39.王女からの贈り物
「カティーナ様、クラウディア王女から贈り物が届きましたよ」
その日私は珍しく二連休をいただいていた。
ヴィリは仕事に行ったけど、明日は彼も休みだ。
何をしようかと考えていたら自室の扉がノックされ、私付きの侍女が何やら箱を持って来た。
「何かしら」
箱を開けてくれる侍女の横に立って覗き込むと、出てきたのは丁寧に包まれたブルーの布。
「……これは」
「まぁ!」
侍女に代わってその布を手に取り広げて、以前クラウディア様と交わした会話を思い出す。
「素敵なナイトドレスですね! 早速本日お召しになりましょう!!」
「無理……無理です……! こんな服なのかわからないようなもの……!!」
高そうな布のナイトドレス。だけど肩が紐だけになっていて、更に胸から下は透けているデザイン。丈も非常に短い。こんなの着たら、とてもいやらしい感じになると思う。
こんなの、いくらクラウディア様からの贈り物でもさすがに着られない……!
「まぁ、ヴィリアス様もお喜びになると思ったのに」
「まさか……! これは、ヴィリアス様のご趣味ではないと思うけど……」
なぜか残念そうに息を吐く侍女。だけどこんな破廉恥なドレスを着て待っていたら、それこそ嫌われてしまうかもしれない。
だからヴィリには絶対見られないようにしなければ。
そう決意してそのナイトドレスは引き出しにしまった。
*
日が暮れて、今日も夜が来る。
仕事を終えて帰って来たヴィリと共に食事を摂り、湯浴みを済ませ(もちろん別々で)寝支度を整えたら今日もヴィリが部屋に来てくれた。
明日は二人ともお休みだから、いつもよりゆっくり話せるかもしれない。
「――何か飲みますか?」
そう思い、侍女に頼んで今日は紅茶やお酒を部屋に用意してもらっておいた。
「では少しいただこうか」
紅茶にレモンを入れて、二人で静かに口にする。
寝る前だから、残念だけどお砂糖は入れずに。
「今日のクラウディア様は随分機嫌が良かったです」
紅茶を一口口にすると、カップを目の前のローテーブルに置いてヴィリは思い出したように呟いた。
「カティがいない日は退屈そうにしているのに、何かあったのでしょうか」
「……さ、さぁ?」
私とクラウディア様の会話も、今日王女から届いたものも知らないヴィリの言葉にドキリと身が跳ねる。
「それに、帰り際の言葉も気になりましたね……」
「……なんて?」
「私が明日休みであることを確認すると、意味深に笑って〝ごゆっくり〟と」
「……」
「いつもはそんなこと言われないのですが……」
顎に手を当てて真剣に考え始めたヴィリは、やっぱり真面目な騎士だ。
王女の少しの異変も敏感に察知して、見逃さないようにしているのだから。
……でも今回は、ヴィリが気にするようなことではないのです。
「クラウディア様からの、労いではないですか? いつもありがとうということだと思います」
「……そうでしょうか。しかし、カティにもよろしくと……そうだ、自分が送ったものを使うよう伝えておけと言われたのですが、何か送られてきましたか?」
「え゛?」
続けられた言葉に、紅茶を飲もうとしていた手がびくりと揺れて膝の上に数滴零してしまった。
「っ、ごめんなさい……!」
「大丈夫ですか? 火傷はしていないですか?」
「はい」
ヴィリはすぐにカップを受け取りテーブルに置くと、心配そうに私の手を取って見つめた。
火傷はしていないけど、膝の上に零してしまったせいで寝衣が汚れてしまった。
「何か拭くものを」
「少しなので、平気です……」
火傷がないことを確認すると、ヴィリは立ち上がって部屋を見渡し、布を取りに行ってくれた。
自分の不注意で申し訳ないことをしたと思う気持ちと、優しいヴィリの態度に嬉しく思ってしまう気持ちが交差する。
だけど――
「……これは」
「そ、それは……!!」
台の上に布を見つけたらしいヴィリがそれを手に取り、広げて硬直したのが視界に映った。
その布が昼間のナイトドレスであることに気づいたのと同時に、なぜそんなところに出ているのか混乱して血の気が引く。
侍女が出していったのだろうか……! 着ないと言ったらなぜか悲しそうだったし……!
