第三話 友情と心の支え
「「「リフレクト・メンタルーー!!」」」
街に黒影が出たという報道をテレビで見たので、私たちは変身して郊外の住宅地へ飛んで向かった。
着くと、そこにいたのは――巨大なクロ?!
黒影じゃない?!
「いたわ! 皆、集中砲火よ!」
しかしアーニャちゃんもほのかちゃんも違和感を覚えていないようで、ショットを雨あられと大量に撃ち始めた。
「い、痛い痛い痛い痛い! なんで?!」
巨大なクロに命中したはずなのに、クロは平然としていて、痛いのは私。
どうなってるの?!
「やめてレッド! 痛いよブルー――――」
気がつくと、ベッドの上にいた。変身していないし、体も痛くない。
「……夢?」
それも意味不明な悪夢だ。起き上がって辺りを見回すと、クロは出ていなかった。
夢なだけマシか。夢なら健康な人だって見る。それに比べて幻覚はひどく辛い。
私の場合、見ている幻覚がただあるだけでも辛いのだ。昨日のようにクロが嫌味を言っていたらその内容も確かに辛いものだが、仮に正しいことを言っていても辛いことに変わりはないというわけだ。
時計を見ると、今日も七時前だった。
今日もゴールデンウィークの途中で、こどもの日で休みだ。もう少し寝ていても良いのだが、アーニャちゃんももう起きているかもしれないし、早く着替えて顔を洗ってリビングへ行こう。
「おはよー、ひまり」
すでにアーニャちゃんは起きていて、お母さんのお手伝いをしていた。
昨日着ていた魔法学校の制服ではなく、こちらで買った服を着ている。
ピンクの長袖Tシャツに黒のハーフパンツ姿と、たしか買うときも動きやすい服を好んで選んでいたのを思い出す。
「おはよう、私もやるよっ」
「二人ともいい子ね。今日はパン食だけど、大丈夫? アーニャさん」
「はい、大丈夫です。いつも食べてます」
それからほどなくして朝食が始まった。
「アーニャさん、パンの味はどう? 魔法界のとは違う?」
お母さんは、結構料理好きだ。だから、違う世界のパンの味も気になるんだろう。
「違うは違いますけど、そんなには変わりません。美味しいですよ。なじみのパン屋があって、よく母と買いに行くんです」
「そう、良かった。ところで話は変わるけれど、お母さんも魔法使いなのかしら?」
「ええ、父も母も魔法使いですよ。貧しい国ならともかく、あたしの住んでいた国は比較的裕福だったので、大体皆アーティファクトを持ってますし」
「「アーティファクト?」」
あ、お母さんもお父さんも知らないか。二人そろって興味深そうな顔をしている。
「アーティファクトというのは、個人が魔法を使うための道具です。特殊な訓練を受けない限り、これなしで魔法を使うことは難しいですね。逆に言えば、アーティファクトさえあれば、科学界の皆さんもきっと魔法が使えます。現にひまりとほのかは使えてますし」
「まあ、私たちも魔法を?」
「これはすごい。普及すれば新たな産業革命の可能性だってあるぞ! ぜひ使ってみたい!」
お母さんとお父さんが期待に満ちた目をアーニャちゃんに向けるが、
「すみません、今持っているのは既にイニシャライズ――使用者を登録済みなので、お二方には無理なんです……」
「うーん、そうか。残念だけど、仕方ないね」
お父さんはIT企業に勤めているだけあってか、新しい技術に興味津々なようだ。その後もアーニャちゃんに質問をいくつかしていた。
アーティファクトにはミスリルと呼ばれる金属が必要不可欠であること。
また、軍隊や警察の使うもの以外は、たいてい、日用品やアクセサリーの形をしていること。
低性能なものと、高性能なものがあること。
そんなことを教えてもらった。
食事は活発な会話とともに和やかに進んだが、その後に問題が起こった。
「ひまり、それ何?」
私はエビリファイ――統合失調症の薬を、毎日朝食後に大小合わせて二錠飲んでいる。
それを、アーニャちゃんに見られてしまったのだ。
「ええっと、持病があるの。その薬だよ」
一緒に暮らし始めたのだから、見られるのは当然ではある。だけど、できれば病気のことは詳しく言いたくない。
どうやって誤魔化そうか、そもそも誤魔化すべきなのか?
そんなことを考えているうちに、
「そう、ごめんね、聞いちゃって」
アーニャちゃんは一人納得したのか、話題を打ち切ってくれた。
ありがたいけど――どこか、アーニャちゃんは人の病気どころではないような、そして元気がないような気もする。
これはひょっとして、ホームシックなのかな……?
