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28話

 日の差さない部屋で、セシルは肩を震わせていた。腕を後ろで縛られ、両足首もきつく縛られており、言葉を発せないように歯と歯の間に分厚い布を巻きつけられている。声を出そうにも唸り声にしかならず、身動きを取ろうとすれば手足を縛る縄が更にきつくなっていく。


 どうしてこうなってしまったのか。と、セシルは昨晩のことを酷く悔いていた。

 困っている人がいたから助けた。それは人としては当然の事だ。だが、そんな相手が悪意をもっているかどうかなんてパっと見で判断できるわけがない。道を聞いて案内しようとした矢先、気が付けば足元がおぼつかなくなって大通りの脇に寄ってから意識が途絶えた。

 自分の意識とは関係のないなにかに気を失わされたのだと、目が覚めてから確信した。


「すまんのう、これもわしを助けるためだと思って我慢しておくれ」


 部屋に明かりが差し込んだと思い込めば、扉の先にいたのは昨晩手助けをしようとした老人。

 ゆっくりとした足取りで近づいてくる老人を見るや、セシルは怯えた目を向け、少しでも離れようと必死に身体を動かそうとする。だが、縛れている状況で逃げようとする彼女を嘲笑うかのように、老人は傍で立ち止まって無言のまま見下ろしてくる。


「安心せい、お主と共にいた調合師がすぐに迎えに来るはずじゃ。まぁ、命の保証はできぬがな──」


 自身のせいで先生(よいち)に迷惑が掛かってしまう。そう考えただけで、セシルは罪悪感と自己嫌悪で押しつぶされそうになった。


『大丈夫。先生は私が守る』


 ──そう、言ったのに……。




 宿の一室。カルミアとカミーユの居る部屋へとものすごい勢いで駆け込んできた与一。

 突然の出来事に、カミーユは彼を凝視し、カルミアは彼の殺気を纏う目線に戦慄を覚えていた。


「い、いきなりどうしたってのよぉ!」

「……なにをした」

「えぇ? いきなり大声で呼ばれて、こっちもこっちでなにがなんだかわからないわよぉ!」

「ふざけるな──ッ! お前らが仕組んだんだろ……今だってここにいるのも情報を集めるためじゃないのか!」


 壁をドンっと叩き、その手にぐぐぐっと目一杯に握りしめる。

 アルベルトとカミーユは、彼女がここに居座っていること自体になんの警戒もしていなかった。だが、与一だけは違った。彼女がなぜここに居座るのか、その理由を聞いてもなおカルミアのことを疑い続けていた。そして、セシルの身に何かが起きた。それは紛れもない証拠であり、彼女自身が陽動という形でここにいる可能性があるとして、彼の怒りは眼前にいる彼女へと向けられていた。


「ど、どうしたんだい? まずは理由を──」

「答えろ、カルミア。セシルはどこにいる……ッ」


 与一の発する一言一言に緊張が走る。すると、カミーユは自身の言葉に耳を貸さない彼に焦りに似たものを感じ、伸ばしかけていた手を引っ込めた。


「……私じゃないわ。まず、ここに来たのは私の単独行動よ。他の連中の事なんてわからないもの」


 困惑した表情をして、首を横に振るカルミア。


「可能性があるとしたら、あの老人と接触したとしか……」


 鋭く刺さる目線を避けるかのように、彼女は目を逸らす。

 そのまま何も話さない彼女に、与一は『もういい』とだけ言い残すと部屋を後にした。階段を下り、再びアニエスの元へと戻ると、アルベルトの手に折りたたまれた羊皮紙が握られていた。


「……与一、セシルちゃんは何者かに連れていかれちまったみてぇだ。鞄の中にこいつが」

 

 横目に与一を捉えたアルベルトが、すっと羊皮紙を渡してくる。だが、与一は広げて内容を把握しようにも、こちらの文字が読めないので理解ができなかった。そこになんて書いてあるのか、どういう状況なのか、まるでわからないのだ。

 受け取ってから、中身をあちらこちらと見返す与一に何かを察したのか、アルベルトが再び口を開いた。


「文字が読めねぇのか?」

「あぁ、なんて書いてある?」


 先ほどよりも、与一は少しずつだが落ち着きを取り戻しつつあった。だが、声音が低い。まるで、怒りを押し殺しているかのようなその声のトーンに、アルベルトは羊皮紙に記された内容を話すかどうか悩んだ。

 今ここで与一に内容を話せば、セシルを探しに飛び出して行ってもおかしくはない。それに、アニエスも不安と恐怖に竦み上がっている。全体的に見て、ここは黙っていることが最善なのかもしれない。が、


「なぁ、与一……。セシルちゃんをすぐに助けに行きたいのならやめておけ」

「何もするなって言いたいのか?」

「違う。今行動しても無駄に体力を浪費するだけだ。そいつに書かれていたのは、今夜人気のない時間にひとりで港に来いって内容だ。時間も場所も指定してくれてるのに、そのための準備もなにもしねぇで闇雲に行動するもんじゃねぇ」


 与一の肩をがしっと掴み、アルベルトは真剣な眼差しを向ける。目線の先、彼の眼には冷え切った何かを感じるが、それでも与一のことを思い、これから何をすべきかが見えているアルベルトだからこそ、冷静になってほしいと願っての行動だった。


「ひとりで突っ走ったりはしないから安心してくれ。どこぞの暗殺者とは違うんでね」


 皮肉そうに小さく笑い、アルベルトとアニエスを順に見る。そして、物置部屋を目指して歩き出す。


「何か策があるのか?」


 ふと、アルベルトがその背中に小さく問いかけた。


「調合師だからって舐め腐ってるやつらの首元を掻っ切ってやるだけさ」

「そいつはぁ、一体……」


 それ以上は何も語らず、与一は厨房の奥へと消えていった。疑問と共に取り残されたアルベルトの元へ、カミーユが心配そうな顔をして二階から降りてきた。


「あんなに怒った彼を見るなんて、想像もしてなかったよ」

「それだけ大事な仲間ってことだ。なにかあったら俺たちも動けるようにしとかねぇとな。カミーユ、情報を集めておいてくれ。港付近で怪しい動きをしているやつらを徹底的に調べろ」

「わかったよ。アルベルトはどうするんだい?」

「俺は、姪の面倒を見なきゃならねぇからな」


 若干の放心状態になりつつあるアニエスを見て、アルベルトはどうすればいいのだろうか。と、目を伏せた。

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