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83話

 ブギーの異常さに、居合わせた全員が驚愕した。

 先ほど投げ捨てられた斧使いは動く気配もなく転がっている。そんな彼を嘲笑うかのように、彼の頭を踏みつけたり、斧を拾い上げて愉快そうに笑う男たち。アニエスからすれば、不快以外の何者でもなかった。

 ぐぐぐ、と。腰に携えている剣を握る力が籠る。恐怖のあまり、下がろうとした弓使いが腰を抜かす。


「む、無理だよ……あんな、錨を持ち上げれるほどの常識外れなやつなんて!」


 必死に助けを求めようと、双剣使いへと目を向ける。

 がたがた、と。震えている彼女を横目に、双剣使いである彼は剣を構えなおした。どうやら、ブギーの馬鹿力を前にしても闘志は尽きていなかったようだ。冒険者としての誇りか、男として引けない戦いなのか。彼は、頬を引きつらせて。


「そんなに殺し合いがしたいのなら、僕の剣の錆になるといい!」


 姿勢を屈め、一目散に駆け出す。

 対するブギーは、どこか上機嫌にふんす、と。鼻息を吐き出した。


「余裕ぶってるんじゃねぇッ!!!」


 駆ける足を器用にずらしながら、直線ではなく角度をつけながら突っ込んでいく。懐へもぐりこみ、双方に握りしめた剣が振るわれる。だがしかし、彼が目にしたのは相手の鮮血でも苦痛に悶える姿でもなかった。


 ──迫り来る、錨だったのだ。


「ひぃッ!?」


 咄嗟に剣を重ねて身を守る構えを取る。それで防げれば奇跡だ。すると、ブギーはそれすらも狙っていたかのように錨を寸で止め、その大きな身体を勢いよく回した。続くかの様に錨が円を描き、双剣使いの横腹へと叩きこまれた。


「おごぉ……ッ!?」


 身体が『く』の字に折れる。

 勢いを殺しきれないまま、双剣使いは無惨にも血反吐を吐き出して転がる。


「ぶほ、ぶほほ! よわい、きみもよわい!」


 だん、と。地面へと錨を下ろすと、ブギーは彼を指さして大笑いした。

 戦闘狂なんてものではない。人をなぶり、楽しみ、殺す──ただの殺人鬼。

 それも、戦闘にかなり慣れている。相手の行動、思考、判断。そのすべてに対して、経験という概念に物を言わせているに違いない。勘だけで動いているわけではないのだ。ブギーという男がひとりいれば、数人を虫のように殺すことさえも造作ないのだから。

 

「ごほ、ごほッ……アニエス、逃げなさい……」


 呆然と立ち尽くす彼女に、肩にしがみついたカルミアが声を掛ける。

 暗殺者と暴君。相性で言えば最悪だ。正面から対峙するとなれば、暴君に利があるからだ。本来の戦いである暗闇からの奇襲。と、言ったものは昼間である現時点では意味を成さない。故に、勝てないと踏んだカルミアは、アニエスだけでも逃げてほしいと願ったのだ。


「む、無理なのよ……足が、足が動かないの……」


 一方的な殺戮を前に、絶望と悲観の入り混じった表情を向けるアニエス。

 咳き込む度に血の量が増えていく。己の寿命が残り少ないことを悟ったのか、カルミアはアニエスの傍からよろよろと離れると、先ほど叩きつけられた場所に転がっていた自身の剣を手に取った。


「うぐ、ごほごほッ! いい? アニエス、逃げるのよぉ……」

「そんな、カルミアさん……ッ!?」


 力なく握られた剣。

 血の気の引いた顔。

 次第と増える吐血。


 はっきり言って、まともに立っていられる状態ではない。


「早く……逃げなさい!」


 苦しそうに、今にも倒れてしまいそうな背中。

 この時、アニエスは後悔した。自身が今までなにもしてこなかったこと。採集依頼しかしてこなくて、まともに剣を振るってこなかったこと。叔父に頼んで、少しでも経験を積んでこなかったこと──今となっては、どうすることもできないことばかりだ。


「カルミア、さん……ッ!!」


 涙を浮かべ、ブギーへと剣を突きたてた背中へと名を叫ぶアニエス。

 そんなことお構いなしに、ブギーは錨を振り上げる。それが振り下ろされる瞬間、アニエスは泣き叫びながらも声を張り上げた。


「誰か……誰か、助けてよッ!!!」


 目の前で、良くしてくれた人が殺されてしまう。怪我をして、血反吐を吐いてまで、自身を逃がそうとしてくれている人の命が、絶たれてしまう。嫌だ。それだけは嫌だ。一緒に戻って、また笑い合いながら話をしたい。面倒見のいい姉のように──また、微笑みかけてもらいたい。


「きみもしんじゃぇえええええ──ッ!!!」

「カルミアさぁああああんッ!!」

「────ッ!!」


 アニエスの声に反応するかのように、カルミアは身を(ひるが)し、両手で握り締めた剣を肩に掛けるようにして受け流す。どごん、と。強い衝撃が地面を伝い、最後の悪あがきをしてやったりと、弱々しく微笑んで見せるカルミア。だが、次の一手を打つ前に身体の限界が来たのか、握る剣を落としてからゆっくりと倒れ込んでしまった。


「や、やめて……お願いだから、やめてぇ!」


 力の限り叫ぶアニエスを他所に、ブギーは再度錨を持ち上げた。


「ぶほほ! つぎははずさな──ぶごぉお!?」


 刹那、横腹へと叩き込まれた拳によって、その巨体は近くにいた輩を巻き込んで吹っ飛んでいた。




「……うちの姪っ子を泣かせる野郎は、どこのどいつだ?」




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