21.姉妹の絆
怖い……怖いよぉ。
何で、どうして上手くいかないの?
ラトラはただ……お姉さまの傍にいたかったのに。
いつの間にか離れていって、お父様とお母様はお姉さまを遠ざけて。
嫌だった。
苦しいよ。
「ラトラ!」
お姉さまの声?
ううん、これは幻聴だ。
あんなに酷いことをして、悪口まで言って……許されるわけない。
周りの所為にもできない。
お姉さまはきっと、ラトラのことを憎んでいる。
ラトラを助けに来るなんてありえない。
「――けに来たよ――」
違う。
これも嘘だ。
ラトラが都合よく、助けてほしいなんて思っているだけ。
そんなことあるはずがないのに。
「――うよ! ラトラ!」
もう止めてよ。
お姉さまの声で、ラトラの名前を呼ばないで。
信じちゃいそうになる。
また、あの頃みたいに戻れたらッて……そんなのに無理なのに。
自分で壊しておいて、調子が良すぎるよ。
でも……お姉さま。
もしも許してもらえるなら、また一緒にいてほしい。
「いるよ!」
「え?」
暗い闇が晴れて、寒気がするほど冷たかった身体が熱を感じる。
ぎゅっと、温かく、強く抱きしめられる。
懐かしい感覚が押し寄せる。
「お姉……さま?」
「そうだよ。ラトラのお姉ちゃんだよ」
「何……で? どうしてここに?」
「決まってるでしょ? 大切な妹を助けに来たんだよ」
お姉さまの声が震えている。
ラトラの声も一緒になって震える。
助けて来てくれた。
お姉さまが私のために。
「ぅ……お姉さま、お姉さま……ラトラは、ずっと……お姉さまに謝りたくて」
「うん……うん! もうわかってるから。言わなくても良いよ」
「お姉さまぁ……」
「私のほうこそごめんなさい。貴女の気持ちに気付いてあげられなかった。謝らなきゃいけないのは私のほうだよ」
「違う……違います」
お姉さまの涙が頬をつたる。
自分の涙と混ざり合って、服を濡らしていく。
「ラトラが悪いんです。駄目だってわかってたのに、もう止められなくて……お父様も良いって、それで……」
「わかってる。どうしようもなかったことは、わかってるから。追い詰められてたことも、一人で寂しかったことも……でも大丈夫。もう、大丈夫だからね」
「お姉さま……」
「一緒に帰ろう」
「はい……はい! お姉さま」
穢れが消えていく。
不安と後悔と悲しみが、氷のように解けていく。
優しくて温かい光に包まれて、大好きだったお姉さまの温もりを感じて。
心が満たされていくようで。
このままずっと、こうしていたいとさえ思える。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
外ではユーリが穢れとの交戦を継続していた。
「っ、レナ」
穢れに取り込まれてしまった彼女を案じながら、街へ入らせないよう立ち回っていた。
感じる……彼女を。
レナは無事だ。
きっと妹を助けに行ったんだろう。
彼女は優しいから、放っておけなかったに違いない。
「なら俺はせめて、自分の役割を果たすまでだ」
彼女が妹を助け出すまで、一秒でも長く時間を稼ぐ。
街へも踏み入らせない。
この穢れを生んだのがラトラなら尚更、誰も傷つけさせはしない。
「ん? 今一瞬、光が……」
穢れの中心部から淡い光が漏れだす。
それは紛れもなく、彼女の力。
穢れを祓う聖女の光。
「レナ!」
「――ユーリ!」
穢れからレナリタリーが飛び出す。
妹のラトラを抱きしめながら。
「良かった。無事だったか!」
「うん! でもその前に!」
「わかってる!」
依代であるラトラを切り離され、穢れはもがき苦しむ。
原型はもとよりないが、さらにぐちゃぐちゃに崩れていく。
そこへユーリが駆け出し、大振りにで剣を振るう。
「これで終わりだ」
ユーリの剣が穢れを斬り裂く。
一振りで真っ二つになり、その後に連撃。
触手の一本残らず断ち切る。
こうして穢れは祓われた。
住民への被害はなく、誰も傷つかず。
彼女たちは守り抜いた。
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その翌々日。
一晩中眠っていたラトラが目覚め、早々に教会を出る。
私も一緒に向ったのは、街の人たちの所だった。
広場に集まってもらって、大勢の前に並んで立つ。
「すみませんでした!」
そして大きな声で謝罪して、頭を下げたのはラトラだった。
意外そうな顔をする人も多い。
彼女の教会での振る舞いが記憶に新しいからだろう。
「私の所為で皆さんにご迷惑をおかけしました。お姉さまが助けてくれなかったら……誰かを傷つけていたかもしれません。謝って済むことではないとわかっています。それでも……本当にすみませんでした」
「私からも謝罪させてください。元はと言えば、私が彼女の悩みに気付けなかったからなんです。聖女として、姉として、私にも責任があります」
私も一緒に、精一杯頭を下げる。
これで非難されるなら仕方がないと、覚悟していた。
だけど……
「頭をあげてください。もう十分です」
「そうですよ。聖女様にまで謝られちゃ、何も言えないじゃないですか」
私とラトラが頭をあげる。
街の人たちの表情は、ちっとも怒っていない。
それどころか、反応に困っている人も多くいた。
「人に被害は出てません。今回も、聖女様と騎士様が守ってくれましたからね。許すも何もない。強いえて言えば」
そう言って、ラトラに視線を向ける。
ビクッと怯えるラトラに、ニッコリと微笑みかける。
「仲直りできたのなら良かったです。姉妹は仲良くなくてはね」
「――はい」
ラトラの瞳から涙がこぼれ落ちる。
やっぱり、この街の人たちは優しい。
その優しさが、ラトラにも伝わってくれたなら。






