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第六話 楽しい時間と話せない自分

 それぞれ入浴も終え、アーニャちゃんの部屋に皆で三人分の布団を敷き、その上に座る。

 楽しいパジャマパーティの始まりだ!

 何故アーニャちゃんの部屋かというと、単純に私の部屋だとこんなに布団を敷けないからだ。本棚や机やタンスの影響で、敷けても追加であと一人分である。


 全員既にパジャマで、アーニャちゃんは裾にレースのついた可愛いピンク色のパジャマ、私はゆったりした白のトップスにチェックのズボンのもの。そしてほのかちゃんは私が貸した、水色のパジャマだ。ちょっと丈が足りていないけど、そこは許してほしい。


 皆で遊ぼうということで、私の部屋から二十インチのテレビと、ゲーム機Goverも持ってきた。既に接続も終えている。

 今夜遊ぶのは『ウルトラマルオパーティ』である。この間遊んだマルオカートと登場するキャラクターは共通しているが、別のゲームだ。本来は『パーティモード』というすごろくのようなゲームがメインなのだが、パーティモードは遊び終わるまでに結構時間がかかる。今夜はすでに二十三時なのでそれは見送り、パーティモードの一部の、ミニゲームだけを遊べるモードで遊ぶことになった。ミニゲームは数十秒で終わるものが沢山あるから、少ない時間でもいろんな遊びができて満足できるというわけだ。


「でも、ただやるだけじゃつまらないよね~」

「えっ、ほのかちゃん、どういうこと?」

「ひまりちゃん、メモ用紙ある~? あと、中の見えない袋も~」

「あるけど、何に使うの?」

「負けたら罰ゲームとして~、恥ずかしいこと、話してもらうよ~。そのお題を書いておくというわけ~」


 ほのかちゃんが言うには、各自5枚ずつ、恥ずかしいお題をメモ用紙に書いてもらい、それをシャッフルしてから中の見えない袋に入れる。そしてミニゲームで負けた人がメモ用紙を一枚引き、お題に沿って恥ずかしい告白をするということらしい。


「がぜん燃えてくるわね! 二人とも、笑える話の用意をしておきなさい!」


 アーニャちゃんは闘志を燃やしているが、


「アーニャちゃんも負けたら言うんだよっ?」

「当然じゃない。ひまりは嫌?」

「ううん、良いけど」


 二人とも楽しそうだし。


「じゃあ決まりね!」


 私が部屋からメモ用紙とビニール袋を持ってきて、それぞれ他人に見えないように恥ずかしいお題を書く。


「うひひ……誰に当たるのかしら」

「面白くなってきたね~」


 ……こういう時は、控えめにしてもシラケるだけだよね。思い切って、私も恥ずかしいお題を書いちゃおう!

 全員書き終わり、シャッフルし袋に入れて準備万端。コントローラも元々家族三人分買ってあったので問題ない。

 ゲームを起動し、プレイキャラクターをそれぞれ選ぶ。と言っても、以前マルオカートをしたときと同じキャラクターになった。

「なんだか、アップル姫に愛着が湧いちゃったのよね」とはアーニャちゃんの弁。私はマルオというおじさんで、ほのかちゃんはノッシーという緑色の恐竜だ。そしてコンピュータはコッパという亀の王様を選んだ。このゲームは四人プレイなので、残った一人分はコンピュータが操作するのだ。

 ミニゲームの選出は、最初はジャンケンで勝った人が選び、その後は負けた人が選ぶことになった。


「皆、準備は良い~? じゃんけん、ぽん~!」

「あ、私の勝ちだっ! じゃあ、ええと……」


 私が選んだのは……『食べろポップコーン』! なんだか間の抜けた名前だが、これがマルオパーティの味なのだ。

 このゲームは空から降り注ぐポップコーンをいくつキャッチして食べられるかで勝負が決まるのだが、たまにポップコーンに交じって石も降ってくる。現実だったら殺意のある行為だが、これはゲームなので石に当たってもタイムロスと減点があるだけだ。

 操作方法を確認する画面から、本番の画面に移動して……。


 3、2、1、スタート!


 俯瞰視点の画面の中で、どこからともなく大きいポップコーンが降ってくる!


「ちょっと! 見えてから取りに行っても全然間に合わないんだけど?!」


 このミニゲームにはちょっとしたコツがある。私とほのかちゃんは地道に拾っていく一方、アーニャちゃんは操作方法を学ぶときにそれに気づかなかったみたいで、劣勢になってしまっているが――


「影ね! ポップコーンの影が見えたらそこに行くのね! ポップコーンが見えてからじゃなくて!」


 さすがはアーニャちゃん、すぐに気が付いたみたいで、影のところでポジション取りをしている。運も良かったみたいで、一気に六つも取られた! 対して私はまだ三つだ。

 ムムム、これはまずいぞ。恥ずかしい告白をする羽目になるかもしれない。


「うひひ、この影もあたしのものよ!」


 アーニャちゃんのアップル姫が再び影の下でスタンバっている。邪魔しに行こうかなと思ったが、ほのかちゃんのノッシーが何も手出しをしないでいるのを見て、何かを感じ取り、そのまま別の影の下へと向かった。

 そうしていると、今度はポップコーンではなく石がアーニャちゃんの操作するアップル姫に直撃し、減点。ポイントが1にまで減ってしまった。

 対して、私はポイント5、ほのかちゃんは7である。

 そしてそのままミニゲームは終了となり――勝負とは無情なものだ。アーニャちゃんの負けが確定した。


「わーい~! わたしが1位だ~! アーニャちゃん、お気の毒さま~」

「ホッとしたよ、2位でよかったっ」


 喜ぶ私たちを尻目に、アーニャちゃんは愕然としていた。


「ううっ。……せめて自分のは当たりませんように……」


 いったい自分で何を書いたのか、アーニャちゃんが観念した顔でメモ用紙を引く、と――。


「ギャアーー! あたしの書いたお題よーー! うっそぉ?! こんなことってある?!」

「最初は確率、三分の一だからね~」


 言われてみれば、自分のも結構当たりそうな確率だ。もっと普通のこと書けばよかったかな?

 などと思いながらアーニャちゃんの引いたメモ用紙をほのかちゃんと一緒に見ると『自分のフェチについて具体的に語りなさい!』と書いてあった。

 な……なんてことを書いてくるんだ、アーニャちゃん! 恐ろしい子!

