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05.王女のバラ園2

「ヴィリアス様……!」


 ビクリと身を跳ねさせて顔を上げると、そこには婚約者の姿があった。


 私の過剰な反応に、少し申し訳なさそうに眉を寄せている。


「申し訳ありません、驚いてしまって……、さすが騎士様ですね。まったく気配がしませんでした」

「……こちらこそ、いきなり声をかけて申し訳ない」

「……!」


 ヴィリアス様が言葉を返してくれた……!!


 相変わらず表情は堅いけど、何かがいつもと違う。

 もちろん彼が私の前で言葉を発していることがいつもと大きく違うけど、その表情すらいつもよりやわらかいのだ。


 なんというか、少し照れている……?


 神が作った芸術品ではないかと思うほど美しい顔をほんのりと赤らめていて、天使の声の如く美声を発している。もう、破壊力抜群である。


「いいえ……私がぼーっとしていたのです……、お気になさらないでください」

「……」


 眩しすぎて直視できない。

 だからそう言いながら目を伏せると、またすぐに沈黙が辺りを包んだ。


 どうしよう、せっかくヴィリアス様が話しかけてくれたのだから、何か言わないと……え、ヴィリアス様が話しかけてくれた?


「えと……今日も良いお天気ですね。バラの花もとても綺麗でしたね」

「……」


 そうだ。ヴィリアス様の方から声をかけてくれたのではないか。

 そんなことは今まで一度だってなかった。

 まぁ、先日初めて声を聞いたばかりなのだから、当然といえば当然だけど。


 ともかく、気を取り直して微笑みを向け、言葉を紡いでみる。

 けれど、彼は再びその形の良い唇を閉じたまま静かに頷いた。


 これではいつもと同じだ。ああ……っ、せっかく話してくれると思ったのに……!!


 でも、何かご用があったのではないだろうか?

 だってさっき彼は間違いなく私の名を呼んだのだから。何もないのに名を呼びかけるような人だろうか?


