38話
与一の前で、彼女は辺りをきょろきょろと見て、どことなく落ち着かない様子。どうしたらいいのだろう。と、あたふたとする姿に、彼は吹き出してしまった。
「ぷ、あははは」
「──? ど、どうなさったのですか?」
「いや、困ってる姿がおかしくってな」
「っ!?」
彼女は驚いた表情を浮かべ、少し俯いて指を撫でた。
「そ、その……あなた様もお忍びで?」
丁寧な言葉遣いだ。以前、アルベルトの宿に泊まりに来る人は国のお偉いさんなどがお忍びでくると言っていた。もしかしたら、目の前にいる彼女もお忍びで来たのではないのだろうか。
「違うよ。俺は……そうだな。ここで住み込みしながら受付とかの手伝いをしてるんだ」
あながち間違ってはいない。が、ここでの仕事と言えば怪我をして泣き叫ぶアルベルトの治療なのだが、あの大男が切り傷ひとつでぴーぴー言う事は、口が裂けても言えなかった。
「そ、そうなのですね。あ、今日からしばらくお世話になります。ルフィナと申します」
ぺこり、と。お辞儀をして見せる彼女──ルフィナに対して、つい反射で頭を下げてしまう与一。
「なんとお呼びすればよいのでしょうか?」
頬に手を当て、首を傾げるルフィナ。
「あー、与一でいいよ。親しい人からはそう呼ばれてるから」
一言で言えば、彼女の第一印象は聖女といっても過言ではない。
落ち着いた物腰に、耳に優しい高く澄んだ声のルフィナは、与一にとっては(いい意味で)苦手な部類に入るかもしれない。彼女の質問には答えてはいるが、実際、美人というものは話しかけづらいものである。先ほどから、可愛らしい仕草を見せる彼女に対して、与一は時折目を離さなければ凝視してしまいそうになっていた。いや、苦手というよりも意識しまって困っている。と、言ったほうがいいのかもしれない。
「はい、与一様」
先ほどまで困惑の表情を浮かべていた彼女は、明るく微笑んで見せた。
「様って……。それで、ルフィナは観光にでも来たのか?」
「えぇ、久しぶりにヤンサの街を歩きたくなってしまって。よろしければ、ご一緒にどうですか?」
「へ? まぁ、ぶらつく程度なら──」
「決まりですね! では、さっそく行きましょう」
「え、ちょ。今から行くの────」
ヤンサ中央の大通りは昼頃ということもあって人で溢れかえっていた。明朝から雨が降っていたが、それが上がった事もあっていつも以上に賑わいを見せている。現代の東京で言うならば、ここは新宿などの飲み屋が多い通りに近い。が、日用雑貨や食材を取り扱う店も少なくはなく、どちらかと言えば、なんでもある飲み屋街と言ってもいいくらいだ。
そんな、大通りの端にある家具などを取り扱ってる店に、ふたりの少女の姿があった。
「ねぇ、セシル。これなんてどうかしら?」
「ん、座りにくい」
「……こ、こっちは?」
「ん、大きい。邪魔」
「…………」
あれやこれやと椅子などを指すアニエスに対して、全否定するセシルのふたりである。
今日は仕事をする日ではなく、休日として過ごしている様子で、ふたりの服装はいつものそれとは異なった。
涼し気な白い半袖に無地で橙色の半ズボン姿のアニエス。胸から上はボタンで留めるデザインのもののようで、袖の部分には少しひらりとした生地が使われている──機能性と通気性を重視した感じで、彼女のボディーラインが心なしか協調されており、店内にいた客の目を惹いていた。
セシルはというと、つばの短い麦わら帽子に水色のシャツを着ており、半袖で前が開いている薄くて軽い、白い生地の上着を羽織っていて、シャツよりもちょっと濃い水色のロングスカートを穿いてる。落ち着いた雰囲気の服装でありながら、アニエスと同様に涼し気な感じのする服装である。
「なんで、家具?」
「叔父さんが探しておいてくれーって言ってたのよ。なんでも、そろそろ涼しい季節になるから、部屋の模様替えがどうとかって」
「ん、でも暑い」
「毎年こんな感じじゃない。それに、王都の方はこの時期になると涼しくなるそうよ?」
他愛のない会話だ。相変わらずふたりで行動しているところを見ると、どれほど仲がいいのか。と、いう事が見て取れる。しかし、椅子やクローゼット、ベットなど様々な家具のあるこの店で、悩んでいるのはアニエスだけだった。つまらなそうにぼーっとしていたセシルが、ふと、店の外に目を向けると、
「……先生?」
そこには、つばの長い純白の帽子を被ったワンピース姿の女性に腕を引かれる与一の姿があった。
セシルの声に、アニエスは慌てて店の外を見やる。
「ほんとだわ。って、隣の人綺麗ね……でも、なんで与一と一緒なのかしら?」
「先生が外出してる……!」
「え、そこなの? 普通、隣の人との関係性とか疑わないかしら……」
いつも通りのマイペースさに、アニエスは頬を掻いた。
「なんか怪しいわね。無一文の与一があんな綺麗な人と出掛けるなんて」
「ん、調査あるのみ」
「そうね。前の一件もあるし、あの居候が鼻の下伸ばしてほいほいついていくとも思えないわ。きっとなにかあるはずよ」
互いを見やり、頷き合う。
ふたりは家具を見るのをやめ、店を出て与一たちに気づかれないようにこそこそと後をつけ始めた。
女性の方は楽しそうだ。何度も与一に話かけ、時折店のものを手に取って話題を尽かさない──喋るのが上手なのがわかる。しかし、対する与一はと言うと、少し困った表情を浮かべながら首を掻いたり、ずいっと近づいてくる彼女に対して目を逸らしたりと落ち着きがない。
「……な、なんかいい雰囲気なのが気に食わないわね」
「先生困らしてる」
「困ってると言うか、直視できない感じね。あれは……」
遠目に見ていてもわかる。与一の隣にいる女性は誰がどう見ても美人と答えるだろう。仮に、自分自身が女ではなく男だった場合、彼女を前にして平然を装えるからと聞かれたら、即座に首を横に振るに違いない。
尾行をしてからしばらく経った頃、女性が与一に黒い中折帽子をプレゼントしていた。まんざらでもない様子で被る与一の姿を見たセシルは、どうやらいてもたってもいられなくなった様子で、
「私も何か渡す」
むすっと頬を膨らませて来た道を戻ろうと背を向け、何かに焦っているような様子で歩き出した。
「あー、あれは妬いてるわね……もう、仕方がないんだから」
溜め息混じりに微笑み、先行くセシルの後を追いかけるアニエスであった。




