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4話

「──……ですか? ……えて……ます?」

「ちょっと……本で、何する……ッ!?」


 誰かが呼びかける声が聞こえる。なにもない暗闇の中で、与一はぼーっと座っていた。時折聞こえる声に、答えようとしても身体は動かず、まるで疲労困憊で玄関先に倒れている時のように意識が曖昧な状態になっている。


『与一、うちの会社の社長は商売の才能はあるが、上に立つ者としての才能は皆無だ。おめぇも身体に気を付けて仕事しろよ』


 昔、入社してから憧れていた先輩が最後に言った言葉が聞こえる──朝から夜遅くまでの業務。それが普通だと思い始めたのはいつからだろうか、自身が仕事に慣れていき、これが都会での生き方なんだと錯覚し始めた頃には、同僚含め知った顔は皆いなくなっていた。新人が入る度に、怒鳴り声の聞こえる社内。疲れ果てて帰っていく後輩に昔の自分を重ねるようにもなった。


『辞めていく者は我が社には相応しくない! 渡部与一君、君もそう思うだろ?』


 社長とオフィスで会話した記憶が鮮明に映し出される。苦笑いをしながらも相槌を打ち、彼が満足するまで溜まっている仕事を止めて、終わったと思えば時計の針は深夜0時を指していた──いつからだろう、こうなってしまったのは。




 ──もう、めんどくさいのは……懲り懲りだ。




「ん……あれ、ここ──はんぐふぅッ!?」


 意識を取り戻し、独り言を呟いた与一の顔面に叩きつけられる分厚い本の角。いい角度に刺さったのか、鼻の軟骨がぐにゅりとめり込み、途端に鼻血が吹き出す。


「あ……」

「あ、じゃないでしょうが! どうするのよ、すごい勢いで鼻血吹いてるじゃないの!」

「殴れば治るって、お父さんが──」

「薬師なのに薬を使わずに物で解決しようなんておかしいわ……」


 目の前にいたのはふたりの少女。眼鏡を掛けた茶髪の少女と綺麗な金髪の少女が揉めていた。何が何なのかわけもわからないまま、鼻を押さえて立ち上がる与一。だが、ぽたぽたと垂れる鼻血が気になって仕方がないので、一時的な止血のために指を突っ込む。


ほえで、ぎみだつぃは(それで、きみたちは)?」


 鼻に指を突っ込んでいるため、変な言葉しかでてこない与一。しかし、これは応急措置であってふざけているわけではない。


「……なんで、鼻に指突っ込んでるのよ」


 案の定突っ込まれてしまう。金髪の少女は、頭を抱えてはぁっと溜め息をこぼす。


ふぁなじが(はなぢが)べへるはら(でてるから)とめほうと(とめようと)おもっへ(おもって)


 彼女もいろいろと苦労してるのだなぁっと勝手な勘違いをする与一。

 そこへ、本を持っていた茶髪の少女がずいっと近づいてきた。


「私はセシル、一応冒険者」

「え……なんで言ってることわかるのよ!? 私だけ? おかしいの私だけ?」

ふぇひう(セシル)? おへは、ほいちだ(おれは、よいちだ)よおひふな(よろしくな)


 冒険者という単語に眉をぴくりと動かす与一であったが、金髪の少女を無視してセシルとの自己紹介を交わした。


もひはひへ(もしかして)ふぇひうがおへほ(セシルがおれを)?」


 先ほど殴られたことから、本による打撃だと考えた与一。そして、こくりと頷くセシルを横目に胸ポケットからタバコの箱を取り出す。手を少し上に軽く動かすと、箱からタバコが少し顔を出す、それを口で咥えて引き抜き、ライターを取り出して火をつける。


「ふぅ、ひほほなぐう(ひとをなぐる)のはだへだお(のはダメだぞ)

「……わかった」


 上目遣いで返事をするセシルに、与一は気恥ずかしさを覚えてそっぽを向く。東京にいた頃から女性との関係は無縁だった彼にとって、少女に上目遣いをされるのは少々刺激が強すぎたようだ。