 フェチというのは、フェティシズムの略で、性的倒錯の一種。恋愛対象の身に着けているものなどに異常に愛着を示すことだ。つまり――馬鹿正直に話すと、かなり恥ずかしい。

 どう切り抜けるのだろう、と思っていると……


「う……うう……ええとね、あたしのフェチは……Yシャツなの」


 Yシャツか。それならまあ、そんなに変でもない。


「ダメだよ~アーニャちゃん、具体的じゃないと~」


 ほのかちゃんが追い打ちをかけた!


「ええい、もう! あたしはね、たくましい男の人の胸板がYシャツのボタンを外したところからちらりと見えるのが好きなの! 文句ある?!」

「アッハハハハ~! 文句ないけど、Tシャツじゃダメなの~?」


 ほのかちゃん、容赦ないな。


「わかってないわね、ほのか。堅苦しいイメージのYシャツから、野生が垣間見えるのが良いんじゃない!……って、何言わせるのよ! もう! あくまで想像上のものだからね?! 実体験は無いからね!」

「なるほど、なるほど~。今のがアーニャちゃんの一種の憧れというわけですな~」

「うん……そうなの……もう次に行かない? もう十分よね?」


 すがる様な目つきでアーニャちゃんが言うと、ほのかちゃんは満足したのか頷いた。


「では、次行ってみよ~! アーニャちゃん、ミニゲーム選んで~」

「ああ、よかった。次は勝つわよ!……そうね、わかりやすいのが良いかな……じゃあ、『よけてとうぎゅうし』で」


 アーニャちゃんが選択すると、操作方法を学ぶ画面に移る。

『よけてとうぎゅうし』は、円形の闘技場の中で、でかバイソンというキャラクターに乗った一人が他の三人のキャラクターを弾き飛ばすべく直線的な体当たりを繰り返し、全滅させたら勝ち。逃げる側は制限時間を逃げ切ったら勝ちという、さっきと比べると確かにシンプルなミニゲームだ。

 今回はアーニャちゃんのアップル姫がでかバイソンに乗る側で、私とほのかちゃんと、あとコンピュータが逃げる側である。


「なるほど、体当たりをしてから数秒間方向転換ができるわけね……よし、行くわよ! 準備は良い?」

「良いよ~」

「大丈夫だよっ」

「よ~~し、覚悟なさい!」


 3、2、1、スタート!


「アハハ、逃げまどいなさい!」


 アーニャちゃんのアップル姫の乗るでかバイソンが、明らかにほのかちゃんを狙って方向を決めようとしていると――


「ちょ、ちょっとどいて~~!」


 ほのかちゃんはコンピュータの操作するキャラに進路を妨害されて、逃げられずもたついていた。


「食らいなさい!」


 ダダダダ、ドカーン!

 でかバイソンの体当たりで、コンピュータのコッパとほのかちゃんのノッシーが一度に弾き飛ばされた!


「やられた~。後は任せたよ、ひまりちゃん~」


 残るは私一人、これは結構まずいかも?


「ふっふっふ、後はひまりだけね!」

「あわわ……」


 アーニャちゃんの目が据わっている。自爆とはいえ、相当恥ずかしかったらしい。

 こういう一対複数の時の複数側や、二対二で人間が複数の方が負けたとき、連帯責任ということになっているのだ。

 つまり私が勝てば、ほのかちゃんは恥ずかしい目に遭わなくて済む。

 だけど、負ければ二人で恥ずかしい目に遭うというわけだ。

 とにかく何とか集中して、本気を出すしかない!

 とりあえず、次の一回は避けられた。


「なかなかやるわね、ひまり!」


 それから私は、アーニャちゃんのアップル姫が乗るでかバイソンの方向転換の動きに注目して、よけ続けた。

 しかしアーニャちゃんのゲームセンスはかなりのもの。このまま終わるはずもなく……私がそれまでと同様に動きに注目していると、今までと違う動きをした!

 フェイントだ! それに気が付くのが遅すぎて、私のマルオは弾き飛ばされてしまったのでした。


「はーっはっはっは! あたしの勝ちね! さあほのか、代表してお題を引きなさい!」

「うう~わかったぁ~」


 ほのかちゃんが袋からメモ用紙を一枚引く、と――そこに書いてあったのは。


「何々?『子供の頃の一番の失敗』かぁ。これは結構笑える話が聞けそうね!」


 私が入れた奴だ!


「じゃあ、ひまりからお願いね!」

「うん……これはお父さんの田舎に帰ったときの話なんだけど……」


 私が四歳のころ、父方の田舎に帰っておばあちゃんの家に泊まったとき、その市内の大きな公園に連れて行ってもらった。

 そこまではよくある話だ。小さな子供を公園で遊ばせる、何もおかしなところはない。問題はその後だった。

 その公園――菜原公園の奥の第二広場には、野外ステージがある。バンドの演奏とか、そういうことに使うような。

 そのステージを見つけた私は何を思ったか、周りに大勢の人がいるにも関わらず、ステージの真ん中に立ち、歌とセリフ付きのキメ顔で当時のプリピュア――ミラクルドレスアッププリピュアの主役、ピュアジャスティスの変身ポーズを全力で決めたのだ。

 近くにいた小学生男子が爆笑。女の子も、今思えばくすくすと微笑ましいものを見るようにこちらを見ていたはずだ――。一気に恥ずかしくなった私は、一目散にその場を逃げ出した……。


「……と、いうことがあったんだよ」

「なるほどなるほど! ちょっと足りないわ!」

「えっ?」

「本当にあったことだろうけど、恥ずかしさが足りないわ……そうね、今その変身ポーズをとってみるのはどう?」

「ええっ?! 恥ずかしいよっ」


 正直、変身ポーズにはもうこりている。


「だから良いんじゃない! ほら、ここにはあたしたちしかいないんだし、ね?」

「ほらほらひまりちゃん~、プリピュアの布教だと思って~」


 この場合の布教とは、好きな作品をおススメして広めるという意味だ。


「じゃあ、ポーズとったら今度一緒にプリピュア観てくれる?」

「いいわよ!」

「それも楽しそうだね~いいよ~」


 ここにきて私の心はかなり傾いていた。プリピュアを一緒に見てくれるリアルの同世代の友達に飢えていたのだ。


「よ~~し! それなら頑張っちゃうよっ!」


 深夜のテンションもあるのだろう、私は変身ポーズをとることに決めた。


「ミラクルソーイングペンダントとってくるから、ちょっと待っててっ」


 ミラクルソーイングペンダントとは、十一年前のプリピュアの変身アイテムのことで、私が持っているのはそのなりきりおもちゃだ。当時買ってもらったものが、今も大事に机の引き出しに入っている。


