8話
アニエスに案内してもらったのは街の一番奥、港の一歩手前の通り沿いにあった小さな建物だった。
壁に使われている灰色の煉瓦とは違い、内装は木材が主流なのだろうか。ほのかに漂う木の匂いがどこか懐かしさを思い出させる。奥はカウンターと左右に扉が二つ。カウンターの後ろにはいくつもの棚が並んでいて、ひとつひとつの収納スペースには様々な瓶や食器が並べられていた。その手前に椅子と机がぽつぽつとあり、住居というよりも喫茶店のような感じだ。少し薄暗い部屋を照らしているのは壁に掛けられているいくつかの松明なのだが、それだけでも十分だと思えるほどはっきりと家具や内装が見えていた。
「ここは?」
独特な雰囲気のある内装をちらちらと眺めながら、ぽつりと与一がつぶやく。
「私の親戚が経営してる宿よ。前に空き部屋があるって言ってたから丁度いいかなって」
そういうと、アニエスはカウンターへと向かい、そこに設けられていた呼びベルをちりんと鳴らした。すると、左奥の扉から男性が出てきた。見た目は30歳手前だろうか、金色の短髪に、黒紫色の瞳。顎髭がよく似合っており、鼻が高くていかにもな外国人の顔つきだ。背は与一よりも高く、職人と言われれば迷わずに首を縦に振るほどの屈強な体格。そして、その肉体に纏うは白いタンクトップに灰色の半ズボン。
その見た目からか、与一は少し恐怖を感じていた。ガタイがいいなんてもんじゃない──一言で表現するなら漢だ。転生する前に何度か外国人と話したりする機会はあったのだが、目の前にいる男は別格だ。少し目が合うだけでも威圧のようなものが全身を駆け抜ける。本能的に彼は危険だと与一の生存本能が叫んでいた。
「おぉ、アニエスじゃないか。ん? ほほぅ、男を連れて歩くようになったか! がっはっは!」
「ち、違うわよ! この人はただの一文無し! 泊まるところがないって言うから連れてきたの!」
ひどい言われようだ。ぐうの音も出ない与一は、ただただ押し黙っていることしかできない。それ以前に、下手な誤解を招いて面倒事になるのだけは避けたい、という事もあるのだが。
「ふむ。黒髪とは珍しいな、旅人か?」
顎に手をあて、男は物珍しそうに与一を覗き込む。
「あ、はい。自分探しの旅と言いますか、第二の人生と言いますか」
「がっはっは! 第二の人生か! そりゃぁ、いい。が、お金がないのは早急にどうにかしたほうがいいな」
大声で笑い、大声で喋る男。はっきり言って運動部系だ。第一印象から、もうちょっと怖い人なのかと思っていた与一であったが、想像していたよりも柔らかい印象を受けてちょっぴり驚いていた。
「前に叔父さん言ってたじゃない? 空き部屋がどうとかって」
「あぁ! あの部屋ならちょっとした物置きになってるが、好きに使ってもらって構わんぞ。なに、別に金が払えないなら出ていけとまでは言わん。稼げるようになるまでは、ウチで過ごすといい」
「ありがとうございます!」
こうして、寝泊りする場所は確保できた。だが、先ほど与一の職業が『調合師』であることを知ってしまったふたりは、なにやら落ち着きがない様子で彼の顔を窺っていた。
カウンターの左にある扉を進むと、そこには調理場が広がっていた。キッチンというよりも、キャンプ場などにある共有スペースの調理場に近い。水道は通っていないのか、水をため込んだ水槽があり、その横にはかまどが二つほど並んでいる。壁には様々な調理道具が掛けられており、部屋の中央には料理を置くための長机らしきものがある。素材は木材ではなく鉄製のようで、長机の両端には様々な木の実や塩のような物が詰め込まれている小瓶が整頓しておかれている。
男は、更に奥にあった扉を開ける。その部屋には奥に小さな窓がひとつあり、その手前にはいくつもの木箱が積み上げられている物置部屋と化した小部屋だった。
「こんな部屋だが、大丈夫か?」
「あ、大丈夫です! むしろ助かります」
「あーなんだ。そんなかしこまらなくてもいい、歳もそう離れていない気がするからな。気軽に話掛けてくれ」
「わ、わかりま……ん、んッ! わかった」
咳払いをひとつしてから、与一は改めて男に返事をした。
「それはそうと、名乗ってなかったな。俺はアルベルトだ」
