31.宿命のカウントダウン
穢れは人の心から生まれる。
命あるものが少なからず持っている負の感情。
そこから捻出される穢れは、やがて世界を滅ぼすかもしれない。
私たち聖女は大聖堂でそう習った。
だから私たちは穢れを祓い、人々を、世界を守らなければならないのだと。
違う。
そうじゃない。
私たちが見てきたのは、目に見える穢れだけだった。
本当の意味で世界を守ってくれていたのは、眠り続ける偉大な聖女様で。
彼女は今もなお、止まった時間の中で世界を守り続けていた。
そして――
「いかに彼女の力と言えど限界はある。その限界を世界が察知したから、君という新しい絆の聖女が誕生したんだ。僕はそう思う」
アレスト様は続けて語る。
「君を見つけて、僕は自分の役割を悟ったよ。絆の聖女は他の聖女たちと違う。まずは契約者を見つける所からだ。力や才ある者じゃない。純粋に互いを思い合い、助け合える人物を見つける必要があった」
話ながらアレスト様はユーリを見る。
ユーリは彼の話を聞きながら苛立ち、それを耐えるようにぐっと拳を握っていた。
彼はきっと、私のために怒ってくれている。
今にも殴り掛かりそうな身体を、必死に震わせながら耐えている。
だけど、そんな彼を挑発するように、アレスト様は事実を語る。
「でもね、それだけでも足りないんだ。絆の力で能力が覚醒する特性上、ただの仲良しじゃ全然足りない。もっと深く信頼し合うためには試練が必要だった。たとえばそう……欲にまみれた男が、突然婚約者になったりとかね」
「――! それって」
この時、ユーリのほうからブチッという音が聞こえた。
唇をかみ切った音だが、それ以外にも彼の中で何かが爆発してしまったんだ。
鬼のような形相になったユーリは溜まらず駆け出し、アレスト様の胸倉を掴んだ。
「ふざけるなっ!」
「ユーリ!」
「お兄さま!」
「全部あんたの仕業だったのか? もし俺たちが間に合っていなかったらどうなってたと思う? それも全部わかってやったのか!」
私とラトラが止める隙もなく、ユーリは怒声を響かせる。
相手は王国最強の剣士、皆が憧れる存在。
彼自身、アレスト様への憧れはあったはずなのに。
それすら振り払うほど、気迫迫る形相でアレスト様を睨んでいた。
「……いいね。ちゃんと本気で怒れてる」
「……なんだと?」
「その怒りも一つの繋がりであり思いだ。やっぱり君でよかったよ」
胸倉を掴まれても平然と話しているアレスト様に、私は一種の狂気を感じる。
彼はユーリの怒りをもろともしていない。
実力の問題なのか、それとも人としての感性が鈍いのか。
どちらにしろ、ユーリの怒りは届いていないように見えた。
ユーリ自身もそれを感じ取ったのか、表情の中に怒りと困惑が混ざり合う。
「ラトラを唆して穢れを発生させたのもあんたなのか?」
「いいや、それは違う。僕も把握していなかった何者かがいる。現在調査中だよ」
「……本当に」
「違いますお兄さま、この方ではありません」
ユーリはアレスト様の言葉を信じられない。
でも、ラトラ本人が否定する。
「顔は覚えていませんが雰囲気はわかります。この方とは全く違います」
「……だとしても、他は事実なんだろ?」
「そうだよ。僕が君たちを迎えに来たのは、君たちの絆が深まったと確信したからだ。そうじゃなければ、新しい試練を与えていただろうね」
「っ……」
ユーリの手に力が入ったのがわかる。
本当は殴りたいのかもしれない。
それをギリギリの所で我慢している気がする。
きっとそれも、私のことを考えてのこと。
なら私は……
「大丈夫だよ、ユーリ」
「レナ……」
「私は大丈夫。たとえ全部仕組まれていたことだったとしても、ユーリと出会えて、ラトラとも仲直り出来て、今日まで良いことばっかりだったから」
せめて精一杯の笑顔で、今が幸せだと伝えよう。
ユーリが本気で怒ってくれていることも、その幸せの一部だ。
でも欲を言えば、ユーリには普段通り優しく笑っていてほしいから。
「もう少しちゃんと話を聞いてみようよ」
「……レナがそれで良いなら」
「うん、私はそれで良いよ」
ユーリが怒ってくれたから、もう十分だよ。
すると、ユーリはアレスト様から手を離し、一歩二歩と後ずさって私の隣に戻る。
「ありがとうユーリ」
私は彼にだけ聞こえる小さな声でお礼を言った。
返事はなかったけど、彼は気の抜けた笑顔を見せてくれた。
「落ち着いてくれたかい?」
「……」
「そう睨まないでくれ。僕だって好きでこんな役割を演じているわけじゃないんだ。だけど、こうでもしないと間に合わない」
アレスト様はミカエル様が眠る結晶に優しく触れる。
「僕がしていることを知れば、きっと彼女は怒るだろうね……いや、もう夢の中では散々怒られているんだけどさ。それでもやらなくちゃならない。僕を殴りたければ好きにしてくれて良い。ただし全部終わってからだ」
「……それは話がですか?」
「違うよ。世界を救ってからさ。そのために君たちの力がいる。絆の聖女でなければ、世界の穢れは抑制できない。これは絆の聖女の宿命なんだ」
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