だった。それなのに何事も無かったかのように部屋から出てきて帰っていったからね。タイミングが郷美公園の事件と同じだ。あとは想像かな」


 リフレクト・メンタルとハイド・スタイルで正体と姿を隠せても、そこにいないことは隠せなかったというわけだ。


「お兄ちゃん、隠しててゴメンね~。わたし、魔法使いやってるの~……」


 それからほのかは今までのことを簡潔に話した。ひまりと一緒にアーニャと出会い、共に戦ったこと。信頼できる仲間であること。早朝のトレーニングは魔法のトレーニングであること。敵はマフィア・トレイターズであること。そして今、危険が迫っていること……。


「わたしに、もしものことがあったら全部お父さんとお爺ちゃんに話して~。そうすれば、きっと警察や自衛隊を動かせると思うから~」

「……わかった。本当のことを話してくれたし、そこまで覚悟ができてるなら、もう何も言わない。できることがあったら、言ってくれ」


 忠一(ただかず)は、涙をぬぐって言った。


「ありがとう。じゃあ、一つお願いしていい~?」

「なんでも言ってくれ」

「お兄ちゃん、免許持ってるでしょ~? ひまりちゃんの家まで、送って~!」


       ◆


 ピンポーン。

 状況を説明した両親と共に一階のリビングでほのかちゃんを待っていると、待ち人の到着を知らせるチャイムが鳴り響いた。

 ほのかちゃんだ!

 玄関を開けると、何故か自転車ではなく高級車の運転席に向かって親指を立てているほのかちゃんがいた。送ってもらったのだろう、運転席にいるのはお兄さんの忠一(ただかず)さんだ。彼はこちらに気づき、


「ほのかをよろしくお願いします!」


 と叫んだ。


「こちらこそ、よろしくお願いしますっ! その、ありがとうございました」


 頷いた忠一(ただかず)さんは高級車を走らせて去っていった。


「お待たせ~、ひまりちゃん、アーニャちゃん」

「ほのかちゃん、もしかして」


 忠一(ただかず)さんの様子といい、ひょっとすると。


「うん、魔法のこと、話したの~。元々全部バレてたって言うか~。ああ見えて凄いお兄ちゃんなんだよね~。隠してたのがバカみたい、言ってすっきりしたけど言うまでは緊張したなあ~」

「良いお兄さんだねっ」


 ほのかちゃんはえへへと笑って、


「ともかく、これからどうする~? 打つ手がないんじゃあ、わたしが来ても~……」

「それなんだけど、希望が見えたのっ!」


 ほのかちゃんをリビングに招き入れてから、信頼の儀式魔法『リライアンス・ユニオン』のことを説明した。


「……というわけなの。後は、私が無事作れれば何とかなるかもっ! 早速リフレクト・メンタルしよっ!」

「そっか、わたしがいないと変身できないし、変身しないと作れないってわけね~」

「そういうわけよ! 早速変身しましょ!」


 私たちは円陣を組んで手をつなぎ、


「「「リフレクト・メンタルーー!!」」」


 赤、青、そして虹色の魔法力に包まれた後、

 アーニャちゃんは炎をイメージさせる深紅のミニスカドレス、髪も茶髪から赤髪へ、眼も深紅に。

 ほのかちゃんは着物をアレンジしたような群青のミニスカドレスで、髪と眼も青に。

 そして私は、黒メインのミニスカドレスと、銀髪銀眼に変わった。


「さ、シルバー」

「うんっ!」


 今までの自在魔法をやったときの感触と、ナリユキさんから教わった『リライアンス・ユニオン』の仕組みを思い出す。

 事前に図を描いておいた紙を見る。大丈夫、きっとできる!

 私とほのかちゃんとアーニャちゃんの魔法の源の第二の肉体を見えない魔法の力でつなぐ、儀式魔法。

 主に作る必要があるのは、三人をつなぐ不思議な魔法の部分だ。

 話を聞いてすぐに思いついたのは、どこまでも伸びるケーブル。でもそれだと絡まるかもしれないし、普通に考えて言っていることがおかしい。次に思いついたのは、トランジション――転移魔法の仕組みの応用だ。好きな空間をつなぐことができるのなら、好きな存在をつなぐことだってできるはずである。それも、実際に行き来するトランジションではなく、魔法の力の作用がつながりさえすればいいのだから、難易度はぐっと下がる……と思う。

 さらに、つなぐ魔法にはリミット・ストライクの応用で決めた対象以外には作用しないようにする。敵に壊されたり、想定外の人とつながることをを防ぐためだ。

 そのことをナリユキさんに確かめたところ『矛盾はないし、できるはずだ』とのこと。

 後は自分の才能と、早朝魔法トレーニングの成果を信じるだけだ!


