6話
ヤンサの街が見え始めると、夕日が沈む頃合いだった。街から吹き抜ける潮風に、髪を遊ばれるセシル。そのよこでタバコの煙が潮風によって目に触れて、涙目になりながら目をこする与一。
街の外周を囲うかのように立ち並ぶ壁。その中央に設けられた入口にて、街を訪れたであろう旅人と商人達が列をなしていた。アニエスが先に並んでいたのか、こちらに手を振っている。彼女と合流してから、列に並ぶ人が徐々に街の中へと入っていき、気が付けば与一達が中に入る番になっていた。
「大丈夫、私が払う」
鞄の中から、小さな袋を取り出すセシル。
「おぉ、そいつは助かるぜセシル。あとで納品したら返すからな!」
ここに来て、まさかの立て替えにぺこぺこと頭を下げて笑顔を見せる与一。
「あなたたち、いつの間に仲良くなったの? それに、与一の持ってるのって『いやし草』? 納品がどうとかって聞こえたけど、冒険者に登録しないと納品報酬は受け取れないわよ?」
「え、それは初耳なんだけど……」
「ほんっと、なんも知らないのね。もしかして、冒険者ギルドが存在しないほどの田舎にでもいたのかしら?」
と、腰に手を当てながらもう片方の手で謎のジェスチャーをしながら、手取り足取り教えてくれるアニエス──だが、一言多いのだ。そんなこと面倒を掛けさせた相手に口が裂けても言えないので、与一は『はい、その通りです』と謝る事しかできなかった。
街の中に入って最初に与一を待っていたのは独特の雰囲気を感じさせる街並みであった。建物の壁が茜色の夕日を浴びて今まで見た事のない風情を演出している──素直に綺麗だと感じた。今まで過ごしていた東京といは打って変わった空気。そして、目の前に広がっている光景に鳥肌を立たせ、少しの間見入ってしまった。
「なに惚けてるのよ。いくわよ」
「与一、こっち」
初めて見る街の綺麗さに見惚れている与一を呼ぶふたり。楽しそうに会話しながら慣れた足取りで進んでいく彼女たちにとって目の前の景色は日常的なのだろう。慌ててついていく彼は、街のあちらこちらを興味深そうに眺めて歩いていた──まるで、田舎から東京に出てきたばかりの都会を知らない若者のように、前を見ずに上ばかりを見ていた。
彼女たちについていくこと数分。周りの建物とは違う造りだと与一でも理解できる平屋の建物へと到着した。だが、肝心な看板らしきものに刻まれている字は見覚えのないものだった。なんて書いてあるのだろうと考えている間もなく、先に中へ入っていたアニエスに睨まれたので苦笑いを返しながら急ぎ足で続く──平屋ではあるが天井は高く奥行きがあり、天井から吊るされているいくつかのランタンの明かりが不思議と暖かく感じる。そして、部屋の半分を占める長机と丸太の椅子の置かれたスペースでは、東京でも稀に見るコスプレのような服装の老若男女が食事をしており、所々で木で作られたジョッキを掲げて乾杯をしていて賑やかだ。
「新宿の飲み屋を思い出すなぁ、酒場はこうでなくっちゃな」
「みんな冒険者」
「うぉおおッ!? せ、セシルさん……いきなり話掛けられると驚くので控え目にお願いします!」
「ん……私、おかしなことした?」
首をかしげるセシルに、『いや、そういうわけじゃないんだけど……』と言葉が詰まり、人と話す事自体に慣れていない与一はどう言えばいいのかと悩んだ。が、しかし。いい言葉が出てこなかった。
「登録するならちゃっちゃと済ませてきなさいよ。ここまで面倒見てあげたんだから、ご飯ぐらい奢りなさいよね!」
「へいへい、それなりのお礼はさせていただきますよー」
