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第五話 被害妄想と信じる心

 作中に登場する数式はパソコン上での正確さをとった表記となっております。

 高校で黒板にこう書かないだろうとは思いますが、黒板に書くような表記ができなかったので、ここでのわかりやすさを重視しました。

 ご了承ください。

 早朝魔法トレーニングをするようになってから、既に四日目。

 黒影はあれから一度も出現していないし、魔法のトレーニングも順調だと思うけれど、それらとは別にある悩みを抱えていた。



「よーし! 今日はこの辺にしましょ!」


 アーニャちゃんの宣言で私を含めた三人は一様に「クローズ・メンタル」と唱え、変身を解き、続けてハイド・スタイルも解いた。

 トレーニング初日にまずはハイド・スタイルについて改めてレクチャーを受け、その後でどれくらい効果がもつかを検証してあるので、今のところバレる気配はない。おおよそ三十分以上は持つみたいだ。どうも、使う人の魔法的な持久力に比例して長くなっていくらしいので、今の私たちの場合は、だけど。

 つまり、早朝五時過ぎには河川敷につき、三十分のハイド・スタイルを合計二回使って、それぞれ違う魔法の練習をするというのが、早朝トレーニングのメニューだ。


 ハイド・スタイルを使っても、魔法使いの近くだとすぐにバレる。でもそれは魔法使いに対してだけで、一般人――魔法を使えない人には全然バレないのだ。なんでも、魔法使いには人為的な魔法力の流れからバレるらしいのだが、使えない人はそれを感じ取ることができないというわけだ。

 だから、あんなに目立つ格好の私たちの横を一切気が付くこともなくジョギングで通りすぎていく男の子がいたりする。河川敷だから、いろんな人がいるのだ。最初はそのことに驚いたが、もう慣れてしまった。


 今の心配事は別にある。それは――


「ねぇ、今日は放課後に皆でほのかちゃんちに集合してマルオカートやらないっ?」


 さりげなく誘ってみるが、


「ゴメンね~、しばらく忙しくて、無理なんだ~」


 やっぱり、断られてしまった。


「そっか。じゃあ、アーニャちゃん、今日二人で一緒にお出かけしないっ?」

「ごめん! 今はしばらくやることがあるの! 済んだら行きましょ!」

「……そっか、わかったよ」


 アーニャちゃんにも断られてしまったが、実はこれも予想通りだ。

 確かにこのところ、アーニャちゃんは一人で出かけることが多い。皆でリフレクト・メンタルを使うときのハイエンドスペック・アーティファクトではなく、髪留めの形の学習用アーティファクトを使って、ハイド・スタイル後のフライ・ハイでどこかへと飛んでいき、また飛んで帰ってくる。観光でもしているのかな。


 最近――と言ってもまだ四日目だが――妙に避けられている気がする。放課後の遊びなどに何気なく誘ってみても、すべて断られてしまうのだ。

 私、何かしたかな……? それとも、もしかすると病気が知られて嫌がられていたりするのかも……。

 いや、もしそれが本当なら、早朝トレーニングを提案したり、一緒にやったりしないはずだ。でも、ひょっとすると提案した後に知ったのかもしれない。それでやめるにやめられないとか……。

 ダメダメ! これはきっと被害妄想だ。これ以上考えない方が良い!


 被害妄想とは、統合失調症の症状の一つだ。

 人に嫌われているとか、暴力を振るわれるとか、何かしらの被害にあっていると確信する妄想のことで、この場合の妄想とは事実でないことを事実だと確信している状態のこと。楽しい空想とは全然違う、辛く苦しい、でもただの病気の症状なんだ。


「ひまり、大丈夫? 体調悪いの? 無理させちゃった?」


 アーニャちゃんが心配げに顔を覗き込んでくる。そういえば、持病があるとは言ってあるんだっけ……。


「ううん、大丈夫だよっ。ちょっと考え事していただけ!」

「そう、ならいいけど」


 なんとか、誤魔化せたようだ。


「じゃあ、そろそろ解散だね~。ひまりちゃん、また学校でね~」

「うん、また後でねっ」


 自転車でいったん家に帰るほのかちゃんを見送ってから、アーニャちゃんと一緒にジョギングで私の家に帰り、ついたらまずシャワーを浴び、それから朝ご飯を食べ、白地に水色の襟のついたセーラー服に着替え、最寄りの偉多川駅へと向かい、電車に乗る。

