10.想い人
百合音さんと仕事をするようになって2週間がたった。
やっとこの生活にも慣れてきたころだ。
今日はいつもより目覚めがいい…。
身体がいつにもまして軽く感じる。僕は両手を延ばしてのびをした。
いままでなら朝起きても疲れが取れおらずけだるい感じだったのに…。
それに顔の皺も心なしか薄くなっている気がする。
これもまた嬉しい変化だ。
「よし!今日も仕事を頑張ろう」
確か今日は依頼が来ていたはずだった。
早めに行って百合音さんに詳細を確認しておこう。
僕が特にすることはないだろうけど知っておいて損はないはずだ。
前に…百合音さんに頼ってほしいという類の事を伝えてから
僕はできるだけ自主的に行動すようになっていた。
これまでは受け身で言われた事をそのまま淡々とこなすだけだったが
この仕事が楽しいのか、自分から百合音さんに質問し
積極的に関わっていくようになっていた。
これが…正しい行動なのかは分からない。
以前、警部に言われたことに反するような気もする。
でも、僕の気持ちは変わらない。
何があっても、何を言われても僕が百合音さんの為にやる事は変わらないのだ。
「今回の依頼は女性の半分誘拐事件なんだ…」
「半分…というと?」
「誘拐されてどこかへ連れていかれるらしいんだが、すぐに開放されるんだ。しかも解放される場所は全部バラバラで誘拐されたところから離れているらしい」
「なるほど…。だから半分誘拐なんですね」
「ああ。共通点は誘拐されるのは全て20代後半の黒髪の女性で、大体は帰宅途中で連れ去られているらしい」
「20代の女性ばかり狙った、犯行って事ですか」
「そうなんだ。ただ誘拐されても何もされず、すぐに解放されるから事件としては捜査できないらしい」
「特に被害も出てないですもんね…」
「そう!だから零課の出番と言う訳だ!」
扇をパチンと閉じながら百合音さんが話を聞かせてくれた。
なかなか不思議な事件だな…。
犯人はいったい何がしたいんだろうか?
「あの…地図とかってありますか?」
「あるよ。よっと…」
百合音さんが扇をパチンと開くと机の上に地図が出てきた。
僕はそこに連れ去られていた場所と解放した場所をそれぞれに印をつけた。
「ほぉ…。これは面白い」
「そうですね…。全部この森を起点に動いているように見えますね」
地図で印を付けていくとすべて都内にある森林公園を中心に半径5キロ圏内で起こっていた。
ということは森林公園に犯人がいて、そこから誘拐と解放を繰り返している可能性がある。
「連れ去られてきた女性は何と言ってるんですか?」
「それが皆口をそろえて覚えていないというんだ」
「何処にいたのか、犯人の声も聞いたことがないですか?」
「ああ。帰宅途中で気を失って気が付いたら見知らぬ所で倒れていたと言っている」
これもやっぱり妖怪の仕業なのだろうか?
僕達はひとまず、森林公園へ向かう事にした。
ついでにフルーツサンドを作っていって一緒に食べよう。
きっと途中でお腹がすくだろう。
僕は苺やバナナ、キウイなどのフルーツを薄くスライスし
ホイップクリームを塗ったパンに挟むフルーツサンドをたくさん用意した。
保冷剤を入れていけば数時間は持つだろう。
あとアイスティも一緒に作り水筒に入れて持って行った。
これじゃあ…完璧ピクニックだな…。緊張感がないと怒られてしまうだろうか?