「プリピュアガチ勢ねひまりちゃ~ん……!」



「よ~し……では、始めるよ……」


 深呼吸をしてから、


「プリピュア・ジャスティス・ドレスアーップ!」


 胸の前で可愛らしい宝石のイミテーションで飾り付けられたおもちゃの『ミラクルソーイングペンダント』を開く。懐かしいな。これは可愛いソーイングボックスがペンダントにもなっているものだ。本物みたいにたくさんの光は溢れてこないけど、ボタンを押すと変身BGMが鳴り、LEDも光って、気分も高まってくる。


「聖なるドレスを縫い上げて~正義の力で戦うよ~~♪」


 天から舞い降りてきた聖なるクロスをイメージし、さらにそれを手刀で裁つ動作をする。


「懐かしいね~」

「ほのかも観てたの?」

「小さい女の子なら、たいていは観るんじゃないかなあ~」


 二人の会話に参加しそうになったが、ここは我慢して全力でポーズをやり遂げよう。


「――ドレスアップ、ドレスアップ、プリピュア♪」


 両手でクロスを縫い上げる動作をする。


「ドレスアップ、ドレスアップ、プリピュア♪」


 出来上がったドレスを頭から被るように着る動作をする。

 ピースした両手を胸の前で交差させ、若干斜めを向くポーズをとる。


「みんなの勇気が正義のドレスに! ピュアジャスティス!…………ふぅ~~、緊張したよ~~っ」


 ポーズを取り終えたら、どっと疲れが出た。


「お疲れ、ひまりちゃ~ん! 可愛かったよ~!」

「素敵だったわよ、ひまり!」


 恥をかくかと思っていたが、予想に反して二人は褒めてくれたので嬉しくなる。


「ありがとうっ。今のはね、ミラクルドレスプリピュアって言う作品の、ピュアジャスティスって言うキャラクターの変身シーンなんだっ」

「うんうん、知ってる~。また観たくなってきた~」

「解説ありがとう、ひまり! これは鑑賞会が楽しみね!」


 えへへと笑ってから、


「久しぶりでも、体が覚えてるもんだねっ」

「そんなものよね。……さぁ~~て、お次はほのかの番よ!」


 ニマニマとした笑みを浮かべながら、アーニャちゃんがほのかちゃんの方を向いて、手をワキワキとさせている。


「どんな笑える話が待っているのかしらねぇ? 逃がさないわよ!」

「二人にやらせたんだもの~、逃げないよ~。これはわたしが五歳の頃の話なんだけど~……」


 ほのかちゃんが五歳のころ、家の廊下を歩いていると、忠一(ただかず)お兄さんが部屋でスマホを使って通話しているのが聞こえてきたそうだ。

 その内容が、まあ、当時忠一(ただかず)お兄さんは十歳。エッチなことにも興味を持ち始めるお年頃なのもあって、その……そういう内容だったらしい。男友達とそういう会話をしていたのだそうだ。

 対して当時まだ五歳のほのかちゃんは会話の内容がわからない。


「聞こえたのはエロ同人って言葉だったんだけど……二人はわからないよね~? わたしは、今はわかるけど~」


 ほのかちゃんが言うには、エロはそのままエッチなものという意味で、同人とは、元々は趣味を同じくする人たちが集まって一緒に発行する同人雑誌から来ているが、今はインターネットを使って個人でイラストをアップしたり、あるいは個人で同人誌を出す場合も含めて使う言葉だそうだ。

 この場合は、インターネットにアップロードされたエロ同人イラストについて熱く語っていた、ということだ。後になってから聞いたらしい。本当は年齢制限があって見ちゃいけないんだけど、そこはそれ、こっそり見ちゃうよね。

 忠一(ただかず)お兄さんの楽しそうな様子が非常に気になったほのかちゃんはノックもせずにドアを開けて突撃。お兄さんは慌てて通話をやめたけど、時すでに遅し、ほのかちゃんは言葉を覚えていた。


 ねぇお兄ちゃん、エロドージンって何~?


 などとしつこく聞いたが、お兄さんはどうしても教えてくれなかったそうだ。

 当時すでにアニメを結構見てライトオタクだったほのかちゃんは「きっと面白いアニメのことに違いない!」と思い込み、秘密にして教えてくれない(当然だ)お兄さんに対して怒りを貯め込み、むくれた。

 契約していた有料動画配信サイトで「エロドージン」と入れて検索しても、何も出てこない。思いは募るばかりだった。


「ここまでは前置きで~、ここからが本番なんだけど~」

「すでに期待が膨らんでるわ!」

「いやな予感がバリバリするよっ……」


 問題はその日の夜。

 権蔵おじいさんも含めて家族で高級レストランに行くのがこの日だったのだ。

 しかしほのかちゃんの機嫌は直らないまま。

 権蔵さんがほのかちゃんの機嫌を直そうと話しかけると、「お兄ちゃんが悪い」と。訳を聞くと「お兄ちゃんが『エロドージン』ってアニメを教えてくれないの~!」と。

 そのまま、堰を切ったほのかちゃんの言葉は止まらず……


「何もわかってないわたしは『わたしもエロドージンみたい~! エロドージンみたい~! エロドージン! エロドージン!』って、大声出して、レストランの席で、何度も何度も~~! も~今思い出すだけで恥ずかしいよ~。レストラン中、こっち見てたもの~!」


 人目のある、それも高級レストランの席で、よりによって大人向けオタク文化の「エロ同人」を連呼してしまって注目を浴びるだなんて……意味がわかっていないころはよくても、わかった後は赤っ恥だろう。