「自在魔法作成……『リライアンス・ユニオン』!」


 第二の体のエネルギー……体力のような魔法力が消費されていくのを感じる。同時に疲れも感じる。魔法力は足りるか? 足りたとしても、その後戦うだけの魔法力が残るのか?

 不安だったけれども、思ったよりも少ない消耗で済んだ。トレーニングのおかげかな?


『術式:リライアンス・ユニオンを登録しました』


 アーニャちゃんの手首につけられたメタリックレッドのブレスレッドから機械的な音声が流れる。成功だ!


「やったわね! 伝説の再来よ!」


 アーニャちゃんは飛び跳ねて喜び、


「すごいよ~、シルバー!」


 ほのかちゃんはガッツポーズをしている。


『さすがだ、シルバー! これで後は儀式に成功しさえすればきっと勝てる! 失敗が怖くもあるが……重ねて言えば、君たちなら大丈夫だろう』

「失敗すると、どう……なるんですか?」


 考えてなかったけど、強い副作用があるとか?


『リライアンス・ユニオンは信頼の儀式魔法。つまり、儀式に参加したメンバーが強い信頼で結ばれていないと儀式に失敗してしまう。この恐ろしさがわかるかい? 人間には建前と本音があるが、建前があるからこそ仲良くできる相手もいる。本音では嫌いであってもね。しかし、この魔法を使えば本音だけの部分が明るみに出てしまうというわけさ。つまり儀式に失敗すれば、信頼関係がない、と確定しチームとしての結束が崩壊してしまう』


 それは……チームとしては致命傷だろう。強くなるどころか、何もできなくなる。


『とはいえ、今までの君たちを見ている限り問題ないと思うよ。命を預けて共に戦うことができているのだし……』


 ナリユキさんの言っていることは、普通なら正しい。


「……」


 でも、私は気づいてしまった。

 このまま行えば、儀式は失敗するということに。

 それも、自分のせいで。

 血の気が引いていくのを感じる。

 統合失調症を隠して、二人を騙して接してきたツケがここにきて回ってきたのだ。

 嘘をついた状態で本当の信頼は成立するだろうか? いや、しない……と思う。

 中学の頃も、精神病が判明したとたん手のひらを返して差別してきた友人、いや元友人が何人もいた。


 怖い。


 病気がバレて差別されても皆を守りたいのは本当だ。その一心でやってきた。

 言うしかない。言わなければならない。

 でも、もし二人が私を拒絶したら、私のせいで仮初めの信頼を壊してしまったら、絶対に儀式も失敗するしトレイターズには勝てない。

 そして言わなかったとしても、やはり仮初めの関係なのだから儀式は失敗する。

 言うしかないけど、言ったとしても上手く行くとは思えない。


「お前のせいで失敗して、皆殺されて死ぬんだ!」


 クロが叫ぶ。その通りになるかもしれない――。


「シルバー、大丈夫? 例の持病?」

「顔が青ざめてるよ~。自在魔法作成、やっぱり大変だったんじゃ~……」


 心配してくれる二人。


『シルバー、本当に大丈夫かい?』


 ナリユキさんも。

 精神病を明かせば、皆の表情は真逆のものになるかもしれない。

 それでも。

 私は――――。


「儀式の前に、皆に言わなければならないことがあるの」

「ひまり、それはひょっとして……今、言うことなのかい?」


 お父さんが立ち上がり、やんわりと止めてくる。心配してのことだろう。


「でも、今、言わないと……」

「シルバー、何のことか知らないけど、無理に言わなくていいよ~」

「えっ?」


 驚く。どうしてそうなるんだろう?


「シルバーはそれが信頼に関わることだと思ったんだろうけど~、世の中で信頼関係を築いている人たちも~、別に何でもかんでも言っているわけじゃないと思うから~。別にそれでも、信頼は信頼でしょ~?」

「誰しも、どうしても言えないことはあると思うわよ。それに、言わなくたってシルバーを信じてるから……私たち、仲間、でしょ」


 その二人の優しいまなざしと言葉からは、本当に思いやってくれていることが伝わってきた。



 どうして、この二人を、信じられなかったのか?



