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31話

 カルミアへと矢を放った張本人は、港の大きな建物──造船場の屋根の上で宿の方角をひっきりなしに睨んでいた。その手には身の丈と同じほどの弓が握られており、背中には毛皮で作られた大き目矢筒を背負っている。再度矢を手に取ると、弓を引き、狙いを定める。


「顔を出すがいい、次こそは外さぬ……っ!」


 ぐぐぐ、っと。限界にまで引かれた弓が悲鳴を上げ始める。だが、一向に顔を出すどころか、与一の姿を目視すると同時に、彼は弓を下した。


「まさか! 既に結託したというのか!?」


 2か月もの間、何度も情報を交換し合い、互いに失敗しないように必死になっていた娘。それが一夜にしてどうだ。利用しようとしていた者の拠点へと入り浸り、あまつさえ治療をされるなど寝返ったどころか、仲間としての認識を持たれているのも同然。


「始末しようとしたのが裏目に出てしまったかのう」


 先ほど宿に入ろうとしていたフード姿の人影。自身の殺気に気づき、振り向かれた時は見つかると思っていたのだが、やはり並みの視力では目が合うどころか自分を見つけることは不可能だ。と、老人は早まった行動を悔いた。

 屋根から降りるために、端に設置された梯子(はしご)を下りる。そして、建物の中央に設けられた、物資運搬用の大きな扉を独特なリズムを刻むように軽く叩く。


『あの娘はどうなったのだ?』

「も、申し訳ございません……仕留め損ねてしましました」

『……そうか』


 扉の奥から低く、乾いた返事が返ってきた。すると、老人は深く追求されなかったことに、胸を撫で下ろした。


『夕方までにはこちらの準備は整う。思わぬ副産物であるが、ここで調合師を連れて帰ればあの御方もさぞ喜ばれることだろう』

「はい。人質はいかがなさいますか?」

『調合師さえ手に入れば需要はなくなる。本来の計画(・・)を遂行してから、海に捨ててしまえば問題あるまい』


 声の主が不気味な笑みを浮かべているのが脳裏に浮かぶ。


『夜になれば、港に訪れる者はいなくなるだろう。頃合いを見て、調合師を誘い出すのだ。良いな?』

「手段はどうなさいましょうか……既に、仕込みはしてありますが」

『矢を射れば問題あるまい。それ以外にどうするつもりだったのだ?』

「………………」


 これといった策はなく、老人はただただ押し黙ることしかできなかった────




 カルミアが狙撃されてから、遅れて駆けつけてきたアルベルトへの説明を済ませた一同。しかし、割れた窓をみて顎が外れたのではないかと疑うほど口を開けていた彼の顔は凄まじかった。

 彼曰く、どうやらアニエスはショックで寝込んでしまったらしく、与一、アルベルト、カミーユ、カルミアの計4名が厨房の机を挟んで話し合いをしていた。


「それで、今夜私たちがどう動くか。に、ついてなんだが──」

「いや、俺ひとりでいく。羊皮紙にはそう書かれてたんだろ? アルベルトさん」

「あぁ、間違いねぇ。もし与一がひとりで来なかった場合、セシルちゃんの命にかかわるかもしれん」


 カミーユの提案は、別れて敵陣に攻め込もうというものだった。それに対して、与一はセシルを救い出すという決心を曲げる事はなく、書かれた通りにひとりで行こうとしていた。


「正直、さっきの一件でわかっているだろう! 彼は危険だ。なぜこのようなことをしているのかはわからないが、今後、被害がでないようにここで私たちが止めなくてどうするんだい!」

「……確かに、カミーユの言ってることも一理ある」

 

 カミーユを横目に、アルベルトは腕を組みながらうんうんと頷く。


「でもぉ、港って障害物があまりないじゃない? 危なくないのぉ?」

「恰好の的なのは重々承知してるさ……」


 カルミアの鋭い指摘に、与一とアルベルトは黙り込んでしまった。その身を以て経験したから言える事。それは、遠見の弓師は生半可な覚悟だけではどうすることもできないという確信からだった。一方的に目視されている状態で、港の道をのこのこと歩いていこうものなら、狙ってくださいと言っているようなものだ。


「なら、俺が注意を引きつけるってのはどうだ? そのジジィと対峙(たいじ)すれば……」


 頬杖をついた手で口元を覆っていた与一が、自らを犠牲にすると言い出した。


「そこに辿りつく間に射抜かれたら終わりよぉ?」

「あぁ、わかってるさ。でも、可能性があるとしたらこれしかないだろ? ジジィさえ止めちまえば狙われることはないはずだ。それに、連中は俺が欲しいんだろ? 殺すような真似はしないはずだ」

「そう、せざるを得ないのだろうか……」

「どうなるかなんて俺にもわからないが、準備は既にできてるんだ」


 上着の内ポケットから、無数の丸薬を取り出し、机の上に転がして見せる与一。


「な、なんだぁこいつは……アメちゃんでどうするつもりだ?」

「はは、これは丸薬っていうんだよ。効果は治癒のポーションと同じだ」

「ふぅん、これが……」


 顔を近づけてじっくりと見るカルミア。だが、アルベルトはどうやらアメにしか見えないようで首を傾げていた。


「本気……なんだね? 与一君」


 与一が何を思って丸薬を作ったかなんて彼女にはわからない。数を揃えるという事は、それなりに怪我を負う事を考慮しているのだろう。しかし、彼は自身が囮となり、続く自分たちの安全を確保しようというのだ。全員が犠牲になるより、ひとりの犠牲によって事が上手くいくことは多い。が、与一はそもそも犠牲になることを前提として提案したのだろうか。と、カミーユは目の前で真剣そうな表情で考え込んでいる彼が、そんな簡単に命を投げ出すとは思えなかった。


「──もちろんだ。そんないい加減な覚悟で、こんな提案できると思ってるのか?」


 まるで、今にも覚悟を決めろと言い出しそうなその表情に、カミーユは腰を上げた。


「あはは、愚問だったようだね……確認するよ。与一君が先行して港に向かい彼を食い止める、そのあとを私とアルベルトが続いて加勢する。それから捕らわれている少女を救いだす」

「私はどうすればいいのかしらぁ?」

「カルミアは……先ほどの件もあるから、身を隠すのが妥当だと思う。君がいれば心強いが、背中を預けるにはちょっと時間が、ね」

「がっはっは! つまり、お留守番ってやつだ!」

「まぁ、そうなるわよねぇ。わかったわぁ」


 ゆっくりと頷くカルミア。与一、アルベルトもそれに続くかの様に、カミーユの顔を見て頷く。


「……決まり、だね」


 こうして、各自がどのように行動するかの作戦会議は終了し、ひとりの少女を救うために立ち向かう彼らの夜が幕を開ける────

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