64話
知り合いに見られていたことなど知らず、与一は黙々と店を巡っていた。
武器屋に防具屋、家具屋に食品店と、様々な店を回って見ていたのだが、肝心の薬草類を取り扱っている店には辿り付けていなかった。大通りにはないのだろうか。と、少し離れたところを探していた。
店には入らず、店頭に並んでいるもので判断しているのだ。人に聞けばある程度の情報が得られたのかもしれないのだが、与一は誰とも話すことなく、次の店、次の店。と、進んでいく。
そして、大通りを抜けた突き当りにて。探しに探していたポーションを、店頭に並べている店を見つけることができたのだ。
「あったぁ……案外、時間がかかったなぁ」
ふぅ、と。息を吐きながら店を眺める与一。
他の店とは違って木箱の中には仕切りがあり、フラスコにもよく似た瓶が綺麗に並べられている。一見、田舎の八百屋のような造りの建物なのだが、店に足を踏み入れてすぐに感じたのは緑臭いに匂いであった。それも、お茶類のほのかな香りではなく、草を握りつぶしたような匂いだ。
独特な匂いに包まれながらも、与一は木箱の中身に目を向ける。
「……全部同じなのか」
ぱっと見でわかる。それは、与一に与えられた調合師としてのスキルが告げていた。
大中小の大きさに分かれていても、中身はすべていやし草で作られたもの。それも、薄い緑色のものから濃いものまである。
「分量が違うから、か?」
顎に手を当て、じっくりと眺めていると。
「おや、この時間にお客さんが来るなんて珍しい」
店の奥から声が聞こえ、与一は振り返った。そこには、髪は茶色く、さっぱりとしていて爽やかな印象を受け、白衣のようなものを羽織っていて、度の強い眼鏡を掛けた痩せ気味の男性がいた。そんな彼が、与一の傍に寄ってきたときにくんくん、と。匂いを嗅いだ。
「おぉ、君も薬師なのかい?」
「薬師……ではないかな」
「そうなのかい? でも、君からは薬師特有の匂いがするよ」
「初めて聞かれたよ、そんなこと」
「薬師は人数が少ないから珍しくてね。てっきり、ヤンサに新しく来た薬師かと思ってしまったのだよ」
どこか残念そうに、彼は話した。
「それで、なにかお求めかな?」
「ポーションを買いに来たわけじゃないんだ」
「ほほう? 買い物に来たわけではない、と。なにか探しものかね?」
「あぁ、ちょっと調合に使えそうな素材がないか探してたんだ」
彼の目を見て、与一は真剣な表情を浮かべた。
そんな与一の顔を見て、彼はきょとん、と。目を丸くした。客だと思っていた人間が、調合に使えそうな素材を探しにきたのだ。調合と言えば、調合師のポーション作成の行程を簡易的に表したものであり、薬師だと思っていた人物が調合師であると知れば、驚いてしまうのは無理もない。
「き、君が……君が、調合師なのかい?」
「ん? そうだけど……」
「……ッ! 娘をよくもぉおおおお────ッ!?」
刹那、先ほどまでの穏やかな雰囲気であった彼が一変し、大声と共に与一の首目掛けて手を伸ばした。が、
「──あひぃんッ!?」
どこからともなく飛来した本が、彼のこめかみへと刺さった。
のらりくらり、と。彼は、頭を押さえながら与一を睨みつける。
すると、
「ん、先生に手を出すなら容赦しない」
ゆっくりとした歩調で、セシルが店へと入ってきた。
「あの本、やっぱりセシルか……」
以前、どこかで見たことのある光景に、与一は苦笑いを浮かべなら背後へと呟いた。
「パパは! パパは許しませんからね! こんなひょろっちくて、髪の毛ぼさぼさでどこか頼りない男なんて! パパは認めないんだからね!」
どうやら、彼はセシルの父親だったようだ。その口調から察するに、彼は相当な親馬鹿なのであろう。
はぁ、と。溜め息をこぼしながら本を拾いあげたセシルが、彼の元へと歩み寄る。
「あぁ、いい子だセシル。だから、そんな調合師なんて忘れてパパと一緒に仕事をし──べぇしッ!?」
彼の言っていることが気に食わなかったのか、拾い上げた本を振るうセシル。顎へと直撃したそれは彼の意識を刈り取ってしまったらしく、ふらふらとし始めると同時に倒れ込ませるほどの威力を発揮した。
「ん、殴れば治る」
最初に出会ったときに、与一がセシルから聞いた言葉だ。
娘に教えたよくもわからない教訓が、まさか自身に向けられるとは想像もしていなかったであろう。と、与一は文句を言う前にのびてしまった彼に対して、哀れみの目を向けた。
「先生、なんでここに?」
「その前に、お父さんは放置しておいていいのか?」
「ん、いつものこと」
「……可哀想な人なんだな。まぁ、さっきとの変わり具合を見れば、なんとなくそう思えるけどさ」
親馬鹿を通りこして、依存の類なのではないか。と、呆れた与一。
「まぁ、なんだ。助かったよ、セシル」
「無事で何より」
「無事って、セシルのお父さんに出会っただけだろ……っと、そんなことより──」
与一は、ここにたどり着いた経緯と目的を話した。調合に使えるであろうものを探すとなると、セシルほど適任な人間はいないだろう。だが、彼女と一緒に大通りで探そうと考えていた与一は、首を傾げながら目を瞑って黙り込んでいるセシルに疑問を抱いた。
「も、もしかして……ない感じ?」
当初の目的である、調合に使える材料探し。セシルの反応を見るに、ヤンサの街では入手が困難なのかもしれない。
「ん、薬師が少ないから商人は仕入れない。冒険者ギルドに依頼するか、自分で取りに行くしかない」
「まじか……自分で取りに行くってことは、街の外で探さないといけないってことだよな」
街から出れば、魔物に襲われる可能性もある。今の与一にとっては急ぐ必要のないことなのだが、今後必要となる機会があるかもしれない。その時は、自らが足を向けて入手しなければならないのだ。当然のように、与一には戦う術はあっても、技術、経験、知識などがない。
「でも、内陸のほうなら売ってる」
セシルは、鞄の中から大き目の羊皮紙を取り出した。




