84話
どこからともなく現れたアルベルト。
ぎろり、と。辺りを睨みつける。そのひと睨み、鬼の如し。怒り、威嚇、殺意。ありとあらゆるものが入り混じったその目は、周りにいた者から余裕というものを刈り取った。しん、と。静まり返った周囲を見渡し、転がる冒険者の姿に更なる怒りが彼を支配する。
「……おめぇらか?」
まるで、心に語りかけているかのように響く声音。低く、太く、響く。
睨まれたものから、肩を小刻みに震わせながら首を横に振るう。ひとり、またひとり。と、アルベルトと目が合った者から、怯えるかのように応えていく。ただひとり、鎌を肩に掛ける人影は愉快そうに笑みを浮かべていた。
「くくく、こいつらがうるせぇから来てみれば──暴れん坊、久しぶりじゃねぇか?」
「……ザイス!」
くわ、と。大きく目を見開いて声を発した。
互いが互いのことを知っているようだ。アルベルトは、王都に身を置いていた時期があったので、それなりに面識があってもおかしくはない。対するザイスは、彼の通り名を呼びながら歓喜のあまりに目を吊り上げる程だった。
「あぁ、ちょうど手土産があるんだ」
ザイスが指を鳴らすと、背後に控えていた男たちがひとりの少女の髪を掴み、引きずってきた。そして、その身をアルベルトの前へと投げる。
「こ、こいつは……ッ!!」
転がってきた少女の顔に見覚えがあったアルベルトは、ぷるぷると肩を震わせる。
彼の眼前には、所々服が切り刻まれ、身に刻まれた数多の傷から生きているのか。と、疑問を抱く程の出血をしたエレナの姿があった。
生身の人間が、かなりの人数を前に防戦一方で戦っていたのだ。カミーユが讃頌していたとは言え、人間が身体を動かすには限度がある。それすらも無視して、劣勢であるにも関わらずに立ち向かっていた少女は、ザイスの手によって無惨な目に遭わされてしまったのだ。
「うぉおおおおおおおおお────ッ!!!」
怒号の雄叫び、響き渡る戦慄。
「うっはぁ! そうだ、そうだ! 手ごたえのない雑魚なんていらねぇ、暴れん坊! テメェを殺せるなら調合師なんざ興味ねぇ!」
居合わせた全員が震え上がる中、ザイスだけが惚けた表情を浮かべ、鎌を構えた。
目線をアルベルトに向けたまま、すぐ隣にいた男の首を刈り取る。何が起こったのか理解する前に亡骸となったその身体から吹き荒れる鮮血の雨。仲間を手に掛けた理由はわからない。だが、脇目も振らずに人を殺めるその行為に、近くにいた者たちは呆然とする。
「ざ、ザイスさ──」
不安になった者が声を掛ける。が、満面の笑みを浮かべたザイスはお構いなしに首を刎ねる。
「雑魚が話掛けんなよ」
どさり、と。骸が足元に転がる。
「くくく、ははは! 贄となれ、鎌が血を求めてんだ!」
次から次へと、じりじりとザイスから離れていく者が殺されていった。
転がる骸が十を超えた時、ザイスから次第と血の気が引いていく。すると、ぼこん、と。ザイスの身体が大きく脈を打ち、鎌から異様な気配が湧き溢れ始める。
「……『死神の鎌』。連れてきたやつらは、全員餌だって言うのか!」
「あぁ、なにが悪い!? 調合師を殺すだけじゃ物足りない、いっそのこと街その物を蹂躙して腸を拝んでやろうと思ってなァ……そそるだろう?」
「このクズ野郎ォッ!!」
姿勢を屈めたアルベルトが、空気の爆ぜる音と共に駆け出す。
即座に肉薄し、拳を腹部へと叩き込もうとする。が、拳はザイスに振れることはなかった。代わりに、お礼だと言いたそうににやけたザイスが、側面から鎌を振り下ろす。アルベルト同様に身体を強化したのだろう。詰まるところ、『死神の鎌』というものは刈り取った命を装備している者の力に変換する類のものなのかもしれない。
「くくく、その腕から頂くぜェ!?」
刃が肘の辺りを捉え、刃先が反対側から顔を出した瞬間に鎌を引く。
本来であれば、片腕を失ってもおかしくはない。だが、現在のアルベルトは与一の飲ませた丸薬によって、治癒、筋力の制限解除の効果を得ている。故に、鋭利な刃物が彼の身体を傷つけたとしても、まるで何事もなかったかのように完治する。
「はぁッ!? た、確かに腕を斬り落としたはずだ!」
鎌を構えなおしたザイスが声を荒げた。
「なにをしやがった! テメェ、人間でもやめたんじゃねぇのか!?」
「がっはっは! こいつは、与一に感謝しねぇといけねぇなッ!」
軽く地を蹴り、すぐさま距離を詰める。
「クソがァ! あの調合師の仕業だな!」
ぐぬぬ、と。食いしばる歯を見せながら、回避に専念するザイス。
左右交互に振るわれる拳を避けると、後方へと高く飛び上がった。しかし、逃がすまいとそれに続くアルベルトの追撃が繰り出される。ザイスは、空中で身を守ろうと柄の部分で受け止めようとしたのだが。
「──ぐわぁあああッ!?」
筋力の制限を解除されたアルベルトの一撃は、常識の範疇を超えた威力を発揮し、ザイスの身体を地面へと叩きつけると、殺しきれない衝撃がその身体を二度、三度と跳ねさせた。




