01.私と王女と婚約者
『ねぇ、知ってる? ヴィリアス様がご婚約なさったって』
『え!? ヴィリアス様って、あのヴィリアス様?』
『そうよ、あのヴィリアス様よ。それももう半年も前にですって!』
『うそぉ、お相手は誰なの?』
『わたし、ヴィリアス様のファンだったのに~』
「……」
王族や高位貴族を集めたパーティーで、私はこの国の末の王女、クラウディア様の御側付きとして近くの席に身を置いている。
そんな中、耳に入ってきた噂話にピクリと肩が揺れた。
『それが、バーリー子爵様の娘だそうよ』
『ああ、クリスティーナ様ね。お綺麗な方ですものね』
『あら? でもクリスティーナ様は確か騎士団長様と結婚されてなかった?』
『違うわよ、妹がいるのよ! ヴィリアス様はその妹と婚約されたらしいの』
『ええ? 妹? ……お会いしたことがあったかしら……』
『それが妹の方は地味で目立たないんですって。どんな伝手を使ったのか、クラウディア王女の御側付きに選ばれたようだけど』
『まぁ、でしたらあとでお顔を拝見いたしませんと』
クスクスクス――
「……」
こんな話、もちろん近くに座っているクラウディア様のお耳にも、私の隣に座っている同じ側付きのモニカの耳にも入っていない。
私は幼い頃から他人より耳が良い。
特に人の声に敏感で、小声で話していても聞き取れてしまうし、一度聞いた人の声は忘れない。
それに正確に聞き分けることもできる。
それ故、噂話がよく耳に入ってくる。
表面上は仲良くしていても裏で悪口を言っていたり、本人の前ではいい顔をしておきながら陰口を叩いているのをよく聞いた。
ひそひそこそこそ話していても、私には聞こえてしまうのだ。それが聞いたことのある声ならば、顔を見なくても誰が言っているのかもちゃんとわかってしまう。
人の言葉を真に受けてはいけないということは、子供の頃に知った。
近くでべらべらおしゃべりされるのもあまり得意ではない。
だから女性特有のおしゃべりの場からも避けるようになり、賑やかな社交界にも極力顔を出さずに来たおかげで、私は美人な姉とは対照的に、地味で目立たない存在だった。
〝付き合いの悪い子〟だと思われて友人はあまりできなかったけど、別に構わない。
信頼できる本当の友人が一人いればいい。
裏で仲良くしている子の悪口を言うような、表面上だけの友人なんていらない。
人間不信になりそうな時期もあったけど、あるとき悟った。
これは私に与えられた特殊能力なのだと。
せっかく人より秀でたものがあるのなら、それを活かさなければ……!!
ほとんどの者は在学中に婚約者を決め、十八歳で学園を卒業したらすぐ結婚相手の家に入るのだけど、私は働きに出たいと思った。
人々の本音を聞くことができれば、きっと何か役に立つはずだ。
勉強に集中したおかげで首席の成績を収めることができ、卒業後は十六歳になるクラウディア様の御側付きになることが決まった。
王女様の御側付きに選ばれることは大変名誉なことだ。
より良い結婚相手を探すこともできるからと、敢えて在学中に相手を決めずにこの道を進みたがる令嬢も結構いる。
そのため御側付きは入れ替わりが激しい。皆結婚相手を見つけるとすぐに辞めてしまうのだ。
私の目的は結婚相手を見つけることではなかったのだけれど、卒業の半年ほど前に突然婚約者ができてしまった。
だからそのまま卒業してすぐ結婚なのかと思ったけど、婚約者のヴィリアス・マーテラー様が騎士の昇進試験を控えていたため、結婚は卒業から半年後になった。
よって、私は当初の予定通り、少なくとも卒業後半年はクラウディア王女の御側付きとして王宮に仕えることが許されたのである。
「ねぇ、カティーナ。私も踊りたいんだけど、ヴィリアスとダンスをしても構わない?」
「ええ……、もちろんです」
クラウディア様は先日社交界デビューしたばかりだ。
ローズピンクの長い髪は毛先までサラサラとして美しく、そのお顔にはまだどこか幼さも感じる可愛らしさが残っており、新緑色の大きな瞳に見つめられると誰もが吸い込まれてしまいそうになる。
「婚約者の許可は取ったわよ。さぁ、ヴィリアス、私と踊りましょう」
「……」
もうすっかり大人の女性らしい化粧を施した美しい佇まいのクラウディア様に手を差し出され、後ろに控えていた騎士服のヴィリアス様は、無言で彼女の手を取った。
『まぁ、見て。クラウディア様とヴィリアス様よ』
『ああ……二人ともなんて美しいんだ』
『あの二人こそお似合いよ』
「……」
完璧な身のこなしのヴィリアス様と、王女の品格を醸し出しているクラウディア様が踊っている姿を静かに見つめながら、耳につくそんな言葉に小さくため息を溢す。
ヴィリアス様はクラウディア王女の護衛騎士だ。
基本、彼は護衛の仕事があるからこういう場で誰かと踊ることはない。もちろん、私とも。
ヴィリアス様と共に招待客として夜会に参加したこともあったけど、彼とは踊らなかった。その時は、どうしても参加せざるを得なかったからと、顔を出しただけで終わったのだ。
二人とも王女付きの仕事をしているというのに、私は婚約者のことをよく知らない。
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