71話
与一の宣言に、一同は困惑の表情を見せた。
調合師の作るものは高品質だ。だが、街全体に被害がでるとなると話は別である。現在、顔を合わせている者たちならまだしも、怪我をした住民や、瀕死に陥るほどの傷を負った者を助けるとなると、人手があったとしても丸薬がなくなるのが先なのは目に見えているからだ。
「それは……厳しいんじゃないかな?」
顎に手を当てて考えていたカミーユが、現状を把握した上で判断した。
「そいつはおめぇ、どういうことだ?」
理解できなかったアルベルトが、机に身を乗り出した。
「純粋に人数が多すぎるんだ。街全体が業火にでも呑まれたら、いくら与一君の丸薬があったとしても間に合わないだろう……」
「そういうことか。おい、どうするつもりなんだ。与一!」
「被害を最小限にするために、俺が囮になるっていうのは?」
「流石に危険すぎます。ザイスは相手を切り刻むことで有名なんですよ? 与一様が囮にでもなろうものなら、彼の一振りで首が飛んでもおかしくありません!」
ザイスという男は、どこまで残酷な趣味をしているのだろうか。と、与一は背筋に走る悪寒に身を震わせた。だが、他に被害を抑えることができる選択肢はない。与一が、どうすればいいのかと悩んでいると。
「顔が知られているわしが、街の中を歩いて宿に誘導するのはどうじゃろう?」
小さく手を上げ、老人──エドワードが案を出す。
元々、所属していた組織なのだ。彼の顔を見て、ザイスという男がそれに引っかかれば、街全体に被害を被ることなく応戦することが可能なのかもしれない。しかし、実行するには問題がふたつほど挙げられる。
ひとつ。ザイスが裏切ったことを知っていた場合。エドワードはその場で命を落としてしまう可能性がある。これによって、誘導するどころかひとりの犠牲が出てしまう。
ふたつ。関所から入ってきたとしても、それがザイス本人であるかどうかの判断が下せるかわからない。仮に、商人などに変装していた場合は見抜くことは困難である。後ろからいきなり、刺される。なんてことがあるかもしれないのだ。
「待て待て、俺の宿を戦場にするんじゃねぇ!?」
両手をわきわきと握ったり開いたりと、立ち上がったアルベルトは動揺を隠せない様子。
「別に、ここを戦場にするとは言ってはおらんじゃろう……」
「誘いこむって、そういうことだろエドワードさんよぉ!?」
「……まぁ、そうなるかもしれないのう」
「だめだめだめだめだぁああああ────ッ!!!」
アルベルトにとって、この宿は仕事をする場所。もし、宿が崩壊、半壊するようであれば、仕事をすることすら困難。路上生活まっしぐらなのである。
両手で頭を抑えながら身体をくねくねと揺らし、声を裏返らせながら発狂するアルベルト。そんな彼の姿を見て、与一は阿呆を見るような表情を浮かべていた。
「さ、流石にアルベルト様の宿を危険に晒すのはどうかと……」
ルフィナが同情の眼差しをアルベルトに向け、エドワードへと意見を述べた。
「いやはや。言葉足らずだったのは申し訳ない。宿の手前で小僧と合流すれば、あちらもなにかしらの行動をするじゃろうと思うてのう」
「つまり、囮は与一君とエドワードの爺さんのふたりってことでいいのかい?」
何がしたいのかを理解したカミーユが、エドワードの意見を纏めたのだが。
「……遠見の弓師の通り名は、どこに行ってしまったのかしらぁ?」
黙り込んでいたカルミアが口を開いた。
エドワードの得意とする遠距離への狙撃。それを成せるのは、遠くを見渡せるほどの視力があるからこそなのだ。囮として、その視力を無駄にしてしまうのは惜しい。と、カルミアは考えていた。
「「「………………たしかに」」」
今まで忘れていた。と、言いたそうにルフィナを省く三人が口を揃えた。
適材適所という言葉がある。その人材の長所を生かして、適した場所に配置するという意味だ。エドワードの場合、役割で言ったら長所を殺してしまうも同然。上手に配置すれば、ザイスを返り討ちにすることも可能なのではないのだろうか。
「ジジィ、忘れてただろ?」
ふと、与一が疑いの目を向けながら呟いた。
「ふぉふぉふぉ。わ、わしが自身の武器を忘れるはずがないじゃろ?」
それに答えたエドワードの語尾は震えていた。
「完全に忘れてたよね」
「このご老人が『遠見の弓師』とは初耳ですが、今の受け答えから察するにその通りだと思います」
「がっはっは! 気にするな、俺も忘れてたからな!」
それぞれが口々に言葉を並べた。
「ジジィは遠方からの狙撃支援ってことでいいんだよな?」
「そうだね。もしもの場合は、彼の支援なしでは私たちの身が危ないからね」
「わし、小僧を助けようと思っていただけなのじゃがなぁ……」
「目先ばっかり見てるからじゃないのよぉ。遠くは見えても、足元は見えないのぉ?」
皮肉そうな笑みを浮かべながら、カルミアは溜め息をこぼした。
どうにかしなければ。と、必死になっている時、人というものは視野が狭くなってしまう。例えるとすれば、遅刻寸前で身支度を終えて飛び出して、目的地についてから忘れ物に気づくような感覚だ。エドワードは、自身の長所を忘れて与一を助けようとしていたのだから、カルミアが呆れても仕方がない。
「わ、私にもなにかできることはありませんか?」
おろおろ、と。ルフィナは周りを見ながら眉を寄せ、首を傾げた。