 その後、事情を知った権蔵さんは笑って許してくれたけど、兄妹そろってお母さんにこってり絞られたそうだ。


「地獄絵図だね……」


 自分だったらと思って青ざめる私と違い、アーニャちゃんは大笑いしていた。


「アハッ、アハハハハ! ヒ、ヒィ~! 最高よ、ほのか! はぁ~、ふぅ。あー面白かった! じゃ、次のミニゲーム、二人で話し合って決めてよ」


 私とほのかちゃんは目を合わせて頷いた。自分たちに有利なものを選んだ方が良い。

 これは、予想外に負けられない戦いなのだ。


「ほのかちゃん、どれが良い?」

「うーん、……この『かぞえて金魚』かな~。思いついた作戦があるの~」


 作戦か。どんなものか気になるな。それを伝えると、


「わたしに任せて~、ひまりちゃんは、自分のを数えることに集中していればいいよ~」


 なんだかわからないけど、言ったら意味がないのかもしれない。


「よし、じゃあ『かぞえて金魚』にしよう!」

「うん~!」


 ボタンを押して選択すると、操作方法を学ぶ画面に移る。

『かぞえて金魚』とは、その名の通り金魚鉢の中の金魚を数えるミニゲームなのだが、事はそう単純じゃない。

 四人それぞれ、別々の金魚鉢の、一部を大きくズームした映像しか見られないのだ。つまり、全体を見て数えることはできず、常にカメラをスティック操作で動かす必要がある。その上、金魚の中には一定の法則で動き回る子もいるので、簡単ではない。

 そうして、制限時間二十秒内にボタンを押してカウントした数が回答となる。正解の数字に最も近かった人が優勝で、後は近かった順に順位が出る。今回は、三人の中での最下位が罰ゲームだ。


「皆、準備は良い~?」

「いいわよ!」

「よし、本番行こうっ」


 画面を切り替え、3、2、1、スタート!

 最初の数秒は皆、無言で数えていたのだが――


「悪く思わないでね~、五、四、七、九、十二、三~」


 ほのかちゃんがでたらめな数字を唱え始めた!

 うっ、混乱して数えるのが難しい!


「なんの! 対抗するわ! 二十三、百五十、六、五十三、一!」


 アーニャちゃんまで唱え始めた!

 私は言われたとおり、数えることに集中する。


「しまった~、自分も混乱しちゃって全然数えられない~……」

「あたしもよ。でも、もう後には引けないわ! 七、四十八、五十二、七十七!」

「二、五、六~!」


 ああもう、無茶苦茶だ!

 混戦極まる中、制限時間が終了した。

 それぞれの回答は――


 25 マルオ (私)

 22 アップル姫 (アーニャちゃん)

 21 ノッシー (ほのかちゃん)


 けっこう数字が近いな。でも、もし正解が思ったよりも少ないのだとしたら私の負けかもしれない。ちょっと怖いかも。

 最終結果は……


「良かった、私の勝ちだっ! 三人の中の一番下は……ほのかちゃんか……ご愁傷様です……」


 私が一番混乱が少なく地道に数え続けたのだから、結果を見れば当然のような気もするが、ともあれ、よかった!


「ああ~~無念~~!」

「策士策に溺れるとはこのことね! アハハ! さぁ、罰ゲームを引きなさい!」

「うう~……わかったぁ~」


 ほのかちゃんが袋からメモ用紙を一枚取り出し、三人でのぞき込む、と――

『過去最大の恋愛イベントを言いなさい!』と書いてあった。


「あたしの書いたやつだわ!」


 フェチといい、これといい、アーニャちゃんはチャレンジャーだなあ!

 自爆しなければ面白いのかもしれないけど!


「えぇ~ろくでもない話しかないよ~?! 本当に良いの~?」


 ほのかちゃんが嘆くが、


「むしろ、今ので逆に期待が高まってきたわ! 興味津々よ!」


 アーニャちゃんは反対に食いついた。


「でも、盛り下がるかもしれないよ~?」

「ほのか、罰ゲームは絶対よ! 何でも受け止めるから、言ってみなさい!」

「……そうだね~。自分で言いだしたことだし~。これはわたしが中学生の時のことなんだけど~……」


 ほのかちゃんが中学校に進学して、すぐに一人の同級生の男の子と知り合った。

 唐梨空太と言う人だ。

 元々ほのかちゃんは小学校の頃からオタクグループのリーダーみたいなことをやっていて、とても仲の良い友達たちと楽しくやっていたのだが、そこに唐梨くんも加わった。

 当然、唐梨くんとも仲良くしていたのだが――


「中一の十二月にね、告白されたの~。……特に好きじゃなかったし、丁重に断って、友達に戻ったんだけど……ろくでもない話は、ここから始まるんだ~」


 数か月は何事もなく過ぎ、中学二年生に進学し、唐梨くんとは違うクラスになった。それからほどなくして、オタクグループの皆と少しずつ、でも確実にぎこちなくなっていったらしい。

 気のせいかと思っていたがどうも様子が違う。会話をしてくれないほどではないにしても、どうも避けられている印象がぬぐえない――その証拠に、休日の遊びに誘ってもかつてのように付き合ってくれない子がちらほらと出始めたそうだ。さらに、憐れむような、どこか軽蔑するような視線を向けられることさえあった。と言ってもまだグループの一部の人だけだったのだが。


「当時のわたしは原因が全く思い当たらなくて~……マジで悩んでたの~。知らないうちにイタいことしてるんじゃないかって特に仲の良い子に相談したりね~。でも、少ししたら原因が分かったの~」


 ほのかちゃんが小学校時代に他の児童からのいじりから仲間に加える形で助けた野中くんという男子がいる。背が小さく、普段は気の弱い子だったそうだが、一方で助けられたことを恩に感じていたようで、なにかと親切にしてくれたらしい。

 その野中くんが、ほのかちゃんに原因を教えてくれた。

 お察しの通り、原因は唐梨くんだった。

 唐梨くんが、オタクグループのメンバーに、じわじわとほのかちゃんについての根も葉もない陰湿な噂をまき散らしていたのだ。


「わたしがギャルゲー好きなのはレズビアンだからだとか、ゲームソフトを買うお金が沢山あるのは援助交際やっててビッチだからだとかね~……でも、全部嘘だったの~。別にレズビアンが悪いわけではないけど~、事実と違う性的指向を押し付けるのは害悪だよね~。さらに悪質なのは、わたしに本当かどうか質問させないために『姫野に言えば見苦しい言い訳をするから聞かない方が良い』とかも言ってたの~」