私だって魔法界に一人で転移してしまったら、心細くなると思うし。
アーニャちゃんはそのまま、ごちそうさまでしたと言って、席を立った。
「アーニャちゃんに元気がないんだけど、どうしたらいいと思う?」
自室に戻ってからほのかちゃんにラインで連絡を取った。
『やっぱり、励ましたらいいんじゃない~?』
「そうだよね。でも具体的に思いつかないんだよ」
元気を出してと言うのは簡単だが、それだけで元気が出るなら苦労はしない。
『じゃあ、二人でわたしの家に遊びに来てみない~? おじさんが場所を知ってるし、ちょうどいいよ~。わたしも二人に会いたかったし~。遊べば気分も晴れるかも~』
「え、いいの? 嬉しいよ」
正直、一人で考えるのには限界を感じていた。やっぱり、ほのかちゃんは頼りになるなあ。
『全然いいよ~。じゃあ、午後から来てね~。待ってるから~』
「うん、ありがとうっ」
ラインを終了し、アーニャちゃんの部屋に向かった。
「え、ほのかの家に行くの? いいわよ、もちろん」
アーニャちゃんの後ろには、お客さん用の布団など生活必需品のみが置いてあり、物が少ないのがわかる。
「良かった。お昼食べてから行こうね」
「ええ」
やっぱり、元気がない気がするな。
それからお父さんに場所を教えてもらいに下に行くと、送ってくれるとのこと。
歩いても行けそうな距離ではあったが、遊ぶのがメインだしここは甘えておこう。
午後になってほのかちゃんの家についた私は、まず驚いた。
「すごい豪邸……」
洋風の大きな家で、平屋というのもすごいのだろう。ガレージには写真でしか見たことのないような高級車がある。
「失礼のないようにね。まあ心配はしていないけどね」
「うん、お父さん、ありがとう」
「ありがとうございました」
「じゃあ、スマホに連絡くれたら迎えに来るからね」
「わかったよ」
車を降りて大きな門の横のインターホンを鳴らすと、ほのかちゃんが中に入っていいよと言ってくれた。
「ひまりちゃん、アーニャちゃん、昨日ぶり~」
広い玄関や高級そうなインテリアを見て緊張が増したけれど、ほのかちゃんのいつもののんびりした口調で我に返った。
って、当たり前か。急にお嬢様口調になるわけもない。
「昨日ぶりっ!」
ほのかちゃんに合わせて挨拶をすると、ほのかちゃんの笑みが深くなった。どうやら今度は外さなくて済んだみたい。
「お招きありがとう、ほのか」
「いえいえ~、アーニャちゃん、もっと普通にしていいのに~。呼んだのはわたしの方なんだから~。今日はお父さんもお母さんも仕事でいなくて今はおじいちゃんとお兄ちゃんだけだから、楽にしてて~」
「なるほど、それもそうね」
アーニャちゃんの顔からも緊張が取れる。
「おお、ほのかの友達か! よく来たな!」
和服姿の怖そうな顔のおじいさんが、玄関からすぐのダイニングと思われる部屋から姿を現した。
ほのかちゃんのおじいさんだよね。なんだか、どこかで見たことあるような気がするけれど……。
「こんにちは、私、景浦ひまりです」
「アーニャ・ガーデナーです。こんにちは」
「自己紹介ありがとう! ワシは姫野権蔵という。ほれ! 顔に似合わん名字じゃろう! ガッハッハ! じゃが孫のほのかはとてつもなく可愛い! そうは思わんかね!」
「もう~~、おじいちゃんやめてよ~~、みんなの前なのに~~」
怖そうなのは顔だけで、口を開くとひょうきんなことを言い出したおじいさんは、姫野権蔵さんと言うようだ……あっ、思い出した、テレビでよく見る与党の重鎮議員さんだ! どうりで見たことがあるわけだ。
そのことを言うべきか迷っている内に、権蔵さんは私の顔をまじまじと見つめ始めた。
「な、なんですか?」
「ふぅむ、お嬢ちゃん、覚悟を決めた顔をしとるのう。良きかな、良きかな。しかしの、お嬢ちゃんは高校生じゃろ? まだ、若い。時には大人のことも頼るんじゃぞ」
凄い! さすがに魔法のことがバレたわけではないけど、一目見ただけでそこまで見抜くなんて、さすが一流の政治家だ!
