81話
カミーユが前衛をしてくれているおかげで、アルベルトが吹き飛ばされていった店へと辿り着くことができた。しかし、アルベルトを助けることより、カミーユはカルミアとエレナのことを心配している様子。どこか思い詰めている表情をする彼女に、与一はどう声を掛けていいのかわからなかった。
黙々と店の中に足を踏み入れるふたり。そこには、崩れたのであろう足元に散乱した木箱やら壺やらが散乱していた。その中央、木箱の下敷きになっている大きな手を見つけた。
「これ、アルベルトさんだよな?」
「そうだね。ちょっと、どいててもらっていいかな?」
「あ、あぁ……」
カミーユは女性だ。ひとつひとつの木箱を持ち上げてどかそうにも、そのような筋力があるようにも思えない。
与一は、どうやってアルベルトを助けるのだろう。と、半信半疑のままカミーユの背後へと移動する。それを確認したカミーユが、アルベルトものと思われる手のすぐ傍へと手を添える。
「さぁ、仕事だよ!」
掛け声と共に、散乱していた木箱やらは一斉に吹き飛んだ。
駆け抜ける突風。転生する時に味わった風圧を肌に感じ、身を守るように手を上げた与一が、それと同等の風を巻き起こしたであろう張本人──カミーユへと目を向けた。突風は2回ほど吹き抜けていき、気が付けば床に横たわるアルベルトの姿がそこにあった。
「まさか、アルベルトが伸びているなんて……」
「外傷は特にないな。となると、万能薬とこいつでどうにかなるかもしれない」
「万能薬はわかるけど、もうひとつの黄色い丸薬はどういう効果があるんだい?」
「まぁ、それはアルベルトさんが起きてからのお楽しみってことで────」
話したがらない与一を前に、カミーユは首を傾げた。まさか、彼の飲ませたものが今後の戦況を一変させるほどの代物とは、このときの彼女は考えても居なかった。
一方、冒険者ギルドに駆け込んできた住民によって、サブマスターであるエレナが大通りにて奮闘していることを知った冒険者たち。受付嬢はこのような場面であっても冷静さを保ち、事前に用意されていたであろう手順に従って指示を出してた。
「冒険者の皆さんは、中央通りから両端の通りにいる逃げ遅れた住民の避難を優先してください!」
「各自、油断することなく行動するようにお願いします!」
「相手は武装しているとのこと、やむを得ない場合は自分の身を守ってください!」
主に分けられたのは3つの班。
ひとつ、住民の避難を先導する。もしくは、手助けをする者たち。この班には、基本的に生産職に当たる者たちが多くみられた。その中にはセシルの姿もあった。他、ふたつの班は偵察と包囲することを中心に考えられたもの。戦闘に特化した者が多く、遠距離の武器を携帯しているものは偵察の部類に入り、近接武器を主な得物としている者は包囲するように分けられていた。後者にはアニエスの姿があり、どこか落ち着かない様子でそわそわとしていた。
「ね、ねぇ。セシルは大丈夫なの?」
「ん、なんで?」
「武装しているのよ? いくらなんでも、冒険者の仕事じゃないわ……騎士団の仕事じゃない」
「騎士団でなにかあったのかも。だから、冒険者が動くことになった」
「その可能性は高いわね……もう、場所は叔父さんの宿に近いのよ? 叔父さんたちになにかあったらって考えると、居ても立っても居られないわ……」
今すぐにでも飛び出しそうなアニエス。だが、その行為によって他の冒険者に迷惑をかけてしまうことを、彼女は理解していた。故に、不安に駆られる胸を押さえながら、深く、長い呼吸をして自身を落ち着かせる。
「たぶん大丈夫。先生がいるから」
「こんな状況でもブレないのね……そうよね、与一がいるなら怪我しても大丈夫だものね」
「ん、先生はすごい」
信じているから。と、でも言いたそうに真っ直ぐ見つめてくるセシルを前に、アニエスは小さく微笑んで見せた。
「これより、私たち冒険者ギルドはヤンサの街の緊急事態のために行動を開始します!」
「「「「おぉおおおおおおお──ッ!!!」」」」
各々が武器を掲げ、移動を開始する。
班の違うアニエスを心配したのか、彼女の班が移動をするまでの間、手を握っていたセシルがふと顔を上げた。
「先生がいたら助けてあげて」
「助けれるようであれば、真っ先に駆けつけるわ。それに、与一が大通りにいるとすれば叔父さんだって一緒にいるはずだから、大丈夫よ」
「それでも心配」
「わかってるわよ。与一は調合師なんだから、ちょっとやそっとの怪我でどうにかなるとは思えないわ」
「ん、それは言えてる」
「でしょ? だから、そこまで心配しなくてもいいのよ。ちゃんと信じてあげていて」
まるで姉が妹をなだめるかのように、アニエスはセシルの頭にぽんぽんと手を添えた。
心のどこかで、最悪な事態にはなっていないだろう。と、考えてしまう。今この時に、動ける者は自分たち冒険者しかいない。知人や身内がどうなっているかどうか考えるよりも先に、助けなければならない人間が待っているのだ。こんなところで立ち止まるわけにも、考えすぎて塞ぎこむわけにもいかない。
セシルに、『いってくるわね』と声を掛けると、その小さな手をほどいて他の冒険者と共にギルドを後にするアニエス。どこか小さく見えるその背中に、セシルは自身の手を眺めてからアニエスの言葉に対して頷いた。




