第二話 奇跡の再来! 統合魔法!
黒影は恐ろしいけれど、私はそれが問題にならないくらい怒っていた。これ以上好き放題やらせるもんか!
「私が前に出るよっ! レッドとブルーは皆をお願い!」
二人は怪我しているし、その方が良い!
ちなみに色で呼んだのは、本名で呼ぶと正体がバレるなど後のことが怖いし、それに変身した後の別の呼び名に憧れていたからだ。
「任せて、シルバー! プロテクト・ガード!」
空気を読んでくれたアーニャちゃんは私をシルバーと呼んでくれた。かなり嬉しい。そのまま彼女はバリヤーのような見た目の魔法で周囲の倒れている人たちを黒影から守り始めた。
「ブルーも防御魔法プロテクト・ガードが使えるはずよ、リフレクト・メンタルを使っているから!」
「至れり尽くせりだね~。プロテクト・ガード~!」
ほのかちゃんも周囲にプロテクト・ガードを重ね掛けする。
「みなさん、逃げて! 早く逃げて!」
私たちが急に変身したからか、危険も忘れて見入っている人や、スマホで撮影している人などもいたので促すと、皆は我に返ったようにこの場を離れてくれた。
それを見てから、黒影の方へと歩き出した。
「シルバーも魔弾魔法ショットや今の防御魔法が使えるから、安心して!」
「ありがとう!」
黒影はターゲットを私に変え、連続で魔弾を放ってきた。
少し怖かったものの、即座にプロテクト・ガードで防げた。
あれ? 今、呪文を唱えなくても魔法が使えたような?
「無詠唱魔法! さすが! やっぱり奇跡の再来ね! そのままやっちゃえ、シルバー!」
なんだかすごいことをしたらしい。よ~し、このまま行くぞ!
連続でショットを撃つ。黒影はプロテクト・ガードを張るけれども、魔弾はそれをそのまま突き破って命中した。
「すごい威力……魔法出力がけた違いなんだわ! 圧倒的有利よ、シルバー!」
後ろのアーニャちゃんが教えてくれる。どうやら私には魔法の才能があるみたいだ!
さらにショットを撃ち続ける。相手がいくらプロテクト・ガードを張っても意味がなく、次々とダメージを与える……でも……あれ? さっき黒影の右腕に命中した跡がない。
いや、それどころか、他の部分もだ。見れば黒影はダメージを負っても直せてしまうみたいだ。
えっえっ、じゃあ、どうやって倒せばいいの?
迷いによって、私の魔弾の照準は外れ、地面にショットを直撃させてしまった。
「ハイド・スタイル」
その隙に、黒影が見えなくなる。姿を消す魔法を使われたみたいだ――。
「ど、どこ?!」
「右だっ!」
声に従い、右にプロテクト・ガードを張りながらそちらを向く。そこにはクロがいた。
「ヒヒ、だーまされた、騙された! お前なんかが調子に乗るからだ!」
私は幻覚のせいで大きな隙を作ったことに気が付いた。
「上よっ! シルバー!」
アーニャちゃんの声を聞きすぐさま上を向くと、空から落ちてくる黒影の姿が。跳んでいたんだ――。その腕には光り輝く魔法が。
「ファイヤー・ブレード」
光は炎の剣に変わった。体が恐怖で硬直してしまって――。
「プロテクト・ガードぉ~っ!」
間一髪、ほのかちゃんの声がして、彼女の防御魔法で炎の剣は相殺されていた。危ない、死ぬところだった……。急いでショットを撃ちつつ距離をとる。
「ありがとう、ブルー!」
「シルバー、気をつけてね~!」
今度は幻覚を警戒しながら黒影と対峙した。油断は禁物だ。
魔弾を撃てば当たる。相手の攻撃は防げる。防戦一方というわけではないけれど、倒し方がわからない。そのせいで、戦いは膠着状態になっていた。
いや、さっきみたいに隙を見せれば殺されるかもしれないから、膠着状態にせざるを得ないんだ。
しかもよく考えたら、向こうはどうか知らないが、こっちは体力が限界を迎えた時点で絶対に隙ができる。いくら私に魔法の才能があったって、限界は必ずやってくるだろう。それは敗北と死を意味していた。
身近に死を意識したことで、更なる恐怖を覚え――。
『聞こえるかい? 君の敵は、主を失ったイリーガル・アーティファクトが暴走しているものだ』
その時、再び頭の中に声がした。さっき助けてくれた声とおんなじ、男の人の声だ。
「黒影のこと?! あなたは誰なの?!」
プロテクト・ガードを使いながら答える。
『自己紹介は後だ。要は、その黒い影の中にあるイリーガル・アーティファクトを破壊すればいいんだ……と思う。奴は無敵じゃないはずだ! 君の統合魔法は自在魔法とも呼ばれている。普通ならできないことも、今の君ならできる!』
いまいち要領を得ないけど、自在ってことは……思いのままになるってことか。よ~~し! 何とかなるかも!