「あ、ありがとうございます」
「ガッハッハ! わかればよし! お~い、忠一! お前も挨拶せんか!」
権蔵さんが奥に向かって呼ぶと、扉の開く音がした。
ほどなくして、一人の男の人がやってくる。ほのかちゃんのお兄さんだろう。
「やあ、こんにちは。姫野忠一です」
私とアーニャちゃんが挨拶を返すと、忠一さんは曖昧にうなずき、微笑を浮かべた。
「お兄ちゃん~勉強は良いの~?」
「大学三年生なんて、暇なもんだよ。卒論もまだだし。学部にもよるみたいだけどね」
「そっか~、よかった~~」
「それより、ほのかも勉強頑張らないとな。わがまま言ってランクを落とした高校にしたんだし、大学受験は大変かもだぞ。まあお前は頭良いから、心配してないけどな」
頭が良いのに、ランクを落とした?
もしかして、私と同じような理由で桜木高校にしたのだろうか……?
いや、それはないかな?
詮索はよそう。
「どうしたのよ、ひまり。ぼーっとしちゃって」
「あ、ううん、なんでもないよっ」
取り繕うと、アーニャちゃんはそれ以上深く聞いては来なかった。ありがたい。
ほのかちゃんたちの説明によると、権蔵さんは市内の別の場所に本家を構えていて、その息子で同じく政治家の県会議員をやっているほのかちゃんのお父さん――諒さんというらしい――は独立して家を建てたものの仲は良く、こうして良く遊びに来るとのことだった。
たぶん、孫の顔を見たいんじゃないのかな。
「ではワシはそろそろお暇するとするかの。忠一、ほのか、たまにはじいちゃんちにも遊びに来るんじゃぞ~~!」
「うん、気が向いたらね~」
「じいちゃんも元気でね」
「ガッハッハ!」
ヤクザ顔をクシャクシャに歪めて一人で大笑いをする権蔵さんは、テレビで見るのと違い、孫に甘い一人の優しいおじいさんでした。
それから私とアーニャちゃんは、ピカピカに磨き上げられたフローリングの廊下を少し歩いて、ほのかちゃんのお部屋に案内してもらった。
「どうぞ、入って、入って~~」
綺麗な洋室に入ってまず目についたのは、壁に貼られた、可愛い女の子がいっぱい描かれたポスターだ。発売日が書いてあるから、ゲームのポスターだろうか。よほど好きなのだろう。
そのすぐ横に本棚があり、そこに並べられたなんだか難しそうなゲームプログラミングと背表紙に書いてある本の数々と、たくさんのゲームソフトも並んでいるのがわかった。さらに机を見ると、ノートパソコンが置いてあった。
この間買っていた本といい、これはひょっとすると――。
「ほのかちゃん、もしかしてゲーム作ってるの?」
「うん、ゲームってすごいと思わない~? だって小説や漫画、アニメでは一方的に見るだけしかできなかったキャラクター達と一緒に遊べるんだよ~。場合によってはお付き合いや結婚までできて、そうでなくても、仲間になれる~。これは最高の体験だと思うの~。最近はAR、つまり拡張現実が一般にも降りてきてるけど~、わたし、ゲームは昔から現実を拡張してると思ってる~。広い意味でだけど~。それと実際に作ってみて分かったけど、一人のキャラクターを生み出すだけで膨大な手間がかかるの~。何十、何百ものキャラクターが登場するゲームの製作陣には自然に頭が下がるし、尊敬の念も覚えるわ~。わたしが特に気に入っているのは『あにまるの村』シリーズと『Springたいむ』で~――」
「ちょ、ほのか、ストップ、ストップ! 落ち着いて!」
すごい勢いでまくしたてるほのかちゃんに、アーニャちゃんが若干引きながらツッコミを入れた。
「あっ、ごめんごめん~スイッチが入っちゃったみたい~~。アーニャちゃん、訳が分からなかったよね~? ささ、皆、座って~~」
ほのかちゃんが用意しておいてくれたクッションにそれぞれ座り、
「訳がわからないこともないわ。魔法界から科学界のゲームは観測されているし、それに魔法界にもゲームはあるしね。科学界のゲームの影響も多分に受けているわよ」
「えっ、そうなのっ?」
驚きだ。でも、ゲームが良いところだと思われて取り入れられたのなら嬉しいなっ。
私以上に食いついたのはほのかちゃんで、
「どっ、どんなゲームなの~?!」
前のめりになって質問している。本当に好きなんだな。
「色々あるわよ。あたしはそんなに詳しくないけど、ウルトラブルームレーシングとか、ヒーローインベンターとかはハマったわ。あとマネージラボラトリとかも」
「くわしく~!」
ほのかちゃんが鼻息も荒く端的に質問を続ける。するとアーニャちゃんはゲームの内容を紹介してくれた。
まず、ウルトラブルームレーシングは操作するキャラクターがほうきに乗って空を飛んで競争する、一種のレースゲームらしい。なんでも現実にそういう競技があって、そのゲーム化なんだとか。人気があり、シリーズになっているらしい。
次にヒーローインベンターは、架空の科学界の発明家になって侵略者と戦い世界を救う大作3Dアクションゲーム。なんでも、魔法界のフィクションにおける「発明家」という言葉は、こちらの世界における「魔法使い」という言葉と同じくらい幻想的で魅力的なんだとか。それは何故かというと、向こうの人にとって異世界の象徴が科学なので、その科学でものを作る発明家が一種の憧れの対象のようになっているらしい。また、同じように人気があるのが「科学者」という存在なんだとか。
ところ変われば憧れも変わる、ってことなんだろうか?
