59話
四方を棚に囲まれ、収納されている多くは羊皮紙を丸めたもの。収まりきらなかった本やら羊皮紙は床に散乱しており、部屋の中央にはどっしり、と。作りのしっかりとした机が置かれている。そして、座り心地の良さそうな椅子がふたつ。机を使用する者のためにおかれているものと、来客のために置かれている。
そんな、偉い人間が出入りしているような部屋の中で、扉の傍に背を預けるカルミア。
しばらくして、サブマスターが扉を開けて中へと入ってきた。
「それで、本当に調合師様から預かったの?」
椅子に腰を掛けることなく、すぐ隣にいたカルミアへと声を掛けてきた。
「はい。顔見知りなので、頼みやすかったのではないでしょうか」
「なるほど、ね。効果は?」
「治癒と解毒、それと気付け。と、伺っております」
「ちょ、ちょっと待って! みっつの効果……?」
前代未聞の代物なので、驚くのも無理はない。と、心の中で考えるカルミア。
実のところ、この世界で様々な効果を得られるものはないのだ。それぞれに特化しているものが主流であり、他を混ぜるとなれば、それ相応の分配が必要となって手間なのだ。それを、小さな飴玉の成りをしたものがそれだと言われれば、誰だって驚愕することであろう。
「はぁ、またよくわからないものを作ったのね……。買い取り額は、どれくらいって聞いてるの?」
「それが、本人は売れればいいとだけ言っておりまして……」
「一番困るやつじゃないの!」
ごもっともで。と、カルミアは顔には出さずに同情した。
優柔不断な与一の返事は、価格等をはっきりとは言わず、ただただ買い取りできるかどうか。と、しか言われなかったのだから仕方がない。しかし、一言に優柔不断と言っても、彼の場合は違う世界から来た人間であり、こちらの常識、知識などといったものを知らないので、それが原因で曖昧な答えをしてしまうということを、彼女らは知らないのだから仕方がないのだ。
「どうするの? 買い取ることは可能だけど、値段がわからないのは困るの。わかる?」
「え、えぇ。その辺りは再度確認をしておきます」
「……いや、私が直接聞きに行くから。あんたは、受付の方で仕事してて」
「いきなりですね。まぁ、彼は一日の大半を宿で過ごしているので大丈夫かと思いますが」
「なによそれ。まるでスネかじりじゃないの」
呆れた表情を浮かべ、溜め息をこぼすサブマスター。
彼女の言う言葉、一言一句に全力で同意したいカルミアであったが、職場ということもあって、ぐっと堪えていた。
「──場所は?」
まるで人が変わったかのように、きりり、と。鋭い目線を向けてくる彼女に、カルミアは自然と背筋を伸ばした。
「港手前の宿でございます。宿主の名は『アルベルト』です」
「はぁッ!? あの暴れん坊のところにいるの?」
「……暴れん坊?」
「王都にいた時の通り名よ。酒に酔った時のあの大男を止められる人が、誰一人としていなかったからその名がついたの。問題視したあっちの冒険者ギルドは、睡眠薬を盛って眠らせたそうだけど……触れた瞬間に、無意識に暴れ始めたから頭を抱えてたそうよ……」
彼女の話に、カルミアは頬をぴくりぴくり、と。引きつらせた。
事前に、今の話を聞いていたら自身は襲撃の際に油断しなかったかもしれない。と、冷や汗を垂らしながら、今の今までに見てきたあの大男が、まさか王都で名の知れた冒険者で、しかも厄介に思われるほど強い人間だったとは、正直なところ知りたくはなかった。しかし、そんなことを知らずとも、今の生活は楽しいものであり、彼女自身が過去に戻ってやり直したい。とは、考えようともしなかった。
「そ、そうなんですね……」
「はぁ、急に行く気がなくなってきた……」
扉の取っ手に振れた瞬間、彼女は溜め息と共にやる気まで吐き出してしまったようだ。
「頑張ってください! 私は、言われた通りに受付の仕事をして待ってますので」
にっこり、と。作り笑顔ではあるのだが、どこか別の感情が混じっているその表情に、サブマスターは片眉を吊り上げた。
「あ、あんた……なにか、隠してない?」
「いえ、な に も、隠してませんよ?」
「なんか嫌な予感しかしないじゃないの……はぁ、とりあえず行ってくるから、後のことは頼んだわよ」
ひらりひらり、と。めんどくさそうに手のひらを振り、部屋を出ていく彼女。
取り残されたカルミアは考えた。あの仕事に対しては真面目なサブマスターが、与一と会ったときにどういう反応をするのか、と。だが、実際には面白いことになりそうだから、自身もついていきたかった。そう考え、少し残念に思いながらも部屋を後にした。
一方、来客があることを知らない与一はというと、
「んで、俺が寝ている間にルフィナがすごいことになったからって、俺が治療するのはなんが違う気がするぞ? うん、まじで」
カミーユから、ルフィナの面倒を見てくれ。と、言われて、彼女の部屋へと来ていた。
内装は与一の借りている一室と同じだ。しかし……部屋の中は商品として仕入れたのであろうもの──服、食器、小瓶から羊皮紙の束が散らばっていた。
「……汚いにもほどがあるだろ。ったく、性格とは裏腹に片付けができない人だろ、絶対」
少ない足場を使ってベットへと近づく与一。
「これがギャップってやつなのか?」
もしかしたら、カミーユはこのことを知っていて自身に頼んだのだろうか。と、話をされた際に目が泳いでいた彼女の顔を思い出す。
「次会ったら、絶対に文句言ってやる」
ぼそり、と。呟き、ベットの上に転がっているお姫様を仰向けにさせる。
「美人って、寝てても美人なのか? 正直、やましいことをしている気がしてならないんだが……」
頭をぼりぼりと掻き、上着の内ポケットから万能薬を取り出す。
分量を間違えて小さくなってしまったそれは、こういう時にでも使えるであろう。と、隠し持っていたものだ。
「………………」
無言のまま、それらを鼻へと詰め込む。
「っぷ、あはははは! こ、これで、やましい気は紛れるなっ!」
腹を抱えて笑い、落ち着き始めてから罪悪感を感じて取り出そうと手を伸ばす。
──が、
「あ、あれ? 取れない……っていうよりも、更に奥に入った気が……」
掴もうとした際、ぐにぃ、と。奥へと押しやられてしまったようだ。
「……よし、たまには店番するか!」
そして、そそくさと逃げるかのように部屋を後にする与一であった。