 私立桜木高校までは電車とモノレールを乗り継ぎ、ついでに少し歩いて合計一時間と数分で到着する。

 楽に通える範囲に高校が少ないわけではないし、むしろたくさんある。にもかかわらずなぜ近所の高校ではなく遠い高校に進学したのかというと、もちろん理由がある。

 特別通いたかったからではない。

 中学時代に、病気のせいでいじめにあったからだ。

 高校でも陰湿ないじめが続いたらたまらない、だから私のことを知る人が恐らくいないであろう、市外の高校に進学したのだ。ちょうどよく、病気のせいで下がった学力でも偏差値の足りる高校なのもよかった……それでも病気になる前に自衛官になろうと勉強を頑張っていなかったら、とても入れなかっただろうけども。

 その目論見は成功し、私は晴れていじめから解放され、新しくほのかちゃんという友達も作れたのだ。


 ……そういえば、なんでほのかちゃんもあんなに遠い高校なのだろうか。私の家から徒歩圏内に住んでいるのだし、間違いなく他の選択肢もあったはず……聞いたことはなかったけど、毎日楽しそうだし、通いたかった高校なのだろうか。お昼にでも聞いてみようかな。



「桜高にした理由? よくぞ聞いてくれました~!」


 お昼休み、教室で一緒にお弁当を食べているときに聞いてみたら、ほのかちゃんのテンションがにわかに上がった。

 やっぱり、通いたかったからなのかな?


「桜高はね、あの『Springたいむ』の舞台のモデルなんだよ~!」

「Springたいむ?」


 思わず、オウム返ししてしまった。いったい何のこと?


「う~ん、残念、知らないか~。『Springたいむ』はね~、ゲームだよ~。Goverにも移植されてて~、わたしはGoverでやった口なんだ~。ノベルゲームって言って、伝わる~?」


 すごい勢いだ。ゲームなのは間違いない。


「ごめん、わからないや。ノベルって言うからには、小説みたいなゲームってこと?」

「半分、あたり~。絵と文章と音楽の組み合わせの、そうだコンピュータで楽しむ紙芝居みたいなゲームって言ったら伝わるかな~。『Springたいむ』は、すっごく面白いの~! 現代なんだけど、ところどころファンタジックで恋愛のある青春のお話でね、泣けるよ~! 詳しく語るとネタバレになるのが悔しい~!!」

「そ、そうなんだ」


 そんな会話をしていたら、パンを片手に持ったクラスメイトの男子が近寄ってくる。たしか、郷田くんだったはず。


「姫野氏もツリーキッズでござるか~? 拙者も大好きでござる!」

「もちろんでござる! ツリーは神!」

「神!!」


 どうやら二人は意気投合しているようだけど、全然意味が分からない。


「ツリーキッズ???」

「『Springたいむ』を作ったメーカーをツリーって言うんだよ~。で、ツリーのファン達をツリーキッズって言う俗称があるの~。ツリーは他にも名作を連発しててね、最高~! ひまりちゃんも良かったらプレイしてみない~? 貸してあげようか~?」

「プレイして損は無いでござるよ景浦氏」


 二人とも今日は妙に押しが強い。


「う、う~ん……そんなに面白いなら興味はあるけど、今はほら、魔……アレで忙しいし。落ち着いたらお願いしようかなっ」

「あ、そうだったね、ごめんね~」

「景浦氏、何でそんなに忙しいでござるか?」

「こらこら、乙女の秘密を詮索しないの」


 ほのかちゃんが誤魔化しに協力してくれる。


「オウフ、それは『Springたいむ』の夏樹ルートのセリフ! これは一本取られたでござる!」


 失敬失敬と言いながら、郷田くんは席に戻っていった。

 そんなセリフがあったのか。


「というわけで、桜高にした理由は、大好きなゲームの舞台のモデルになっているからなんだ~。現実には百花も夏樹もすみれも鈴音も光もいないけど~……あ、『Springたいむ』のキャラクターのことね~。まあ、そんなことはわかってたし~。毎日校内を歩けるだけでも幸せなんだよ~!!」

