49話
ヤンサの街に戻り、冒険者ギルドにて報告を終える。だが、カルミアの姿はそこになく、別の受付嬢がカウンターにいたこともあって、与一は外で待っていた。話したくない相手。と、言えばいいのだろうか。与一自身は、彼女達──受付嬢から向けられる、期待の眼差しに弱いのだ。
原因は明白で、調合師としての仕事を全くしていないことが、後ろめたい気持ちにさせているのだ。時々、調合をして納品すれば収入が見込めるかもしれない。と、考えたりするのだが、どうもやる気になれないようだ。
「働いたら負けだと思ってる」
黙々と本を読むセシルの横で、与一の独り言は風によって流されていった。
がくり、と。肩を項垂れる彼を横目に、セシルは再び本へと目を向ける。
「お金ないのに?」
小さな声で呟いたセシルの言葉が、与一に刺さった。
「せ、セシルさん? お金がなくても、人間というものは生きていけるのだと、この身を以て証明してるのですよ?」
「ん、言い訳」
「──ぐはぁ!?」
再度、刺さる。
今日のセシルはどこか棘があるようにも感じる。彼女自身、与一が仕事をすることに関しては大歓迎だろう。が、薬師としての意見は『もっと調合を見せてほしい』。と、言ったところだろうか。ここ最近、ないがしろにしている調合に対して、思うことでもあるのだろう。
「まぁ、帰ったら働くけどな……いや、明日から本気だす」
「……調合見せてくれるなら手伝う」
ぼそり、と。本を読みながら放たれたセシルの言葉に、与一は小さく微笑んだ。
「あぁ、その時はよろしく頼むぞ」
そう言い、彼女の頭を撫でる。
前回持ち込んだ薬草などを調合の過程──『乾燥』と『抽出』をする際、あれやこれやと助手してくれたのだ。今回もまた、大量に詰め込まれた鞄の中身を粉塵に変えなければならないので、セシルがいてくれるのはありがたいのだ。しかし、シチリ南部平原に行く前に確認したように、粉塵が何者かによって使用されている。与一は、対策を練らねばならないのだが、これといって良い案はでていなかった。
「ふぅ、かなり稼いだわね」
そこへ、かちゃん、と。重たい金属音のする小さな革袋を片手に、アニエスがギルドから出てきた。
「これ、もしかしたらだけれど……討伐依頼より稼いでるわよ?」
持っていた手が疲れたのか、与一へとその革袋を渡すアニエス。
初めて受け取ったこちらの金銭は思っていた以上に重みがあり、中を覗いてみると、日本円でいうところの10円玉と100円玉のようなものがぞろぞろと入っていた。日本のそれとは異なり、細かい加工は施されておらず、硬貨全体には紋章のようなものが描かれているだけであった。
「たぶんだけれど、ひとりで使うなら1週間は生活できるわよ?」
「ま、マジか……」
満足そうな表情を浮かべるアニエスを前に、与一は手に持っている革袋の中身がどれほどの価値があるのかわからなかった。だが、1週間過ごせるとなると、日本円で言えば1、2万ほどではないのだろうか。こちらの世界で、納税の義務などと言ったものは聞いていない──街に入る時に支払うものはあったが、それ以外にお金を払わなければならい状況になったことがないのだ。もしくは、無一文の居候には無縁なものなのかもしれない。
「それじゃ、買い物にいくわよ!」
にっこり、と。笑って見せるアニエスを先頭に、セシルは本を仕舞って歩き出し、硬貨の詰められた革袋を持っていた与一は彼女たちに続いた。
日中であることもあって、大通りを行き交う人々は多い。道の端にいくつもの露店が並んでおり、珍しいものでも取り扱っているのか、前を通りかかった人たちは目を惹かれて立ち止まる。店の主たちは声を張り、『どこどこのものだ』、『どこどこでは人気だよ』。と、客を集めている。
あちらこちらへと目を向けながら、与一、セシル、アニエスは大通りを進む。
道中、見た事のない形のツボを取り扱う店や、見事なガラス細工の施された小瓶などに目が行く与一。しかし、先を行くアニエスは他所を見ておらず、どこかしら目的地があるのか、真っ直ぐと歩いていく。
「ふふん、この街の穴場といえばここよ」
まるで、行きつけのお店を自慢しているかのように、胸を張って目の前の店を指すアニエス。
ぽつん、と。大通りの端に位置するその店は、2階建てでありながら、1階は奥行きがあって広々としており、店内の壁際に設けられた棚には、調味料の類であろう木の実やら、乾燥させた植物などが仕舞われている、大小様々な瓶が並んでいた。そして、店の中央から奥にまで並べられた木箱の中には、見慣れない野菜だと思われるものから干し魚、干し肉などが、見えるように木箱を開けた状態で置かれている。
「ここ、安い」
店へと入っていくアニエスの背中を眺めながら、セシルがそう呟いた。
「なるほどな。地元の連中にしかわからないってことか」
アニエスの様子から察するに、そうなのではないのだろうか。観光客となれば、最初に行くのは大通りであろう。しかし、観光しにくる人たちが調味料などを求めてこの店に足を運ぶとは考えにくい。そうなると、住民が主に利用する場所と考えるのが妥当だ。
一見、客足は少ないように見える。だが、店に訪れている者の大半は、最初から買うものが決まっているかのように、真っ直ぐに商品の元へと行き、すぐに会計を済ませて出てくる。となると、地元の住民から愛用されている。と、いうお墨付きのお店という可能性が高い。
「ほら、なにぼさっとしてるのよ。買うもの買って、早く宿に戻りましょ」
「そうだな。今日の夕食はぱーっと食べようぜ」
「ん、賛成」
先に店の中に入ってたアニエスの元へと、与一とセシルは足を向けた。
初めてまともに稼いだ賃金での買い物が、彼の心をどう動かすのかはわからない。働くことに対して、嫌悪感さえ覚えていた与一にとってはいい経験となるだろう。しかし、これを機に毎日働くとも考え難い。が、いい方向に向けて一歩前進しているのかもしれない。
この後、張り切って買い込みすぎたアニエスのせいで、毎朝出される食事が味気のない干し肉になるとは、この時の与一は考えてすらいなかった。




