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61話

 早朝、ヤンサの街の一角にて。金色の髪を、つまらなそうに撫でるアニエスの姿があった。

 いつものように待ち人が現れず、道行く人を眺める時間。正直、この時間が一番無駄なのだとわかっていても、約束を破ることをしない彼女は、一歩も動こうとはせず、ただただ道の脇に寄りながら壁に背を預けているだけであった。


「はぁ……今日も遅刻じゃないの」


 むぅ、と。片頬を膨らませて拗ねて見せる。だが、そんなことをしても待ち人は現れるわけではない。

 あまり、自分らしくないことはするものではない。と、普段の顔つきに戻る。


「セシルったら、いつになったら約束通りに来てくれるのかしら……」


 すっぽかされているわけではない。ただ、遅れてくるなら前もって言ってくれてもいいのではないのか。と、上り始める太陽へと目を向け、日光を遮るように手をかざし、眩しさに片目を閉じながら溜め息をひとつ。


「先に、依頼だけでも受けておいてもいいわよね」


 普段通りであれば、セシルが集合場所である東側の通りの角に来るのは昼手前。依頼を確保して戻ってきても十分な時間があるのだから、少しくらい離れても大丈夫だろう。と、自身の背中を押す。

 ──が、


「え、どういうことよ……。なんで、討伐依頼が余ってるの?」


 ギルドに顔を出したアニエスは、普段と違う掲示板を見て驚愕した。




 日課である買い物を終え、常連となったカフェに向かうはずだったふたり。しかし、用事があると言い出した彼女に合わせて、昼食を取らずに宿へと戻ってきていた。


「すいません、与一様。昼食を抜いてしまって」


 しゅん、と。ルフィナは宿の入口に手を掛け、肩を落とした。


「いや、用事があったんだろ? 仕方ないさ」

「まぁ! 本当はお昼を食べれなくて、先ほどから溜め息をこぼしていますのに?」

「うぐ……そ、それは言わないお約束だ」

「ふふ。冗談ですよ。今度、収入がありましたら、お返しにどこか連れて行ってくださいねっ」


 楽しそうに微笑みながら、彼女は扉を開けた。

 無一文と知って、それを言うのか。と、首裏を擦りながらそれに続く与一。だが、宿に入って早々。どこか困惑した表情を浮かべたアニエスが、腕を組みながら与一の前に立ちはだかった。


「あら、お客人ですか?」

「違うぞルフィナ。アルベルトさんの姪っ子のアニエスだ」

「そうなのですか? 私はルフィナと申します。よろしくお願いしますね、アニエス様」

「……よ、よろしくお願いします」


 ぺこり、と。お辞儀をするルフィナに、アニエスは更に戸惑いながら頭を垂れた。


「それで、なにかあったのか?」

「なにかあったのか、じゃないわよ。討伐依頼が余ってる代わりに、採集依頼がほとんどなかったのよ!」


 信じられない。と、ばかりに言葉を並べるアニエス。

 そんな彼女を前に、与一は心辺りがあった様子で、目を背けながら頬を掻いていた。


「討伐依頼が余っているのですか? それはそれで、問題があると思うのですが……」

「ルフィナさんもそう思うわよね?」

「はい。討伐依頼が残っているということは、危ない魔物の討伐だった。と、いうことではないのですよね?」


 ルフィナの話に、こくりこくり、と。頷くアニエス。


「……どういうことでしょうか? 何か知っていますか? 与一様」

「あ、いや。その、だな──」


 そんな、曖昧な返事する与一に、ふたりは疑いの目を向けながら近づく。


「その反応、何か知ってるわよね与一」

「隠し事はいけませんよ? 与一様」


 ぐいぐい、と。迫り来る乙女ふたりから逃げるかのように、一歩、また一歩と下がる。が、ぴたりと壁に背が付き、これ以上は逃げれないことを悟った与一は、息を飲んだ。


「吐いてしまえば、楽になれますよ。与一様!」

「おま、絶対楽しんでるだろ! ちょ、近いって! わかった、話すから!」

「やっと話す気になったわね」


 そう言うと、距離を置くアニエス。

 

「それで、なにを隠しているのですか?」

「ま、まずは離れてくれ。あと、落ち着いてくれ。頼むから」

「あら、与一様をいじれるかと思いましたのに。残念です」

「今そんなことしてる場合じゃないだろ。用事はどうした、用事は」


 小悪魔のような笑みを浮かべるルフィナに対し、与一は呆れた口調で返した。


「そうでした! 何を隠してたのか気になりますが、私はここら辺で失礼しますね。では!」


 ふたりに頭を下げ、少し急ぎ足で宿を出ていくルフィナ。

 彼女の背中を見送り、扉を閉める。そして、与一はめんどくさそうに口を開く。


「ギルドに買い取りをお願いしたんだよ。そしたら、最初は売れるかどうか確かめなきゃいけないってことで、採集依頼の報酬として俺の作った丸薬を提示することになったんだ」

「はぁ、やっと納得できたわ。つまり、与一の作ったものを宣伝するついでに、認知してもらうためってこよね?」

「そう、だと思う。エレナも人が悪いよなぁ、人に値段を考えてこいって言っておいて、報酬にするなんてさ」

「サブマスターと知り合いだったの!?」

「そこまで驚くことなのか……? 昨日、直接会って話をしたぞ?」

「そ、そう……」


 目をぱちくりとさせるアニエス。

 そんな彼女を見て、与一は首を傾げた。会って話をしただけなのに、どうしてここまで驚かれるのだろうか。と、疑問を抱いた。だが、今聞かなくてもいずれわかるはずだ。そう、納得して、話題を戻す。


「まさか、そんなことになってるなんてな」

「ほんっと、人騒がせよね。心配して損したわ……」

「おいおい、俺が関与してたからって、そこまで言う必要ないだろ」

「だって、与一よ? よ い ち! 働かない調合師として、ギルドでは有名なのよ。あなたって」


 冒険者ギルドで、まさかそのように呼ばれているとは。

 正式に登録をした与一は、一目置かれる存在であった。しかし、ギルドに顔を出すのは稀。依頼を受けるのも稀。買い取りは一切頼みに来ない。そう言った印象が大きくなっていき、やがては『働かない調合師』とまで呼ばれるようになっていたのだ。


「し、失礼な連中だな……否定はしないし、できないけどさ」

「しっかりしてないからでしょ? でも、ちょっと安心したわ。お金持ってなかったし、仕事どうするのかなって心配してたけど、ちゃんと仕事してるなら大丈夫そうね」


 どこか切なそうに微笑むアニエスを前に、与一は申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「心配してくれてたのか……悪かったな、働かなくて」

「ふふ、何よ改まって。叔父さんも、きっと喜ぶわ。だから、ちゃんと続けなさいよ?」

「っま、やるときはやる男だってのを見せてやるさ」

「どの口が言うのよそれ……。それじゃ、私は戻るわね。セシルが待ってるかもしれないから」


 小さく微笑み、アニエスは宿を後にした。

 与一が思っていた以上に、自身が働くだけで喜んでくれる人がいることにぬくもりを感じながら、与一はぎゅるる、と。空腹を告げるお腹を押さえながら、自室へと足を向けた。

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