41話
頷く彼女らの表情から、困惑にも似た何かを感じた。
あの夜の一件。与一は黒幕が死んだことによってすべてが解決して、のんびりと平穏に過ごせるとばかり考えていた。だが、終止符が打たれるどころか、未だに続いているかもしれないのだ。妙な胸騒ぎがする中、与一は情報を整理しようと口を開く。
「その、何者かわからない人物が、あのジジィという可能性はあるのか?」
あの老人は、『残された時間』、『いずれ、わかる』と。気になる言葉を並べていた。疑問に思った与一は、もしかして、老人がやったのではないのだろうか。と、考えたのだ。
「いや、その可能性は低い。黒ずくめの男の胸に刺さっていたのは彼の矢だ。それを解放した連中に見つかったらそこで殺されていただろう」
確かにそうだ。仮に、矢を抜いて与一たちの仕業だと言い張っても、拳で語るアルベルトと見事な足技を披露するカミーユ。そして、平和ボケした与一の3人だ。まず最初に疑われるのは特製の矢であり、こちらになにかしらの疑いがかかる可能性があったとして、必ずしも言い逃れできる環境にはなりにくかったはずだ。
「お話の途中すいません。つまり、失踪したギルドマスターが黒づくめの男だった、という事でしょうか?」
先ほどから、頷いているだけだったルフィナが話に加わる。
「たぶん、ね。薄暗くてわかりにくかったけど、どこか見覚えがあったんだ。あの顔に」
「ん? ってことは、カルミアはギルドマスターが関係者……いや、上の人間だったことを知らなかったのか?」
「そうねぇ。情報の受け渡しで一度会ったのだけれど、フードを深く被ってたからわからなかったわぁ」
「敵を欺くなら、まずは味方から。ですね」
どうやら、カルミアにも知らされていないなにかがあるようだ。深く考え込んでいる彼女を横目に、与一は自分なりに状況を整理しようと思考を走らせる。
「そういえば、前にカミーユが言ってたよな。『ギルドマスターの度重なる出張』って」
「あぁ、その情報が黒ずくめの男がギルドマスターだった。っていう、信憑性を高めてるのは確かだよ」
「信憑性の話じゃなくてだな。その間なにをしていたのかなってさ」
「どういうことだい? 与一君」
与一が言いたいことを理解したのか、カルミアは壁から離れるとルフィナの隣に腰を掛けた。
「きっと、街中に忍ばせてた輩から情報を得ていたのよ。その間に、いろいろと計画を練ってたり指示を出していたとすれば、納得できるわよねぇ」
ベッドに腰を掛け、足を組むカルミア。
「確かに……となると、だ。あのジジィも接触していたってことだよな」
「そのはずよ? 私の場合は、勘付かれないように受付嬢として納品させないといけなかったもの。私より自由だったあの老人なら、接触している回数だけでいったら私よりも多いはずよぉ?」
「なにをするにしても、情報が足りなさすぎる状態だね。とりあえず、カルミアにはギルドの方での情報収集をお願いしてるから、私は私なりに情報を集めてみるよ」
「あぁ、それなりのものは払ってるからな。働いてもらわないと──」
「与一の口からそんな言葉が出てくるなんて、世の末ねぇ」
無言のまま他所を見る与一を置いて、ふぅ、と。息を吐いたカルミアは立ち上がって部屋を後にする。それに続くように、カミーユも部屋の外へと足を向け、首だけ振り向き、目を細めながら、
「アルベルトには私から言っておくよ。それと、あの子たちをこれ以上巻き込むわけには行かないからね。ここでの話は他言無用だよ」
そう言い残し、部屋を出ていった。
残された与一とルフィナ。先ほどの話を聞いて、驚くどころか考察しながら相槌を打っていた彼女は、こういった場面に慣れているのだろうか。と、与一は首を傾げる。
「どうかしたのですか?」
「いや、ルフィナは怖くないのかなってさ?」
「怖いですよ? でも、アルベルト様や皆様もいますし……それに、与一様がいますから」
少し、悲しそうな笑みを浮かべるルフィナ。
彼女にもなにかしらの過去があったのだろう。出会って初日で、そんな踏み入った話をしようものなら、デリカシーがないなどと言われるに違いない。なので、あまり深入りしないほうがいいだろう。と、与一は黙り込む。
「いろいろと苦労してるのですね」
そんな、優しい声が耳を撫でる。
こちらの世界に来てから、ギルドに登録したり、それが原因で利用されそうになったり、セシルが攫われてしまったり、死に物狂いで老人に立ち向かったり、両足に矢が刺さったり。今思い返せば、社畜していたほうが平和だったのかもしれない。と、思えるような出来事ばかりだった。だが、そんな忙しなく過ぎていった日々の中で、いつも傍にいてくれる仲間がいた。それは、生前、与一が一番欲しかったものなのかもしれない。
都会に出たからと、一人暮らしを始めたからと。これといって特別視されるわけでもない日常の中で、彼はいつもひとりだった。人口が一番多い都市に住んでおきながら孤独。寂しく、虚しく、冷たく、人との交流なんて仕事以外ではほとんどない毎日を生きてきた。会社にいても、これといって話す相手もおらず、時折、先輩が話しかけてくれる程度で、他の人と深く関わろうなどとは思えなかった──でも、今は違う。
「……与一様?」
黙り込んでいる与一のことが心配になったのか、ルフィナはベッドから降りて、彼の正面へと足を崩して座り込む。
「寝てます?」
「起きてるわ! ったく、めんどくさい事ばっかりだ……」
「あら、私と話すこともめんどくさいのですか?」
困ったように、眉を寄せるルフィナ。
「いや、ルフィナと話すこと自体は楽しいぞ?」
そんな、さも当然のように返事をする与一を前に、ルフィナはきょとんと目を丸くした。沈黙が流れ、彼の言った言葉を理解したのか、気恥ずかしそうに頬を赤らめ、彼女は俯いたしまった。
「……俺、なんか不味いこと言ったか?」
「い、いえ! ちょっと、驚いてしまって」
手をぶんぶんと上下に振るい、ルフィナは焦った口調で答えた。
「さて、仕事といっても何をすればいいのやら。俺に出来ることと言ったら調合しかないしな……」
「ご、ごほん。調合師のポーションを売ればよいのではないでしょうか?」
「それができたら苦労してないよ。商人とのやり取りってなんかめんどくさそうなイメージがあってなぁ」
「まぁ、目の前にいるのが商人だとわかっていてそういうことを言うのですか?」
「……え?」
えっへん、と。胸を張るルフィナを前に、与一は困惑の表情を浮かべる。彼女とは今日知り合ったばかりの間柄で、なにを生業としているのかなんて知らないのだから、当然の反応だろう。
「え、商人? ルフィナが?」
「はい。私はこう見えて、商人ギルドのマスターなのですよ?」
彼女の返事に、これからどうしようか。と、悩んでいた与一の思考が停止した。