最後にマネージラボラトリは、架空の科学界の発明家になって色々なものを作り、時にはお金を稼ぎ時には戦って科学研究所を運営していくゲームとのこと。これも結構人気があって、ナンバリングのシリーズものだそうだ。
「ははぁ~興味深いわぁ~……いつか遊んでみたいなぁ~」
幾分落ち着きを取り戻したほのかちゃんが感嘆のため息を漏らす。
「あ、わたしばっかりごめんねぇ~。今日は皆でゲームをやりたくて呼んだようなものなんだけど、二人はどんなゲームやりたい~? マンテンドーGoverのソフトの有名どころはそろってるから何でもいいよ~」
マンテンドーGoverとは、満点堂というゲーム会社が販売しているゲームハードのことで、本体であるタブレット型のゲーム機の左右にコントローラをつけることで携帯機、タブレットをドックに接続することで据え置き機として使えるとても便利なものだ。私の家にもある。
「あたし、せっかくだからいかにも本場の科学界っぽいゲームがしたいわ」
「科学界ぽいってどういうこと~? ここにあるのは全部科学界のゲームだけど~」
「ええと、科学が出てくるゲームよ。科学で作ったものとかが。後はわかんないから二人に任せるわ」
「なるほど~。じゃあ、ファンタジー系は除外するとして~……ひまりちゃん、どれが良いと思う?」
そう言いながら立ち上がったほのかちゃんは、本棚からゲームのパッケージをいくつか取り出した。
SFロボットアクションものの「エンジェルマシンサーガ」と、カートに乗って競争する「マルオカート8スペシャル」と、バディモンというモンスターを仲間にして冒険する「バディモンスター ブレイドバージョン」である。
一見、SFのエンジェルマシンサーガが最も科学要素が濃そうなので良い気がするが、これは確か操作がそこまで簡単じゃない。バディモンは簡単でSF要素はあるけど、そこまで科学科学としていない。それに一人用だし。一方マルオカートなら、主役のカートが科学で作ったものと言えるだろうし、何より初心者でも遊びやすいのではないか。ほうきのレースゲームにハマっていたなら、とっつきやすいかもしれないし。
その旨を伝えると、ほのかちゃんもアーニャちゃんも納得したようで、マルオカートを遊ぶことになった。
アーニャちゃんに基本的なコントローラーの操作方法を教えてから、さっそく皆でゲームを開始した。左右の外せるコントローラーの他に、ほのかちゃんは別売りの大き目のコントローラーも持っていたので、数はちょうど足りる。
「キャラクターはこの中から選ぶのね。えっ、お姫様がレースするの?」
「ゲームだからね~。アーニャちゃんから選んでいいよ~」
「うーん、じゃあせっかくだから……」
アーニャちゃんはアップル姫、私はマルオという主役のヒゲのおじさん、ほのかちゃんはノッシーという緑色の恐竜を選んだ。
「あっ、自分でカートをカスタムできるのね。発明家っぽい! ねぇ、どれが速いの?」
「ガチ勢が使うって意味では速いのもあるけど~、最初はベーシックで統一した方がやりやすいと思うよ~」
「なるほどね、じゃあ今はベーシックで良いわ」
アーニャちゃんはベーシックなカスタムで統一し、私は加速重視、ほのかちゃんは速度重視のカスタマイズとなった。
初心者のアーニャちゃんや、最近あまりやっていない私もいるということで、これから遊ぶのは100㏄、つまり排気量が標準=それほどスピードの出ない階級の、グランプリ、つまりCPUも含めて全十二人で走るモードだ。
「スタート二秒前からアクセルを踏んでるとスタートダッシュできるよ~」
「アクセル……Aボタンね、わかったわ」
3、2、1、スタート!
あっすごい、アーニャちゃん初めてなのにスタートダッシュに成功した!
センスあるなあ。魔法界のゲームをやっていたからだろうか?
