52話
調合にフライパンを使うのはどうなのか。と、セシルは少しばかり不安になっていた。だが、与一自身は特に悪びれる素振りもなく、緑色の粉塵を足しては水を注ぐ。分量があるのは理解しているが、今まで見た事のない調合方法に対しての不信感と言えばよいのだろうか。なにをするのかもわからないセシルは、何度も首を傾げるばかりである。
「まずは、解毒の丸薬からだな」
「……丸薬?」
「粉塵を丸めて乾燥させると、飴みたいな感じになるんだ。ポーションは液体だから、容器がないと持ち運べないだろ? 丸薬の場合は違う。袋に詰めたりできるから、荷物が増える心配がない」
「すごく便利。でも、なんで解毒?」
率直な意見である。セシルは期待していたのであろう。治癒の丸薬を。だが、与一が最初に作ると言い出したのは解毒の丸薬。持っていて損することはないのだが、毒に侵される状況というものは滅多にない。それ故に需要は低く、例え解毒のポーションであったとしても買うものは少ないだろう。
「とりあえず、適当に納品するためだ。調合師が作ったものなら、ギルドも首を縦に振るはずだからな」
調合師が作るものは効果が高く、値段も高値だ。それは、この世界での常識であり、誰しもが知っていておかしくはないことなのだ。実際、与一は自分の職業についての価値観がセシルやアニエス。他の仲間たちとはかけ離れている。
「そうだと、思う……」
どこか拗ねているような、期待を裏切られて気分を悪くしたのか。セシルは与一と目を合わせようとはせず、あちらこちらへと目線を泳がせていた。彼女の気持ちはわかる。薬師として経験を積みたいのだから、調合師の調合は有意義なはずだ。だが、需要のないものをわざわざ作る理由が『適当に納品するため』。では、納得がいかないのだ。
「どうかしたのか?」
「ん、解毒なら毒消し草食べればおしまい。たぶん、いらないもの」
「あー。なるほどな。カルミアも言ってたな……需要があるのかって」
いつの時代、どこの世界でも、人というものは需要のあるものを求める。調合師の作るものに限らず、食事をするために食器を買う。もしくは、料理を作るために食材を買う。など、何かしら目的があるからこそ買うのだ。それらを理解した与一は、『それは考えてなかった』。と、顎に手を当てて考え込み始めた。
「それなら、こういうのはどうだ?」
橙色の粉塵を流し込み、続いて白い粉塵を同じ量入れていく。
最初、セシルは与一が何を考えて行動したのか理解できなかった。薬師が作るものは、治癒のポーションの場合はいやし草のみしか使用しないからだ。それを、3種類全部の薬草を混ぜ込むなど、前代未聞なのである。
「…………?」
流石に首を傾げるセシル。
「はは、何を作るかって? 需要がないなら、需要のあるものと混ぜればいい」
「どういうこと?」
「そうだな……一言で言えば、『万能薬』だ」
「────っ!?」
万能薬。その一言にセシルは目を丸くした。
治癒、解毒、気付け。その効果がひとつの丸薬に凝縮されるとしたら、万が一のために、冒険者としては喉から手が出るほど欲しいものとなるだろう。それも、『調合師のお手製』。と、いうお墨付きなのだ。ギルドが万能薬なるものを買い取るとすれば、それはもう治癒のポーションなどとは比べ物にならない値段になるだろう。
「す、すごい……値段の予想がつかない」
「納品したら、なにかしら面倒事が起こるだろうけどな。今よりもマシな生活ができるなら、それに越したことはないだろ?」
生活基盤の安定。今まで、働かずに暇を持て余していた居候の口からそんな言葉が出てくるとは、誰が予想しただろうか。当然、彼の正面にいる少女ですら予想してなかったのであろう。生活がどうのこうの。と、言葉を並べる与一に、大きく口を開いてぽかん、と。凝視するセシル。
「な、なんだよ! 別に、俺が働いてもいいだろ……?」
「意外、先生が働くなんて。なにかあったの?」
「ひ、酷い言われ様だ……まぁ、なんだ。ここ最近、粉塵が誰かに使われてるみたいだからな。施錠するものとか、必要なものが増えてきたんだよ」
最初、犯人が誰か。と、考えていた与一。しかし、誰かしらを疑ったまま生活するのは気が乗らない。
どうすればいいのか。と、考えて行きついた答えが施錠であった。クローゼットは両開きのものであるが、取っ手部分に鎖などを巻いて鍵をかけてしまえば問題ないのだ。元々は、自身の管理不足が招いたことでもあるので、保管環境を整えれば問題は解決するのだ。
「粉塵が使われる?」
「確認したら量が減ってたんだよ。補充も兼ねて依頼をこなしたし、こうやって調合もできてるから、結果としては良いことなんだろうけどな……それがまた、腑に落ちないんだよ」
「ふふ。おかしい」
「笑うことないだろ……まぁ、万能薬を売って錠のひとつやふたつ買って、ポーションのために瓶を買えばいいさ。そうすれば、仕事する環境も整うわけだしな」
「ん、それがいい」
前向きに働こうとしている与一の姿を見て、セシルは小さく微笑んだ。
以前、悩んでばっかりだった彼とは打って変わって、今は生活環境と仕事をする環境づくりに力を入れようとしている。フライパンから取り出したねっとり、と。したものをこねる与一を横目に、どこかもやもやとしていた何かが晴れていく感触を覚えたセシル。
今後、彼は調合師として活躍していくであろう。経緯はともあれ、こうしてやっと重たい腰を上げたのだ。これからも、助手として彼の傍で勉強しよう。と、セシルは心の中で強く思ったのであった。




