29.昇進試験のあとに1
「だから、ヴィリアスも無理しなくていいって言ってるのに」
「いいえ。私は右腕一本あれば仕事ができますから」
「でも相棒のマルティンは休んでいるのだから、貴方も休んでいいのよ」
「彼は脚ですからね。無理もない」
「……」
昇進試験が終わった、二日後。
王立学園から戻られたクラウディア王女を出迎えに行くと、ヴィリとそんな会話をしながら戻ってくる声が誰よりも早く耳に入ってきた。
「おかえりなさいませ、クラウディア様」
「ただいま。あ、カティ! ねぇ、貴女からも言ってよ」
ヴィリはあの御前試合で左腕を負傷した。
さらにヴィリの相方であるマルティン様も、ヴィリからの攻撃で脚を負傷している。
マルティン様の脚はあのあと、ぼっこり腫れ上がったらしい。
よって、二人は怪我が治るまで護衛の仕事を休んでいいと言われていたはずだ。
マルティン様は負傷したのが脚ということもありご自宅にいるけれど、正式に副団長への昇進が決まったヴィリは手続きがあるからという名目で、こうして王宮を訪れている。
そしてそのままいつものようにクラウディア王女の護衛騎士としての仕事もまっとうしているようだ。
怪我をしているのだし、試験が終わったあとくらい少しゆっくり休めばいいのにと私も思うけど、……まぁ、こういう真面目なところは非常にヴィリらしい。
「何をするにも右手だけじゃ大変でしょう? 休んでいいって言われているのに来るなんて、そんなにカティの顔が見たいのね!」
「えっ?」
クラウディア様のその一言で、私の頬は一瞬で熱を帯びた。
「どうせ結婚したら毎日一緒にいられるのにねぇ?」
「……」
クラウディア様はわざと周りにも聞こえるよう声を張ったのだろうか。それを聞いた侍女たちが後ろで静かに沸いた。
『聞いた? ヴィリアス様、休んでもいいのに出て来られたのはカティーナ様のお顔が見たいからですって!』
『はぁ~、本当に素敵……! カティーナ様羨ましいわぁ……』
「……」
きっとヴィリやクラウディア様には聞こえていないそんな言葉に赤くなって俯き、ちらりと視線だけを彼に向けると、ヴィリはなんとも言い難い表情で咳払いをした。
ほんのりと頬が赤くなっているのは、気のせいじゃないよね……?
「クラウディア様、そんなことを言っても誤魔化されませんよ。今夜はシュンブルク公爵のご子息と会食ですから。お忘れなきよう」
「……わかっているわよ」
ヴィリの言葉にクラウディア様は白い頬を膨らませ、不満そうな顔をしてつかつかと先を歩いて行った。
国王は末娘のクラウディア様をとても大切にされている。
クラウディア様はヴィリのことが好きだったし、国王は可愛い娘をできれば他国に送りたくないと考えている。
それでこれまで正式な婚約者がいないままクラウディア様は十六歳になってしまったのだけど、そのお誕生日に開かれたパーティーで、美しく成長されたクラウディア様を見た高位貴族たちがこぞって王女に結婚を申し込んだらしいのだ。
国王も他国へやるくらいなら自国の高位貴族に嫁がせようと、クラウディア様に結婚を申し込んできた貴族令息とのお見合いが始まったのである。
中でも有力なのがシュンブルク公爵家の嫡男なのだ。
同じように候補として上がっている隣国の第二王子に匹敵するほどの利益をもたらす家の息子は、この国では彼くらいのようだ。
だから国王はなんとしても王女をシュンブルク公爵家に嫁がせたいと思っているようだけど……。
「……」
当の本人は、お見合い自体に気乗りしていない。
どんなに小さな噂話でも聞こえる私でさえ、シュンブルク公爵令息の悪い噂は聞いたことがない。
公爵家の跡取りとして申し分ない方だと言われているし、女性関係の話も聞かない。
でも私がそれをクラウディア様にお伝えしたところで、彼を好きになるわけではないことはわかっている。
「……」
天真爛漫でまっすぐに育ったクラウディア様だけど、公の場ではきちんと王女として相応しい立ち居振る舞いをする。
それに国のこともちゃんと考えている方だから、きっと最終的には国王が望む相手と結婚するだろう。
クラウディア様の気持ちを考えると少し気の毒ではあるけれど、クラウディア様は自分が王女として生まれてきたという責任をわかっている方だ。
それでも、たとえ国のための結婚でも、心からクラウディア様を想ってくれる方と結ばれてほしいと私は願っている――。
*
「カティ」
その日の勤務時間を終え帰り支度をしていると、ヴィリが私のところにやってきた。
「ヴィリアス様、どうされましたか?」
仕事中は話せないから、それだけのことで嬉しくて胸が跳ねる。
「もうお帰りですか?」
「はい。……ヴィリアス様もですか?」
「ええ。今日は元々休んで良かったので」
「そうでしたね」
「……ですので、よろしければ送って行きます」
そう言ったヴィリの頬がほんのり赤く染まった。
「明日も、明後日も……腕が完治するまでは、帰宅時間はカティに合わせられるので」
「え……でも、それではヴィリアス様の帰りが遅くなってしまいますし……」
つまり、腕が治るまでは毎日送ってくれるということだろうけど、それは申し訳ない気がする。
「……迷惑でしたか?」
「いいえ、まさか!」
迷惑なわけがない。ヴィリと二人きりで過ごす時間はとても好きだし、嬉しいに決まっている。でも……
と、考えてハッとした。
クラウディア様が言っていた言葉を思い出したのだ。
〝そんなにカティの顔が見たいのね!〟
「……」
「……」
ヴィリは、やはり少し照れくさそうにしているように見えた。
もしかして、あの言葉は図星だったのだろうか……。
「……ありがとうございます」
「うん」
だから素直に頷くと、嬉しそうに微笑んでくれるヴィリ。
そんなヴィリの顔が、ちょっとだけ可愛いく見えた。
番外編、新婚編開始しました!
感想や誤字報告、ブクマ評価ありがとうございます!!
作者の励みになり、執筆意欲に繋がっております。
本当に感謝です。
番外編は主にヴィリとカティをイチャイチャさせるために書きます。
10話程度を予定。
お付き合いいただけると嬉しいです!