と、思っていたら――
「ちょっちょっ、曲がり切れない! 待って待って待って、ああーー」
しょっぱなのカーブを曲がり切れずに、壁でガリガリとカートをこするアーニャちゃん。そうこうしているうちに、9位まで下がってしまった。
「なんとかカーブを抜けたわ……結構思いっきりスティックを倒すのね」
「最初の内は思い切りがいるよね~」
事前に説明しておいたので、アーニャちゃんもアイテムボックスは取り忘れない。
「星が出たわ」
「スペシャルスターは無敵で速度が上がるよ~」
「使ってみる……あっ、すごいすごい!」
低い順位だとけっこう良いアイテムがバンバン出るんだよね。
「あっ、またカーブね! えい!」
アーニャちゃんは夢中になるあまり、カートと一緒に自分の体も傾けてしまっている。私も昔はそうだったなあ。
現在の順位は、ほのかちゃん1位、私が3位、アーニャちゃんは7位だ。ほのかちゃんが1位なのは当然としても、ブランクのある私が3位で初めてのアーニャちゃんが7位なのは結構健闘しているのではなかろうか。
しかし、調子が良かったのはそこまで。アーニャちゃんは1コース目の2週目までは壁にこすったりコースアウトしたりを繰り返してしまったので、そのままの順位でゴールした私たちと違い、最終的に11位だった。最下位でないのは良いアイテムのおかげでギリギリ一人抜けたからなので結構ショックかもしれない。
「なかなか楽しいわね」
アーニャちゃんは楽しいと言ってくれた。本心ではあると思う。でも、どちらかというと、どうでもいいことだから負けても気にならないのかもしれない。それよりもっと重要な悩みがあるので、心ここにあらずなのではないか。
そのことはほのかちゃんもわかったようで、何か目配せをしてきた。任せろってことかな?
「アーニャちゃん、低い順位で満足しちゃだめだよ~。せっかくセンスあるんだから、もっと上を目指そうよ~」
確かに、初挑戦の三週目でコースアウトも壁こすりもやらなくなったのはすごいと思う。
「良いのよ。ゲームは楽しんでこそでしょ。これでも、楽しいもの」
「ふ~ん……一理あるけど~、まあ、わたしに勝てないもんね~仕方ないよね~」
「なぬ」
「ほ、ほのかちゃん?!」
元気づけるために誘ったのに、喧嘩になったらどうしよう?!
不安になった私にほのかちゃんはさらに目配せをしてきた。大丈夫、なのかな?
「こ・の、絶対王者ほのかには~勝てないから~最初から諦めてるんだよね~」
絶対王者て。
「言ってくれるじゃない。そこまで言うからには、自信があるのよね?」
「もちろん~、二人ともいくらでもかかってきなさい~」
「よ~し、ほえ面かかせてやるわ。行くわよ、ひまり!」
「えっ、う、うん」
大丈夫かな? でもなんとなく、アーニャちゃんに元気が出てきたような気がする。
「じゃ、次行くよ~」
二コース目でレースの続きが始まる。グランプリモードでは、四種類のコースをそれぞれ三周して毎回順位を決め、順位に応じたポイントがもらえる。そして最終的な合計ポイント数で勝敗がつくのだ。
二コース目は水中と地上を行ったり来たりする、水のテーマパークがコンセプトのコースのようだ。その名も「ウォーターランド」。カートが水中走るのかよと言いたくなる方もいるかもしれないけど、プロペラが出てきて進むんだよね……!
無事三人ともスタートダッシュを決める。ドリフトやプチターボと言ったカーブを曲がるときのテクニックは事前に説明しておいたものの、一コース目ではアーニャちゃんは挑戦しなかった。壁こすりやコースアウトの対策で、それどころではなかったのだと思う。
しかし――。
「ひゃっほーー!」
「ええ~?! 初見でドリフトを決めるなんて~?!」
アーニャちゃん、すごい!
「まだまだ行くわよ! それっ!」
「え――」
「嘘~……」
その次のカーブで、アーニャちゃんがプチターボを成功させたのだ。
プチターボは、カーブを曲がるときにドリフトをしながら一定の操作をすると加速するというテクニックである。
私は昔のマルオカートをやったことがあるので一応経験者だけど、それでもプチターボは成功したりしなかったりだ。そのせいかさっきもコンピュータにも勝ちきれずに3位だった。
「これは本気を出さざるを得なそうだね~」
「ふふん、その上を行って見せるわ!」
その後もアーニャちゃんのドリフトの成功率は100%、しかし私と同じくプチターボは成功したりしなかったりで、そのせいで1位のほのかちゃんには及ばず、3位だった。しかし十分才能を示したと言える。だって私は4位で、既に負けているのだから。
まだ、あと残り二コースある。驚異的なことだが、これは可能性があるのではなかろうか。
「もう! 悔しい!」
「ふふ~ん、なかなかやるようだけど~、まだまだかな~」
「もうちょっと! もうちょっとよ! 次は勝ってみせるわ!」
そして始まった三コース目。コースのデザインはスイーツがいっぱいの「スイーツパーク」である。
アーニャちゃん、スタートダッシュはもう当たり前で、カーブでもプチターボを確実に出していっているようだ。そして――
「おりゃあ! ダッシュ! 抜いたぁ!」
「え、ちょ、待って~」
「待つもんか! このまま行くわよ!」
なんとアーニャちゃんのアップル姫が、温存していたらしいそれなりに良い加速アイテムのダッシュタマゴを使ってほのかちゃんを抜いたのだ。
しかし――
「ふふ~ん、勝負は最後まで笑っちゃだめ~」
ほのかちゃんのノッシーが妨害アイテムの緑こうらを絶妙なタイミングで投げ、アーニャちゃんのアップル姫を転倒させて抜き返した!