「な、なるほどっ」


 心底幸せそうなほのかちゃんに圧倒されながらお昼を食べ終えるころにはお昼休みも終わっていた。


 一緒にお昼食べてくれたんだから、別に嫌われてはいないよね?……普通なら嫌われてはいないと結論づけるところなのだろうと頭ではわかるのだが、それで被害妄想が簡単に払拭できるなら苦労はしない。もっと恢復――完全に治るのが回復で、この字の場合は治り切りはしないものの良くなっていくこと――している人なら、どうにか払拭できるかもしれないけど。



 異変が起こったのはその日の五時限目の最中だった。


「よーし、では景浦、前に出てこの問題を解いてみろ」


 当たらないように身を縮こまらせていたけれど、無情にも当たってしまった。


「はいっ」


 仕方なく黒板へと向かう。


 今習っているのは数1の平方根だ。中学でもやった内容の発展系なので、何とか食らいついている。


 問題は……√{(-5) ^2}……か。

 ええと……、(-5)の2乗はマイナスが無くなって25だから……。


「馬鹿かお前、そんな問題に悩んでんじゃねえよ! ケケッ」

「すみません、今書きます!」

「どうした景浦、そんな大声出して? 誰も急かしてなんかいないぞ?」


 振り向くと、不思議そうな顔の先生とクラスメイトの皆がいた。

 そして、教室の後ろには黒猫が。いや、こんなところに猫がいるわけがない。

 クロだ……! しまった、つい声に出して……!


「ついでに言うとな、ほのかとアーニャはお前を避けていて、嫌いなんだよ! いや、お前を好きな奴なんていないんだよ!」


 そんなことない――と、言いたいところだが言うわけにはいかない。

 クロは幻覚で、返答は無意味だ。

 それどころか、答えればクラス中に幻覚がバレてしまいかねない。


「……すみません、先生。つい、気が急いてしまったんです」

「そうか、まあ、そんなこともあるだろうな。難しいか?」

「いえ、大丈夫です」


 √{(-5) ^2}=√25=√(5^2)=5


 緊張で震える手を誤魔化しつつ、脳の異常な働きを無視しながら、なんとか回答を書き終えた。


「よし、正解だ。戻って良いぞ」

「……はい」


 問題には正解できたが、とても喜べるような心境ではなかった。

 何しろ、教室の後ろを、クロが悠々と歩いているのだから。何度も言うようだが、幻覚を見ているときは精神的な体調が良くない証しなのだ。


「ヒヒヒ……またな」


 そう言いながら(実際は幻覚と幻聴に過ぎないが)クロは教室を出て行って、見えなくなったが……私の心、いや精神には力を増した被害妄想が残ってしまった。

 つまり、ほのかちゃんとアーニャちゃんに嫌われているという妄想が、強まってしまったのだ。



 五限目の残りと六限目をなんとかやり過ごし、ほのかちゃんと一緒に下校しても、被害妄想は消えてくれなかった。

 そして、その放課後、自分の部屋で宿題をやろうとして、シャーペンの芯を使い切ったので一つ新しくおろすと、それが買い置きの最後の一つなのに気が付いた。

 別に今すぐ困るわけじゃないが、なんとなく気になるし、出かければ気分転換になって被害妄想も消えてくれるかもしれない――そう思い、少し遠くのホームセンターまで買い物に行くことにした。シャー芯なんてコンビニでも売っているけれど、ホームセンターの方が安いし、気分転換としては程よく時間がかかった方が良い。