ツンケンした彼女に対しては軽く返す与一。その態度が気に食わないのか、ふんっと再びご機嫌斜めになるアニエス。だが、彼女は奥のほうを指して『受付はあそこよ』と教えてくれた──根はいい子なんだけ、態度がなぁ。と、与一は社会人になりたての頃の自分を思い返しながら笑みをこぼした。別に仲が悪くなりたいわけではない、相手によってこちらも態度を変えているのだ。そう、相手によって。
受付の前に行くと、俗に言う受付嬢がカウンター越しに座っていた。黒みを含んだ紅色の長髪を後ろで結っている──ポニーテールの女性が忙しそうに羊皮紙に目を通していた。頬杖を突き、羽根ペンでトントンとカウンターを叩いており、こちらには気が付いてないようだった。
「すいません。冒険者の登録がしたいのですけど」
「あ、はいっ! 少々お待ちくださいっ」
そういうと、受付のお姉さんはあたふたとカウンターの上を片付け始め、立ち上がって後ろの棚の中から丸められた羊皮紙を取ると、再び席に着いた。
「えっと、まずお名前をお願いします」
「渡部与一です」
「珍しい名前ですね。どこか遠くから来たのですか?」
「え、えぇ。まぁ……そんなところです」
彼女は最初、与一の名前が珍しいと興味深そうに目を輝かせていたが、少し曖昧な返事から何かを察したのだろう。余計な詮索をやめ、カウンター越しからは見えない角度から取り出した小瓶に羽根ペンを指すと、なにやら文字の書かれている羊皮紙を広げ、羽根ペンを走らせた。
「それと、ここの四角い枠に血を一滴お願いします」
羊皮紙の中央にある枠に、渡された針を嫌そうに見ながらも指に刺し、血を垂らす。すると、羊皮紙に様々な文字が浮かび上がり、他の記入欄のようなところを埋めていく。
「はい、ありがとうございます。えぇっと、与一さんの職業は……『調合師』……ですね──調合師が冒険者に……」
何やらボソボソと言っていたが、与一には聞こえていなかったようだ。受付嬢がなにやら別の羊皮紙に文字を書いていくが、彼には当然読めない──何かしらの仕事をしているのだろうと、解釈していた与一は気に留めてすらいなかった。
「あ、調合師って具体的にどういった仕事をすればいいんですか?」
やっとここで自身の職業である調合師の話題が出たのだ、薬師がどんなものか小説で読んだことはあるが、調合師のことはまったくといって無知だ。そのため、今回ここでどういった仕事をするのか、どういったスキルがあるのかと聞いておいて損はない。
「そうですね。調合師は錬金術師と薬師の上位職ですし、両職の特性も一部引き継いでますから、ポーションの製造においては薬師の物よりも効果が期待できるものが多いです。錬金術で物を乾燥させて成分のみを抽出するだけでも仕事になると思いますよ?」
与一の職は薬師の上位互換でもあり、物質を変形させたり精製したりする錬金術も多少使えるようだ。先ほど聞いた物質の乾燥と成分の抽出はスキルだと考えて間違いない。そして、抽出したものを使ってポーションを製造する。これは、薬師の知識の応用なのだろう。
「あ、それでですね。ポーションを製造する場合はできたものをこちらで買い取ったりできますので、その際は是非持ち寄ってください」
「な、なるほど……参考になりました」
その後、冒険者としての一通りの説明をされた。具体的には、正当防衛以外での殺人や犯罪に手を染めた場合除名と言った形で追放されるらしい。調合師のスキルはまだ理解できていないが、『いやし草』をここで納品すれば稼ぎが減る可能性もあるので、スキルを生かして加工をし、再度持ち込もうと考えた与一。
冒険者の証であるネームプレートができるのが明日になるそうで、一応(仮)登録の終わった与一はふたりの元へと戻ることにしたのだが、腹を空かせたアニエスにネチネチと怒られ、立て替えてくれたセシルに深々と頭を下げたのは言うまでもあるまい。




