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85話

 アルベルトが駆けつけてくれたことによる安堵からか、アニエスはへたり、と。座り込んでいた。

 目の前にいるのは、彼女の実の叔父である。しかし、以前から力だけはその辺の海の男よりはあるであろうと考えていたアニエスは、先ほどまでカルミアを殺そうとしていたブギーの巨体を拳ひとつで吹き飛ばし、更には仲間を手に掛ける鎌使いの男までも拳ひとつで地面へと叩きつける光景に、目をぱちくりとさせていた。


「おい、アニエス! しっかりしろ! アニエス!」


 そこへ、よく知った声が聞こえ始め、自身の肩を揺さぶってきた。


「……与一?」

「大丈夫そうだな! カミーユ、そっちはどうだ?」

『一応丸薬は飲ませた! 私は、カルミアを安全なところにまで連れていくよ!』

「わかった! あとはこっちでどうにかする!」


 いつの間に現れたのだろうか。カルミアの傍には、前にどこかで見た事のあるような金髪のエルフがいた。彼女は、与一とやり取りをしてからカルミアを持ち上げて、路地の奥へと消えていった。


「与一、あの人は?」

「アルベルトさんの知り合いだよ。カミーユっていうんだ」

「そ、そう……カルミアさんは大丈夫なの?」

「ん? あぁ、俺の薬を使ったからな。まぁ、血は戻ってこないけど怪我は治ってる状態だから、数日は安静だな」

「よかったぁ──って、今までどこにいたの?」

「ちょっと、な。アルベルトさんが怪我してたから治療してた」


 気まずそうに頬を掻く与一に、アニエスは叔父になにかしたのだろう。と、勘ぐった。


「……叔父さんに何を盛ったの?」

「すまん、それは言えない」


 飲んだだけでバーサーカーになってしまう薬なんて、口が裂けても言えなかった。

 世間に出回ってはいけない代物。国が調合師を囲って各国で作っているかもしれないものであり、同時に調合師を危険視するほどの効果があるものでもある。それを、ひとりの少女に内密だからと言って、気軽に話せる内容ではないのだ──と、いうのは建前であり、与一自身は説明がめんどくさいから話したがらなかった。

 すると、何かしら察したのであろう。アニエスは小さな溜め息をこぼすと、未だに小刻みに震える足に鞭を打って立ち上がる。


「はぁ、深くは聞かないでおくわ」

「助かる。っと、そんなことより……そこで尻餅ついてる人を連れて逃げたほうがいいぞ?」

「え? それはどういう──」

「んぴぃいいいいいい────んぼッ!?」


 首を傾げながら、アニエスは与一を見やった。そこへ、彼の背後へとなにかが通り抜けていくのが見え、言葉を詰まらせた。先ほどまでアルベルトと対峙していた男たちが、次から次へと壁に突っ込み、微妙だにせずに埋まっていたのだ。


「……へ?」

「こういうことだ……」


 引きつった表情を浮かべたまま、アニエスはアルベルトへと目線を移す。

 弱肉強食の世界で、頂点にでも立っているのはないのだろうか。と、思える程素早く動き、見た目通りの腕力に物を言わせ、近づいた者からあっちこっちへとぶん投げるアルベルトの姿があった。


「も、もう何も驚かないわ」


 そう言うと、アニエスはへたり込んでいる弓使いに肩を貸して、路地へと足を進めた。


「あとふたり、怪我をしているわ。彼らも助けてあげて!」

「任せろ。俺は調合師だからな、こういう時にしか役に立てないからな」


 にしし、と。笑ってみる与一に、アニエスは少し気まずそうに微笑みかけてから背を向けた。

 仲間を置いて立ち去るのが心苦しいのだろう。ひとりの少女からすれば、仲間と言うものは大きな存在だ。しかし、自身にはどうすることもできないのが現実であり、無理を言って共闘したところで足手まといでしかない。それらを理解して、時間を無駄にすることなく与一の言い分を聞いたアニエスは、利口な判断をしたと言えよう。


「さて、おーい! 大丈夫か?」


 近くに転がっていた人影に、与一は声を掛けながら近づいていく。

 そして、周りに倒れ込んでいる冒険者ではなさそうな服装とは違うことを確認すると、治癒の丸薬を無理やり口に押し込み、放置する。すると、一瞬にして意識を取り戻した男が、ふらふらと頭を押さえながら立ち上がった。


「僕は……? た、確か──」

「早く逃げたほうがいいぞ、ここは危険だからな」

「き、君が助けてくれたのか?」

「そんなことはどうでもいい。ほら、これをもうもうひとりに飲ませて連れて行ってやれ」


 上着の内ポケットから取り出した治癒の丸薬を、双剣使いへと渡す与一。

 正直なところ。近くで倒れ込んでいる者の区別がつきにくく、最終的にどれも同じにしか見えなくなってきた与一にとって、知り合いであるのならすぐに助けられるだろう。と、いう判断に至ったのだ。


「これは……?」

「治癒の丸薬。俺の自信作だ。それを飲ませれば怪我は治るから、ポーションを飲ませるよりは楽なはずだ」


 気を失っている相手に液状のものを飲ませると、その人が溺れてしまう可能性がある。その分、丸薬ならば口に含むか歯で噛み砕くだけで効果が現れるのだ。


「ちょ、調合師、様?」

「そうだ。そんなことより、早くもうひとりを助けてやってくれ」

「わ、わかりました!」


 様をつけてから、彼の与一に対しての態度が変わった。

 周りが名前ばかりで呼ぶので、忘れかけていた与一であったのだが。この世界では、調合師という職業は稀であるのだから、様付は当然なのだろうと自身を納得せざるを得なかった。それに、一刻も早く部外者には退場願いたかった与一にとって、彼が早くもうひとりを連れてこの場を立ち去ってくれないだろうか。と、考えていた。


「大丈夫か!? おい、おい!」

「……うぅ」

「っ!? ほら、早く戻る……ぞ!」


 瀕死、もしくは死の間際だったのか。双剣使いとは真逆に、色白い肌をしたガタイのいい男が肩を貸してもらいながら与一の傍を通り過ぎていく。


「調合師様、あなた様もすぐに逃げるべきです!」

「それは無理だ。まだ助けなきゃいけない命があるからな……ッ!?」


 与一の目線の先には、血だるまとなって転がるエレナの姿がある。

 傷は浅いものから深いものまであるだろう。それでも、エレナからは呼吸をしている間隔で肩が浮き沈みしている。これ以上あの状態で放置しておくのは不味い。と、与一はふたりを手であしらってから駆け足でエレナの元へと近づいていく。

 周りでは怒声や殺人予告が飛び交っているが、気にしている余裕はない。

 エレナの元にたどり着いてからは単調に進んだ。丸薬を取り出し、口に突っ込み、脇に手を入れて引きずり、避難する。その間に何度か襲われそうになったのだが、その都度アルベルトが颯爽と現れて蹴散らしていく。

 既に複数の効果が切れているはずだ。だが、アルベルトは止まることなくあちらこちらへと駆けては、辺りに木霊する悲鳴と共に、次の獲物へと駆けていく。それは、紛れもないアルベルト自身の経験と才能、実力が成し得ていることなのだろう。


「はは、あのオヤジ絶対楽しんでるだろ……」


 与一は、呆れた表情を浮かべることしかできなかった。

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