一瞬そんな考えがよぎったが百合音さんに話したら物凄く喜んでくれてホッとした。
「グッジョブだよ!土方君」
「ありがとうございます」
「よし!さっさと仕事を片付けてフルーツサンドを食べよ~♪」
「よー!」
百合音さんと隗君が可愛らしく握り拳を作り
エイエイオーのポーズをとっていた。
それを眺めながら僕はほっこりした気持ちになっていた。
電車を乗り継いで1時間ほど行ったところに森林公園はあった。
都内でも大きな公園で、多くの木や花が植えられている憩いの場所だった。
とても犯罪が起こっていそうな気配はない。
とても穏やかな空気が流れている公園だった。
「さて!さっそくここの主に話を聞くか!」
「はい」
百合音さんがパチンと扇を開くと目の前に跪いている人がいた。
緑色の長い髪の毛に綺麗な薄黄緑のきものをきている男性だった。
「お呼びでしょうか?白銀の一族…百合音様」
「ああ。ちょっと話が聞きたくてな」
「我に分かる事であれば何なりとお申し付けくださいませ」
「助かるよ。樹。ここ最近で女性ばかり狙った誘拐事件が起きていてね。それについて何か心当たりはあるか?」
「女性ばかり狙った‥‥。もしや…あやつかもしれませぬ」
「詳しく教えてくれ」
「はっ!」
百合音さんに樹と呼ばれている妖怪は
この公園の主で、昔からこの土地に住む人間たちに寄り添って生きてきたそうだ。
昔は沢山いた妖怪達も、土地開発で少なくなり今は数えるほどしかいないという…。
樹と呼ばれている妖怪が教えてくれたのは
時雨と呼ばれている妖怪だった。
時雨もこの土地に住む妖怪で主に水辺にいることが多い。
木々の世話をしたり花の手入れをしたりする穏やかな妖怪だそうだ。
最近よくこの公園から抜け出しては、何かを探しているようだったと言っていた。
早速情報が手に入った僕達はその時雨と呼ばれる妖怪に会いに行く事にした。
彼はこの公園の池に住んでいるそうだ。
「時雨!ここに時雨はおらんか?」
「はっ…。時雨ならここに…」
恭しく頭を下げながら時雨が目の前に現れた。
とても綺麗な水い色の髪の毛をした妖怪だった。
「ちょっと聞きたいことがあってな。最近、黒髪の女性ばかり攫っていると耳にした…。何か心当たりはなるか?」
「…それは…」
ぐっと何か思いつめた表情で俯く時雨。
よく見ると体が少し震えていた。
「罰するつもりではない。ただ理由があるなら教えて欲しい」
「恐れながら…」
時雨は恐る恐る事件の経緯について語りだした。
今から50年ほど前にここの森でよく会っていた人間の女性がいたそうだ。
その女性と話をしているうちにだんだんとお互いが惹かれ合い恋仲なった。
共に生きていこうと誓いあい次に会う事を約束した二人だったが
突然、時雨は重い病にかかってしまい、ずっとこの公園の池の底で眠っていたそうだ。
「約束を果たすために…彼女を探しておりました…」
「そうか…。その女性が黒髪の女性だったと言う訳か…」
「はい。薫子という女性で…どうしても会いたくて似ている女性に声を掛けては…尋ね歩いていおりました」
「うーん…。しかし会う約束をしたのは50年も前だろう?」
「はい…なかなか病が癒えず…少し…時間がかかってしまいました」
「それならその女性はもっと歳をとっているはずだ。若い女性ではなく老婆を探した方が良いと思うが…」
「そっ…そんなに歳をとるのでございますか?」
時雨はとても驚いた表情をしていた。
そしてたった50年しか…経っていないのに…。とポツリと呟いていた。
たった50年。妖怪にとっては短い月日かもしれないが
人間の50年はとても長い。人生の半分の時を過ごしていることになる。
少なく見積もっても70歳くらいの女性になるだろう。
「時雨…。お前たちにとっては瞬く間であっても、人間にとっては長い月日なのだ」
「そう…でしたか…。では薫子はもう…」
「その可能性もゼロではないな」
「百合音様!どうかもう一度だけ彼女に会えないでしょうか!」
「時雨…」
「約束したのです!必ず会うと…。会ってともに生きていこうと…」
「時雨が傷つくかもしれないぞ…」
「構いません。せめて…一目だけでも…」
涙ながらに時雨は百合音さんに懇願していた。
それほどまでに会いたいのだろう…。なんとか…会わせてあげることはできないのだろうか…。
僕は胸がぎゅっと締め付けられる感覚がした。
「分かった。できる限り探してみよう」
「本当ですか!!百合音様…」
「ああ。何か手掛かりになりそうなものはあるか?」
「これが…。昔、薫子から貰った物でございます…」
時雨が胸元から大事そうに出したのはロケット型のペンダントだった。
中を開けると女性の写真が入れられていた。
穏やかにこちらを見て微笑む綺麗な黒髪の女性が写っていた。
この人が…薫子さん。時雨さんの想い人…。
「よし!これの気配をもとに探してみよう!」
「ありがとうございます…百合音様…」
また恭しく頭を下げて、時雨は池の中に戻っていった。
見つかるといいな…。でも50年もたっていたら…もう…。
「御影!」
「はい…百合音様」
「この気配の女性をたどれるか?」
「やってみます…」
狼の姿になった御影さんが、ペンダントの匂いを嗅いで走り去っていった。
「あとは…八咫烏!」
「はっ!お呼びでしょうか。主様」
次は、体は人間で顔がカラスお面をつけた男が三人現れた。
この人達も…百合音さんの使い魔なだろうか?
