74話
結局、三人がなかなか帰ってこないこともあって、与一はエレナからの質問攻めによってすべてを話す羽目となった。アルベルトは、与一の話す内容のひとつひとつに頷き、時折確認を取りに来るエレナを面倒くさがっていた。ルフィナは消沈したまま動かず、特に会話に参加するわけでもない。ただただ突っ伏しているだけで、なにかをするわけでもなかった。
「なるほどね。それで、うちのマスターが射られたってことよね?」
「まぁ、な。って、人が殺められたってのに落ち着いてるんだな……こっちでは、殺人沙汰は日常茶飯事なのか?」
あの夜に、自身が流した血と痛み。そして、ギルドマスターだった男の胸に矢が刺さったあの光景。思い返すだけでもぞっとする。
「殺人が日常茶飯事だったら、この街の人口は今の半分以下よ?」
「あれだ。あれ。冒険者ギルドには捜索依頼とかもくるからな、探していたら死体がありましたってのは時々聞く話なんだ。まぁ、おめぇには関係のないことだろうけどよ」
「ま、まじか……いろいろと頑張ってきたんだな」
アルベルトは冒険者として王都にいた。同じく、エレナも冒険者としてギルドに所属して、仕事をこなして今の地位についたのであろう。それに対して、与一は依頼と言っても採集依頼ばかりであり、捜索依頼などと言ったものは聞いたことすらなかった。
捜索依頼の張り紙どころか、文字が読めない与一にとってはほぼ無縁のものなのだ。
「同情するくらいなら仕事をしなさいよ! 第一、こんな状況だからって何もしないでいるつもりなの?」
「いや……だって、動くに動けないだろ」
「はぁ? あんたは調合師でしょ? 作るものとか、やっておくこととかいろいろあるんじゃないの?」
調合師としての役割。もしもの場合に備えて、調合をしないのか。と、エレナは言いたいのだ。
人間、新しい職場や右も左もわからない状況に陥った場合。なにをすればいいのか、どうすればいいのかわからないのものだ。アルベルトとルフィナと共に時間を潰している与一に対して、エレナが怒るのも無理はない。
「もう少し、調合師としての自覚を持ちなさいよね」
「あ、あぁ……」
居心地悪そうに、与一は首筋を擦った。
仕事だから。
やらなきゃいけないから。
そう考えていた。
だが、現実は違う。
調合師として、今の自分に何ができるのか。と、考えた時、与一としてではなく調合師ならばやることがたくさんあるのだ。調合をして、万が一の場合に備え、仲間を誰ひとりとして失わないようにしなければならない。それに、街の住民が巻き込まれた際に助けるための丸薬も必要となってくる。
「……ごめん。俺ちょっとやること思い出したわ」
ちょっと考えればわかったことだ。他人に言われて思い出すようでは、まだまだなのだろう。と、与一は謝罪の言葉とは裏腹に、エレナへと感謝していた。
「さっさと行きなさい。やればできるんだから、勿体ぶるんじゃないわよ!」
ぺちん、と。与一の尻を思い切り叩くエレナ。
彼女の表情はどこか清々しく、むしろ嬉しそうでもあった。
「いった! ケツを叩くことないだろ!」
「ほら、早く行きなさいよ」
しっし、と。エレナは手であしらった。
「がっはっは! やっと、いつものおめぇらしい顔つきになったじゃねぇか」
先ほどまで、ばつの悪そうな表情を浮かべていた与一。それが、いつものようにめんどくさそうな表情となっており、それでもやることはやる男だと知っているアルベルトは安心したのだろう。
大声で笑っていたアルベルトに釣られ、与一も頬を吊り上げると、くるり、と。踵を返して厨房を後にした。
「まったく、あんたもなにもしないでいるつもりなの?」
ぐったり、と。机に突っ伏すルフィナへと声を掛けるエレナ。
面倒見の良い、姉御肌なところがある彼女だからこそ、こういった状況で動けるのかもしれない。周りを見て、誰に助言して、誰をどう動かせばいいのかを理解している。組織の上に立つものとして彼女は適任な性格であると言えよう。
「私は、ギルドの商人たちと街を避難する予定ですから……」
「お金よりも命だものね。そんなところで突っ伏していないで、さっさと支度しちゃいなさいよ」
「全員が避難するまで、私が動くわけにはいかないのです」
「……まぁ、上の人間としての立場もあるものね」
「エレナさんも、ギルドの人たちに報告しなくて大丈夫なのですか?」
これから起こりうるであろう事態。ルフィナは既に連絡を済ませいる様子だが、エレナは思い出したかのように目を泳がせていた。
「だ、大丈夫よ。すぐにギルドに戻るし、それに住民の人たちにも言わなきゃだし──いや、今動いたほうがいいわね」
あちらこちらへと、歩いていたエレナ。ことの重要性は極めて高い。故に、行動に移すのが少しでも遅れたら、予想される被害はかなりのものなのだ。いつにも増してきりり、と。目を細めたエレナは、忙しなさそうに厨房から出ていこうとする。
「暴れん坊、あんたが頼りなんだからね! ちゃんとルフィナさんを守りなさいよ!」
「あぁ、わかってるさ。って、その名で俺を呼ぶな!」
嫌そうな顔をしながら、アルベルトはエレナへと叫んだ。が、彼女はそそくさと厨房を出て行き、返事は帰ってこなかった。
部屋に残されたふたり。ルフィナは、ギルドに所属している商人と、他の商人が避難し終えるまではここから動くことはしないだろう。しかし、前に出る必要はない。すぐに批難しろ。と、言われたのだから、仲間を思う気持ちとは別に、なにか思うことがあったのだろう。
「やっぱり、私残りま──ひゃう!?」
ルフィナが言葉を並べようとした瞬間、向かいに座っていたアルベルトが、彼女の額目掛けて指を弾いた。
「馬鹿なことを考えるんじゃねぇよ。おめぇを守るために、俺たちが前に出るだけだ」
「で、ですが……」
「なぁに、与一と薬と俺たちがいればなんとかなるだろ。いや、なんとかしてやる。だからよ、終わったらまた美味いもん食おうじゃねぇか!」
にぃ、と。笑って見せるアルベルト。
「本当に、大丈夫なのでしょうか……?」
額を抑えながら、ルフィナは問いかけた。すると、アルベルトは力強く頷くのであった。