まずは、イリーガル・アーティファクトだっけ。それを、見つける魔法を使う。
どうやって?
そうだ、私の銀色の眼をとっかかりにして、魔法を作り上げるイメージをしよう。
できる、できる、やれる、やれる――。
「お前には無理だっ!」
クロの声をどうにかこうにか無視して、ショットやプロテクト・ガード、そしてリフレクト・メンタルを使った時の感覚を思い出し、その真似をして、しかし構成を変えた。
すると――見える。見える!
黒影の中に、チェーンのネックレスがある! ドクロのトップがついている。さらによく見ると、ドクロのトップから火花が散っている。
透視、成功だ!
「見えたっ!」
『火花が散っている部分はあるかい?』
「なんでわかるの?」
プロテクト・ガードで魔弾を防ぎながら言う。
『イリーガル・アーティファクトは違法改造して極端に出力を引き上げてあるアーティファクトなんだけど、使っている間、その違法改造部分から火花が散るんだよ』
なるほど。
『とにかく、後はそれを破壊すれば収まるはずだ!』
「よくわかりました!」
確実に破壊できるように、特大のショットの準備をする。右の手の平を相手に向けて、力を集める! すると、放電とスパークが起こった。
「ひまりの基本属性は雷なのね」
後ろから、アーニャちゃんのつぶやきが聞こえる。そういうことなら……!
「サンダー・ショーーット!」
雷をまとった魔弾が黒影の中のイリーガル・アーティファクトに命中し、砕くのが見えた。黒影は雲散霧消し、じゃらじゃらと千切れたチェーンネックレスが地面に落ちる音がする。トップのドクロは割れていた。
「終わった……の?」
急に力が抜ける。
そのまま座り込む前に、ほのかちゃんとアーニャちゃんに抱き着かれて支えられた。
「最高よ、シルバー! まさに伝説通りよ!」
「シルバー、かっこよかった~!」
二人の温もりを感じて、急に現実に戻った気がした。そして恐怖が後からやってきて、私は少しだけ震えた。
戦うって、命懸けなんだ。
「ケッ、死ねばよかったのによぉ」
クロが悪態をつく。私が死ねばクロも消えるのに、わかってるのかな。まあ、本当は幻覚だからわかるとか一切ないんだろうけども。
「シルバー?」
「あ、ううん、大丈夫。それより! 二人や皆の怪我の手当てをしないとっ!」
『じゃあ、治療魔法の術式を転送しよう』
また男の人の声がして、アーニャちゃんがつけているアーティファクトが光り出した。
「この声、どこかで聞いたことがあるような気がするのよね……」
アーニャちゃんが考えている。
「あの、あなたは誰なの? 助けてもらったし、お礼がしたいわ」
『ああ、僕かい? 僕の名前……リ……ピーッ、ザザ……プツッ』
「え、ちょっと、もしもし? もしもし?」
アーニャちゃんは何度か呼びかけたが、声が返ってくることはなかった。
「テレライン……念話魔法が切れちゃったわ。何かトラブルなのかも。こちらからはどうしようもないわね」
そうしているうちに、アーティファクトの光が止まった。
『術式:エレメンタル・ヒールを受信、展開しました』
「ま、いいわ。とりあえず、皆を治すのが先決ね。便宜的に名無しおじさんとでも呼んでおきましょう」
「ちょっと悪い気もするけど、仕方ないね~」
ほのかちゃんが同意する。
私たちは、自分たちの傷を癒してから、傷つき倒れた人々の治療を始めた。
医療の知識も何もないのに大丈夫かと思ったが、そこは魔法の術式が自動で治してくれるので問題なかった。
傷を癒しても、気を失っている人が急に目を覚ますわけではないのですぐに大騒ぎにはならないが、全員が気絶しているわけでもないので、やはりこちらを注目している人が多い気がする。こんな目立つ格好をしているし、それに魔法は気になって当然だ。
事件の通報もされているはずで、救急や警察が来たら面倒だ。報道も過熱するだろうし、普通の生活には戻れないだろう。
リフレクト・メンタルで姿が変わっていて、本当に良かった。
(……ねぇ、治し終わったら逃げない~? じきに大騒ぎになるよ~、きっと~)
ほのかちゃんがささやいてくる。同意しかないな。
アーニャちゃんにそのことを伝えると、ついていくと言ってくれた。
大急ぎで傷ついた皆を治してから、姿を隠す魔法ハイド・スタイルを使った後で、フライ・ハイという飛行魔法を使い、ボルトンプラザの外広場を離脱した。
同時に二つの魔法は使えないが、効果は残る、とアーニャちゃんは教えてくれた。
つまり姿を隠すハイド・スタイルの効果が残っている間にフライ・ハイで帰るというわけだ。
ただ、ハイド・スタイルはそんなに強い魔法ではないそうで、魔法を使える人の近くに行くと効果が残っていてもすぐバレる。だから黒影のハイド・スタイルはすぐにバレたんだね。
目的地は私の家に決まった。線路沿いに飛んでレッツゴー!
