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55話

 すやすやと寝ている与一の傍に、とある人影があった。


「与一様? こんなところで寝ていたら、風邪を引いてしまいますよ?」


 買い物から戻ってきたルフィナである。

 戻ってきてすぐに、厨房へと足を向けた彼女。元々は、アルベルトを探しに来たのだが、机に突っ伏して寝ている与一のことを放っておけなかったのだろう。先ほどから、ずっと声を掛けて起こそうとしているのだ。


「もう、こんなに無防備な姿で寝てしまうなんて……」


 やれやれ、と。肩をすくめるルフィナ。

 与一が巻き込まれた一件を知っているが故に、彼女は心配しているのだ。例え、それが自身の自己満足であったとしても、友人だと言ってくれた相手を気に掛けるのは当然だ。と、友人という言葉に対して嬉しそうに頬を緩めるルフィナ。しかし、一向に起きる様子もない与一の寝顔を眺めてから、彼の傍にいくつもの革袋が置かれているのを見やった。


「これは、なんなのでしょう?」


 そう呟き、中身を確認しようとする。だが、革袋に触れた瞬間、彼女はその手を引っ込めた。


「きっと、与一様の物ですし……友人の私物を勝手に漁るのは、いけませんね」


 くすり、と。笑い、厨房を後にしようと扉へと近づく。刹那、勢いよく開かれた扉がルフィナの顔面へと叩き込まれる。頬へと触れたそれは止まることはなく、彼女の首の曲がる角度の限界まで押しやると、その華奢な身体を軽々と宙へと吹き飛ばした。


「──ぶぇしッ!?」


 床に落ちてから何度か転がり、短い悲鳴が厨房へと木霊する。


「与一君! 無事なのかい!?」


 そして、扉を開けたであろう人物はカミーユであった。

 どうやら、与一が推測していた風の精霊に言伝を頼めばカミーユに届く。と、いう試みは成功したようだ。しかし、無様にも床に転がる羽目になってしまったルフィナは、白目を拭きながら、びくんびくん、と。痙攣していた。


「今、ものすごい音がしたわよぉ? って、お嬢様がすごいことになってるじゃないのぉ……」

「いや、それよりも与一君が──ッ!」


 心配する相手が違うのではないのか。と、カルミアはぴくりとも動かなくなったルフィナを申し訳なさそうに眺めた。だが、そんなこと気にも留めていないカミーユ。厨房の長机で突っ伏している与一の元へと駆け寄っていく。


「うん、寝てる」

「……いつものことじゃないのぉ。いきなり駆け出すから、何事かと思えば……昼寝の観察でもしに来たのぉ?」

「それは違うよ。風の精霊が言っていたんだ。『与一君が助けを求めている』って」

「風の精霊、ねぇ。私には、ちょっと頭のおかしいことを言っているようにしか聞こえないのだけれどぉ」

「あはは。よく言われるけど、本当のことだからね。こればっかりは信じてくれ。としか、言えないよ」


 未だに信じてくれていない相方(カルミア)

 仕事をするうちに、それとなく信じてくれるだろう。と、考えていたカミーユ。だが、何度説明しても彼女は首を縦には振ってくれず、傾げるだけである。半分諦めながらも、そんな相方に小さく微笑みかける。


「まぁ、精霊の声が聞こえること自体珍しいからね……っと、それよりも」


 何かを思い出したかのように、カミーユは部屋の角で転がっているルフィナへと目を向けた。


「流石に不味い、よね?」

「不味いなんてものじゃないわよ。あとで、ちゃんと謝っておきなさいよぉ?」


 そう言うと、カルミアはルフィナの身体を抱き上げた。

 ぽかーん、と。口をあけながら、お姫様抱っこをして厨房を後にする相方を眺めていたカルミア。ルフィナが痩せ気味であったとしても、人ひとりを抱き上げるとなるとそれなりに筋力が必要だ。それを、平気そうな顔をしながらやってみせた彼女を前に、カミーユの思考は停止した。そして、


「……へ? カルミアって、実は力持ちだったのかい?」


 後ろ姿が見えなくなってから、ようやく思考が追い付いたのか。カミーユは、信じられない。と、ばかりに振るえた声音で呟いた。そして、両手でを頬を押さえ、本来の目的のために振り返る。


「さて、与一君は寝てるし……どうしたらいいのだろうか……」

 

 風の精霊が嘘をつくとも考え難い。なら、なぜ精霊たちは与一が危ないとわかったのだろう。と、カミーユは状況を整理しようと考え始めた。


「考えも答えが出てこないね……無理やりにでも起こして聞くしかない、かな」


 情報収集のために、風の精霊に手伝ってもらってきたカミーユ。だが、精霊たちができることと言ったら、会話を聞いて教えてくれることくらいだ。今まで、誰かが助けを求めている。と、そんなことを教えてくれたことはないのだ。


「与一君! おーい、起きてくれ!」


 考えても仕方がないので、カミーユは与一の身体を揺さぶる。


「……ん、あれ。カミーユじゃないか」


 むくり、と。身体を起こした与一は、目を擦りながら眠そうな声音で話しかけてきた。


「お目覚めのところ悪いけど、風の精霊から与一君が助けを求めてるって聞いてね。どういうことか、説明をお願いしてもいいかな?」

「んー! はぁ、上手くいったみたいだな」


 背伸びをしてから大きく息を吐き、にやり、と。笑って見せる与一。


「上手くいった? 何をしたんだい、君は……」

「いや、風の精霊に話かけたんだよ。カミーユを呼んでくれってさ。物は試しって言うけど、案外うまくいくものなんだな」

「つまり、私が精霊たちの声が聞こえるから、彼らに話かけた……と?」

「あぁ、そうだ。ちょっと用事があってな、すぐに来てくれると助かるから『緊急事態』って」

「はぁ……そういうことだったんだね……」


 額に手を当てるカミーユ。


「もうちょっと焦らない内容にしてほしかったよ……」

「ははは。次回からそうするよ」

「笑いごとじゃないよ、もう。それで、用事って何かな?」


 机へと手を置いたカミーユが、真剣な眼差しで与一を窺った。

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