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21.きっかけはたった一つでいいのです

 それからはいつも通り隙のない完璧な御側付きとして、イヴリン様は私に仕事のやり方や立ち振る舞い方を教えてくれた。


 さっきはあんなに赤くなって恥ずかしそうにしていたのに、さすがである。


「お疲れ様です。何か変わったことはありませんか?」

「お疲れ様です、ヴィリアス様、マルティン様。こちらは変わりありません」

「そうですか」

「お気遣いありがとうございます」

「……」


 クラウディア様は一日に一度、必ずお気に入りのバラ園に行かれる。そこで一人でお茶を飲まれるのを楽しみにしているのだ。


 国王は末の娘であるクラウディア様をとても大切にされていて、王城内であろうとも極力護衛を付けるようにしている。いつも誰かに見張られているというのは肩が凝るのだろう。

 だけどこの時間だけは、護衛も私たち側付きやメイドも、クラウディア様から距離を取っている。

 それでも呼ばれたらすぐ伺えるよう、目につくところには控えているけれど。


 だから気を抜いてゆっくりおしゃべり……というわけにはいかないけれど、ヴィリの隣でマルティン様が声を掛けてくれた。イヴリン様はとても気丈に答えているけれど、その頬はほんのりと赤みを帯びていた。


 一応顔見知りではあるのに……イヴリン様の性格上、きっと夜会などでも自分から話しかけることができないのだろう。

 それでこれまで誰とも婚約せずに来たのね。

 もしかしたら、いよいよご両親に縁談話を進められて慌てているのかもしれない。


 ……ともかく、いつも何事にも動じず完璧な立ち振る舞いの先輩が私に頭を下げて頼んできたのだ。

 私にできることがあるのならお応えしたい。


「……」

「……」


 そんな私もヴィリと目を合わせ、口元に小さく笑みを浮かべてくれた彼に顔が熱くなった。



『さぁ、クラウディア様。こちらをどうぞ』

『……ええ、ありがとう』


 そんなとき、バラ園の方から声が聞こえた。この声は庭師のゲオルクだ。


『貴女様のために丹精込めて育てました。ああ、やはりよくお似合いです』

『……嬉しいわ。でも、私はそこに咲いている花を眺めているのが好きなの。一人で静かにね』

『そうですか、僕が育てたバラをそんなに気に入ってもらえて嬉しいです』


「……」


 そんなやり取りを聞いて、クラウディア様の方へ顔を向ける。

 いつものように一人でテーブルの前に腰を下ろしているクラウディア様に、跪くようにバラの花を一輪切り取って差し出しているゲオルクの姿に、私はなんとも言えない違和感を覚えた。




 ――務めの時間は終わり、遅番でやって来た側付きの方と交代する。


 家へはヴィリが送ってくれるとのことだったので、イヴリン様と帰り支度を整えて足早にヴィリの元へと向かう。



「ヴィリアス様」


 マルティン様が帰ってしまう前に、なんとか間に合った。


「……カティ、わざわざ来てくれなくても、こちらから行ったのに」


 ヴィリとマルティン様は、騎士団の休憩室にいた。

 少し息を切らせている私を見て、ヴィリは瞳を見開いた。

 けれどすぐに一緒にいたイヴリン様にも気がつき、どうしたのかとその視線で問いかけてくる。


「えと……お疲れ様でした、ヴィリアス様、マルティン様」


 イヴリン様のためにも、私がうまく取り持たないと……!

 そう思いつつも、こんなことは不慣れなので上手い言葉が出てこない。


「あの、もしよろしければこちら、お二人でどうぞ……」


 だから気の利いた言葉も言えずに、持って来た水筒を差し出す。


「……これは?」


 マルティン様の名も呼んだことにより、様子を見ていた彼も歩み寄って来てくれた。


「はちみつとレモンで作った飲み物です。疲れが取れますよ。先程イヴリン様と作ってまいりました」


 休憩室にあったはちみつとレモンを使って先程急いで作ってきたこのドリンクは、疲労回復効果が期待できる。

 いきなりイヴリン様を紹介するのでは変に思われるかもしれないと考え、急遽これを用意した。


 すると、それを聞いたマルティン様がイヴリン様に視線を向けたので、早くご紹介しなければと、彼女を前に出すように私は一歩後ろに引いて口を開いた。


「ヴィリアス様、マルティン様、ご紹介しますね。こちら、イヴリン・バイエルン様です。いつも私にお仕事を教えてくれている先輩です」

「「……」」


 二人の視線がイヴリン様に向いていることを確認して、私は更に続けた。


「イヴリン様はとても仕事が出来て、私の憧れの方なのです。それから――」


 何か言わなければと、とにかくイヴリン様のいいところを口にしようとした私の声に、「ああ――」という低い男性の声が重ねられた。


「もちろん知っていますよ、いつも顔を合わせているのだから。イヴリン殿は隙のない、素晴らしいお働きをされている」


 そうか。こんなこと、知っているに決まっている。もっと上手い紹介の仕方はなかっただろうか……。


 マルティン様の口から語られたその言葉に恥ずかしくなってしまったけれど、イヴリン様は「えっ」と小さく声を上げた。嬉しそうなトーンだった。


「はちみつのドリンクか、これはありがたい。早速いただきたいのですが、いいかな?」

「も、もちろんです! ご用意いたします!」


 にこりと爽やかな笑みを浮かべたマルティン様に、イヴリン様はかっと頬を赤く染めてお答えした。


「……」


 そのまま「カップをお借りしますね」と言って完璧な手つきで水筒からはちみつレモンを注ぎ、マルティン様に差し出すイヴリン様。

「ありがとう」とやわらかく微笑んだマルティン様のお顔も、ほんのり赤くなっているような気がする。それに、ドキドキと高鳴っているこの鼓動の音は、イヴリン様だけのものではない。


「……」

「……」

「……あ、ヴィリアス様も、飲みますか?」


 そんな二人の姿に「もしかして……?」と思考を巡らせ、すぐにハッとしてヴィリを振り返る。


「いや、私は結構です。それより、二人にしてさしあげましょう」

「……そうですね」


 すっかりいい雰囲気の二人に、私たちはお先に失礼すると挨拶をして、休憩室を出た。


「カティ」

「……」


 馬車へと向かう廊下で、ヴィリがそっと手を差し出してくれる。


 その表情はやわらかくて、先程までの騎士としての堅いものと少し違った。


 気さくに私の名前を呼んでくれるその声には愛情のようなものを感じた。


 たったそれだけで、私の心はキュンと疼いてしまう。


「……はい」


 差し出されたヴィリの大きな手に自分のを重ね、にこりと微笑んで堂々と彼の隣を歩いた。


 



 ――それから二週間後。イヴリン様に、マルティン様から婚約の申し入れがあったという話を聞いた。


 イヴリン様は私にとても感謝してくれたけど、正直私は何もしていない。

 ただ、一緒について行っただけである。


 きっかけを掴めなかっただけで、二人は元々互いに意識していたのだろう。


 恋というのは、ほんの小さなきっかけひとつで、大きく動き出してしまうものなのかもしれない……。


 私だって順番は違うけど、ヴィリと初めて言葉を交わして以来、とても彼のことを意識するようになったのだから――。



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