浮遊感と本当に魔法少女になったような感動を味わいながら、アーニャちゃんに素朴な疑問を打ち明ける。
「でも、なんでレッドもついてきてくれたの? 魔法で帰るって手もあったんじゃない?」
「ああ、それね。無理なのよ」
「えっ、無理?」
驚いた。どういうことだろう?
「だってここ、科学界でしょ。あたしはトランジションなんて高等な魔法、使えないから。つまり魔法界に帰れないもの。トランジションで帰れるのかどうかも疑問だけどね」
「カガクカイ? トランジション?」
聞きなれない単語があったので、聞き返した。すぐ真下を、電車が通過していく。
「あたしの世界から見た、こちらの世界のことよ。トランジションは転移魔法。えっとね――」
アーニャちゃんが話してくれたことによると。
私たちの住む科学の発展した世界をアーニャちゃんの世界では科学界と呼び、それと重なり合うように存在する魔法の発達したアーニャちゃんの住んでいた別の世界を、魔法界と呼ぶこと。
アーニャちゃんは魔法界の魔法学校の高等部に通うただの学生であること。なるほど、あの服は本当に制服だったんだね。って、それよりも。
「高等部? 凄いね、飛び級か何か?」
アーニャちゃんは、かなり体が小さい。小学生と言っても通る。
「……背が伸びないだけよ」
「ご、ごめんっ!」
私は平謝りした。
「まあ、気にしないで。あたしも他人がこうだったら同じこと言うと思うわ。それで――」
トランジションというワープみたいな転移魔法があること。しかし今まで歴史上異界への、つまり科学界への転移に成功したことはなく、そもそもやろうとしたこともなく、あくまで研究等の対象として、偉い人たちが観測をするにとどまっていたことを説明してくれた。
「それなら~、レッドはどうやってこっちに来たの~?」
ほのかちゃんが聞くと、それね、忘れてた、とアーニャちゃんは頷いた。
「今日あたしは、この」
腕に巻いた、メタリックレッドのブレスレットを見せてくれる。
「やっとパパとママが買ってくれた、ブレスレット型でハイエンド・スペックのアーティファクトを友達に早く自慢しようと思って、放課後に路地裏を走っていたの。そうしたらガラの悪い大男がいて、その脇を急いで通り過ぎようとしたら、こっちにいたってわけ」
「てことは~……」
ほのかちゃんが指をぱちんと鳴らす。そのすぐ脇をカラスが飛んでいく。うわ、大きい。怖いな、ぶつからなくて良かった。
「うん、その男が原因なんでしょうね。おおかた、違法転移魔法の暴走ってところかしら。でも、失敗したんでしょうね。その男はこちらに居なくて、代わりにあの黒影がいたわけだし、外に向かって爆発までしてる。あたしが内にいたのは不幸中の幸いだけれど……」
外へ向けての爆発だから、内にいたアーニャちゃんは無傷だったのか。
アーニャちゃんは、はぁ、とため息をつき、
「ホント、どうやったら帰れるのかしらね」
アーニャちゃんは声を絞り出すように言う。本当は辛いのに、気丈に振る舞っているように見えた。……決めた!