 王女の護衛は騎士二人がペアになって行う。

 ヴィリアス様の相方はマルティン・グリメルトという伯爵家の次男だ。

 だから少しくらい片方が王女から離れても平気なのだろうけれど、仕事熱心な彼がこうしてクラウディア様から離れるのは珍しい。

 彼もお手洗いに行こうとしたのだろうか? それなら引き止めるのは悪いけど、どうもそうではないような雰囲気だ。


「あの……、ヴィリアス様、もしかして私に何かご用があったのですか?」

「……これを」


 こちらから尋ねてみると、彼はようやく唇を小さく動かしてそう呟いた。

 そして懐から手紙を取り出し、私に差し出す。


「これは……?」

「……」


 それを受け取り問いかけてみるも、ヴィリアス様は無言のまま軽く礼をしてバラ園の方へ戻って行ってしまった。


 相手がヴィリアス様じゃなければ呼び止めたいところだけど、彼なりの精一杯だったような気もするし、こういうことは慣れているのでそのまま見送ってしまった。


「……なにかしら?」


 封筒は、いつも彼から届くお茶会の招待状と同じだ。

 開けてみると、そこには綺麗な文字で来週予定している二人の茶会の日に、街に出掛けないかということが書かれていた。


「……これは、どうお返事したら良いのかしら?」


 街で何か買いたいものがあるのだろうか。

 貴重なお休みを私と会うために使わなければならないから、買い物に行く時間がないのかもしれない。


 であれば、無理に会ってくださらなくても良いのに。


 律儀な彼に申し訳なく思うのと同時に、それをわざわざ手紙にしたため、こうして直接手渡してきた不器用さに口元が緩んでしまった。


 これは私も手紙を書いてお返ししよう。

 そう思い、私も彼のあとを追うように先程より足取り軽くバラ園へ足を進めた。




「ああ、カティーナ様が戻られたわ」

「……?」


 その場に私が姿を見せると、その言葉を筆頭にいきなり皆から視線を集めた。


 楽しそうな、興味深そうな顔でこちらを見ているクラウディア様のご友人たち。


 ヴィリアス様やクラウディア様、イヴリン様もこちらを見ている。何を考えているのかわからないけれど、この三人はあまりいい顔をしていない。

 モニカは不安げな瞳を私に向けていた。


「……」


 何かあったのかお伺いしようとうっすら唇を開いたとき、先にクラウディア様の声が私の耳に大きく届いた。


「カティーナ。皆がヴィリアスの婚約者である貴女に、ヴィリアスのどこが好きか聞きたいそうよ」

「え――?」


『やっぱり顔かしら?』

『伯爵家の跡取りという地位も魅力的よね』

『クラウディア様ったら、カティーナ様にこんなこと聞くなんて……答えなんて決まっているのに』


 後ろの方からクスクスという小さな笑い声と共にそんな声が聞こえた。


 どうしてこんな話になっているのだろうか。


 混乱する私を、クラウディア様がまっすぐに見つめている。

 そのお顔に笑みは浮かんでいない。

 少し怒気を含んでいるような気さえする。


「……それは――」


 どこが好きかと唐突に聞かれて、瞬時に答えられない自分がいる。

 そもそもヴィリアス様との結婚は相手側からの申し込みがあったのをお受けしたのだ。

 もちろん彼に魅力的なところはたくさんあるけれど、なぜそれをこんなところで答えなければならないのだろうか。


「カティ……」

「……」


 モニカが心配そうに私の名前を呟いた。

 他の者は私の答えを興味深そうに待っている。


「どうしたの? カティーナ・バーリー。答えられないの?」


 クラウディア様の透き通るような声に、ビクッと肩が揺れた。


「……それは――!」

「答えなくていいですよ」


 お答えしようと口を開けた私の耳に飛び込んで来たのは、ヴィリアス様の落ち着きのある綺麗な声だった。


「――え?」

「カティーナ殿に求婚したのは私の方です。彼女はそれをお受けしてくれただけです」


 簡潔に、ヴィリアス様が二言そう言うと、それを聞いた者たちが一気にそれぞれの思いを語るべく口を開いた。


『聞いた? ヴィリアス様から婚約を申し込んだのは本当だったのね!』

『きゃ~、いいないいな、でもどうしてカティーナ様に?』

『ああ……本当にかっこいいわぁ……』

『ヴィリアス様の声、初めて聞いたわ。あの方、お人形じゃなかったのね!』


「……さぁ、皆もういいわね! そろそろお開きにしましょう」

「あの、クラウディア様――」

「イヴリン、私は先に部屋に戻るわ。ヴィリアスも同行して」

「……」


 声を掛けようとした私に気づかなかったのか、クラウディア様は踵を返すとイヴリン様とヴィリアス様を引き連れて城内へと戻られて行った。


「カティ」

「モニカ……」


 状況をいまいち理解し切れていない私にそっと歩み寄って来てくれたのはモニカだ。


「ヴィリアス様、格好良かったわね」

「え?」

「本当は、貴女がいない間にヴィリアス様に質問があったのよ。貴女と婚約しているのは本当か、とか、どうして貴女を選んだのか、とか」

「そうだったの?」


 その場にいなかった私にもわかるように、モニカは話を続けた。


「でもヴィリアス様はいつものように無言を貫いていたのだけど、そのタイミングで貴女が戻ってきて」

「……」

「クラウディア様はイライラした様子だったわ。それでつい、貴女にあんなことを言ってしまったのかもしれないわね。でもまさかヴィリアス様がお答えになるとは思わなかったけど、困っているカティを助けたかったのよ、きっと」


 確かに、ヴィリアス様が大勢の前であんなふうに口を開いたのは意外だった。

 私がすぐにお答えできていれば良かったのだけど、私はヴィリアス様のことをよく知らない。


 ヴィリアス様のどこが好きかと聞かれて最初に浮かんでしまったのは、あの〝声〟だ。


 ……もちろんそんなこと皆の前で言えるわけないけど。


 だけど、またひとつ、ヴィリアス様の好きなところができたような気がする。


「でも、クラウディア様はどうして苛ついていたのかしら……」


 もしかして、クラウディア様はヴィリアス様のことが好き……?


「さぁ……。ヴィリアス様に不躾なことを聞いたご友人に怒っていたのかもしれないけど……」

「……」


 もしヴィリアス様に気があるのなら、クラウディア様は私を快く思っていないだろう。


「大丈夫よ、カティは何も悪くないじゃない。気にしてはダメよ」

「……ええ、そうよね。ありがとう、モニカ」


 私の考えていることを察して、モニカは励ますように言葉を掛けてくれた。



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