「って、何普通に会話してるのよ! それより、今のは魔法? あなたの外見から魔法使いとは到底思えないのだけれど」

「んあ? こへは、(これは、)はぁいはー(ライター)っへいうんだお(っていうんだよ)


 ここにきてやっと与一は自身のいるところが異世界だという事を思い出す。日本にあったものは基本こちらにはなく、あちらのものをこちらで使ったのだから疑問を持たれても仕方がない──今後は気を付けなければっと、心で釘を打つ。


「ご、ごめんなさい。私にはあなたが何を言ってるのかうまく聞き取れないわ……」


 申し訳なさそうな顔をする少女。


「ん……治す?」


 それを聞いて本を再度持ち上げるセシルを見た与一は、一瞬で鼻から指を抜いた。幸いなことに鼻血は止まっていたようで、鼻の下から口元にかけて血が乾燥してへばりついていること以外は、大丈夫そうだった。


「待て待て、さっき殴るなって言ったばっかりだろ」

「そうだった」


 本を仕舞うセシルを見て、ほっと胸を撫で下ろす与一。

 地上に降り立ってからいろんなことがあって忘れていたが、時間はかなり進んでいたようだ。遠くを見るとすでに日は暮れ始める手前で、空が赤く染まり始めていた。ポケットから取り出した吸い殻入れにタバコをひょいっと入れる与一。


「それで、あなたは何者なの?」

「んー? そうだな、ただの飼い慣らされて捨てられた忠実な犬ってところだな」


 あながち間違っていない。社畜としてこき使われ、女神にまるで厄介払いのように異世界へと送り込まれたのだから。与一の返答に、少女はがくりと肩を落とす。


「はぁ……よくわからないけど、一応名乗っておくわね。私はアニエス。セシルと同じ冒険者よ」

「セシルとアニエスだな。俺のことは与一って呼んでくれ」

「こっちでは聞かない名前ね。どこからきたの?」

「あー、まぁいろいろとあってだな……」


 正直、違う世界から来たと言って面倒事になるのは御免だ──ここは、適当に流して会話を進めよう。と、与一は考えていた。その隣で、鞄の中身を確認しているセシルに目が行く。鞄の中には先ほど与一を殴った本と緑色の液体の入った小瓶がいくつか入っており、花がびっしりと詰まっている。


「『いやし草』……か?」

「そう、与一の周りに落ちてた」


 一目見ただけで花の名前と特徴、そして薬草であることを理解する。この世界での花のことなんて微塵も知らないというのに、知っているのだ。


「はぁ、そういうことか……」

 

 右手を額に当て、眉を寄せて考え込む与一。

 秘伝書が授けたのは職とスキルのはずだが、与一の場合は職に応じた知識も授けられたとすればあの情報量にも納得がいく。つまり、調合師という職業は、かなり覚えることが多く、職として身に着けるにはかなりの時間がひつようなものだと理解する──そして、なぜその職業だったのかがはっきりとした。無意識に抜いていたのが『いやし草』つまりは薬草の類だったからだ。自身の知識は生産職の物。勿論(もちろん)、戦闘に長けていないという事は与一でも理解できた。


「と、とりあえず、日も暮れてきたし街まで連れて行ってもらっても大丈夫?」

「そうね。私は構わないわよ?」

「ん、帰ろ」


 ふたりと合流できたことは奇跡と言っても過言ではない、これで近場にある街まで行けるのだから。右も左もわからないこの土地で、他力本願になってしまったのは心苦しいが、これもすべて降ろす場所を適当な草原にした女神が原因なのは間違いない。与一は自身にそう言い聞かせ、セシルとアニエスと共に草原を後にしたのだった。

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[気になる点] 「それを聞いて本を再度持ち上げるセシルを見た与一は」 セシルは、本を持ち上げてまた本で殴ろうとしてのかな。どうして、殴ろうとしたのかわからない?
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