「レッド、帰れるまで私の家に居たらいいよっ! 部屋も余ってるし、お母さんとお父さんは何とか説得してみるから!」
「え、でも……」
「行く当て、ないんでしょ? 一人にしておけないよっ!」
「……ありがとう」
アーニャちゃんの目じりには涙が光っていた。心細かったのだろう。
「それと統合魔法は、英雄、つまりクレス様が使ったとされる伝説の魔法よ。クレス叙事詩に記されているし、魔法界の各地に伝説も残っているの」
アーニャちゃんは照れ隠しか、話題を変えた。
「昔の方なの?」
「二千年以上も前の方ね。そしてクレス様以降、今までに統合魔法を使えた人はいないの。だからシルバー、これはすごいことなのよ! あなた歴史に残るわ!」
アーニャちゃんはすっかり興奮しているように見える。でも私は歴史に残るよりも病気が治って欲しいな。だけど、それは黙っておこう。
エレメンタル・ヒールを念のため自分にもかけたけれど、病気は治ってないみたいだし……。
「まだ実感がわかないけど、皆を守れる力なら歓迎かなっ」
「きっと守れるわ。クレス様も皆を守るために戦った方だし……あ、でもシルバーのはまだクレス様が至ったという真の統合魔法ではないのかもしれないわね。初歩的な魔法だけだったし」
でも、研鑽すればそれもきっといつかは使えるようになるわ、とアーニャちゃんは微笑む。
「うん、頑張ってみるよっ」
私も微笑みを返そうと試みた。たぶん上手く行ったと思う。
そうこうしているうちに、私の家の上空についた。
「……この帰り方はさすがに初めてだなあ」
うちの庭に、皆で着陸する。ハイド・スタイルを解くと――。
「ひまり、帰ってたの? 良かった、無事だったのね。今、テレビで――」
ガラッと、庭に出るためのガラス戸が開いた。
「ひまり、よね……?」
お母さんがうろたえている。しまった、銀髪銀眼の状態だからか! 髪はともかく目の色が一日でここまで綺麗に変わるわけがない。
「そ、そう! 魔法で変身してるだけ!」
「ま、魔法?」
魔法という非現実的な言葉に、お母さんはさらに混乱してしまったようだ。二人でわたわたしていると、
「シルバー~、リフレクト・メンタルを解いた方が早いよ~」
ほのかちゃんが一人動じずに忠告してくれる。
「あっ、そうか! レッド、どうやるの?!」
「クローズ・メンタルって唱えるのよ!」
三人してクローズ・メンタルと唱えると、姿が元に戻り荷物も出てきた。便利な魔法だな。……って、そうじゃなくて!
「やっぱりひまりね。ああ、よかった」
安堵している様子のお母さん。
「ただいま、お母さん。あのね、お願いがあるの」
「まあまあ、まずは家に入りなさい。お友達もどうぞ」
家に入ると、焦燥した様子のお父さんが話しかけてきた。
「お帰り、ひまり! 大丈夫だったか?! ボルトンプラザ、酷いことになってるな。テレビでやってたぞ。テロだってな。巻き込まれたりしなかったかラインしたのに、返事が無いから心配してたんだぞ」
スマホもリフレクト・メンタルで荷物と一緒に収納? されていたから、気が付けるはずもない。そもそも電波が届いたかどうかも怪しい。
「ゴメン、事情があって……。それとお父さん、テロじゃなくて魔法だよ」
「え? 魔法?」
お父さんがポカンとした表情を浮かべる。
「そのことも含めて、お話があるの――」
お父さんとお母さんにまず説明をした。
ボルトンプラザで、ほのかちゃんと一緒に買い物していたら、急に爆発が起こったこと。その爆発は、違法転移魔法が原因だったこと。そして、三人で変身して、黒影を倒したこと。その他、魔法界のことやアーニャちゃんの紹介などもした。
「じゃあ、ニュースで言ってた魔法少女ってのは、ひまり達だったのか……」
もうニュースになってるのか。人の口に戸は立てられないな。
「それでね、お父さん、お母さん、アーニャちゃんを家で匿えないかな?」
「匿う……か。つまり、帰る目途がつくまで住んでもらうということだね」
「うん、お願い!」
真剣にお父さんとお母さんを見つめる。
「ひまりは、どうしてそうしたいんだい?」
「アーニャちゃんのこと、ほっとけないもん。アーニャちゃんは、こっちの世界の皆を守ろうとしてくれた。その誠意に、応えるべきだと思うから」
お父さんは、少しの間私を見つめて、観察しているようだった。ダメか……?
「わかった。いいよな、母さん」
えっ?