 性的指向とは、どの性別を性的欲望の対象にするかということであるそうだ。

 小学校の頃からのメンバーとは信頼関係が強くても、中学校で合流した別の小学校だったメンバーとはまだ日が浅い。唐梨くんは狡猾にも、中学校からのメンバーから噂を吹き込んでいったのだ。

 憐れむような軽蔑するような眼差しは、中学校からのメンバーたちのものだった。内容が内容だけに、そういう視線になっていたらしい。

 果たして目論見通りになり、計画を第二段階に移した唐梨くんは小学校からのメンバーにも噂を吹き込もうとしたが、彼にとって運の悪いことにその一人目が野中くんだった。


 全てを悟った野中くんはその場では噂を信じたふりをして根ほり葉ほり聞き出し、速攻でほのかちゃんに報告してくれたのだ。

 その事実にほのかちゃんはショックを受けた。唐梨くんと仲良くやっていると思っていたからだ。中学からの知り合いとはいえ、簡単にそんな噂に騙された仲間がいたこともそれに輪をかけた。

 動揺を隠せないほのかちゃんに対し、野中くんはこういった。


『ほのかさん、僕に全部任せてくれませんか? 悪いようにはしません』


 そこからの野中くんはすごかったそうだ。

 まず、小学校からのメンバーに協力を仰ぎ、何とか中学校からのメンバーも含めて唐梨くん以外のオタクグループで話し合いの場を設け、ほのかちゃんに直接、誤解を正してもらった。家がお金持ちだとかお年玉やお小遣いを計画的に貯めて使っているとか男の子が好きだとか、本来ならいらないカミングアウトをする必要はあったけれど、誤解は簡単に解けた。グループ内で多数派の、小学校からのメンバーが皆仲間についてくれたからと言うのも大きかったそうだ。


 最初は大胆に動いた野中くんだったが、一転、ここからは慎重になった。

 唐梨くんが噂をどこまでまき散らしているか、わからないからだ。

 全ての問題をなくすには『唐梨空太が嘘をついていた』と広く知らしめる必要がある。

 こちらが対抗してうわさを流す程度では『どっちもどっち』とされてしまうからダメ。

 最終的には、野中くんを中心に唐梨くん以外のメンバーで一芝居打ち、公衆の面前で嘘だと証明することに成功したそうだ。

 どうやったかというと――


「野中くん達が味方に付いたと思わせて、唐梨くんを調子に乗らせたのね~。それで、人がいっぱいいる教室で、大声で嘘をつかせたの~。『昨日ほのかさんが新古岩駅の繁華街で援助交際してた』って~。もちろんしてないし、実はアリバイ作りのためにYouVIDEOっていう動画配信サイトで毎日遅くまで延々と生配信してたの~。ひたすら『Springたいむ』愛を語っていただけだから楽しかったんだけどね~」

「野中くんグッジョブね!」


 その生配信は、アーカイブが残る。本来は配信が終わった後からでも見られるようにするためのサービスだけれど、その時間に部屋で生配信をしていたという証拠が残るとも言える。

 嘘を言われたほのかちゃんは、その場でスマホを使ってアーカイブを再生。他の生徒たちも自分のスマホで生配信を確認。嘘つきだという証明が公衆の面前でなされたわけだ。


「皆に問い詰められた唐梨くんは狼狽して、顔を引きつらせて逃げ出したの~。それから卒業までおとなしくしてくれて助かったよ~。まったく、火のないところに煙は立たないって言うけど、火をつけたのが誰なのか皆ちゃんと確かめるべきだね~。この件みたいに、放火もあるんだし~」


 珍しく、ほのかちゃんが憤っているのがわかった。

 かくいう話を聞いただけの私も腹が立っている……酷い話だ。


「唐梨ってホント酷いやつね! ほのかが助かってホント良かったわ!」

「振られた腹いせなのかなっ? それにしては異常な気もするけど。とにかく誤解が解けて良かったねっ!」

「野中くんが聞き出した範囲では、自分がグループのリーダーになりたかったみたいだけど~……それだけじゃない気もするよね~。今となっては確かめようもないけど~」


 違う高校に行ったから~、とほのかちゃんは付け足す。


「これで話は終わりかな~。二人とも、ありがとうね~」

「えっ? 何がよ」


 お礼を言うことなんて、何かあっただろうか?


「共感してくれたのが、嬉しいの~。じゃ、次のミニゲーム選ぶね~」


 照れ隠しだろう、ほのかちゃんはすぐに話題を移したが、その耳は赤くなっていた。

 ほのかちゃんが選んだミニゲームは、『飛んで飛んでUFO』。


「あっ、科学界っぽい乗り物ね! 二人とも乗ったことある?」

「いや、これは想像上のオカルト的な物で~、まだ現実にはないかな~」

「えっ、そうなの?」

「SFって言ってね~……」


 ほのかちゃんがアーニャちゃんにSFについてレクチャーしているのを横目に、私は操作方法を確認する。

『飛んで飛んでUFO』は、UFOを操作して地球というゴールを目指すレースゲームのようなミニゲームだ。コース自体は宇宙の一本道に見えるものだが、実際は小惑星や突然降ってくる隕石を避けたりする必要があり、曲がりくねって進むことになる。隕石に当たっても、いったん止まるだけでゲームオーバーにはならない。方向転換はスティック操作ではなく、コントローラを傾けるとそれを認識してくれる。お父さんが、ジャイロセンサーが入っているとか言ってたっけな。


「……というわけで、UFOはまだ実在が証明されてないの~。ジャイロ操作の方はどう?」

「よくわかったわ。操作方法の方もバッチリよ!」


 アーニャちゃんがコントローラを傾けながら言った。


「じゃあ、本番行こう!」


 3、2、1、スタート!

 宇宙空間をスタートした四機のUFO。最初の内は避けるものもなく横並びだったが――


「あっえっ、ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

「待つわけにはいかないよ~」


 最初の小惑星ポイントで、アーニャちゃんのUFOが引っかかり大きく遅れてしまった。うん、練習と本番って結構違うよね。


「ぐぬぬ……こう! こうね! よ~し、覚えたわ!」


 宣言通り、そこからのアーニャちゃんはノーミス。コース取りが上手く行ったのもあって、私とほのかちゃんは逆に抜かされてしまった。相変わらず、すごいゲームセンスだ。


「やるね~アーニャちゃ~ん」

「ふふん、どんなもんよ!」


 ほのかちゃんもゲームが上手いし、このままだと私が負けてしまうかも?!


