34話
与一が造船場を後にしたのを確認したアルベルトは、大きく息をすってゆっくりとそれらを吐き出した。そして、じりじりと近づいてくる男たちを一望する。ある者は剣を、ある者は短剣を構えてこちらへと距離を詰めてくる。
姿勢を低くし、拳を前に出す。
きゅ、と。脇を締め、両腕に力を籠め、構える。
「殺せぇッ! その男を殺せ!」
上半身だけを起こし、アルベルトを指して大声で命令する黒ずくめの男。その声に反応するかのように、彼を囲う男たちは深みのある笑みや、嘲笑うかのような表情を浮かべ、武器を前に突き出しながらアルベルトを牽制するかのように横へと歩き出す。まるで、肉食動物が獲物を追い込んだかのようなその行動に、アルベルトはそれらを鼻であしらうと少し前屈みになる。
「また、俺が暴れる日がくるなんてな──ッ!」
闘志に燃える眼差し、肌にぴりぴりと感じる殺気。そして、昂る感情。
ちらり、と。周りを見やるアルベルト。目が合った者は、楽しそうな表情を浮かべる彼に対して笑った。
「こいつ、笑ってやがるぜ!」
「はは、今から袋叩きになるっていうのに余裕かましてくれるじゃねえか!」
あちらこちらから声が上がる。
そして、
「悪く思うんじゃねぇぞ──ッ!」
背後から、声が聞こえると共に剣を振り上げた男が襲い掛かる。
──が、
「ふんっ!」
振り向き様に繰り出された裏拳が、男のこめかみにヒットする。
「ぐわぁっ!」
咄嗟の事に反応ができなかったようで、男は体勢を崩して倒れ込む。それが合図になり、何人もの男がアルベルト目掛けて襲い掛かる。
「テメェ、死に晒せやぁッ!」
「この一撃、受けてみろ!」
「うおらぁああ──ッ!」
それぞれが声を上げ、アルベルトへと攻撃を仕掛ける。だが、彼の背後から仕掛けようとしていた者の頭上に踵が振り下ろされた。
「ぐえしッ!」
ゴツン、と。鈍い音が聞こえ、白目を吹いて膝から倒れ込む。
「私を忘れてないかい?」
冷酷に、今まで聞いたことのないほど低い声を発するカミーユ。
「うぉおおおおおおおッ!!!」
背後の警戒をする必要性がなくなったアルベルトは、雄叫びと共に前方へと突進する。間合いを急に詰められた相手は腕を上げた状態──そこへ、彼の鋭い拳が叩き込まれる!
「あが──ッ!?」
腹部への直撃。
「う、ぐぼはぁッ!?」
そして、瞬く間に繰り出される拳の連撃によって、男は意識を削がれた。
「て、テメェッ!」
仲間が倒れていく様をみて逆上したのか、鞘に収まっている剣を握り締めた男が低い姿勢のままアルベルトの元へと駆け出す。彼の傍を駆け抜けようとし、すれ違いざまに剣を抜く──抜剣による初手で決めようとした。のだが、アルベルトは小さく跳躍し、身を翻してそれを躱す。
「な、なんだと!?」
その大柄な身に合わない身軽さに驚愕した男は振り向く。
「がっはっは! 見事な腕前だ! だがな、こちとら騎士相手に模擬戦やらされてたんでなッ!」
ダン、と。力強く一歩を踏み出すアルベルト。
刹那、拳を引き、腕を捻じりながら放たれる素早い一撃。
「ぐふ……」
鳩尾へと喰い込む拳。すると、カラン、と。彼の持っていた剣が地面に落ちた。
目を白黒させ、彼は未だに腹部へと当てられている大男の腕を掴む。腹部に走った激痛に気を失いそうになりながらも、必死に抗おうと彼の目を見る。
「信じ……られ、ねぇ……」
そう言い残すと、男はふらりと力なく倒れていく。
倒れ込む際に腕を引かれたアルベルトは、体勢を崩しそうになった。
そこへ、
「隙を見せやがったなぁッ!」
後ろから、更なる追撃が襲い掛かる。だが、その男はアルベルトに傷を与えることはなかった。
「ぐあ?」
彼の目線が強制的に別の方角を向かされる──カミーユの放った蹴りが彼の頬へと命中したのだ。
「アルベルト、いっつも背中はがら空きだよね。私がいなかったらどうするつもりだったんだい?」
カミーユはそう言いながら、体勢を整えたアルベルトに背中を預ける。互いが互いの背後を支え合う。それは、信頼し合っているからこそできる事。彼のことを昔から知っている素振りのあるカミーユだからこそ、アルベルトは背中を預けることができるのかもしれない。