 アーニャちゃんは私が帰ってくる前に出かけていて、両親は共働きなので家には私一人だが、なんとなく行ってきますと言ってから家を出て、自転車を走らせる。

 十分ほどで着き、店内に入り、迷うこともなくシャー芯のある文房具コーナーへ行く、と――。


 そこには、ほのかちゃんとアーニャちゃんの姿があった。

 二人は、仲良さげに談笑しながら絵の具を見ている。



――私を避けて、二人で会っていたのでは――



 その考えが頭からとれなくなった。激しく動揺しているのが自分でもわかった。いや、偶然会ったのかもしれない。いくらでも違う可能性があると、理性ではわかっている。でも、例え事実考えが間違っているということがわかっても無くならないのが被害妄想だ。可能性程度で振り払えるほど、私は恢復していない――。

 統合失調症の症状全開の姿をさらすのを避けるため、私は理性を総動員し、二人に気づかれないように、何も買わずに急いで家に戻った。



 その日から私の闘いが始まった。

 一晩経てば被害妄想が和らぐかなと思って寝たら事実少しはましになって、例えば早朝魔法トレーニングの時にほのかちゃんやアーニャちゃんに詰め寄って「私のこと避けてるでしょ」と詰問するような真似はしなくて済んだけれど、完全に無くなったわけでもなく、二人に早朝会っては増し、夜眠ると減り、というような浮き沈みのある毎日だった。

 はっきりさせればそれでマシになる可能性もあるけれど、直接聞くこと自体が怖いので、何も考えないようにしてやり過ごした。

 そしていつの間にか土曜日になり、お昼を食べてすぐにアーニャちゃんはいつものように出かけて、私はというと部屋にこもってベッドに横になり昔を思い出していた。

 昔と言っても桜高に進学したばかりのころだから、せいぜいひと月ほど前の事だが。


 ほのかちゃん。

 私の大切な親友……と言っても良いよね? 本人に直接そう言ったことはないけれど。


 入学式の後で、席に座って緊張していた私に、目を合わせてにこやかに声をかけてくれた――その日からずっと仲良くしてくれた。

 いつも気遣ってくれるし、勉強でわからないところがあると教えてくれるし、お昼休みも下校時も一緒に楽しく過ごしてくれる。

 たったそれだけのことでと思う人もいるかもしれないが、中学時代にいじめを受けた私にとってはかけがえのない時間だった。

 その時間は今も続いているんだ。本当に嫌いになったなら、やめるはずではないか?


 病気の症状に負けたくない。

 友達関係においてまともでありたい。

 ほのかちゃんとアーニャちゃんのことを、信じていたい――。

 私は自分を保ちたかった。統合失調症という異物に屈服したくなかった。

 二人は今も変わらず、自分を思ってくれているはずだ!



 その瞬間、スマホが鳴った。しかも、音が止まらない。これはメールやメッセージの着信ではなく、通話の呼び出しだ。

 正直言って今誰かと会話する勇気はなかったが、出ないわけにもいかない。

 画面を見るとよりによって「姫野ほのか」の名前が。やはり、ラインのビデオ通話の呼び出しだ。

 固唾をなんとか飲み込み、指をスライドさせてビデオ通話に出た――。


『ひまりちゃん、見える~?』

「見、見えるよっ」


 ほのかちゃんの横には、アーニャちゃんもいる。夕日に照らされた後ろの風景も、ものすごく見覚えがあるような。


『今、わたしたちは、ひまりちゃんの家の前に来ていま~す~!』

『来ていまーす!』


 私の家の前?! なんで?! それなのに何故わざわざ通話を……?

 何か言いたいことがあるのに言えないような感じで、二人はニヤニヤと笑っている。でも、それは少しも嫌な感じがしなかった。

 ここにきて、私は今までの被害妄想の嫌な気持ちよりも、混乱が勝った状態になっていた。

 何が起こっているんだろう?


『ひまりちゃん、お願い、ちょっと外に来て~!』

「え、あ、うん……」


 何が何だかわからないまま、玄関へと向かう。



 サンダルを履いて玄関のドアを開ける、と――。

 パチパチパチパチ……。


「誕生日、おめでとう~! ひまりちゃん~!」

「おめでとー、ひまり!」


 拍手され、誕生日をお祝いされていた。

 あっ、そっか、今日って五月十四日だ。魔法関係の忙しさや被害妄想に追い詰められて完全に忘れてた!

