この手首の傷は違うんです! ~ウサギ召使いのつぶやき~
先月、長年一緒に暮らしたウサギが、天寿を全うした。享年(?)12歳。ウサギとしては長命だった。
その見た目は、絵本から抜け出たような、可愛らしさであふれていた。
小型のネザーランドドワーフ。ピーターラビットのモデルとなった種だという。
しかし、懐かないウサギだった。
そもそも、猫や犬と違い、捕食されやすい草食の生き物は、飼い主への依存が低いそうだ。
機嫌が良いと、ナデナデはさせてくれる。
短時間だけだ。
ナデられることに飽きると、「今日のウサギ営業は終了しました」みたいに、ぴょーんと去る。
抱っこは絶対ダメだった。無理に抱こうとすると、思いきり蹴られた。
最期の時、抱っこ嫌いのウサギが、静かに私の胸の中にいた。
私の心音を聞きながら、自らの鼓動を止めた。
もう、ウサギは飼えないだろう。
そう思った。
日本や世界がウイルスの脅威にさらされている最中、たかだかペットが老衰で死んだだけ。
落ち込んでいる暇はない。もっとやるべきことがあるだろう。
他人に指摘されると、きっと腹立たしいので、自身にそう言い続けた。
それでも帰宅すると、つい空っぽのケージを覗いてしまう。
弔いの後もしばらくは、ケージやエサ入れを片付けられずにいたのだ。
ひょんなことから、再度ウサギを引き取ることになった。
生後一ヶ月の、子ウサギである。
決意するまで、だいぶ迷った。
--新しいウサギさん、お迎えして良いかな?
お月様に向かって聞いてみた。
答えは、特になかった。
子ウサギがやってきた。
生活空間が、色彩を取り戻したように感じた。同時に、慌ただしくもなった。
どこでも跳ねる(ウサギだし
何でも齧る(ウサギだし
一気に走りだす(時速八十キロ相当だし
ウサギ飼いのリスクマネジメントは、結構大変だ。
子ウサギは好奇心が強く、物怖じしない。
ナデナデをねだって、私の掌に頭をつけてくる。
私の膝の上に、自分から乗ってくる。
結果。
まだ子ウサギの爪切りをしていないので、私の腕と足は傷だらけとなった。
現在、手首には三本の引っかき傷。
見ようによっては、自分で自分を傷つけたかのような、くっきりとした赤い線が並んでいる。
「これは違うんです! ペットに引っかかれて」
「あら、猫ちゃんですか?」
「いいえ、ウサギです」
周囲の人たちに、なぜか言い訳をしている、今日この頃である。
お月様に帰ったウサギを、忘れたわけではない。
忘れることは、多分ない。
忘れられないから、新しい生命を引き受けた。
身近に守るべき存在がいる方が、何事にも真っ当に取り組んで、人の道を踏み外すことなく、生きていける。そう思う。
さて、そろそろ連載の更新と
本業にとりかかろうか。
ウサギを食料として捉える地域や文化を、筆者は尊重しています。
ただし、たとえ冗談でも、「ウサギ育てて、そのうち食べるの?」などと言われると、心中呪いの言葉を吐いてます。ご承知おきくださいませ。