緑こうらは上位でもまあまあ出るけど、追尾する赤こうらと違って直進しかしないので、下手な私では正直ガードに使うしかないと思っていた。まさか、狙って当てられるなんて!
「ぐぬぬ……やるわね、ほのか」
「転ばぬ先の杖だよ~」
三コース目「スイーツパーク」ではアーニャちゃんが転倒から立ち直るまでの間にかなりの差が開いてしまい、その優勢を保ったままほのかちゃんが1位、アーニャちゃんが2位だった。私は4位のまま。正直、もう二人に勝てる気がしない。
「アーニャちゃん~、泣いても笑っても次が最後だからね~」
「ぐぬぬぬ……今のが惜しかったんだから、次は行けるはずよ!」
「ふっふ~ん、実はわたし、まだ変身を一つ残しているんだよね~」
「え?! な、なにそれ」
「もっと速くゴールできるってこと~。本当に勝てるかな~?」
ニヤッと笑いながらほのかちゃんは自信満々に宣言した。
「上等よ! あたしの進歩とほのかの奥の手、どちらが勝るか……勝負!」
「かかってきなさい~」
四コース目は、上から落ちてくる大きな石のキャラクターが多く住み着いた廃墟のコースの「ゴッスンはいきょ」。ゴッスンにぶつかれば当然、タイムロスするので気をつけなければならない。
なんだか私まで緊張してきたけど、ゲームに夢中になっているからかアーニャちゃんは生き生きとしている。これがほのかちゃんの狙いだったのかな。
「じゃ、最終レース、行くよ~」
3、2、1、スタート!
二人して、まずはスタートダッシュ、そしてゴッスンの群れを器用に避けながらカーブではプチターボを欠かさない。
もはや二人だけの勝負の世界だ。
たまに順位の低いコンピュータが全員にアイテムでカミナリを落としてきたりするけれど、大勢には影響がない。
アーニャちゃんがまたダッシュタマゴを温存している。運が良いなあ。
「よしっ、ここ!」
アーニャちゃんのアップル姫がほのかちゃんのノッシーをアイテムの加速で抜いた。
対するノッシーのアイテムは設置して転倒させるアイテムのバナナ。これではさっきのように逆転はできない!
レースももう終盤、今度こそアーニャちゃんの勝ちか……?!
と思っていたら、
「ふふ~、へ~んしん~、NISC!」
ほのかちゃんがよくわからない掛け声とともにアイテムなしでコースの外をジャンプしながら走りショートカットした!
一気にアップル姫を抜くノッシー!
「ぐぬ……そんな手があったなんて!」
「伊達に絶対王者は名乗りませ~ん~」
その後もアーニャちゃんはノーミスでプチターボを決め続けるものの、逆転とはならず。
絶対王者ほのかちゃんの完全優勝となったのでした。
あ、NISCって言うのは、後に聞いたところによると「ノー・アイテム・ショート・カット」の頭文字をとった略称なんだって。アイテムを使わずにテクニックだけでコースをショートカットするテクニックのことらしい。聞いただけで難しいと思えるテクニックだね!