「ええ。こんなにかわいい子、放り出せないわよ」
「あ、あ、ありがとうっ!」
人一人増えるということは様々な支出が増えるわけだし、難色を示されるかと思っていた。それがこうもあっさり。
「話しぶりからして、三人はもう友達なんだろう? 戦ったのは心配だが、元々皆を守ることはひまりの夢だった。夢を取り戻したのは良いことだと思うからね。でも、無理はするんじゃないぞ。危ないと思ったら、逃げ帰ってきてもいい。いいかい、蛮勇はダメだからね」
「わかった、覚えておくよっ」
「あの、すみません、ありがとうございます! その、よろしくお願いします」
アーニャちゃんも頭を下げている。
「アーニャさん、自分の家だと思ってくつろいでね。二階に空き部屋があるから、後で案内するわ」
「お部屋まで! 重ね重ね、ありがとうございます!」
それから、ほのかちゃんがそろそろ帰ると言い出したので、家まで車で送りつつ(同じ市内だったらしい。遠い高校を選んだので少しビックリ!)、アーニャちゃんの生活に必要なものを買い出しに出かけ、家につくころにはもう夜になっていた。
「あらやだ、もうこんな時間。皆、カレーでいい? ひまり、手伝ってちょうだい」
「うん、いいよっ」
「あたしも手伝わせてください!」
アーニャちゃんも立候補したので、女三人でキッチンに並ぶ。お父さんも料理ができないわけではないけれど、運転で疲れただろうし、四人もいるとさすがに狭い。
私はご飯を炊くため、お米を計量し始めた。炊飯器の早炊き機能を使えば間に合うだろう。
アーニャちゃんは渡された包丁でニンジンの皮を剥きだした。
「アーニャさん、慣れてるわね? こちらの調理器具とか、ひょっとして向こうと同じなのかしら」
お母さんが、豚肉を解凍するため電子レンジを操作しながら言う。そう言われてみると、確かに不思議だな。
「ほとんど同じです。魔法界は昔から科学界を観測して良いところを取り入れてきましたし。だからカレーも知ってますよ。その機械と同じ仕組みのものはさすがにありませんが、魔法で機能を再現したものとかもあります」
アーニャちゃんも、きれいに包丁でニンジンの皮をむきながら言った。その一朝一夕では身に着けることのできない達者な包丁さばきは、発言を裏付けるに十分だった。
「あら、そうなの。じゃあ、アーニャさんも観測していたのかしら?」
「いえ、そんな、まさか! 科学界観測は王族と選ばれた一部のエリートだけが行える神聖なことなんです。あたしは庶民の学生ですし……最近はだんだんと開かれてきてますけど」
チーン。解凍が終わったみたいだ。
「魔法の世界って言っても、夢ばかりじゃないのね。だから今回みたいな事件も起こったのかしら」
「ええ、そうです、たぶん」
お母さんが鍋の底で豚肉を炒め始めた。ジュージューといい音がする。私もお米を研ぎ終わったので、炊飯器をセットする。
「アーニャちゃん、私もやっていい?」
「ええ、良いわよ」
ジャガイモの皮をむく作業に移ったアーニャちゃんを横目に、私は予備の包丁を取り出して玉ねぎを洗って切り始めた。
「泣けるわね」
「泣いちゃうよっ」
どうやら、玉ねぎを切っていると涙が出ちゃうのは異世界人でも共通らしい。
「こっちでも魔法が使えたのは、なんでなんだろうね?」
「最近の説では、世界の法則は同じで、人間が何を発見し発展させたかの違いらしいわ。つまり、魔法界では魔法が発見されて魔法が発展したけど、代わりに科学はあんまり発展してない。科学界では科学が発展したけれど、魔法は発展してない、てことよ」
なるほど。ということは、向こうにスマホを持ち込んでも使えるのかな。あっ、さすがに圏外か。でも、カメラアプリで写真を撮ったりはきっとできるんだろう。
「でも、魔法って使うとそれなりに疲れるよね。電子レンジの代わりに毎回疲れるなんて、私やりたくないな」
今日は体力を全部使うほどではなく、体育の授業をまじめにこなす程度の疲れだったが、朝から晩までやっていたら大変だ。
「魔法にも大きく分けて二種類あるのよ。一つ目は今日あたしたちが使ったような、昔からある、個人の魔法力を使う魔法。もう一つは自然界にある魔法力を使う装置、ナチュラルというもので行う魔法。電子レンジ? とか、そういう機械の再現はもっぱらナチュラルを使って魔法を使うわね」