 あっけにとられると同時に、いつの間にか両目から涙が流れていた。

 慌てて、その涙をぬぐう。

 信じて、良かった……!


「どうしたの、ひまり。感動しすぎて声も出ない?」

「いや、誕生日、忘れてて……」

「ええっ」


 アーニャちゃんが驚いている。そりゃそうだよね……。


「最近、忙しかったもんね~。ずっと誘いを断っていて、ごめんね~。でも、今日のためだったんだ~」

「あたしもそうだったの。毎日出かけてたのは、ほのかと合流して準備するためだったのよ」

「えっ、そうだったのっ?」


 じゃあ、二人で会っていたのは今日の準備のためで、やっぱり被害妄想は事実ではなくて……。

 混乱を経由したおかげか、今の私は被害妄想に支配されていなかった。忘れたというのが近い感覚かもしれない。


「サプライズ誕生日パーティのために、ずっと準備してたんだ~。さ、中に入ろ~。おじさんとおばさんも待ってるよ~」

「お父さんとお母さんも?」

「うん、一緒に準備してたんだ~」


 ほのかちゃんに背中を優しく押されながら、家の中に戻る。



 居間に向かうと、既にパーティの準備は終わっていた。

 ダイニングテーブルには大きなホールのイチゴのケーキや、私の好物の、たらこパスタや唐揚げ、ローストビーフ、デザートチーズ、メロンやパイナップルなどのフルーツ盛り合わせなどが所狭しと並べられていた。

 ごちそうを見て、お腹が減っていることにようやく気が付いた。

 お母さんがケーキのろうそくに火をつけながら、


「ふふ、驚いた? さ、ひまりも皆も席についてね」


 いつもの席に座ると、お父さんが電気を消す。


「今日の主役はひまりだ! さあ、皆で歌おう!」


 皆の優しい声の、あの有名な誕生日に歌う歌の合唱の後で、促されるまま、私はケーキのろうそくの火を噴き消した。


「ひまりちゃーん、おめでとう~!」

「おめでとー、ひまり!」


 皆が口々に祝福してくれる。

 こんなに幸せなことってあるんだ。


「ありがとう、皆っ!」

「お礼を言うにはまだ早いぞ。これからプレゼント贈呈だからな!」


 お父さんが宣言すると、皆それぞれ包装されたプレゼントを取り出す。


「じゃあまず、お母さんとお父さんからね。はい、ひまり。誕生日おめでとう!」


 お母さんが、小さめで薄いラッピングされた箱を渡してくれる。箱の表には、英語でエマリチャードソンと書いてあった。もしかして、これは……!


「ありがとうっ! 開けていい?」

「もちろん」


 包装紙をとって箱を開けてみると、そこには高級ブランド・エマリチャードソンの可愛い黒のパスケースがあった。

 前に欲しいって言ったの、覚えててくれたんだ……!

 高くて、お小遣いでは手が出なかったんだよね。

 裏返すと、ブランド名の右に『Himari』と私の名前が刻印されていた。

 世界に一つのパスケースだ!


「ありがとう、お父さんお母さん。大切に使うねっ!」

「うふふ、喜んでもらえて良かったわ」

「喜んでもらえてホッとしたよ。会社帰りに買うとき、女性向けの店で緊張したんだからな」


 お父さんが当時の状況を思い出したのか、笑みを浮かべながら教えてくれる。


「そんな思いまでして買ってきてくれたんだね。ありがとうお父さん!」

「いやはや、なんのなんの!」


 皆で笑いあった後、ほのかちゃんとアーニャちゃんが、さっきよりは大きいもののこれまた小さめで薄いラッピングのされた箱を二人で差し出してきた。


「わたしとアーニャちゃんからは、これね~。誕生日おめでとう~!」

「おめでとう! 用意するのに、結構苦労したんだからね!」


 そんなに苦労するものっていったいなんだろう? と疑問に思いながら受け取る。


「ありがとうっ、ほのかちゃん、アーニャちゃん! 開けていい?」

「どうぞ、どうぞ~」

「ぜひ開けてみて!」


 これまた包装紙をとって箱を開けると、中からキーホルダーと、DVDのケースが出てきた。

 DVDケースには、『ほのかズゲームコレクション』と大きく印字されている。ほのかちゃんの作ったゲームの詰め合わせってことかな?