「あーもう! 悔しい! ほのか、もう一回よ、もう一回!」
そういうアーニャちゃんは、とてもいい笑顔になっていた。きっと、全力を尽くした勝負だったので、楽しかったのだろう。
「良かった~。アーニャちゃん、元気になったね~」
「えっ?」
そのことはほのかちゃんもわかったようだ。
「隠していてごめんね~。実は今日の集まりは、アーニャちゃんを元気にするためのものだったの~。ほら、ひまりちゃんも~!」
「う、うん。アーニャちゃん、笑顔になってよかったよっ。科学界に一人でいるのは辛いと思う。全部わかるとは言わないよ。でも、私も昔、全然違うことだけど、孤独を味わったことがあって……その時はお父さんとお母さんが支えになってくれたから乗り切れたの。だから今度は、私たちが支えになりたいなっ」
そう伝えると、アーニャちゃんの目じりに光るものが浮かんできた。
「ありがとう……、ひまり、ほのか。あたし、自分の夢がもう叶わないのかなってショックで、不安だったの。魔法界で魔法開発の研究者になって、世の中をよくするっていう夢が。だって、こっちには魔法大学すらないし……帰れなかったらどうしようって。一人で何ができるだろうって……。お父さんとお母さんも、普段はうるさいけど、会えないのが辛くて……でも、一人じゃなかったのね、あたし」
ほのかちゃんがアーニャちゃんの片手を取り、
「アーニャちゃんは、一人じゃないよ~。そのことは、忘れないで~」
「そうだよっ、私たちは味方だよ!」
アーニャちゃんはさらに浮かんできた涙を指で拭い、
「じゃあ、一つリクエストしても良い?」
そう、涙声で言った。
「一つと言わず、何個でもどうぞ~」
「ほのかの作ったゲームがやってみたいわ」
アーニャちゃんは照れ隠しだろう、話題を変えた。
「ほ、ホントに~? 言っちゃなんだけど素人だよ~?」
「良いのよ。最初は誰だって素人だもの。さっきのあたしみたいにね。ダメ?」
「そこまで言うなら~、こっちとしても誰かの感想は欲しいし~、願ったり叶ったりだからぜひ~」
ほのかちゃんは立ち上がり、勉強机の上のノートパソコンを起動した。テレビとパソコンをケーブルでつなぎ、テレビをモニター代わりにする。そしてパソコン用らしいゲームパッドをアーニャちゃんに渡した。
「わたしが作ったパソコン用のゲームは二つあるけど~、皆でやるなら「ビールおじさん道中記」の方だと思う~」
そう言ってマウスで「beer.exe」というファイルをダブルクリックした。
画面が切り替わって、フルスクリーンでゲームが始まる。
軽快なBGMとともに、でかでかと「ビールおじさん道中記」とロゴが表示され、下には「Push Start button」と表示されている。
「ほのか、作曲もしたの? すごいわね」
「ううん、残念ながらこれはフリー素材だよ~。インターネットに使っても良いよってアップロードしてくれている方々が結構いるの~。でも、ドット絵とプログラムはわたしが全部やったから、期待してて~」
ドット絵って、ゲームの絵のことだったのか! たぶん、点の集合で描かれているからドット絵というのだろう。そのことをほのかちゃんに聞いてみると、
「正解~!」
と帰ってきた。
そうこうしているうちにアーニャちゃんがスタートボタンを押し、ゲームが始まる。
『酒が 切れた 買いに 行こう』
画面の中に酔っぱらいのおじさんとそのセリフが表示されている。
そのまま家の外に出たみたいだ。
すると――
「えっ、ちょっと待って待って、なんか怪物がいるんだけど!?」
本当だ。家の外には怪物がうようよしている。何で?!
「ふっふっふ~~、Aボタンでジャンプ~、BボタンかYボタンで攻撃だよ~」
ほのかちゃんがニマニマと笑いながら説明してくれる。
この状況にもきっと理由があって、でもそれを言っちゃうとネタバレになるからかな?
ちなみにゲーム画面は人や背景の家などを真横から見た構図だ。その辺は国民的2Dアクションゲームの「スーパーマルオ」シリーズと同じらしい。
「あっ、Bボタンでビールの空き缶を投げたわ!」
二回空き缶が命中した大きなトカゲは消えたが、今度は後ろから骸骨が寄ってきていた。
「Yボタンは違う攻撃が出るよ~」
「よし、ふりむいて、Yボタン! って、ええ?! 口からゲロ吐いたわよ?! しかも一発で倒せたし! アハハハハ、おかしー!」
ゲロ強っ! でも確かに、空き缶とゲロのどちらが嫌かと言われたらゲロか……。
そして、おじさんを右に進めていくと、地割れでも起きたのか道路が寸断されていた。アーニャちゃんは器用におじさんを操作してジャンプで谷を越えていく。
「アハハハ、道路寸断されすぎでしょ!」
確かに、背景は普通の街中なので違和感がすごい。
ほのかちゃんは何か言いたげに唇を釣り上げている。
そうこうしているうちにステージ1をクリア。ステージ2に切り替わる、と――
「ぶっ、アハハハハ! じ、自動販売機が、浮いてる~~! しかも、動いてる!」
「え、アーニャちゃん、自動販売機わかるの?」
「し、知ってるわよ、魔法界から観測されてるもの! 治安が良いことの証明だって! それが、浮いて……プッ、ククッ……!」
ゲームとしては見た目のシュールさとは反対に、難易度が上がったとも言える。つまり、空中を移動する足場をジャンプで乗り継いでいく、この手のゲームでよく見るアレである。タイミングを合わせてジャンプしなければならないので、私は苦手だ。
アーニャちゃんにセンスがあるのか、画面の中のおじさんは器用に、時に敵をゲロや空き缶で倒しながら自動販売機を乗り継いでいく。乗り継ぐ先に敵がいるときは空き缶で先に倒し、急に現れたときは引き付けてゲロで倒す。
順調にステージ2をクリアすると、酒屋についた。おじさんが中に入っていく。
「あ、これで終わりかしら? もっと遊びたかったわ……ってあれ、酒屋の中がダンジョンになってるわよ?! ステージ3って出てる! よ~し!」
ステージ3では転がってくるお酒の瓶や缶をジャンプで避けながら奥へ奥へと進んでいく。その先には――
『酒が 欲しくば 私を 倒してからに するのだな』
酒屋の店主がボスなの?! 何で普通に売らないの?!