「このまま独走してやるわ!……って、ええ?! い、隕石がーー!」


 アーニャちゃんのUFOに隕石が直撃! 大きなタイムロスだ。

 その隙に、ブレーキを踏んで隕石を避けた私とほのかちゃんのUFOたちが次々と抜いていき、ついでにコンピュータのUFOにも抜かれてしまうアーニャちゃん。


「ぐぬ……このまま終わってたまるかぁー!」


 アーニャちゃんは再びUFOを見事に操作し、コンピュータを抜かし、次に2位の私を抜こうとするが――


「さ、させないよっ!」


 私のUFOは小惑星群を避ける上でかなり有利な位置取りだ。それにひきかえ、アーニャちゃんのUFOはかなり不利な位置取りにいる。多くの小惑星を避けるために余計に曲がる必要があり、その分長い距離を飛ぶことになり、つまり時間がかかるというわけで……。


「ゴール~」

「ゴールっ!」

「ぬ、ぐ……、負けたぁ……」


 ほのかちゃんが優勝、私が2位、アーニャちゃんが3位になった。罰ゲームの有無にコンピュータの順位は考慮しないので、アーニャちゃんが罰ゲームを受けることになる。


「お願い……あたしのは当たらないでぇ……」


 アーニャちゃんが祈るようにして袋に手を突っ込み、メモ用紙を取り出すと――


「やった! あたしのじゃない!……って、うぇ?!『自分で自分を変態だと思うこと』?! な、何それ? えげつない!……この字はほのかね?!」

「そうだよ~」


 にこにこと笑いながらさらっと言うほのかちゃん。


「うぅ……何であたしばっかりこんなの当たるのかしら……はぁ、まあ、罰ゲームは絶対だしね、言うけどね」


 観念した様子でアーニャちゃんは語りだした。


「その……中等部の頃にナリユキさんの博士論文を取り寄せて読んだことがあるんだけどね……それで興奮しちゃって……」

「ゴメン、さすがに意味が分からないや」

「興奮する要素、ある~? あ、男性の胸板についての論文だったとか~?」

「違う違う! 科学界についてよ!」


 ますます意味がわからない。


「その、ね……ナリユキさんは科学界観測魔法の第一人者だけど、元々は科学界のオタク文化の研究者なのよ」

「あぁ~なるほど~」


 ほのかちゃんはピンと来たようだが、私にはよくわからない。


「オタク文化には、エッチな……大人向けのものもあるんでしょ? さっき言ってたみたいに。論文だと、未成年も読めるのよね。まあ、表現としては学術的なものだったけど」


 やっと合点がいった。


「『論文に興奮』だけだと変態チックだけど、話を聞いてみると割と普通だねっ」

「で、でしょ?」

「うん、フェチの時の方が変態っぽかったかも~」

「胸板は正義よ! なんてね」


 皆で笑いあう。


「ナリユキさん、自分で自分のこと変態紳士って言ったこともあったけどね」

「その言葉、魔法界に伝わってるの~?!」


 面白がっているような表情で驚くほのかちゃん。


「どういう意味なの、ほのかちゃん?」

「オタク間で通じる、自分の変態行為に誇りを持つ紳士……みたいな意味かな~? まあ、ネタだけどね~。ナリユキさんも変態行為してくるわけじゃないし~、冗談でしょ~?」

「うん、学会の発表でつかみに持ってきたのよ。我々は変態紳士である。こういったものを研究することは変態のようであるが、それに誇りを持つ……みたいな感じだったかな。実際は紳士よ、科学界観測魔法にも倫理を取り入れているし」


 倫理?


「どういうこと?」

「まず前提から説明するわね。ナリユキさん以前の観測では、時間と場所を指定できていなかったのよ。いつの時代のどこに繋がるのか全く不明だったの。たくさん準備して、さあ繋がりました――ってなっても、見えるのは何もない草原とか砂漠とか、悪いと地中だったりなんてこともザラだったのよ。きわめて非効率だったというわけ。そんな調子だったのが、ナリユキさん以後は時間と場所を指定できるようになったの! イトカワ理論と呼ばれているわ! すごく画期的なことなのよ!」


 それはすごい。実際の研究を知っているわけではないけれど、聞いただけでもそれとわかる前進だ。


「すごいね! でもなんでそんなことができるようになったの?」

「それはね、ナリユキさん以外の研究者は皆、観測方法はそっちのけで、観測内容にのみ関心を向けていたのね。あと、見えている科学界も、どこか遠くの違う星だと思ってたのよ。それらにナリユキさんは不満を持って一つの仮説を立てた。『そんなに遠くの出来事が、こんな不安定な魔法で見えるとは思えない。見えているのは、どこか別の星ではなく、同じ星の異世界ではないか?』って。だから魔法界の座標を基準にして場所と時間を指定した。そうしたら、それがドンピシャだったというわけ!」


 おおー、と私とほのかちゃんで歓声をあげる。


「はぁ~。なるほどね~~。そう言えば言ってたね~、重なり合うように存在する世界だって~」

「異世界って、ほんとにあるんだねっ」


 ほのかちゃんと二人で納得する。あれ? でも、待てよ?