 裏返すと、この間遊んだ『ビールおじさん道中記』と、遊び損ねた『放課後ロマンス』が入っているとのことだった。これは楽しみだな。


「そっちは、おまけね~。メインは、こっち~」


 そう言ってほのかちゃんはキーホルダーを指さした。

 アーニャちゃんが口を開く。


「それ、あたしとほのかで作ったものなの。手作りのキーホルダーなら、喜んで貰えるかと思って……変身した後のひまりをイメージしたわ。どう?」


 銀色のフレームに、虹色の透明な宝石みたいなものがはめ込んであるキーホルダーだ。とても綺麗で、なんだか見ているだけで心が温かくなってくる。


「ひまりの魔法力の色が虹色だったからこうしたのよ。ただ、本物の宝石はとても手が出ないから、イミテーションなんだけどね」

「でもでも~、これもわたしたちで作ったんだよ~。UVレジンって言ってね~、少しの間お日様にあてると固まる樹脂なんだ~。うまく作れるかどうか実験で作ったりしてて、それでここのところ一緒に遊べなかったんだ~。何層にもしないと虹色が表現できないから、少しずつね~。百円ショップやホームセンターで材料を探したりしてね~。あ~、間に合ってよかった~」


 だから二人でホームセンターにいたのか! 私は自分が恥ずかしかった。病気のせいとはいえ、疑いの心があったから複雑な気分だ。


「あたしもほのかと同じなの。驚かせたくて黙っててゴメンね、ひまり」

「ううん、とっても嬉しいよっ!」


 さっそく世界に一つのキーホルダーを世界に一つのパスケースに付けた。


「これできっと、もっと通学が楽しくなるよっ」

「ひまりちゃん、考えることは同じだね~」

「あたしたち、似た者同士ね!」

「えっ?」


 アーニャちゃんが自慢げに胸を反らす。


「ふっふ~ん、このキーホルダー、実はね……色違いがもう三つあるのよ」


 それって、つまり……。


「じゃ~ん! わたしもパスケースにつけてます~」

「あたしは、借りてるこの家の鍵につけてるわ! 三人で、おそろいよ!」


 ほのかちゃんのは、水色の枠に、青色の宝石のイミテーション。

 そしてアーニャちゃんのは、赤色の枠に深紅の宝石のイミテーションがついていた。


「ここにいる三人分は、皆リフレクト・メンタルの時の姿をイメージしたんだ~」


 うん、それは一目見て分かった。


「おそろいだねっ! でも、じゃあ、あと一人は誰なの?」

「それはね。同じマジカルガーディアンズの仲間として、名無しおじさんの分も作ったんだけど、今のところ渡しようがないのよね……」

「どこの誰かもわからないからね~。魔法界の人だとは思うけど~」


『じゃあ、今こそ自己紹介の時だね!』


 突然、脳内に男の人の声がした。念話魔法テレラインだ。名無しおじさんだ!

