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02.無口な婚約者

「……」

「……」


 もう何時間、私たちはこうして無言の時を過ごしているだろうか。


 美しく剪定されたマーテラー伯爵家の庭に設置されたテラスで、私たちはただ静かに向かい合って座り、時折紅茶を口にしている。


 静かなのは好きだ。

 だから、余計な人間がいないこの時間は嫌いじゃない。


 でも、さすがに静か過ぎる。


「……本当に今日はいいお天気ですね」

「……」


 目の前にいる顔の整ったこの男性は、本日三度目(・・・・・)の私のその言葉にも無言で頷いた。


 ――ヴィリアス様は、マーテラー伯爵家の嫡男にして王宮に仕える騎士だ。


 そして彼は、とても無口である。


 女性が羨むほどの白くなめらかな肌に、美しい顔立ち。騎士らしからぬ(偏見であるが)サラサラの金髪に、曇りのない蒼い瞳。


 まるで絵に描いた王子様のような完璧な外見をしている。


 実際、有名な画家が遠い昔に描いた架空の王子の絵にそっくりだと、噂されているほどだ。


 そんなヴィリアス様は、令嬢たちの間で密かに人気がある。


 密かに、というのは、彼がうるさく騒がれるのが好きではないからだ。


 騎士として国に仕えている彼の腕は一流で、二十二歳の若さで幹部候補に名が上がっているらしいのだけど、それは彼の並々ならぬ勤勉さと努力の賜物なのだとか。


 つまりは、仕事一筋の真面目人間。


 仕事以外のことに興味はなく、当然浮いた話のひとつもないような男だったらしい。

 その実力と勤勉さを認められ、今は国王の末娘であるクラウディア王女の護衛を務めている。


 そんな彼と、ずば抜けて美人でもお金持ちでもない子爵家の娘である私、カティーナが婚約したのは半年ほど前。


 突然、父であるバーリー子爵に「お前の婚約が決まった」と告げられた。


 相手が伯爵家の嫡男で、騎士としても優秀な男であることに父も母もただただ喜んでいた。


 どうして急にマーテラー伯爵家の嫡男と婚約が決まったのかと尋ねても、父は嬉しそうに「相手側から申し込みがあったのだ」と答えるだけで、その詳しい理由はわからなかった。


 それから顔合せが行われ、婚約が結ばれて、私たちは定期的にこうしてお茶の時間を設けている。


 けれど初めて顔を合わせた際も、現在も――ヴィリアス様は私の前で言葉を発さない。何も、一言もしゃべらないのだ。


 共にクラウディア王女に仕えている身であるのに、彼は仕事中も私の前で口を開いたことはない。


 いつも静かに頷くか、感情の読めない表情で黙って私の話を聞いているだけなのである。


 きっと私に興味がないのだと思う。


 なぜかはわからないけど私と婚約することになってしまって、仕方なく仕事が休みの日に義務的に私と会ってくれているのだろう。


 だからなぜ婚約を申し入れてくれたのかヴィリアス様に直接聞くことは未だにできていない。



「――そろそろ時間ですね。本日もお忙しい中お時間を作っていただいてありがとうございました」

「……」


 マーテラー家の使用人が時間を告げるように歩み寄って来るのを見て、私は淑やかに微笑んでみるも、やはりヴィリアス様は何も言わずに頷いて立ち上がり、教科書通りに私を馬車までエスコートすると、にこりともせずに見送ってくれた。


 その蒼い瞳が「早く帰れ」と言っているようにも感じて、馬車に乗り込み扉が閉まるのと同時に私は深くため息を吐いた。


「はぁ……今日も何も話せなかったわ」


 ヴィリアス様との結婚が嫌なわけではない。

 マーテラー伯爵家は力のある高位貴族で、ヴィリアス様も将来有望な騎士。


 私にとっては、文句のひとつもない相手。


 それに彼は静かだ。一緒にいてもうるさくないので辛くない。

 しゃべらないのだから、嘘もつかないし本音も建前もない。


 だけどそれはつまり、負でもなければ正でもないということだ。


 いくら静かな方が好きでも、婚約者といるのに毎回終始無言で終わるのは辛すぎる。


 もしかしたら彼は口が利けないのかもしれないと考えたこともあるけれど、父やマーテラー伯爵の話ではそんなことはないらしい。


 決して口が達者ではないにしろ、彼は身も心も健康だから安心してほしいとのこと。


 だけど、それならばやっぱり少しくらいは話をしたい。結婚する相手がどんな方なのか知りたいと思うのは自然なことだと思う。


 私は噂でしか彼がどんな人間か聞いたことがないのだから。


 彼の口から思いを聞いてみたい。ちゃんと話をしてみたい。彼と向き合ってみたい。


 どんな声をしているのか知りたい。どんなふうに話すのか知りたい。


 私の願いは、ただそれだけだ。



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