 私は恥ずかしくなり、そして逆に思った。儀式が失敗するとしたら、それは二人が拒絶するからではなく、過去の被差別体験から二人を信じきれなかった自分がいるからであると。


 ほのかちゃんが忠一(ただかず)さんに魔法をカミングアウトしたと私たちに打ち明けた時、言ってすっきりしたけど言うまでは緊張したと言っていたのを思い出す。

 私も同じだ。今までの人生の中で一番緊張しているのは間違いない。

 でも、きっと大丈夫だ。自分の勇気次第なんだ。

 だったら、自分に勝ちたい。そして、伝えたい。


「もし、どんなことを打ち明けられても嫌じゃなかったら、聞いてほしいの」

「平気よ」

「言いたいなら、何でも言っていいよ~」


 覚悟は決まった。


「私、精神病の、統合失調症なの……その、幻覚とか、妄想とか、出る病気で」


 ハッと息をのむ音が聞こえた。


「ケッ、これでお前らの友情も終わりだな」


 クロが悪態をつく。


「今も、見えてる。……騙していて、ごめんなさい」


 頭を下げる。当然だ。裏切っていたのは、私の方なんだから。

 足が震えだす。二人の答えは、まだ――



「……謝るようなことじゃないわよ」

「うん。わたしも、そう思うな~」

「え……そんな簡単に」


 頭を上げる。現実感がない。


「病名とかはさっぱりだったけど~、何かあるんだろうなとは思ってた~。今は、とにかく打ち明けてくれて嬉しいかな~」


 ほのかちゃんを見る。その優しい表情は、心からのものに思えた。


「見くびらないでよね! 病気なんかで人を見下したりしないわ! それと……言ってくれて、ありがと」


 アーニャちゃんを見る。頬は赤く染まっていた。そして本当に感謝しているように見える。

 緊張の糸が切れた私は、涙がこらえきれなくなった。


「う……うぅっ」


 ぼろぼろと落ちていく涙を感じながら、ぬぐうこともできずにいた。

 そんな私を、二人は抱きしめてくれる。


「現在過去未来、何があっても、あたしたち友達よ!」

「安心して~。わたしたちの友情は、一生のものにするって決めてるからね~」

「うん……うん……!」


 やっと指で涙をぬぐうと、二人も抱きしめるのをやめた。


『いやあ、良かった、良かった。もちろん、僕も差別なんてしないよ』

「名無しおじさん……ありがとうございます」


 本当に良い人だな。


「ひまり……良かったなあ」

「ええ……本当に」


 お父さんとお母さんも泣いていた。


「ひまり、離れていく人を大切にすることはない。でも、本当の友達は、大切にするんだよ」

「うん。わかってるよ」


 言われなくても、私もこの友情を永遠にしたい。


「じゃ、さっそく『リライアンス・ユニオン』をして、トレイターズをぶちのめしに行きましょ!」

「シルバー、どうすれば儀式ができるように魔法を作ったの~?」

「皆で手を繋いで円陣を組んで、『リライアンス・ユニオン』って唱えるだけだよっ」


 なんともお手軽だが、複雑な呪文にして、例えば噛むなどして失敗するわけにもいかないから、単純なものにした。

 もう、不安はない。

 手を繋ぎ、円陣を組んで、微笑みあい、


「「「リライアンス・ユニオン!!!」」」


 その瞬間、力がみなぎるのが分かった。同時に、勇気が溢れてくる。

 成功したんだ。でも、そのことに驚きはない。

 その時、ほのかちゃんが、あっと何かに気が付いた顔になった。


「思いついたんだけど~、自在魔法で統合失調症を治せたりしないのかな~。特に力の上がった今ならどうだろう~?」


 確かに! 治せたら人生バラ色だけど――。


『残酷なようだけど、それは無理だろうと思うよ』

「どうして、ですか~?」

『専門的な話になるが、魔法というものは心と脳で行うものなんだ。魔法力や魔法出力自体は心や脳と関係ないけど、統括しているのは心と脳だ。第二の体も、一つ目の体の脳の制御下にあるというわけさ。何が言いたいかというと、動きながらその動きでその動いている部分を治すなんてことはできない、と言って伝わるかな』


 精神病は脳の病気だから、根本的に治すには脳を治す必要がある。

 だけど魔法は脳で統括するもの。

 脳で脳を治すのは無理、ということか。


「シルバーがシルバーを治すのが無理なら、わたしやレッドが治すのはどうでしょうか~?」


 その手があったか! 今は使える魔法も共有しているし、私が自在魔法で作った治癒魔法を二人が使えば――


『本当に申し訳ないんだけど……科学界の医学に限界があるように、魔法界の魔法医学や、統合魔法にも限界がある。脳を治すのは複雑で繊細過ぎて、下手にやるとシルバーを廃人にしかねない。少なくとも、今のところはね』

「なるほど~……期待させてごめんね、シルバー」

「ううん、私のためだってわかるし」


 そんな都合よく行かないってことだよね。


「気持ちを切り替えていこうっ! レッド、トレイターズはどこに来てるの?」

「近くの大学のキャンパスみたいね」

「皆、行こう~!」


 私たちはハイド・スタイルをかけてから、フライ・ハイで玄関から戦場へと向かった!

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