 見ればお父さんとお母さんは驚いた様子で、あちこちを見て声の主を探している。

 うん、初めては驚くよね。


「お父さんお母さん、これは念話魔法のテレラインだよ。どこか遠くから声を飛ばしてるの」

「なんと、そんなことが……」

「これが魔法なのね! ワクワクするわね、あなた」


 お父さんとお母さんは落ち着きを取り戻して、座り直した。


『僕の名前はナリユキ・イトカワ。ああ、やっと名乗れた……。ガルティア魔法大学の科学界観測学部で教授をやらせてもらっているよ』


 アーニャちゃんが目を見開いて、


「イ、イイイ、イトカワ教授だったんですか?! ファンです! 本も持ってます! 『魔法学発展の友は倫理である』、その通りだと思います!」


 アーニャちゃんが驚きとともに興奮しているのがわかった。


『気軽にナリユキと呼んでくれて構わないよ。僕たちは仲間だからね』

「いえ、そんな……。じゃあ、ナリユキさんって呼びますね」

『ありがとう。こんな状況でなければ、僕もプレゼントを用意したんだけど……ゴメンね。また後日ってことで一つよろしく、ひまりさん』

「は、はい……あれ? リフレクト・メンタルを使ってないのに、私の声も聞こえますか?」

『今は送受信共にこちらでやってるんだ。ちなみに映像として見ているよ。目に直接投影してね……大変だった』

「なるほど……」


 そんなこともできるのか。


『状況を説明するつもりでテレラインしたんだけど、内容が陰鬱だからね……パーティの後にしようか』


 陰鬱ってことは緊急のような気がするな。だったら。


「お気遣いありがたいですが、今聞かせてください。またいつ魔法が途切れるかわからないですよね?」


 アーニャちゃんも頷き、


「そうよね、いつも突然途切れるし。それにイト……ナリユキさんは行方不明になったって、少なくともあたしが転移する前まで連日報道されてたわ。緊急なんですよね?」

「そうなの?! じゃあ、尚更だねっ。いいよね、皆?」


 テーブルの周りのみんなを見回すと、皆も一様に頷いてくれた。


『ありがとう……。じゃあ、せめてそのごちそうが冷める前に食べながら聞いてほしいんだけど、端的に言って僕は拉致されている。恐らく、裏社会の連中の仕業だろう。そして、科学界への転移実験を無理やり手伝わされているんだ……ローストビーフ、美味しいかい?』


 モグモグ、ごくん。


「はい、とっても美味しいです」

『いいなあ。食事は最低限のものしか与えられてなくてね……。妻の作ったシチューが恋しいよ。それで続きだけど、こうしてテレラインが使えるのは、与えられた実験用のアーティファクトを掌握し、奴らの実験の最中だけテレラインを科学界へ届けることに成功したからなんだ。でも、最初は話す相手がいなかった。そこへアーニャさん、君が現れた』

「そういうことだったんですね……あれ? 魔法界にテレラインは届かないんですか?」

『届くけど、奴らにバレる。万が一にも僕が逃げ出さないよう、魔法で厳重に警戒されてるんだ。バレたら証拠隠滅のために殺されるだろうし。でも、科学界へのテレラインはさすがに警戒の外だったみたいだ。それにしても、口に出さなくてもテレラインできるようになっていて本当に良かったよ』

「なるほど……でも、送受信両方できるなら、適当な科学界の人でも良かったんじゃないですか?」


 アーニャちゃんがもっともな疑問を呈すると、


『まあ、アーニャさんがいなければ最悪の場合そうするしかなかっただろうけど、まず魔法の存在を信じてもらえるかどうかが問題でね。その点で言うと、魔法界の人間が一番良かったと言うわけさ』


 確かにその通りだ。

 たらこパスタを飲み込んでから、


「何とかして、私たちが魔法界の警察とかにテレラインすれば、ナリユキさんは助かるんじゃないですか? 魔法界にも警察、ありますよね?」

『もちろんあるけど、それは今のところ無理だね。なぜなら、そのためには君たちがトランジションを使えるほどの魔法使いにならないといけないからだ。魔法と声を飛ばす以上、科学界と魔法界をつながないといけないから。僕のこれは連中によるつながりを利用しているだけだし。それができれば、本当に良かったんだけど』

「私たちも、彼らによるつながりを利用するのは?」

『それを君たちがやると、さすがに奴らにばれて最悪僕が殺されるというわけさ』


 八方塞がりか。いや、一つだけ希望がある。


「私たちが魔法トレーニングでトランジションを使えるようにならないといけないわけですね……どのくらいかかるかな……」

『うーん、少なくとも年単位だろうな。ひまりさんは統合魔法だけあって魔法出力は十分に大きいけど、繊細なコントロールを身につけるには時間がかかるだろうから』

「それじゃナリユキさんが死んじゃう!」


 アーニャちゃんが泣きそうな顔で言った。同感だ。


『彼らは僕を重要な情報源だと思ってるから、すぐに殺しはしないさ。それに、こうして君たちという仲間ができたことも、僕にとってはやっと見えてきた希望だ。だから、死なれたら困る。決して無理はしないでくれよ。急かすために教えたわけじゃないんだ』


