62話
部屋に戻った与一は、クローゼットを開けて、中身を眺めながら唸っていた。
彼の目の前にあるのは、様々な効果のある粉塵が仕舞われている瓶。それと、先日作ったばかりの万能薬が棚の上に置かれていた。
「んー。こいつら以外にも、何かしら効果があるものってあるのか?」
薬草に毒草。この世界に来てから、その二種類に分類されたものしか目にしていない。
世界というものは広い。生前、与一が暮らしていた世界でも、草花というものは無数の種類があった。その中でも、薬草として認知されているものや、毒草として広く知られているものまで、かなりの数があったのだ。
「……大通りで売ってないかな」
金はない。それ故に、下見程度にしかならないのだが、このままじっといているだけでは腹の虫が鳴くだけである。
「はぁ、腹減った……」
少しでも空腹を紛らわせようと、お腹を摩る。だが、そんなことで満たされるわけがない。わかってはいるのだが、気休め程度になればいい。と、考えていたのだが、現実は思っていた以上に深刻なもので、意識を向けるとふらふらと気が遠くなって足元がおぼつかなくなる。
「干し肉しかないってのが、辛いんだよなぁ」
以前、塩気欲しさに海水を乾燥させようとした。その際、水の精霊を怒らせる。と、セシルに注意されてしまい、それからというもの、味の濃いものにすらあり付けない生活を強いられていた。
アニエスの購入した大量の干し肉は、干しただけに過ぎないものであり、どこか獣臭い風味と味覚を全く刺激しない、肉本来の味にはうんざりとしていたのだ。
「水の精霊ってのが、塩を分けてくれればいいんだけどなぁ」
ふと、与一の脳裏に水の精霊の祠が浮かんだ。
「ギルドの許可……ねぇ」
見た感じ、一般人でも出入りできそうな感じであった。だが、万が一にも、精霊を怒らせてしまった場合。与一はヤンサの街の全員から敵対されることとなる。それだけは、断固としてお断りであった。
「しっかし、中が気になるんだよなぁ」
入るなと言われれば、入りたくなるのが人間だ。
一度興味を持ってしまうと、なかなか頭から離れてくれないのだ。それでも、周りの人に迷惑をかけてしまう可能性を考慮すると、忘れてしまったほうがいいのかもしれない。と、クローゼットを閉めた与一は溜め息をこぼした。
「まずは、目先の問題からだな。施錠って言っても、この造りじゃ厳しいかもな」
取っ手というものが埋め込まれており、鎖を巻いて施錠しようものなら、クローゼット自体を手前にずらさなければならない。そうなると、力仕事が必然的になってくるわけで。
「絶対、無理! こんな、でかいもの持ち上げるなんて、俺には不可能だ……」
がくり、と。項垂れる。
「そうなってくると、宝箱みたいな感じの造りがしっかりしてるものが欲しいな」
鍵をかけてしまえば、勝手に使おうにも開けることはできない。
与一は、収入が入った際に買うものを頭の中に浮かべ、塩気のある食糧の次に収納するための鍵付きの箱を決めた。
「よし、大通りに行ってみるか!」
大きく息を吸い、行動へと移す。
目指すは大通り。下見ではあるが、現物を先に見ておいて損はない。と、与一は宿を後にするのであった。
同時刻、ヤンサから少し北上した位置にある街──『フォアル』
大きな湖の中心部にあるその街は、人工的に敷かれた土台からなるヤンサよりも大きな街である。湖故、移動手段は水路を活用した小舟によるものだ。住民の多くは、一家に一隻の小舟を所有しており、荷物を船の上に載せてあちらこちらへと、移動することで生活をしている。
土台とは言ったが、実際には中央付近にあった陸地を整地したものであり、それを拡張していくにつれて水路が増えていったのだ。風がない日は、湖に星空が映し出される。空と湖、その両方で星々が見れることが有名で、一目見ようと旅人が必ず寄っていく街と言っても過言ではない。
そんな、フォアルの街にある日の光が届かない地下水路の奥にて。松明の明かりのみを頼りに、数十人程度の人間が息を潜めていた。なにかしらの集会でもあるのだろうか。と、思わせるように、全員が全員。フードを深く被っており、不気味な雰囲気を醸し出している。
「テメェら、もうすぐ復讐の幕が上がる。俺らに噛みついてきた野郎と、同胞を裏切ったジジィを殺す!」
からから、と。金属の何かを引きずる音と共に、不気味な笑みを浮かべる男が声を張った。
「もう調合師になんて興味はねぇ! ただ殺す! 切り刻んで殺す! 糞みてぇな面を刈り取って殺すッ!」
男は手に握っていたものを掲げた。それは、鋭利な刃をした大鎌。何度も人を殺めてきたであろうそれは、持ち手の部分から、刃先の至るところが黒く、乾燥した血痕と思しきものが付着していた。
「ヤンサまであと数日だ。ケケケ、そそるぜぇ。久々にはらわたが拝めるんだからよぉ……」
にへらぁ、と。快楽にもよく似た何かを感じたのか、狂気を纏った笑みを浮かべる。
「日が沈むと同時に出発するぞテメェらッ!」
手に握る大鎌を地面へと振るう。カキンと、甲高い音を立てながら火花を散らすそれを見て、周りにいた者たちはどこか嬉しそうに顔を揃えて笑みを浮かべた。
そんな、殺人鬼のような刺客が動き出したことを、与一たちは知る余地もなかった。




