13.夜会に参加しましょう
右を見ても、左を見ても、煌びやかに着飾った紳士淑女で賑わっていた。
『ロンメル辺境伯様、お久しぶりです』
『初めまして、ホフマン閣下。お会いできて光栄です』
『ああ、君、悪いがこっちにワインをくれないか――』
「……」
各々楽しんでいる会話が、あちこちから入ってくる。
今夜は王族主催の夜会が王城で開かれていた。
この夜会にはバーリー子爵家の娘として、どうしても参加しなければならなかった。
夜会のような賑やかで人がたくさん集まる場は苦手だけど、年に何度かは、こうしてどうしても参加しなければならない夜会に私も参加する。
今日はヴィリアス様も仕事はお休みで、招待客の一人として参加されるそうだったので彼にエスコート役をお願いし、こうして二人で参加している。
だけど……。
今日は、なんだかヴィリアス様の様子がおかしい。
婚約してからの九ヶ月の間に二度ほど、ヴィリアス様にエスコートしていただいて夜会に参加したことがある。だけど彼もこういう場は苦手で、その二度とも顔を出す程度で、私たちはすぐに帰っていた。
だから今回もそうだろうと思いながら参加したのだけど、今日はいつもと様子が違うのだ。
今までは会話すらしていなかったせいかもしれないけれど、ヴィリアス様は「何か飲みますか?」と言って飲み物をもらってきてくれた。
まさか、ゆっくりしていくつもりだろうか……?
そんなことを考えながらも、できるだけ周りの声や音を気にしないように意識していたら、「あ、いたいた」と言う男性の声と共にこちらに向かってくる足音が耳に入ってきた。
「ヴィリ!」
その数秒後、体格の良い黒髪短髪の男性が私たちの方に歩み寄りながらにっこりと笑って手を上げた。
「さすがに今夜はお前も来たか。おお、そちらは……」
「こんばんは、マルティン様」
「こんばんは、カティーナ殿。プライベートの時間に顔を合わせるのはなんだか不思議な感じですね」
そしてすぐに私に気づいて視線を向けられたので、膝を折って挨拶をすると、彼――マルティン様も紳士的に挨拶をしてくれた。
この国の騎士団は、皆二人一組で組んで行動を共にする。
ヴィリアス様の相方がこのマルティン様で、彼もクラウディア王女の護衛騎士なので顔はよく合わせるのだけど、のんびりおしゃべりをする暇はないのでなんだか不思議な感じがする。
「しかしヴィリは羨ましいよなぁ、こんなに素敵な婚約者がいるんだもんな」
「いいえ、そんな……」
その言葉がお世辞であることはわかっている。
貴族男性は、どんな相手にでもこういうことが言えるよう教育されているのだ。
たとえ内心では不細工だと思っている相手にも、本音は語らない。
それが貴族の嗜みで、優しさでもある。
「マルティンは、今日は婚約者殿と一緒じゃないのか?」
「……お前、嫌味かよ」
だから私も淑女らしく応えなければと思いつつも、ヴィリアス様の前だということを意識して頬が少し引き攣ってしまった。
そんな私の隣で、ヴィリアス様はいつも通りの涼しい顔でそう言ったけど、マルティン様の反応を見た感じ、彼には婚約者などはいないのかもしれない。
それでもマルティン様は楽しげに笑って「この野郎!」とヴィリアス様に絡んでいる。
きっと仲が良いのだろうけど、ヴィリアス様がこんなふうにご友人と話しているところはなかなか見る機会がなかったから、なんだか新鮮だ。
仕事中は二人とも真面目なのだ。
それに、ヴィリアス様がこんな冗談を言うのも、少し意外。
もちろん私の勝手なイメージだったから、彼の新しい一面を見られたようで嬉しい。
「まぁ、俺もお前みたいにいい相手を探してくるとするか。それではカティーナ殿、お邪魔しました。ごゆっくり」
「ありがとうございます」
爽やかな笑顔を残して去って行くマルティン様の背中を視線で見送る。
ああいう言い方をしていたけれど、決してモテないようなタイプではないと思う。
それにしても、ごゆっくりか……。
正直、あまりゆっくりしていきたくはないのだけど……ヴィリアス様はゆっくりしていきたいのだろうか? 聞いてみようかな……。
「……あ」
「……!」
そんなことを考えながらちらりと彼に視線を向けると、私を見ていたらしいヴィリアス様と目が合った。その瞬間、少し気まずそうに視線を逸らされたけど、何か考え込むように下を向いたあと、もう一度視線を向けられた。
「……よろしければ、一曲踊りませんか?」
「え?」
ヴィリアス様からダンスの誘いを受けるのは初めてだ。今までは長居せずすぐに帰っていたのだ。踊らなくても良いのなら、私だってわざわざ賑やかなホールで優雅に踊りたいとは思わなかった。
だけど、今は少し違う。ヴィリアス様からのお誘いを嬉しく思っている自分がいる。
「……はい、是非――」
だからにこりと微笑んで差し出された手に掴まろうと自らの手を伸ばした時、ヴィリアス様の背後からふわりと華やかに着飾った女性が現れ、彼に声を掛けた。
「ヴィリアス、見つけた」
「……」
クラウディア王女だ。
今日はなんだかいつもと雰囲気が違う。
いつも下ろされている長い髪を綺麗に結い上げて、美しいうなじを晒している。
「……クラウディア様、ご機嫌麗しゅうございます」
王女を前に、慌てて頭を下げる。
その一瞬前、彼女の手がヴィリアス様の腕に触れているのが目についた。
「顔を上げて、カティーナ。ねぇ、私、ヴィリアスと踊ってきてもいいかしら?」
「あ――」
顔を上げてクラウディア様の瞳と視線を合わせる。
彼女の腕はヴィリアス様の腕に絡みついていた。
「ねぇ、いいでしょう? 私、最初のダンスは貴方とがいいのよ」
「……」
クラウディア様の今日のドレスは、ヴィリアス様の瞳の色を思わせるブルーのドレスに、金色のリボンがあしらわれ、胸元が大胆に大きく開いたものだった。
白くなめらかな肌を晒して、ヴィリアス様にくっついているクラウディア様は、やはり彼のことが好きなんだと思う。
「今日のドレスも、貴方をイメージして作らせたのよ。似合ってるかしら? 私はもう、昔のような子供じゃないの」
色っぽくヴィリアス様にそう囁いたクラウディア様は、確かにこのホールにいる誰よりも美しかった。
王女様のそんな申し出をお断りできるはずがない。
だから差し出していた手を引いて頷こうとした私に、ヴィリアス様は素早く手を伸ばした。
「申し訳ありません。今夜は騎士ではなく、マーテラー家の者として婚約者のカティーナ殿と来ているので、最初のダンスは彼女と踊ります」
「……」
はっきりと言葉を告げるのと同時に、ヴィリアス様は引っ込めようとしていた私の手を掴んだ。
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