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29話

 物置部屋の隅で、与一はひとり(うずくま)っていた。

 自身の注意不足のせいでセシルが攫われてしまった。もし一緒に行動していたら、もしそういう可能性があるとしっかりと話をしていたら。今となってはどうすることもできない現実に、心が折れそうになる。


「…………………」


 勢いに任せてカルミアを問いただしたが、それはただの八つ当たりに近いものだった。

 自分が一番わかっている。頭に来たときはいつだってなにもできなくて、いつもひとりで考え込んで──昔からそうだった。自身のこだわったものが他人から低い評価ばかりされた時も、怒り狂ってもなにできなくて、嫌になってその場から逃げていた。


「はぁ、どうすればよかったんだよ……」


 正直、こうなってしまったのは自分自身に責任があるとどうしても考えてしまう与一。


「いつまでもヘタレではいられない……よな」


 足元に転がっていた小瓶を拾いあげ、共に過ごした少女の横顔を思い出す。

 今の自分にできる事は、彼女を救い出すために準備を整える事。捕らえられた彼女を救うなんて、考えるだけなら簡単だ。だが、それを可能にする『もの』を与一は知っている。

 ふと、小瓶を握る手に力が籠る。そして、先ほどまで暗い表情をしていた与一は、真剣な瞳で足元に散らかっている数多の瓶を抱え込んで厨房へと足を向けた。


 前回の調合で作成した丸薬のレシピを思い出す。それを元に、シビレ草の粉塵を混ぜることで出来上がるのは、痛覚無効と筋力の制限解除の効果が掛け合わさった治癒の丸薬。正直なところ、それさえあれば彼ひとりでもどうにかできてしまう代物だ。だが、一度も飲んだことのない与一にはひとつの疑問があった。

 効果時間という概念だ。今まで粉塵の効果ばかりを見ていて、肝心なものを見落としていた。

 仮に、一粒飲むだけで長時間反映し続けるものだとしても、その際に掛かってくる身体への負荷は計り知れないものだ。しかし、いざとなった場合は手段を選ばずにはいられない。その為にやらなければならい事がひとつある。


「生体実験、か。自分の身体で試すほかないよな」


 いやし草から抽出した治癒の粉塵。これの多重摂取はどういう効果が現れるのか。

 今夜、自身が無傷で済むはずがない。だから、知っておかなければならないのだ。どうなるのかを。

 蓋を開け、手で握れるほどの量を(すく)う。それらを、一気に口へと含む。水槽の水を使ってすべてを飲み込み、そっと目を閉じ、身体にどのような変化が起こるのかを待つ。すると、


「……っう、熱い。なんだ、これ──ッ!?」


 胸元がぐわぁっと熱を持つ。やがて、熱は身体全体へと伝わっていき、立っていること自体が辛くなってきた。


「はぁ、はぁ……っぐ……」


 目を白黒させながら、息を荒くして机に突っ伏す。

 火に触れているかのように身体全体が熱い。風邪なんてレベルじゃない。インフルエンザでも比にならないほどの高熱だ。少しずつ指などの感触が戻ってくる感覚に、与一はすぐさま身体が慣れ始めているものだと理解する。

 高熱で身体がおかしくなるのを無理やり維持しているのは治癒の効果だろう。切っても切れない相殺し合うその効果に、朦朧(もうろう)とする意識の中で、これは危険だと判断する与一。

 使い物になる以前の問題だ。これでは身体を動かすどころか、立っていることすら困難なのだ。


「失敗……だな」


 効果が薄れていくまでの間、与一はその時間を正確に記憶するために秒数を数えていた。だが、一向に身体から熱が逃げることはなく、ずっとこのままではないのかと錯覚するほどだった。

 軽く20分程は経過しただろう。ちょっとずつだが、身体が楽になっていく感覚と共に、おおよその時間を知る事ができた与一は大きく息を吐いた。


「まだ熱は残っているところを見ると、30分は維持するってことか」


 椅子を寄せ、ぐだりと座り込む。

 丸薬の分量は摂取した粉塵の10分の1程度。つまり、3分くらいしか効果が持続しない。仮に、丸薬を同時に3つほど飲んだところで、先ほどのように苦しむ思いをしなくて済むという可能性は極めて低いだろう。どちらにせよ、多量摂取はなんらかの形で身体が馬鹿になる。と、いう事が確認された。


「数だけでも揃えておくか」


 頭の中にあるレシピを頼りに、作れるものだけでも作っておこうと、与一は調理道具の中からフライパンを手に取った。




 一方、港を出入りする人々をカミーユは少し離れたところから見ていた。いつもの光景に、いつもの仕事ぶり。見ていて飽きることはないが、ふと違和感を感じる瞬間があった。

 基本港に出入りしているのは商人か、船乗りくらいしかいない。時折見かける派手な恰好をしていて、宝石を身に着けているのは貿易商などと言った金のある者の類だろう。が、しかし、違和感を感じるのはそこではない。

 荷物と言うには、だいぶ小さく感じる木箱。船乗りが荷下ろしをしている時に見かけるのは大きいものだ。中身は海産物であることが多いため、活きのいい魚などが逃げないように頑丈な素材で作られている。その為、木箱自体が大きくなってしまう。それとは別に、なにか細長いものを入れているような木箱を運び込む者が、先ほどからちらほらといる。それも、往復するわけでもなく一向に戻ってくる様子もない。


「なにかあるね……」


 耳を澄ませれば付近にいる人の気配から声まで拾える。だが、特に怪しいと言えるような会話をしている者はひとりとしていない。

 大きく息を吸って、改めて港を見やった。

 奥まで続く障害物のない長い道。その中間地点を過ぎたあたりにある、倉庫のような大きな建物。その先から大小様々な船がいくつも停まっている。もしあの木箱が、船に積み込まれていて出港の準備等で運び込んだ者が戻ってこないのなら納得がいく。だが、いくら待っても船は一隻も海に向かわず、日が真上に昇る時間まで特に目立った動きすらなかった。


「あの木箱は、一体なにが入っていたのだろう……」


 なんの情報も得られなかったからか、彼女はつまらなそうに口を尖らせると、宿へと足を向けた。

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