「渡部与一だ。よろしくな、アルベルトさん!」
アルベルトが差し出した手を、与一は嬉しそうに握りしめた。
「がっはっは! 黒髪でも珍しいのに、名前まで珍しいんだな!」
目の前で握手をしている男ふたりを眺めながら、セシルは鞄から本をだして読み始める。その横でアニエスが『相変わらずフレンドリーね』っと、肩を竦めていた。
「それじゃ、俺は店番があるから戻るぜ。必要なものがあったらその辺の木箱を勝手に漁ってくれて構わないぞ。店で使わないものから予備の物まであるからな、毛布とかも中にあるだろう」
そう告げると、アルベルトは部屋を後にする。
「いやぁ、いい人だなアルベルトさん。っと、それより聞きたいことがあるんだが……」
「どうかしたの、先生?」
「……うん、もう固定なんだなそれ。聞きたいことってのは調合師についてだが、ギルドでも言われたがそんなに珍しいのか?」
「あなたって人は……ほんっと、何も知らないのね──」
呆れた顔をしながらも1から説明をしてくれるアニエス。時折、セシルが介入して補足説明をしてくれた。
結果から言うと、調合師という職に就いた者はどこかしらの国に重宝されるらしい。最初はなぜだろうと考えていた与一であったが、薬師と違って純度の高い抽出方法を使用して作られるポーションの効果は絶大で、治癒のポーション1個で一か月は過ごせる資金になる──地域ごとに異なるのだが、ヤンサの街ではそれくらいのようだ。
首都などに行けば、会えたりもするそうだが地方で見かけるのは稀。人生で一度会えるか会えないか程の確率らしい。
「それぐらい、すごい職業ってこと! わかった!?」
「あ、あぁ。なんとなくだけど理解した」
「ふぁああ、眠い……そろそろ、帰る」
あくびをしたセシルがとことこと部屋を出ていく。
「そうね、私もそろそろ宿に戻るわ。いい? 叔父さんに迷惑かけないようにね!」
ばたん、と。締まる扉をぼーっと見ている与一。
とりあえず、このままでは寝られないので木箱を漁っていく。蓋を持ち上げると思いのほか簡単に取り外すことができ、中にあった毛布を2枚ほど取り出す。片方を丸めて枕に、もう片方をそのまま被って横になる。お金がないとはいえ、雨風は凌げるからマシだろう。
「とりあえず、明日になったら考えよう……今日は、つかれ……た……ぐぅ」
程なくして、与一の小さないびきが聞こえ始めた。
叔父の宿屋を後にし、セシルの背中を眺めていたアニエスはぽつぽつと浮かない足取りで帰路についていた。
原因はわかっている。人助けをして、それを叔父に押し付けてしまったのだ。本来ならば自分のお節介で街にまで連れてきたのだから、自身が責任をもって──
「あぁぁ、っもう! 周りにめんどくさがり屋しか集まってこないじゃないの……っ!」
真っ暗な海へと嘆くアニエス。
「どうしたの?」
そこへ、聞いていたセシルが彼女を窺いながら呟く。
もしも与一が前衛系の職業だったら、パーティーに誘っていたかもしれない。だが、彼は調合師だ。生産職で、しかも貴重な人材と言っても過言ではない。
彼がもし、パーティーメンバーとして一緒に依頼を遂行する際に怪我や負傷を負う事となれば、咎められるのは自分とセシルだろう。
「ううん、ちょっとね……それにしても、まさか与一が調合師だなんて。流石に驚いたわ」
「ふふ、私は薬師でも調合師でも構わない。勉強になる」
「なによそれ。前衛職だったらパーティーに誘いたかったんだけれど──」
考えていたことがうっかり言葉になってしまったことに、アニエスは焦りを感じた。
セシルは基本、人に懐かないことを自身が一番知っているというのに、それを出会った初日であそこまで親しくしていた相手をパーティーに誘うなどと言えば、彼女は賛成するとしか考えられないからだ。
「何言ってるの? 先生はもうパーティーメンバー」
「ちょ、ちょっと落ち着いてよセシル。あんなめんどくさがり屋で、しかも世間知らずなのよ? 討伐依頼とかでもしものことがあったら──」
「大丈夫。私がなんとかする」
「……はぁ。もう何言っても無駄ね。もう、わかったわよ……明日、彼に話してみましょっ」
やれやれと溜め息をこぼしたアニエスは、言うんじゃなかったと後悔するのであった。