三人とも天狗のようないでたちで、山伏の恰好をしていた。
「この女性を手分けして探してくれ」
「畏まりました」
それだけ言うと八咫烏たちは羽を広げて飛んで行ってしまった。
すごいな~…。百合音さんは本当に沢山の使い魔達と契約しているんだ…。
「ふふふ。驚いたかい?土方君」
「えっ…あ…。ちょっと」
「八咫烏達はからすを統率することが出来てね…。こんな探し物をするにはうってつけなんだ」
「なるほど…カラスはどこにでもいますもんね」
「そういう事だ♪よ~し!探してもらっている間に私達は腹ごしらえだ!」
嬉しそうに、鼻歌を歌いながら荷物を広げ準備する百合音さん。
実は…こっちが本命だったりして…。
僕達は池のほとりでフルーツサンドを食べながら使い魔の帰りを待った。
そして2時間ほどして八咫烏達が戻ってきた。
「百合音様。お探しの人間の女が見つかりました…」
「そうか。ありがとう…八咫烏」
「はっ!お褒めの言葉…あり難き幸せ」
「じゃあ、早速、彼女の元へ案内してくれるかい?」
「畏まりました」
僕と百合音さんそれに隗君は八咫烏達に抱えられて女性の元へ向かった。
高く上空へ飛び立ち空を自由に飛んで行った。
おおお…。これは…思ったより怖いな…。それに凄い風だ。
僕は目を閉じて八咫烏に思いっきり掴まった。
その時に少し、ふっと八咫烏に笑われてしまった…。恥ずかしい…。
10分ほど飛んで行った先にたどり着いた。
そこは病院だった…。どうやら薫子さんはここに入院しているらしい。
「ありがとう八咫烏…。もう戻っていいよ」
「はっ!!」
百合音さんが合図をすると八咫烏達はスッと消えてしまった。
僕と百合音さんは薫子がいる病室へ向かった。
病室に着くと点滴に繋がれ呼吸器をつけた薫子さんが静かに眠っていた。
近くにいた看護師さんに話を聞くと、彼女は少し前に肺炎にかかって入院しているそうだった。
「もう…長くはないな…」
「えっ?」
薫子さんの額に手を当てて百合音さんが暗い声で呟いた。
「会うなら早い方が良いな…」
「でも…どうやって?」
「私の夢庭で二人を繋ごう。ちょうど彼女は眠っているし会えるだろう」
「そんな事が出来るんですか…凄いですね」
「ふふふ。結構この術は万能なのさ!」
そう言うと百合音さんは、扇を出してゆっくりと開き舞を踊るような動きをした。
すると病室だった場所が、綺麗な森の中に変わった。
それと同時に寝ている薫子さんの傍には、時雨さんが立っていた。
「薫子!!」
嬉しそうに彼女に駆け寄る時雨さん。
涙を流しながら優しい手つきで薫子さんの頬に触れていた。
僕と百合音さんは少し離れた場所で様子を見守った。
「…し…ぐれさん?」
「そうだ!僕だよ…薫子」
「よかった…無事だったのね…」
「済まない…約束したのに遅くなってしまって」
「いいの…。最後にもう一度…あえたわ…」
か細い消え入りそうな声で薫子さんが受け答えしていた。
呼吸器がなければ息もできないほど彼女は弱っているのだろう。
それでも薫子さんの表情はとても穏やかで嬉しそうだった。
「薫子…。帰ろうあの森へ…そして共に暮らそう…」
「ええ…いき…たいわ…あな…たと…」
それだけ言うと薫子さんはスッと瞳を閉じてこと切れた。
時雨さんは彼女の手を握ったまましばらく黙っていた。
彼が何を思っているのか…どんな気持ちなのか想像もできない…。
僕はまた胸がぐっとせりあがってくるような気持ちになった。
「百合音様…薫子に会わせていただき…ありがとうございました」
「ああ。最後に会えてよかったな。このペンダントは返そう…」
「はい…」
それだけ言うと彼はにっこり微笑んでペンダントを握り締めながら揺らいで消えてしまった。
僕達もいつの間にかさっきまでいた病室に立っていた。
傍には笑顔で微笑みながら目を閉じている薫子さんがいた。
とても綺麗な…満足そうな表情だった。
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