06.デートとはなんですか?
翌日の朝早く、昨夜書いたお返事を持って騎士団の棟に向かい、ヴィリアス様を探した。
夜勤明けの方と交代前のヴィリアス様をすぐに見つけ、そっと名前を呼んでみる。
「ヴィリアス様」
「……」
ヴィリアス様の金髪は目立つ。
他にも金髪の方はいるけれど、ヴィリアス様は本当に濁りのない綺麗な色をしているから。
声をかけると、ヴィリアス様も私に気づいて歩み寄ってきてくれた。
「突然来てしまってすみません。昨日のお返事を持ってきました」
「……そうですか。わざわざすみません」
普通の人では聞き取れなかっただろう。それくらい小さな声で彼は応えてくれた。
私は聞こえたけど。それにしてもヴィリアス様はやはりとてもいい声をしている。
「あの……、少しよろしいでしょうか」
この場には他の騎士の方たちもいて、がやがやと賑わっている。
音が特別大きく聞こえるというわけではないけれど、私には普通の人では気にならないような雑音や話し声も正確に入ってきてしまうため、ヴィリアス様との会話に集中できないのだ。
それに彼の声が小さくて、聞き取るために気を張れば、結果他の音も入ってきて頭が痛くなってしまう。
だから少し離れたところでお話しできればと伺えば、ヴィリアス様も周りの目を気にしたのか、静かに頷いてくれた。
後ろから、雑音に混ざって「ヴィリの奴、朝っぱらから女といちゃいちゃしてるぞ」なんていう冷やかしの声が聞こえた。私が普通の耳なら聞こえない程度の声だったのだろうけど、残念ながら私には丸聞こえである。
「――昨日はありがとうございました」
「……?」
ヴィリアス様の背中に大人しくついて行ったら、結局中庭まで来てしまった。
この時間は人が少なくて静かだから、私としてはありがたいけれど。
ようやく立ち止まったヴィリアス様に、まずは昨日のお礼を伝えた。
本当はすぐに伝えたかったのだけど、結局あのあとはヴィリアス様と二人きりになれそうなタイミングはなかった。
けれどなんのことだろうかと言うように眉を動かしたヴィリアス様に、言葉を続ける。
「あんな大勢の前で……困っている私を助けてくださいました」
「ああ――」
それでなんのことを言っているのか察したのか、彼は息を吐くように美しい声を漏らした。
「私は事実を言ったまでです」
「……はい、ですが、助かりました。ありがとうございます」
「……」
やはりヴィリアス様はいまいち感情が読めない人だ。
続かない会話に、彼との距離が縮んだと思ったのは勘違いだったのかと少し胸が締めつけられる。
助けられたと思っているのは私だけで、彼にしてみたら大したことではなかったのだろうか。
「……」
「……」
「……それから、いつも私のために時間を割いてくださりありがとうございます。ですが、ヴィリアス様がお忙しいのは承知しておりますので、ご予定がある時は無理に時間を作ってくださらなくても良いのですよ?」
こんなところまで来ておいて、用件がそれだけで終わるのが虚しく感じた私は、結局ほとんど手紙にも書いてきたことを自らの口で伝えてしまった。
やはり文字だけでは二ュアンスが伝わりづらいし、いいよね?
「……」
すると一瞬思案するように眉を寄せてから、何かを察したのかヴィリアス様は手紙の封を切り、私の前で読み始めた。
「…………」
少しむず痒さを覚える。
直接お話しできたらいいのにと、前より強く感じた。それと同時に、うまくそれを伝えられない自分を呪う。
ヴィリアス様は手紙に目を通し終えると、何か言いたげに私を見つめて口をうっすらと開いた。だけど言う前にまたすぐに閉じて、視線も逸らされてしまった。
「……?」
言おうか悩んでいるのだと感じて、声をかけてみることにする。
「ヴィリアス様、よろしければ直接おっしゃってください」
「……無理など、していない」
静かな場所で、彼の声だけが私の耳に流れ込んできた。
本当に、いい声。
聞いているだけで胸が高鳴ってしまう……。
「ですが……」
そんなときめきを抑えて平静を装い、私も言葉を返そうとしたけど、再びヴィリアス様が口を開いた。
「一緒に街に行ってもらえると、ありがたいのだが」
宝石のような綺麗な碧眼をまっすぐ私に向け、形の良い唇を動かして、今度はすぐにそう続けられた。
「それはもちろん。私でよろしければ、是非」
「ありがとう……」
ヴィリアス様がこんなふうに意思を伝えてくれるのは珍しいことだから、素直にお受けすることにした。
それにしても、本当にすべてが美しい人だと思いながら小さく微笑めば、彼も口元を微かに緩めて目を伏せた。
今日はたくさんお話ができたのではないだろうか。
最後の表情が少し照れくさそうに見えて、それが可愛らしかった。
それにしても、ヴィリアス様の声は本当に素敵だ。
もっと、もっとたくさんお話ししたい。街に行く日は、たくさんお話しできるといいな……。
そう願いながら私は次のお休みを楽しみに、指折り過ごした。
*
そして約束の日。結局あのあと時間などを知らせる手紙がヴィリアス様から届き、彼の家の馬車でうちまで迎えに来てくれることになった。
今日のドレスは、ヴィリアス様の瞳の色に似ている薄いブルーを基調としたものを選んだ。
靴は卒業のお祝いとしてヴィリアス様名義でマーテラー伯爵家から贈られてきたものだ。
バーリー家の侍女は「とてもよく似合ってる」と言ってくれたけど、ヴィリアス様はどう思うだろうかと、ドキドキしながら彼を待った。
街に誘われただけでいきなり婚約者面してくる女(実際婚約者なのだけど)だと思われて嫌われないだろうか。そもそも、本当に似合っているだろうか……。
「本日はよろしくお願いします」
約束通りの時間に迎えに来てくれたヴィリアス様に恭しく礼をして、わざわざ降りて手を取ってくれる彼のエスコートを受けて馬車に乗り込んだ。
派手すぎず、大きすぎない馬車だけど、椅子はとてもやわらかくて座り心地が良い。
向かい合って座ったけど、ヴィリアス様と二人きりの狭い空間にドキドキと胸が高鳴るのを感じる。
「……」
「……」
「今日もいいお天気ですね」
「……ええ」
「……」
ダメだ、全然話せない……!!
あ~~、もうっ。結局またお天気の話をしてしまった。
だけど、いつもは無言で頷くだけのヴィリアス様が、今日は返事をしてくれた。蚊の鳴くような声だったけど。でもこれは確実に以前より進歩しているわよね?
そして何を話そうか考えているだけで、あっという間に街に着いてしまった。
あのあと私は二回、「本当に良いお天気……」などと呟いた記憶がある。
婚約している若い男女がデートに来て、お天気の話題しか浮かばないってどうなの……!!
……デート?
自分で自分につっこみを入れて、ハッとする。
これは、デートなのだろうか。
いや、ヴィリアス様が買いたいものがあるから、私はそれに付き合うだけだ。
でも、私たちは一応婚約している仲。
……そもそも、デートって、なんだろう。
もやもやしつつも、再びヴィリアス様に手を差し出されて、それに掴まらせてもらいながら馬車を降りた。
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