「アハハハ、よ~~し、盛り上がってきたぁ! 行け! おじさん!」
酒屋の主人がビール瓶を投げてきたり、ビール缶をばらまいてきたりするが、アーニャちゃんはそれを器用にかいくぐりながら空き缶とゲロで対抗する。
数分間同じような作業が続いたが、やがて酒屋の主人のライフゲージが空になった。
『バ バカな…… この わたしが……』
『さぁ 酒を寄こせ』
『いいだろう しかし その前に 洗濯しろ』
「えっ? 洗濯? どういうことかしら」
「戦いでダンジョ……いや、酒屋が汚れたからかな?」
「なるほ……いや、待って、画面がだんだんぼやけてきたわ。これはいったい……? あ! おじさんの部屋に戻ってる!」
でも、最初とちょっと違う。
寝ていた布団が、ゲロまみれになってる! 最悪だ!
これって、もしかして……。
『なんだ 夢か…… トホホ 洗濯 しないと』
やっぱり、夢オチ!
「アハハハハハハハ! なんか、変だとは思っていたのよね! なるほど、こう来たかー!」
そしてスタッフロールが流れ出した。と言っても、音楽以外全部ほのかちゃんが作っているのでほとんど『HONOKA HIMENO』である。
「あー、面白かった! こんなに笑ったのは久しぶりよ! あっ、ひまり、全部やっちゃってゴメン! やりたかったわよね?」
「私も忘れてたから良いよ。それに、ツッコミが忙しくてそれどころじゃなかったよ」
「うふふ~~、そうでしょう~! 二人とも、面白かった~?」
私とアーニャちゃんが異口同音に「面白かった!」と答えると、ほのかちゃんは満足げに笑ったのだった。
「そういえば、作ったゲームはもう一つあるって言ってたわよね? そっちをひまりがやるのはどうかしら?」
「わたしは、良いよ~。是非、是非~」
「やってみたいなっ。なんていうゲームなの?」
「もう一つは放課後ロマンスって言って~、いわゆるノベルゲームだね~」
その瞬間、急にアラームが鳴った。
「えっ、何? パソコンの音?」
「ううん、違うわ。魔法の転移反応よ。私のもう一つの、学習用アーティファクトからの音」
アーニャちゃんが髪飾りを外し、手のひらに載せると空中に円形の映像が映し出された。
「えっ、すごいね?!」
「映像はアーティファクトの基本機能だけどね。もし転移があったらわかるようにセットしておいたの。……全部で三つね。ごめん、ひまり、ほのか。あたし、行ってくるわ」
「わたしも、一緒に行くよ~」
「私も!」
「これは魔法界の問題よ?」
アーニャちゃんは、決意に満ちた目で言うが、こちらとしても譲れないものがある。
「アーニャちゃん、私たち、仲間で友達でしょ! 支えるって言ったじゃない! ね、ほのかちゃん!」
「うん、頼ってよ~。それに、相手が三つなら、こっちも三人の方が良いよ~」
「ほのか、ひまり……」
アーニャちゃんは感極まったような声で一瞬言葉を詰まらせ、
「……ありがとう。じゃあ、遠慮なく頼るわよ!」
「うん、行こうっ! さあ、皆、手をつないで!」
円陣を組み、手をつないで、
「「「リフレクト・メンタル――!!」」」
赤、青、虹色の光に包まれた後、アーニャちゃんは深紅のミニスカドレス、ほのかちゃんは群青の和風ミニスカドレス、そして私は白メインのミニスカドレスに変身した。
それぞれ髪と眼も、深紅、青、銀色に変わった。前回と同じだ。
「よし、行くよっ!」
「ええ! レッツゴーよ!」
「張り切っていこう~!」
私たちはハイド・スタイルをかけた後、フライ・ハイで窓から飛び出した!