「でも、時間と場所を指定できるなら、こちらとしては見られたくないものを見られるかもしれないよねっ。恥ずかしいこととか」


 例えば、お風呂やトイレとか。

 まあ研究でそんなところを見ることはないだろうけど、悪用する人がいたら嫌だな。


「そこが倫理に繋がってくるわけよ。公的なもの以外は見られないように、魔法の前提をいじってあるの。その上、観測して良いのは各地の王族と一部の研究者だけだから、安心よ」

「すごい! ナリユキさん、紳士だねっ!」

「変態紳士だけどね!」


 クスクスと笑いあい、


「……でも、そうやって観測してるなら、アーニャちゃんや黒影のこともわかっちゃうんじゃないのかなっ?」

「うーん、この現象がずーっと続いて、例えば黒影が魔法界の研究者の研究対象の場所に出てきたらわかるかもしれないけど……今のところは望み薄ね」

「なんで~?」

「公な場所ならどこでも観測しているかというと、そうじゃないのよ。この間のキメラ黒影は公園という公な場所に出てきたけど、実際には公園は観測していないと思う。魔法界発展のため、学ぶ、という目的のためになる場所を見ているだけだから、数も少ないし……でも、わかれば助けに来てくれるかもだから、そうなったらうれしいけどね」

「なるほどね~。じゃあ、観測してそうなところで魔法を使うというのはどう~? 一発でしょ~?」


 ほのかちゃんが名案に思えるアイデアを出してくれる。でも――。


「助けが来るよりも早く、科学界で大騒ぎになって酷い目に合いそうだから嫌ね。実験動物扱いなんて受けたくないし」

「ああ、確かに~。じゃあハイドスタイルしながらだとどうかな~?」

「それだと、観測できないのよね。近くには居ないから」


 う~ん、どうにもならないのか。


「ふむふむ~、なるほど~。なんだか、ごめんね~」

「気にしてないから気にしないで。あたしのためってのもわかってるし……気を取り直して、ゲームやりましょ。何だか話がそれちゃったし。うーん、じゃあ次のミニゲームは……」


 アーニャちゃんが選んだミニゲームは『ばくだんテニス』。


「魔法界にもテニスってあるの~?」

「そのものは無いけど、その昔、科学界観測から始まった、ボールを打ち合うスポーツはあるわよ。グランドボールって言う、まあ、ほぼテニスね。魔法有りの部と、無しの部とがあってね。あたしも魔法学校の授業で少しやったわ。魔法有りだとクイック・ムーブが使えるから、序盤は思考速度の勝負になったり、中盤からは魔法力の持久力の勝負になったりね。魔法が持続した方が圧倒的に有利だからね」

「なるほどねっ」

「無事帰れて、行き来できるようになったら、二人を魔法界に招待するわ。そうしたら、向こうのゲームでもグランドボールでもなんでもやりましょう!」

「それ、いいね~! 魔法界のゲームは是非やってみたいな~!」

「面白いのいっぱいあるわよ。でも、今は目の前のミニゲームを楽しみましょ!」


 気を取り直して、操作方法を学ぶ画面を見る。

『ばくだんテニス』は、空からたくさん、パラシュート付きでゆっくり降ってくるばくだんボールを、相手コートに打って飛ばし、相手のコートでばくだんボールを爆発させると一点もらえる、のだが……一対一や二対二ではなく、一対三になる。その代わり、一人の方はラケットの打つ面がとても大きく、一度に複数のばくだんボールを打ち返すことすらもできる。制限時間三十秒の間に、得点の多い方が勝ち。


「皆、準備は良いかしら?」

「いいよっ」

「どんと来なさい~」

「よ~し、負けないわよ!」


 組分けは、一人側になったのが私で、残りが三人のチームだ。

 3、2、1、ゲームスタート!


「どんどん行くわよ!」

「あ、そ~れ~」


 ゲームセンスの高いアーニャちゃんとほのかちゃんを前に、私はいきなり二点も取られてしまう。

 操作の数の上で不利なのだから、空から降ってくるばくだんボールも含めて、できる限り一度に多く打てる位置に移動してどんどん打ち返していくしかない!


「それっ」


 一度に三つも撃ち返して、その中の一つを打ち返されたものの、今度はこちらが二点取れた!

 ……ほのかちゃんに打ち返された分で一点取られたけど。


「やるわね、ひまり!」

「ただではやられないよっ」

「面白くなってきたね~!」


 その後、私は複数のばくだんボールを打ち返し続けて互角の勝負となったのだが――ゲームの上手い二人にすぐ作戦を見破られ、同じ個所にボールが集中しないように連携して打ち返されるようになってしまった。

 その結果……。


「負けたよ……でも、全力を尽くしたから、悔いはないっ」

「うひひ……さぁひまり、罰ゲームよ! 紙を引きなさい!」

「やっぱり悔いはあったよ……」


 などとのたまいながら、袋からメモ用紙を引く、と……


「『今までで一番怖かったこと』……あ、これ、私が書いたやつだ」


 最後の一枚を書く時に恥ずかしいお題が思いつかなくて、パッとそれらしいことを書いたんだっけ。

 怖いこと、怖いことか……。


「お化けも暗闇も平気なんだよね。何かあるかな……」


 子供のころ迷子になっても、すぐに見つけられたからかあまり怖いとは思わなかったし。

 何か……。


「わたしも暗い話をしたんだし~、何言ってもいいんだよ~」


 そうは言ってもなあ。暗い話か。うーん……、


「あ」


 暗いというか、非日常に怖いものを探していたから、思いつかなかったのだ。

 私は、お化けよりも人間の方が怖い。


「思いついた? それでいいわよ」


 でも、これは統合失調症の影響で起こったことだ。

『例え病気がバレて差別されても、皆を守る』だなんて思っていたけれど、それはもしバレたとしても、の話だ。積極的にバラしたいわけじゃない。というか、できればバレたくない。

 あの頃みたいになったら嫌だし……。

 二人には悪いけど、病気は伏せて話そう。


「私が中二の時に、持病の……強い発作が出たの。それを偶然、クラスメイトに見られて」


 病名を言わずに話す。

 実際には、統合失調症の急性期の陽性症状というものが出た。

 統合失調症には前駆期、急性期、消耗期、回復期という大きく分けて四つの病期があるが、その中でも最も派手に症状が出る時期が急性期だ。

 どう派手かと言うと、幻覚、妄想、興奮などの陽性症状が強く出て、それに影響されておかしな行動をとってしまうのだ。

 一般の人が統合失調症と言われて一番イメージしやすい状態だろうか?