「がっはっは! いつもおめぇがいるから、俺は前だけに集中できるってもんだ!」
「はぁ、いい事なんやら、悪い事なんやら。私にはわからないよ」
「そうか? まぁ、話し込むのは後にしようぜ。まずは、こいつらを片付けねぇとな!」
両者を囲うかのように、起き上がった者から、奥に控えていた者が集まり出す。
「さぁ、全員まとめて相手してやる。かかってきな──ッ!」
アルベルトの一言で、全員が一斉に動き出す。そんな光景を見ながら、黒ずくめの男がむくりと起き上がって近くに置いてあった『細長い何か』をいれた木箱を持ち上げる。
「お、お前たち! この男と女をここで始末しろ! いいな!」
そう言い残した男は、アルベルト達を避けるよう遠回りに造船場の外を目指して走り出した。
月明かりのみを頼りに、港へと続く道を引き返していく与一。その腕に抱かれているのは、ぐったりとした姿のセシル。
勢いよく飛び出したはいいものの、喫煙者に長距離走なんてものは辛いものであり、同時にひとりの少女を抱えているとなると、並みの男性でも宿まで歩いて数分の距離を走れと言われた場合、辛いと答えるだろう。
肩で息をしながら、腕の中で虚ろな目をした少女を無事に宿まで運ばなければ。と、身体に鞭を打つ。だが、既に限界を迎えた身体はいう事を聞かず、一歩踏み出そうにもぷるぷると震える足がそれを拒む。
「ぜぇ……ぜぇ……つ、辛すぎるだろ……はぁ、はぁ。ふぅ……」
膝に手をついて休もうと考えた与一だが、道のど真ん中の、それも、中途半端なところでセシルを下すわけにはいかない。
万が一に、追っ手が来ようものならそれこそ本末転倒だ。アルベルトとカミーユが命懸けで時間を作ってくれたのだ。それを、休憩してたら捕まっちゃいました。などと、台無しにするわけにはいかないのだ。
「待ってろ、よ……セシル。絶対、に……宿まで、連れて行ってやるから、な──ッ!」
余っている力などない。一歩、また一歩。重たい足を動かす。喫煙によって蝕まれた肺が悲鳴を上げる。辛く、苦しく、何度も咳き込みそうになる。
「タバコ、吸わなきゃ良かったって……今更、後悔しても遅いよな」
ふと、汗が頬を伝う。そして、立ち止まる──もう、これ以上は動けない。
「ちょ、ちょっと休憩。流石に、もう……無理!」
締め付けられたかのような、肺から伝わってくる痛みに、与一はとうとう折れてしまった。
呼吸を整えるため、息を吸おうとした与一の身体から、突如、力が抜ける。いや、正確には左膝に突き刺さったなにかによって、膝から崩れ落ちてしまったのだ。
「……え?」
突然の事に、与一はセシルを腕から放してしまい、彼女と共に地面へと倒れ込む。
何が起きたのだろうか。と、彼は自分の足を確認し、信じがたい光景に目を疑った──そこには、膝から矢じりが飛び出ていたのだ。
「な、なんなんだよ、これ……」
生暖かい何かに濡れる感触。遅れて伝わる激痛。
与一は、声を押し殺して耐えることしかできなかった。
「逃げ切れると思ったのか? 調合師」
「…………っ!?」
コツコツ、と。踵を擦る音と共に、先ほどの黒ずくめの男がやってきた。その手に握るは、片手で持ち上げれるほど軽量化されたクロスボウ。
「これは弓と違って、引き金を引くだけで矢を射ることができる優れものなのだ」
まるで、自慢するかのように次の矢を装填しようとする男。弦を引き、そこへ矢をはめ込む。そして、再び与一に向けて構えた。
「さぁ、選ぶのだ! 我々の物となるか! このまま死ぬか!」
最悪な二択だ。与一は、どちらも選ばずに首を横に振るしかなかった。
「そうか、ならば致し方あるまい!」
言い終えると同時に、男は与一の右足目掛けて矢を放つ。
「────ッ!! あぁああああああああ────ッ!!」
左膝、右足の脛。ふたつの場所から伝わってくる痛み。
「ははは! どうした! どちらか返事をしないのならば、次は貴様の腕か……それとも」
三度矢を装填した男は、快楽に溺れているかのような惚けた表情を浮かべ、与一の傍に横たわるセシルへと目を向けた。
「や、やめろ! その子には手を出すなぁあああああああ────ッ!!」
与一の叫び声など無視して、男は引き金に指を掛ける。そして、ぐぐぐ、と。少しずつ力を加え──




