86話
前回にも、自分の見知っている世界とはかけ離れた戦場のような場所に赴いた。その時は、自分に何ができるのだろう。と、考えるよりも先に、怒りによって後先考えずに駆け出してしまっていたのだが。今の与一は、自然と落ち着いており、目の前で戦いに明け暮れているアルベルトを眺めていることができていた。
慣れと言うものは怖い。最初は誰しもが初心者であり、初めて見るものばかりだ。しかし、そういうものはふとした瞬間から慣れていき、気が付けば冷静にこなしてしまったり傍観したりしている。そう言った状況下において、人というものはなにをすればいいのか、どうすればいいのか。と、判断ができるようになってくるのだ。
「ふぅ……アルベルトさんがいれば、俺の出番はなさそうだな」
与一は胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけて吹かした。
複数人対ひとりの単独戦闘。四方から襲い掛かってくる輩の攻撃を躱し、反撃すらして見せているアルベルトの立ち回りは、まさに一騎当千のものだと言えよう。
「しかし、まぁ。強すぎるだろ……いや、まじで」
ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。一向に止まることを知らないアルベルト。だが、その猛攻は息をついた瞬間に音を立てて崩れていった。
「──ザイス!?」
再び足を踏み出そうとしたアルベルトの傍に、先ほど沈んだはずのザイスが不気味な笑みを浮かべて鎌を振り上げていた。咄嗟に回避しようと身をよじるアルベルト。逃がさんとばかりに回り込んでくる鎌の刃先。
「アルベルトぉおおお、さっきの馬鹿力はどうした? あぁ!?」
刃がその分厚い首を刈り取ろうと迫る。が、経験から判断か、もしくは苦し紛れの策か。アルベルトは身体を翻して上半身を反り、鼻の先に触れそうになった刃先を必死そうに見開いた目で追った。
空を切った鎌。背後から聞こえる舌打ち。
「あぶねぇだろ! 武器を振るうときはひとこと言いなさいって、教わらなかったのか!」
「はぁ? 相手を殺そうとしているのに声を掛ける必要性なんてねぇだ、ろ!」
振り切った鎌は再度掲げられ、アルベルトの脳天へと振り下ろされた。
「今度こそ死ねぇアルベルトぉおおおおお──んなッ!?」
だがしかし、鎌は獲物を捉える瞬間に飛来した何かによって弾かれた。
「あの死にぞこないの仕業か!」
「ほえぇ、あの爺さんって本当にすごいんだな」
「くそがァ! どいつもこいつも俺の邪魔ばかりしやがって!」
「おいおい。邪魔もなにも、最初にちょっかい出したのはおめぇだろ? 自分のケツも拭けないでなにを一丁前なことを抜かして──って、あぶねぇだろ! 鎌を振るうときはだなって、待て待て話してる最中じゃねぇか!」
「うるせぇ、死ね! この肉だるまが!」
呑気に会話をするアルベルトと、それに逆上して鎌をムキになって振るうザイス。
先ほどまでの真剣勝負のような雰囲気はどこにいってしまったのか。どこか和やかな空気を感じ取った与一は、敵対しているはずのザイスとアルベルトが仲良さそうに盛り上がっているのを見て、溜め息をこぼした。
「あのオヤジ……なんで、ザイスと楽しそうにしてるんだ?」
仲間を手に掛けるような相手に、アルベルトが余裕を見せるはずがない。現に、何度も首を刎ねられそうになっており、その都度危険だと肝を冷やしてしまう場面で、エドワードによる狙撃がそれを阻止するのだ。苛立つザイスの気持ちもわかるが、エドワードがザイスを仕留めれば全て丸く収まるのではないのか。と、疑問を抱き始めた与一。
「まぁ、エドワードの爺さんにも考えがあるんじゃないのかな?」
「そうなのか? って、いきなり背後から話しかけるのやめてくれよカミーユ。……心臓に悪い」
「ははは、それはごめんとしか言えないね。それと、アルベルトも無意味に彼と話し込んでるわけではないと思うよ?」
「いやいや……どう見たってじゃれてるだろ、あれ」
「ザイスの持ってる鎌の効果が切れるのを待ってるんだと思うよ?」
「鎌の効果? 手下の首を刎ねたのと関係があるのか?」
傍に来たカミーユに問いかける与一。すると、カミーユは深刻そうな表情を浮かべて口を開いた。
「『死神の鎌』って、知ってるかい?」
「全く知らん。むしろ、そんな中二病全開そうな名前すら聞いたことがないな」
「ちゅう……? それは置いといて。あの鎌は、刈り取った魂の数に応じて使用者を強化するんだ。アルベルトに盛った丸薬の効果であろう、あの馬鹿力で殴られても平然としていれるのはそのおかげと言っていいね」
肉体を強化するとなれば、丸薬と似ている可能性が高い。
エドワードの一矢でも仕留めることができないほどの効果があるとすれば納得がいく。与一よりも、元の身体能力の高いアルベルトが筋力の枷を外した状態の攻撃を受けても平然としているのだ。細身であるにも関わらず、いかにも重そうな感じのする鎌を連続して振るっているのを見るに、耐久力だけではなく筋力なども大幅に強化されていると見て間違いがない。
「ゲームでいうところのタンクってやつか? いや、現実でそれだとチートじゃないか……?」
ゲームなどの場合は、防御力が高くて攻撃力の低い印象なのだが、現実で鎌を振り回して攻撃を受けても平気となると話は別なのだ。効果が切れるまでの間、なにをしてもザイスを無力化、もしくは殺すことが不可能なのだから。
「それはまた……厄介な相手ってわけよね」
「おぉ、目を覚ましたのかエレナ」
「……とりあえず、どういう状況なのか説明しなさい」
与一の丸薬のおかげで、全身の傷が癒えた様子のエレナ。
どこか近寄りがたそうに距離を置くカミーユを見て、与一は溜め息混じりに今に至るまでの経緯を話すことにした。




