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54話

 厨房にて、与一の手によって万能薬は完成しており、フライパンの上には無数の丸薬が山を成していた。だが、与一は値段がわからないからという理由で、直接ギルドへと持ち込んではいなかった。他にも、この世界に多く流通しているポーション以外に、調合師が新たな薬の類を作り出したとすれば、世間体からすれば得体の知れないものとして買い取ってもらえないかもしれない。と、不安を抱いていたからでもある。

 物置部屋を適当に物色して手に入れた小さな布袋。それに、セシルが万能薬を同じ個数ずつ詰め込んでいた。


「ん、詰め終わった。これからどうするの?」


 机の上にそれらを並べたセシルが、顎に手を当てながら小さく唸っている与一へと近づく。しかし、どこか上の空な彼を見て、こくり、と。首を傾げる。


「……んー、どうしたものか」

「また悩み事?」

「少し、な。万能薬をいくらほどで買い取ってもらえばいいのか、わからないんだ」

「高すぎると手が出せない」

「そこなんだよなぁ……」


 がくり、と。項垂れる与一。


「薬師のポーションの値段の3、4倍程度なら手が出せるんだろうけど……効果が効果だけに、もうちょっと高くてもいいんじゃないかって、悩んでるんだよ」


 治癒、解毒、気付け。その3種類を混合させたものは、現時点では認知されていない。

 本ばかり読んでいるセシルですら知らないのだ。それを、『これは3種類の効果があります』。と、言ったところで、信じてもらえなかったら何もかもが台無しなのだ。このままでは、盗難防止のために施錠するものすら買えず、まともな朝食にもありつけない。与一にとっては、死活問題なのである。


「3倍……銀貨2枚くらいなら、討伐依頼を主にこなしてる冒険者なら買える」

「となると、ギルドが取り扱ってるポーションは……」


 計算しようとした与一であったのだが、銅貨100枚で銀貨1枚なのか。それとも、銅貨10枚で銀貨1枚なのか。と、ふたつの疑問が生まれて黙り込む。


「ん、銅貨60枚か大銅貨6枚」

「なるほど……」


 つまり、銅貨10枚で大銅貨1枚。銅貨100枚もしくは、大銅貨10枚で銀貨1枚に相当するようだ。

 この世界に来てから、金銭というものに関しては無知もいい所である。無一文の居候には縁がない話であったので、こういう場面で教えてくれるセシルには頭が上がらない。


「ちなみに、採集依頼のおおよその報酬額って、どれくらいなんだ?」

「多くて銀貨1枚。少なくて大銅貨8枚?」


 それを四つほどこなすだけで、ひとりで一週間は生活できるかもしれない額となる。


「討伐依頼は?」

「銀貨10枚くらい」

「全然、違うんだな……確かに、討伐依頼ばかりやってる連中なら買ってくれそうだけど」


 問題は、ギルドが買い取ってくれるか、だ。


「ん、カルミアに聞く」


 ちらり、と。与一の顔を見上げるセシル。


「そうだな。それが一番いいのかもしれないな」


 そう言い、セシルの頭を撫でる。

 こういう時は、ギルドで働いている人間に聞いたほうが早い。カルミアも鬼ではない。与一が仕事をしようとしているのを無下にすることはまずないだろう。むしろ、働くことに対して心配されるかもしれない。


「今の時間って、どこにいるんだ? カルミア……」

「前に、フードを被った人と一緒にいるのは見た」

「それなら……ひとつ、試してみたいことがあるんだ」

「…………?」


 与一が、何をするのかもわからないセシルは、ただただ首を傾げるだけだった。

 

 宿の入口の扉を開き、海から吹いてくる風が中へと流れ込んでくる。

 時刻は昼手前。太陽が真上に昇りきる頃合いであり、港手前の通りには馬車やぽつぽつと行き交う人々がいた。すると、宿の中へと流れ込んでくる風が与一の髪をなびかせて遊ぶ。まるで、意思でもあるかのように、何度も。


「やっぱり、潮風自体が精霊なのかもしれないな」


 海岸で見た不自然な現象を目の当たりにしてから、与一は精霊について意識するようになってきていた。最初は、カミーユが風精霊の声が聞こえる。と、言っていたのを半信半疑にしていたのだが、百聞は一見に如かずと言われているように、人から聞くのと、自身で見るのとでは信憑性が違いすぎるのだ。

 与一の指の間を通り過ぎていく潮風。どこか優しく、暖かくも感じるそれは、やはり意思があるのだろう。と、確信するには十分すぎるものであった。


「なぁ、精霊さんよ。カミーユに伝えてくれないか。『緊急事態だ』って」


 帽子を上から押さえて深く被り、少し恥ずかしそうに呟く。

 後ろで見ていたセシルからは、去り際のセリフをいうような体勢であるのだが、口から出てきた言葉は精霊に話しかけるものあり、幼い少年少女が昔話などを聞いて、実際に真似ているように見えるものであった。


「…………」

「いや、頭が狂ったわけじゃないからな! 俺の中で考えた結果だからな!」

「ん、何も言ってない」

「今さっきまで、可哀想な人を見る目だったよな! 絶対にそうだよな!」


 くわ、と。忙しなく表情が変わる与一を前に、セシルは『知らない』。と、ばかりに目を背けた。


「はぁ……もし、俺の考えが正しければ、知り合いが駆けつけてきてくれるはずだ」

「精霊に話しかけるなんて、子供の遊びみたい」

「子供みたいで悪かったな! 前に水の精霊見てから、ずっと考えてたんだよ……」

「精霊を見たことなかったの?」


 うぐ、と。図星を突かれた与一は、一瞬だけ身体を強張らせた。

 おとぎ話や伝承、言い伝えに作り物。そんな、現実ではありえないものに人というものは惹かれる。それは、与一に限った話ではなく、誰にでもあることなのだ。しかし、精霊やエルフ。ましてや、ポーションなどと呼ばれる現実離れしているものを間近で見たり、作ったりしているのに、与一は名前などを知っただけに過ぎず、深くは知らないのだ。

 それを、信じたいがために精霊に話しかけたわけなのだが。成功する可能性以前に、親しい少女から向けられた目線が痛かったことから、今後は気をつけようと肝に銘じる与一であった。


「とりあえず、結果が出るまで待つしかない。てか、そろそろアニエスとギルドに行く頃じゃないのか?」

「もう、そんな時間?」


 余程、与一の手伝いが楽しかったのだろう。セシルは、時間を忘れるほど入り込んでいたようだ。


「ん、ギルド行ってくる」


 そう言い残し、セシルはとてとてと急いでいるというよりも、小走りに近い感じで宿の外へと出ていく。途中、ふと足を止めて振り返り、小さく手を振っていた。それに応えるように、与一は手を上げてから扉を閉めた。

 厨房へと再び足を運んだ与一。風の精霊が万に一つの可能性で言伝を届けてくれていることを願って、部屋の隅から椅子を寄せ、長机に突っ伏して空腹を紛らわせるために昼寝をすることにした。

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