CAR LOVE LETTER 「Open traffic」
車と人が織り成すストーリー。車は工業製品だけれども、ただの機械ではない。
貴方も、そんな感覚を持ったことはありませんか?
そんな感覚を「CAR LOVE LETTER」と呼び、短編で綴りたいと思います。
<Theme:MITSUBISHI eK WAGON(H82W)、MAZDA EUNOS ROADSTER(NA6C)>
大きな事故を起こしてしまった。
仕事で訪れた長野の山村。慣れない道で、方角もよく分からない。
ナビを頼りにふもとの街まで降りて来たが、緩やかなカーブでガードレールに激突。
原因はナビに気を取られた脇見運転だった。
何が起こったのか全く分からない。
ボンネットはひしゃげ、ハンドルからはエアバッグが垂れ下がっている。
事故を起こしたと認識するまで、かなりの時間を要したと思う。
体が痛い。骨折まではしていないだろうが、私は鼻血が止まらない状況。鼻を強く打ったのだろうか。エアバッグには私の血痕が残っている。
逃げなくちゃ。もうろうとしながら、車からの脱出を試みるが、体が思う様に動かない。
すると突然ドアが開き、「大丈夫ですか!?」と若い男性の声が聞こえた。
その男性に助けられ、私は車から引きずり降ろされる。
「警察と消防、呼びますから。座って待ってて下さい。」
彼はそう言い、電話を掛けながら後続の車の誘導や、道路に散乱した私の車の部品をかき集める。
学生の頃から貯金して、初任給と合わせて買った私のeKワゴン。
そのeKワゴンは今、ガードレールの端末に突き刺さり、一筋の煙を上げながら、全ての機能を停止してしまった。
よく私は助かったものだ・・・。私は路肩に腰を下ろし、鼻をハンカチで押さえてeKワゴンの姿を見る。今私が生きているのが不思議に思えてしまう程の惨状だ。
さっきの男性が、沿道のヤジウマ数人に協力をあおぎ、私のeKワゴンを路肩に移動する。
「お姉ちゃん、寒いじゃろぉ。すぐ救急車来るからな。」
近所に住んでいる方だろうか。お婆さんが私の肩にショールをかけてくれた。
直に救急車が到着。これが生涯初の救急車搭乗。
救急隊員に名前と年齢を聞かれ、ペンライトで目を照らされる。
ものすごく眩しい。
救急車に乗せられ、事故現場から搬送される私。
動かなくなったeKワゴンを残し、お世話になった人にお礼を言う間もなく、後ろ髪を強く強く引かれる思いだった。
病院では、鼻の止血に始まり、レントゲンやらCTスキャンやら、いろんな検査を受けた。
結果は強めの打撲と、鼻の内側が切れた程度。あの惨状からは考えられない軽傷だった。
検査を終えると看護師さんが、私の鞄やコートを手渡してくれた。
事故直後もうろうとしてて、車から荷物を出す事をすっかりと忘れていた。
「それと警察の方と・・・、男の方が待っててくださっていますよ。」と言われる。
男の方?誰だろうか?と不思議に思う。
病院の待ち合い室ではおまわりさんと、私をeKワゴンから助け出してくれたあの人が待って居てくれた。
「大丈夫でしたか?心配しましたよ。」
彼はそう言い、安堵の笑みを浮かべた。
初めて会ったのに、とても親近感のあるその表情。
私の車は、長野の三菱のお店に運んでもらったこと、彼は私の直ぐ後ろを走っていたことから、事故の瞬間の話や、事故処理の話など、色々と話してくれた。
彼が居てくれたおかげで、おまわりさんの調書はあっという間に済んでしまった。
「ご自宅は名古屋の方ですよね?名古屋ナンバーだったので。お送りしますよ。」
救助から事故処理までしてくれて、更にその上県外まで送ってもらうなんて、これ以上ご面倒かけられない、電車タクシーで帰ります!と、彼の申し出を断ったのだけれども、
「もう電車も終わっているでしょうし、失礼ですが、そのなりでは電車はちょっと・・・。」
よく見ると、私のブラウスやスカートは血で真っ赤!
確かに電車に乗るのは・・・。
「名古屋なら高速ですぐですし、ちょうど今日は車を走らせたい気分なんです。ポンコツでよければ、乗って行かれませんか?」
すみません・・・私は顔から火が出そうだった。
病院の駐車場には、彼の緑の車だけが一台、水銀灯の光を浴びて、私達を待っていた。
屋根の色が違う。あぁこの車知ってる!確かロードスターと言うオープンカーだ。
初めて乗るオープンカーに、私は興味津々。それを感付いたのか、彼は、
「開けても良いですか?結構気持ち良いですよ。」と、軽い操作でソフトトップを開放した。
満天の星空に、綺麗な三日月。これが車から見る景色だなんて。
名古屋までの道中、彼とはいろんな話をした。会話も途切れる事もなく、怪我の痛みも一切忘れ、気付いたらもう名古屋市内だった。
アパートまで送ってもらい、私はお礼にと思い、財布から2万円を取り出し彼に渡そうとした。
すると彼は大きく首を横に振り、受け取る事をがんとして断った。
それでは私の気が治まらないと訴えると、
「それじゃあ、今度長野の三菱のお店に来られた時、蕎麦をご馳走して下さい。最高に美味しい蕎麦を知ってるんですよ。」
そう言うと彼は、私に名刺を差し出した。
よく知っている電子機器のメーカーロゴが、そこにはあった。
私のeKワゴンは、直すのにはかなりの費用がかかることから、残念ながら廃車する事にした。
体を張って私のことを守ってくれたeKワゴン。決断するときは、本当に辛かった。
だってeKワゴンは、私に生きるチャンスを与えてくれただけでなく、とても大切な出会いも与えてくれたのだから。
さて、待ち合わせからはもう30分も経っているけれど・・・まだ現れない。
さっき電話をしたら、ごまかしていたけれど、どうも今起きた様な声だった。
彼の会社の製品は、決して時間が遅れたりなんてしないのにね!
程なくして、交差点の向こうから聞き慣れたスポーツカーの音が聞こえてくる。
今日は私ではなく、彼のおごりで最高に美味しいお蕎麦をいただく事になりそうね。