「あっ、そうなんだ、それなら便利だね」
「でしょ? 個人の魔法と違って、機能は限定されるけどね、逆にそこが良いの。決まった動きをしてくれるからね」
そこまでしゃべったところで、野菜を切る作業は終わった。
「お母さん、こっちは終わったけど」
「あらほんと。じゃ、あとはお母さん一人でできるから、ご飯まで休んでなさい」
その言葉に甘えて、私とアーニャちゃんは包丁を洗ってしまい、エプロンを外した。
「あたしはお部屋にいるわ」
「じゃあ、私も部屋にいようかなっ」
部屋に戻り、昔録画した魔法少女もののアニメ――ミラクルドレスアッププリピュアを一話見終わるころには、階下からご飯だと呼ぶ声がした。
食事時も、話題は魔法のことだ。
「アーニャちゃんのおかげで魔法については何となくわかったけど、じゃあ魔法界はどんなところ? 魔法以外は同じようなところなのかな?」
スプーンでカレーとご飯を同時にすくいながら聞くと、
「うーん、同じところもあれば違うところもあるわね。獣人や人魚、ドラゴンの国があったりだとか。派手なところだと、空に浮いている島があったりとか」
「すごいねっ、いかにもファンタジーって感じ。浮いてる島には人が住んでるの?」
獣人や人魚、ドラゴンもすごいけど、島が浮いているとはスケールが違う。
「まあ、こっちではこれが現実なんだけどもね。浮いてる島――旧ストラギア帝国には誰も住んでないわ。大昔、英雄クレス様が戦い命を落とした魔神戦争の影響で浮いていて、今は神聖視されているから」
「魔神戦争?」
ちょうどアーニャちゃんがスプーンでカレーを口に滑り込ませたところだったので、飲み込むのを待つ。
「ごくん。……魔法界には魔神イヴィルティってのがいたのよ。昔の話だけどね。イヴィルティと、その大勢の手先がいて……クレス様と仲間、そして当時の各国の軍隊が戦って勝ったの。それは熾烈な戦いだったそうだけど、クレス様がイヴィルティと相打ちになったと同時に手先も皆消滅したそうよ」
「クレス様って、私と同じ統合魔法の使い手だったんだよね? アーニャちゃんが私のはまだ真の統合魔法じゃないって言った意味が分かったよ……」
魔神を滅ぼすなんて、完全に想像の外だった。少なくとも今日覚えた魔法で勝てるとは思えない。
「ちょっと怖いかも……」
今日の戦いも、夢中になっている間はよかったけど、終わってから怖くなった。
私、本当にみんなを守れるのかな……。
「ひまり、心配しすぎだぞ。アーニャさんの話だと、イヴィルティなんてもういないんだから。もしいたとしても、一人で何とかしようとしすぎるんじゃないぞ」
お父さんが真剣な顔で忠告してくれた。
「そうよ、ひまり。その……統合魔法? 何かの才能があるからって一人で何もかもやるだなんて思わないで。皆も一緒なんだから」
お母さんも励ましてくれる。
そうだよね。ただでさえ統合失調症で、一人で生きていくなんて無理に決まってるのに。ちょっと力があることが分かったからって、調子に乗りすぎたかも。
「そうだ、そうだ。お前なんて一生半人前なんだよ!」
……クロがまた酷いことを言ってるけど、今は無視しておこう。
その後、食事は和やかな内に終わり、歯磨きをして、お風呂に入ってからベッドに潜りこんだ。
明日は、どんな一日になるんだろう。
◆
一方そのころ魔法界の某所では、拷問が行われていた。
マフィア・トレイターズのアジトの一室である。
「今日も失敗だ。さっさと方法を吐かないと……さらに苦しくなるぞ? 我々も暇じゃないんだ」
「……そんなこと言っても……科学界転移は前代未聞で……」
「やれ」
「はい」
ボスが命じると、部下は男の腹を蹴りつける。
「ぐぁっ……!」
男は腹を抑えてもだえ苦しむ。
ボスはその様子を異様な目つきで食い入るように見つめ、
「貴重な情報源だ、殺しはせんが、死より辛い責めなど他にいくらでもあるぞ。我々が優しいうちに吐いた方が身のためだと思うがね?」
男の顔は見る見るうちに青ざめ、
「わかった、話す! 知っている限りのことは……! 科学界観測魔法安定化の決め手は、観測座標の固定にある! 向こうの言葉で言えば、定点カメラのようなもので……」
「よし、記録しろ。もし黙ったら呼べ」
「了解です」
こうしてトレイターズは、科学界進出のためのイリーガル・トランジションの研究を進めるのであった。