ああ、でもまさか、ヴィリに見られてしまうなんて……!!
「……これは、カティのものですか?」
「違うんです!! あ、えっと……そうなのですが、違って……、その、つまりこれは……」
クラウディア様が、というのも、なんだか王女のせいにするみたいで気が引ける。
だから何も言えずに黙り俯いていると、すべてを理解してくれたらしいヴィリがそれを置いてこちらに戻ってきてくれた。
「……あれは、私のために?」
再び隣に腰を降ろして窺うように聞いてくるヴィリの顔を視線だけ持ち上げて見つめる。
「……でも、ヴィリはああいうの好きではありませんよね?」
自分の顔も熱いけど、ヴィリの頬もうっすら赤くなっているように見える。
「そうですね……少し驚きましたが……カティだって好きで用意したわけではない……ですよね?」
「それは……はい」
せっかくクラウディア様が送ってくれたものだけど、やっぱり私にはとても着られない。
だけど、クラウディア様がくれたチャンスだけはありがたくいただかなければならない気がする。
「ですが……」
「……?」
だから、私は思い切って言葉を続けることにした。
「私に、魅力が足りないのかと……」
「……」
ここ数日考えていた思いを素直に告げる。
とてもヴィリの美しい顔を直視できなくてまた視線を下ろしてしまったのと同時に、やはりこんなこと言うべきではなかったかもしれないという思いに襲われた。
「……ヴィリ?」
だけど、突然彼の胸の中に抱きしめられて、私の顔は自然と上を向く。
「申し訳ない。貴女に余計な心配をさせてしまったようだ……」
「……」
ヴィリの声が耳元で聞こえて、いい匂いが鼻腔をくすぐって、頭がクラクラする。
「カティにはまずここでの暮らしに慣れてほしかったんだ。だから俺と一緒ではゆっくり眠れないだろうと思って」
「……そうだったのですね」
私が何を言いたいのか察してくれたらしいヴィリは、自分の気持ちも教えてくれた。口調が変わったけど、それがヴィリの本心だということを感じて安堵に息が漏れる。
「しかしそのせいで却って貴女を不安にさせていたようだ」
「……少し」
素直に頷くと、ヴィリは私の頭を撫でるように手を置き、額にそっと唇を当てた。
「……」
「俺がどれほど君を想っているか……まだわからない?」
「……ヴィリ」
やわらかく、あたたかい唇から、彼の熱が伝わってくる。
ヴィリの気持ちはわかっている……わかってはいるけれど、でも……。
「……」
「……っ」
至近距離で交わされた視線にぼんやりしていると、再びヴィリの唇が額に触れた。
ちゅっと甘い音を立て、額からまぶたに下りてくると、そのまますべるように頬にも口づけられて鼓動が高鳴る。
「ヴィリ……っ」
「……伝わった?」
「はい……」
天使のように美しいヴィリにこんなことをされていると思うだけで心臓が止まってしまいそうなほどドキドキするけれど、冷静で真面目な彼からは想像できなかった甘く熱い口づけから、どうしたってその気持ちが伝わって来る。
「今夜は一緒に寝ようか」
「え……!」
「大丈夫、焦ったりしないから」
「……はい」
落ち着きのある声でそう言いながらもう一度私を抱きしめてくれる彼の胸から、高い鼓動が聞こえてくる。
ヴィリも緊張しているのだ――。
どんなときでも私のことを考えてくれるヴィリに、私の胸はきつくきつく締めつけられるばかり。
私は優しくて温かいヴィリのことが、大好き――。
あと1話、明日公開します!




