17.王女様と私
「カティーナ、ちょっといいかしら」
何か飲み物をもらってくると言ってヴィリが城内へ入って行ったのと入れ替わるように、クラウディア王女が私の前に現れた。
「クラウディア様……! 先程は失礼いたしました!」
「そんなことより貴女と少し話がしたいんだけど」
その姿に慌てて立ち上がり頭を低くするも、王女は私の言葉に被せるようにいつもよりも低い声で力強く言った。
何か急いでいるような気がする。
ヴィリが戻ってくる前に、終わらせたいのかもしれない。
「はい……」
「ねぇ、カティーナ。貴女、ヴィリアスのどこが好き?」
「え……?」
先を急くような、怒っているような。
声だけではなく、そのお顔も眉が寄せられ、目尻がつり上がって、クラウディア様が真剣に質問されているのだということがわかる。
「前にも聞いたわよね。あの時は皆の前で悪かったわ。でも、ヴィリアスが質問を受けていたから……彼を助けるつもりで言ったの」
あの時とは、バラ園でクラウディア様のご学友を招いて開かれたお茶会でのことだろう。
結局ヴィリが庇ってくれたのだけど、王女本人の口から謝罪の言葉が出るとは思わなかった。
「いいえ、クラウディア様、私は気にしておりません――」
「でも知りたかったのは本当よ。貴女はヴィリアスのことが好き?」
「……」
目的が謝罪ではないということはわかった。
私にもう一度そう聞きながら、クラウディア様はイライラと少し早い口調で言葉を続けた。
「私は好き。ヴィリアスが私の護衛になってからの三年間、ずっと」
「……――」
まっすぐで重みのあるその声が、私の身体を縛りつけた。
予想はしていたことなのに、面と向かって言われることがこんなに苦しいなんて。まるで息が詰まったように何も声を出せない。
「婚約を申し込んだのがヴィリアスからだったのは知っているわ。それでも貴女の口から聞きたいの。ヴィリアスの好きなところも答えられないような人に、彼は渡したくない」
「……」
クラウディア様の大きな瞳が充血している。
泣きそうになっているのを、必死で堪えているのがわかる。
クラウディア様は、本当にヴィリのことが好きなんだ……。
それも三年間――私がまだ彼のことを知らない頃から、ずっと近くで想ってきたのだろう。
三年前のクラウディア様は、ヴィリからすればきっとまだ子供だっただろう。だけど今はもうとても可愛らしい大人の女性だ。
皆も噂していた。この二人がお似合いだと……。
「どうしてヴィリアスは貴女に婚約を申し込んだの? 今まで一度だって女性に興味を示しているところなんて見たことがないのに! 貴女のどこがヴィリアスに相応しいか、私の納得がいくように教えてよ! そうじゃないと、私は貴女をヴィリアスの婚約者として認めたくないわ!」
「……」
クラウディア様の質問に、私はすぐに答えることができない。
私は美人でもなければ、特別家柄が良いわけでもない。
成績は良かったけど、それも女である私にはそれほど重要だったとは思えない。マーテラー家のような良家が私をほしがるとは思えないのだ。
「……ヴィリアス様が、どうして私に求婚してくれたのかは、私にもわかりません」
「なによ、それ……。自分に自信がないのね」
「……はい」
だから、正直にそう答えた。
目の前にいる可愛らしい王女様よりも自分がヴィリの婚約者に相応しいと自信を持って言えるところなんて、見つけられない。
「……っ私は自信があった! ヴィリアスの一番近くにいた女は私だったの! それでも傲らず、努力もしたわ。大人になったら絶対綺麗になって、ヴィリアスを振り向かせようと思ってた。それなのに……ヴィリアスが選んだ相手は私とは見た目も性格も似ていない貴女だった!」
「……」
クラウディア様の瞳から、とうとう涙が一筋流れた。
王女様の涙に、ハンカチを差し出そうと身体が反応するけれど、今はそういう場合ではないことに思い止まる。
「……ねぇ、貴女は何か努力をした? ヴィリアスに好かれるように、愛してもらえるように、自分を磨いてる? 卑屈になって、黙り込んでしまうような女に、ヴィリアスは相応しくないわ。この気持ちが貴女にわかる? この私に負けないくらい、ヴィリアスを愛してるって、自信を持って言える?」
「……」
それでもクラウディア様は涙を拭わずに続けた。
そんなクラウディア様は、本当に美しく、格好良かった。
王女だとか、下位貴族だとか、そんなことは関係ないように思えた。
確かにヴィリに愛されようと、誇れるような努力を、私は今までひとつもしていないのだ。
王女として生まれながら、それでもヴィリを振り向かせようとしてきたクラウディア様に、こんな私が敵うはずがない。
一人の女性として、とても敵わないと思わされてしまった。
「何も言えないのね。貴女なんて、ヴィリアスには相応しくないわよ」
「……私も、そう思います」
「……っ」
正直に答えると、クラウディア様の身体に力が入ったのがわかった。
「じゃあ、譲りなさいよ! このあとは、私がヴィリアスにエスコートしてもらうわ! 貴女はもう帰って!!」
「……」
いつか二人が踊っていた日のことが頭に浮かび、とても美しく釣り合っていた姿を思い出す。
どう想像しても、誰もがこの二人の方がお似合いだと納得するだろう。
「……――」
私は、所詮王女様の御側付き。
目立たない、華のない、地味で大人しい子爵家の次女。
目立つことを恐れ、美しくなろうとする努力すら怠っていた私がヴィリの婚約者でいたなんて、確かにおかしな話だった。
こんな私は、ヴィリに相応しくない。
「クラウディア様――」
だから私は、クラウディア様をまっすぐ見据えて、ゆっくりと口を開いた。
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