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66話

 鳥のさえずりが辺りに聞こえ始め、上り始めた朝日から暖かな日差しが窓から部屋へと差し込む。

 ベッドの上で、はだけた黒い寝間着姿でごろごろと転がるひとりの少女。幼げなその顔立ちは黙っていれば可愛らしいものなのだが、見て取れる寝相の悪さと乱れた青黒い長髪がそれらを台無しにしていた。


「ん……ん?」


 眩しさにぱちくり、と。瞬きをする。


「朝……? ふぁああ……ん……」


 むくりと身体を起こし、大きなあくびをひとつ。


「まったく、なんで寝ても疲れが取れないのよ」


 肩に手を当て、首を左右に振るう。

 ここ2週間ほど、ギルドマスター不在という緊急事態のおかげで仕事量は倍近くなのだ。エレナは元々、ギルドマスターの手伝いとしてその地位へと着いた。だが、当の本人がいない今、彼の仕事のすべては彼女のものとして朝から晩までの間、寝る時間を惜しんでもこなさなければならない状況となっている。


「はぁ、どこいちゃったのよマスター……」


 依然として行方不明。

 捜索依頼をした騎士団からの報告もなければ、目撃情報すら挙がっていない。出張という建前で出かけていたことが嘘であると判明した今、彼が何を考えてそんなことをしたのだろう。と、疑問を抱かずにはいられなかった。


「今日こそはなにかしらの情報を得なきゃ」


 ぺちん、と。両手で頬を叩き、目を覚ます。

 いつも通りの鋭い目になった彼女は、身支度をするべくベッドから出た。


 涼し気な恰好をする住民とは違い、黒いドレスコートを身に纏ったエレナはよく目立つ。それも、大通りの人混みの中にいてもわかるほどに。知り合いと思しき人たちから会釈されたり、軽く声を掛けられたり。彼女の顔が、どれほどの人に知られているのかなど、一目瞭然であった。

 人混みを抜けてギルドへと辿りついたエレナは、咳払いをひとつしてから中へと足を向ける。

 相も変わらず掲示板に張り付いている冒険者たちを眺めながら、エレナは受付へと足を運び、カウンター越しに羊皮紙に羽根ペンを走らせているカルミアへと目を向けた。


「あら、おはようございますサブマスター」

「おはよ。騎士団から報告はあった?」

「いえ。これといって音沙汰なしですが……」


 話をしている最中に、カルミアは入口の方へを目をやった。釣られるように振り返ったエレナの目線の先には、扉を開けて入ってきたフードコートを身に纏うひとつの人影。被っているフードの隙間から見える金色の長髪に、エレナは女性ではないか。と、勘ぐった。


「すみません、サブマスター。友人が訪ねてきたようなので、少し席を外しますね」

「え、えぇ。すぐに戻るのよ」

「はい。では……」

 

 カルミアの友人だったのか。と、無駄な追求をせずにギルドの奥へと足を向けていった。

 ギルドの厨房を通り抜け、仕事部屋として設けられている本棚の部屋へと入る。いつものように散乱している部屋の隅々を睨みつけ、机の上に『あとは任せた』と、言いたげそうに置かれた無数の羊皮紙に溜め息をこぼす。


「はぁ、せめて……誰かしらが手伝ってくれれば楽なのだけれど……」


 嘆いたところでなにも始まらない。これ以上愚痴をこぼしていても時間が惜しいので、エレナは大量に積み上げられている羊皮紙をひとつひとつ手に取りながら、仕事を始めた。


 吉報とまではいかないが、なにかしらがあった。と、いう情報が入ったのは昼手前の頃合いであった。

 報告しにきたのは冒険者でも、捜索に参加している受付嬢でもない──カルミアだった。


「……なにかしらって、そんな不確かな情報じゃ困るのよ!」


 仕事からくる精神的な負荷によるものか、つい頭に来てしまって声を張るエレナ。だが、机越しにある椅子に座っているカルミアは驚くことなく、むしろ落ち着いた表情で足を組みなおした。


「それに、あんたは受付の業務を果たしてたでしょ? いつ、どこでそんなこと知ったのよ」


 少し冷静になったのか、エレナは呆れた表情を浮かべながら言った。


「そうねぇ……なんて言えばいいのかしらぁ」

「な、なによ。まるで別人みたいな喋りかたじゃない……」

「別人というよりも、こっちのほうが素なのだけれどぉ?」


 ふふ、と。微笑みながら頬に人差し指を当て、首を傾げるカルミア。


「はぁ、遊んでる場合じゃないのよ。そこはわかってちょうだい……」

「私だって、遊んでるつもりはないのよぉ? 困ってるサブマスター……いえ、エレナが困ってる様子だったから、本業としての私からの助言のつもりよぉ?」

「本業? 本業ってなによ」


 むむ、と。彼女はカルミアの言った言葉に食いつく。


「情報屋。だと言えば、わかるかしらぁ?」


 どこからどこまでが本当なのか。と、勘ぐるエレナ。

 ここまで自信満々にものを言われたら、なかなか進展のないギルドマスター捜索に関しての情報もあるのではないのか。仮に、彼女の言っていることが嘘であるのなら、なぜ今になってからそのようなことを言い始めたのか。などと、つい考え込んでしまう。


「まぁ、信じるか信じないかはあなた次第よぉ。あと、このことは他言無用でお願いするわねぇ」


 内緒にしておいてほしい。と、人差し指を唇に当てるカルミア。


「あんたを信じていいの?」

「情報屋は私だけじゃないけれど、信じておいて損はないと思うわぁ」

「そう……あとから金を寄越せなんて言い出さないでしょうね?」

「ふふ。これは、私の気まぐれだと思って欲しいわぁ」


 そう言うと、肝心な情報を言い渡さずに部屋を後にしようとするカルミア。扉へと手を掛け、去り際に。


「港で聞き込みでもしてみなさい。たぶん、なにかしらの情報が得られるはずよぉ」


 ゆっくりとしたその口調で、なにがしたかったのだろう。と、背後で首を傾げていたエレナへと語りかけた。

 ぱたん、と。閉まる扉を眺めながら、港という言葉に思うところであったのか、考え込み始めるエレナ。


「港……言われてみれば、なにも調べてなかったじゃない」


 捜索と言っても、手元にある情報──出張に関する足取りから調べ始めたのだ。人間、目の前の問題になると自然と視野が狭くなっていくものだ。他者からの助言を得にくい上に立つ者というのは、こうして立場関係なくものを言ってくれる相手に時折助けられることもあるのだ。


「もしかしたら、カルミアさんはすべて知っているんじゃ……」


 ぶんぶん、と。頭を横に振るい、自身の発した言葉を否定する。


「昼の休憩がてら、港で聞き込みしてみようじゃないの」


 カルミアの言っていたことが本当なら、一歩前進できるかもしれない。ギルドマスターの失踪について、なにかしら知る事ができるかもしれない。と、エレナは足を急がせて部屋を後にするのであった。

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