7.この街の聖女
聖女の力で穢れが祓われる光景を、間近で見たのはこれが初めてだった。
何よりも自分の力で成し遂げたことが信じられなくて、他人事のように眺め続けた。
「私……なのかな」
「ん?」
不意に漏れた声をユーリが拾い上げる。
信じられない私は、気の抜けた声で彼に尋ねる。
「穢れを祓えた……でもこれ、私の力で合ってるのかなって」
ここに聖女は私しかいない。
私の力を、加護を受けているユーリが穢れを倒した。
その事実だけでも明らかなのに、どうしても腑に落ちない。
きっと今までのことがあるから。
長い間、自分は落ちこぼれで役に立たないと思い続けていたからだ。
「何言ってるんだよ」
そんな私の話を聞いて、ユーリは呆れて笑う。
やれやれと前振りをして、穢れが祓われた場所を見つめる。
「俺は誰の騎士だ? 誰の加護を受けてたんだ?」
「それは……」
「君だよ、聖女レナリタリー。俺は君の騎士で、君の力で戦ったんだ」
彼は力強くそう言った。
不安で、自分を信じられない私に、彼は教えてくれる。
「君が力を貸してくれなかったら俺は死んでいたよ。こうして生きているのは、君の力に守られたからなんだ」
「ち、違うよ! それはユーリが強いからで」
「強いだけじゃ穢れには勝てない。実際に戦って痛感したよ。あれは……強さだけでどうにかできるものじゃない。もっとこう、淀んだ重い何か。対峙してる時、自分の身体が沼に沈んでいくような気がしたんだ」
「沼?」
ユーリはこくりと頷く。
腰の剣に触れ、戦いの最中に感じたものを思い返しながら。
「身体に泥がこびりついて、動きづらくなって……呼吸も苦しかった。これが穢れなんだと実感するのに、そう時間はかからなかったよ」
直接剣を交え、穢れに触れた者しかわからない感覚。
穢れは負の感情を根源に生まれた力。
それに触れるということは、悪意や敵意に直接触れることと同じ。
「そんな感覚も、君の力が強まってなくなった。どうして急に強くなったのかは知らないけど、お陰で助けられた。紛れもなく君の力だよ」
「そう……なのかな」
「うん。その証拠にほら」
ユーリが私の後ろに視線を向ける。
その視線に誘導され、私もくるりと振り向いた。
するとそこには、街の人たちが大勢集まっていた。
なぜか手には、クワや斧を持っている。
「皆さん、どうして」
「すみません、聖女様たちが心配で勝手に出てきてしまいました」
もしかして……私たちを助けに来てくれたの?
だから武器を持って、穢れに立ち向かおうとして。
「実はレナが来る前にも、みんなが加勢しようとしてくれたんだ。危ないからって止めたけどさ」
「そうだったんだ」
危ないのは一目瞭然なのに……
そこへ一人の男の子が駆け寄る。
穢れが消え、安全になってはしゃぎながら私に言う。
「ねぇねぇ聖女様! あのおっきなクマ! 聖女様が倒してくれたの?」
「え、そ、それは――」
「そうだよ」
「ユーリ!」
私の言葉を遮って、ユーリが勝手に答えてしまった。
倒したのはユーリだよと言うつもりだったのに。
ユーリはニコッと笑いながら、駆け寄ってきた子供に言う。
「聖女様はすごいんだぞ~ 彼女がこの街に来てくれてよかったな」
「うん! 聖女様!」
子供が私に顔を向ける。
そうして、満面の笑みで――
「ありがとう!」
実感し、震える。
ただの言葉でしかない。
それでも心が、思いが籠っているとわかるから。
ああ、そうか。
私は……この街の聖女なんだ。
そう思ったら、不思議と身体が軽くなって、思わず微笑んでしまった。
「どういたしまして」