 自分が捕まっているというのに、なんて落ち着いていて冷静なんだろう。ナリユキさんがすごい人なんだと実感した。

 お父さんが挙手をする。


「あの、良いですか」

『はい、ひまりさんのお父さんですね。娘さんにはお世話になってます』

「いやはや、どうもどうも。その、気がかりが一つ。この通信がバレたら殺されるのであれば、ナリユキさんのお名前を呼ぶのは避けた方が良いのでは……傍受されたら一発ですよ」

『あ、そうか。そうですね……非常に残念だけど、僕が救出されるまで呼び名は『名無しおじさん』でよろしくお願いします。それと、重要なことがもう一つ』


 なんだろう?


『今僕がこうして長い間話せるのは、奴らが何か大掛かりな実験を行っているからなんだ。つまり、これから実験の結果、科学界に何かが起こる可能性が高い。用心しておいてほしい』


 怖いけど、前もってわかっているのはありがたいな。


「わかりましたっ」

「心の準備は大切だね~」

「何があっても、あたしたちマジカルガーディアンズが科学界を守るわ!」


 おー! と三人でこぶしを突き上げる。


『実験の規模からして、おそらくまだ時間がかかるだろうけどもね。だから今は大いに食べて、そして大いに休んで、危機に備えて欲しい』

「そういうことなら、バッチリ英気を養っちゃうよっ」

「モリモリ食べるよ~!」

「具体的には、この甘いチーズも美味しいわ!」

『それは良かった。いいなあ……。魔法力の消耗も控えるべきだし、そろそろテレラインを切るよ。またね!』


 皆で別れの挨拶をすると、魔法の感触が消えた。ナリユキさんが送受信をやめたのだ。


 それからはお誕生日会を再開し、宣言通り私たちは大いに盛り上がった。

 ごちそうを食べ過ぎなくらい食べ、ケーキを別腹に収納し終えたところで、ほのかちゃんのスマホが鳴った。

 スマホを見たほのかちゃんは何だか困ったような表情を浮かべていた。


「どうしたの、ほのかちゃん?」


 気になったのでたずねてみる。


「いや、大したことじゃないんだけどね~、お兄ちゃんが家の風呂釜が壊れたって連絡してきたの~。明日には交換が終わるらしいけど~、今日はお風呂入れないみたい~」

「そうなの? じゃあ、うちに泊まってく? そうしたら、お風呂入れるよっ。いいよね、お母さん?」

「もちろん、良いわよ。布団もう一組出さなくちゃね」

「えっ、でも、さすがにそこまでお世話になるわけには~」

「ほのかさんも、マジカルガーディアンズの仲間なんでしょ? なら、私にとっても仲間だわ。それに、子供がそんなに遠慮しないの」

「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます~。ありがとうございます~! お兄ちゃんに連絡しておかないと~……」


 ほのかちゃんがスマホを操作し、メッセージを送ると、すぐに返事が返ってきたらしく再び通知音が鳴った。


「オッケーです~。よろしくお願いします~」

「ほのかちゃん、パジャマは私の貸してあげるよっ。ちょっと小さいかもしれないけどねっ」


 ほのかちゃんは背が高くてスタイルも良いのだ。でも、ゆったり目のパジャマだからきっと着ることはできると思う。


「ありがとう~! じゃあ、皆でパジャマパーティだね~!」

「楽しみだねっ!」


 パジャマパーティなんて、病気になる前以来だなっ!

 被害妄想が睡眠や混乱で和らいだりしたのは、私の体験を反映させたものです。

 全ての当事者がそうなるかどうかまではわかりません。

 ご了承ください。

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