「そういえば、持病があるって言ってたわね、大丈夫だったの?!」

「うん、まあ……何とか」


 私は、その時初めてクロを見た。

 つまり幻覚だ。

 忘れもしない、九月中旬の放課後くらいの時間だ。何故、くらい、とあやふやかと言うと、このころの私は統合失調症の陰性症状というものの影響で何もやる気がなく、ひきこもって不登校になっていたからだ。

 とにかくそれくらいの時間に、部屋に忍び込んだ黒猫――当時はそう思った――が「お前を殺してやる!」と人語を叫んだのだ。

 私は『ついに来た!』と思った。それ以前からぽつぽつと始まっていた『誰かに狙われている』という妄想が進展する瞬間だった。

 それと同時に、周囲から同調の声がした。「そうだ」「殺せ」などの。今思えばただの幻聴なのだが、当時の私は知るよしもない。『秘密組織が私を殺そうと狙っている!』と確信して、家から飛び出し「来ないで!」と連呼して大騒ぎしながら逃げ出した。

 走って逃げた先は近所の駅前の交番だ。その姿をクラスメイトに見られていたから、放課後なのだと思う。


「多少の入院にはなったけど、思ったよりもすぐに出られたし、病気そのものは……今はまあまあ慣れたよ」


 交番に駆け込み、殺される! と助けを求めたが、内容の支離滅裂さ(ただの中学二年女子が秘密組織に狙われるなんてありえない)から精神病だと判断され、親を呼ばれ、病院送りとなった。それも精神病院だ。お巡りさんは精神病にけっこう詳しい人が多いらしい。私のように助けを求める人も結構いるのだろうし、制度的にもかかわることがあるから知識があるのだと思う。

 本人の同意がなくても家族の同意があれば入院させられる「医療保護入院」となったと、後から聞いた。

 運ばれた病院で統合失調症と診断されたとき、そんなはずはない、と否定したことはよく覚えている。

 統合失調症は、病識の無い状態……つまり、自分が病気であると自覚することができない状態になってしまうことが多い。私もそうだったから否定したのだ。

 投薬されると、割とすぐにある程度落ち着いたのは、不幸中の幸いだったといえよう。



 それから二か月と少しの間、閉鎖病棟に入った後、退院できた。

 無知ゆえのイメージで二度と出られないかと思っていたので、出られたときはすごくホッとした。



「ひまりは、病気が怖いってこと?」

「ううん。最初はよくわからなくて怖かったけど、その後お医者さんに教わったり、自分で本を読んだりしたから……今はあんまり。単に嫌って言う気持ちの方が強いかな。それに、ここからが話の本題なんだよ。私は、病気よりも人の方が怖いの」

「と、言うと~?」

「退院して、学校に戻った後で、病気のことでいじめにあったの……」


 陽性症状で大騒ぎしていた私を目撃したクラスメイトが、学校中に言いふらしたのだ。そのせいで差別され、いじめにあった。

 と言っても、殴られたり蹴られたりしたわけではなかった。直接的な暴力はなかった。

 だけどその代わり、物を隠されたり、面と向かって馬鹿にされたり、罵倒されたり、からかわれたりした。


「そんな、許せないわ!」

「病気を理由に差別するなんてね~最低~!」


 二人とも憤ってくれる。本当のことを隠しているからか、少し胸の奥にチクリとしたものを感じながら、言葉を続ける。


「私が言ったことをしつこくからかう調子で繰り返されたのが、一番嫌だったかな。じわじわと尊厳が削られる感じで……あと、先生も「やりすぎんなよ~」とか言うだけでいじめ対策を何もしてくれなかったのも嫌だったよ……」

「確かに、学校の先生は何もしてくれないこともあるらしいね~」


『来ないでぇ!』『来ないでぇ!』ってしつこく言われたから、全く関係のない、いじめと違うシチュエーションでも「来ないで」というフレーズを聞くと当時を思いだしてしまうくらいだ。


「まあそんなわけで、病気は治療すれば済むけど、いじめのせいで人の方が怖いって話だよ。じゃ、次のミニゲーム選ぶねっ」


 私は、努めて明るく言った。実際は感情の平板化があるから伝わったかはわからないが、自分でも暗い話をしたとわかるので、ムードを変えたかったのだ。


「じゃ、次は『立ってセンタースポット』ね!」

「よ~し、負けないわよ!」

「絶対王者ほのかの腕を見せるときが来たようね~」


 それ、まだ引っ張ってたんだね。

 画面が切り替わり、操作を練習しようとして、ふと思い至った。

 いかに罰ゲームとはいえ、誤魔化そうと思えばいくらでも誤魔化せるのに結局病気と関係あることを言ったのは、理解されたいという思いがあるのかもしれない、と。


 でも、言えないよ……。もやもやとした気持ちを抱えながら、表面上は取り繕った。



 この日は零時近くまでゲームをした後、就寝した。



 次の日、皆で作るのをお手伝いした朝食を食べてから、時間もあるしまたゲーム大会でもしようとしたら――アーニャちゃんのアーティファクトから、転移反応を示すアラームが鳴り響いた。


「変身しよう、皆っ」

「ナリユキさんも気をつけろって言ってたし~、気を引き締めていこう~」

「さ、手を繋ぐわよ」

「「「リフレクト・メンタル――!!」」」


 赤、青、そして虹色の光に包まれた後、アーニャちゃんとほのかちゃんは以前と同じ、深紅のミニスカドレスと群青の和風ミニスカドレスだったんだけれど……


「……あれ?」


 私だけ、白メインではなく、黒メインのミニスカドレスへと変わっていた。

 髪と眼は、前回と同じ銀色だったけど……。


「ど、どういうこと?」

「心の姿が変わったんだわ。でも、防御性能とかは変わらないはずよ」

「そ、そうなんだ」


 要は心が変わったってことだよね。

 まさか、病気の再発の前兆とか……? 普段の症状なら慣れているから嫌なだけで済むけれど、再発となると怖いな。

 でも、今はそんなことを言っていられないし、感覚としては症状がひどいわけでも無い。


「行こう皆、きっと大丈夫だよっ」

「再発に決まってんだろバァーーカ!」


 クロだ。昔と違い、さすがに今は幻覚だとわかっている。

 きっと、たぶん、いつものように口だけだ。


「シルバー、本当に大丈夫?」

「二人だけに戦わせておけないよ! 私も行く!」

「危なくなったら、逃げてね~?」

「ありがとう。でも、行くから」


 嫌味な黒猫の幻覚を無視して、戦場へ向かうことに決めた。


「よーし、マジカルガーディアンズ、レッツゴーよ!」

「「おー!」」


 心配しているお父さんとお母さんに見送られながら、ハイド・スタイルを使った後でフライ・ハイを使い、窓から飛んでいく。

 一抹の不安を振り払うように。

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