43話
夕暮れ時、大量の荷物と共に何人もの商人が宿を訪れていた。
運ばれてくるものはすべて大き目の木箱であり、少なくとも10個以上は届いている。それらを、宿の中へと運ぶアルベルトの顔はどことなく曇っており、時折、溜め息をこぼしながら汗を拭い、再び木箱を運ぶ。
そんな、労働を強いられている大男を横目に、宿の外でタバコを吹かしている与一と、彼の足を背もたれにして、地べたに座り込みながら本を読むセシルがいた。
「ふぅ……なぁ、セシル」
「ん、なに? 先生」
「セシルはさ、人の命を救うってことについてどう思う?」
なぜ、彼がそんな質問をしたのか。と、セシルは本から目を離して真上を見る。そこには、どこか悩んでいるような、少し真面目な雰囲気を感じるような、今まであまり見せたことのない表情をした先生の姿があった。
「大事なこと、薬師としての誇り」
「……そうか」
そう短く答え、彼は再びタバコを吹かす。
ここ数日の間で、与一が何かに悩んでいる素振りをしていたのを何度も見ている。だが、何に悩んでいるのか、どうして相談してくれないのか。と、セシルは傍にいても話してくれないことに対して、胸がきゅ、と。締め付けられる感じを度々経験していた。
「ん、先生はそのままでいいと思う」
「はは、ここまま居続けたらいつか追い出されそうだ」
軽く笑って見せる与一。だが、内心では笑っていないのだろう。と、セシルはどうしても考えてしまう。
「違う、先生は先生のままでいい」
その言葉に、タバコを咥えようとしていた手が止まる。
「何を悩んでるのかはわからない。けど、したいようにすればいいと思う」
タバコを親指で叩いて灰を落とし、もう一度吹かす。そして、彼は吸い殻入れにタバコを仕舞った。
「……なぁ、セシル。俺は、さ。ここより遠い所から来て、最初に出会ったのがお前たちで良かったって感謝してる」
「ん、私も先生に会えて良かった」
目を瞑って話す彼に、セシルは思っていることを素直に返す。
最初に出会った頃の与一は、世間を知らなくて、どこか放っておけない感じだった。それが、今となっては居候をしながらではあるが、話し相手になってくれたり、時々調合を間近で見せてくれる。薬師であるセシルにとっては憧れのような存在だ。調合師と知ってから、平穏だった日常からかけ離れた出来事が度重なったが、今もこうして話してくれている。ただ話をしているだけなのに、どことなく嬉しくて、なぜか誇らしくて。一緒にいられるだけでも十分なのに、それだけでは満足できないと最近になって感じてしまう。だが、その気持ちがなんなのか、今のセシルには理解できなかった。
「今も感謝してる。こうして、悩んでること自体が馬鹿らしくなるような答えを教えてくれるからな」
どこか吹っ切れたかのように、はにかんだ笑みを浮かべる与一。
そのとき、セシルの胸の中でぶわぁ、と。満たされていくなにかがあった。驚きながら胸に手を当てるが、自身の身体に異常はない。
原因がわからずに困惑するセシルの気を知ってか知らずか、彼はいつものように頭を撫でる。
「俺は俺だ。それがわかっただけでも、大きな一歩なのかもしれないな」
「解決、できた?」
「さぁ、な。解決したかどうかはわからないが、目先の問題から解決していくさ」
そう言い残し、傍を離れていく。
宿へと足を向ける彼の背中を眺めながら、ひとり残されたセシルは、自身の胸で不自然に高鳴っている鼓動と、ふんわりと伝わってくる暖かいなにかに意識を向けた。
「うるさい……けど、嫌いじゃ、ない。病気……?」
眉を寄せて、首を傾げる。何が起きているのか。と、考えるセシルであったが、結局、それがなんなのかという結論は出せなかった。
宿の入口の扉に手を掛けたときに、アルベルトに引き留められた与一。
どうやら、人手が欲しいらしく。手伝って欲しそうな顔をしながらこちらを窺っている。
「……断る」
「まだ、なにも言ってねぇじゃねぇか!」
耳にキンキンと響くような大声で喋るアルベルトを無視して、与一は宿の入口を開く。すると、後ろで鼻をすする音がしたが、気にせずに二階を目指した。階段を上っている途中、何か硬いものを落としたかのように、ドゴン、と。いう音が一階の方から木霊してきた。
『あぁああああッ!! 足がッ!! 足の上に木箱が落ちちゃったよぉおおおおおッ!!!』
振り返ることなく、無言で先を急いだ。
二階に上がってすぐに、与一は自身の部屋へと足を進め、扉を開け、中へと入った。そこには、部屋の角で膝を抱いて座っているルフィナの姿があった。どこか落ち込んでいるような、なにかを悔やんでいるような。そんな暗い表情を浮かべて床を呆然と眺めている彼女の元へと近づく。
「ルフィナ、ちょっといいか?」
「……大丈夫ですけど、正直、今は話をする気分ではないのです」
「どっちだよ……」
しゅん、と。頭を垂れる彼女を前に、与一は首をさすった。
ここまで落ち込んでいる原因は、詰め寄ってきたこと以外に思い当たる節がなかった。だが、彼女自身は与一との取引がしたいと強く思ったから、あのような行動に出てしまったのだろう。と、考えれば、商人として生きてきた彼女の行動は仕方がなかったのかもしれない。目先のものばかりを追いかけて、気が付いたら視野が狭くなっていたということは、人間、誰にでもあることなのだから。
「まぁ、なんだ。気にすることないと思うぞ?」
「……いえ、流石に気にします。よだれを垂らしてたのですよ!? この私が!」
「いや、そこかよ!」
「そこもなにも、よだれですよ? よ だ れ。もう……お嫁にいけません!」
恥じらいからか、顔を両手で覆うルフィナ。
流石に気にするというから、彼女でも悩むことでもあるのだな。と、考えた与一の斜め上を行く回答が返ってきた。反省の『は』の字すら感じさせない彼女に対して、溜め息をこぼすどころかそれを通り越して呆れて何も言えない。
「私、そんな醜態を晒してしまうなんて考えてなかったので、目が覚めてから床に飛び散っている唾液をみて血の気が引いてしまったのです……」
あれやこれやと言葉を並べる彼女を前に、与一は素直に思ったのだ。
──正直、どうでもいい。
と。




