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22話

 シチリ南部平原で採集を行うふたり。

 あちらこちらへと移動しては採集依頼達成のために精を出す。しかし、セシルは着々と数を増やしていく一方で、アニエスは増えたり減ったりとしている。なぜか、


「全部、雑草」


 セシルに見せる度に、雑草と言われてその場で捨てられるからだ。

 何度も彼女に教わりながらいやし草を探しているのだが、三歩進んだら忘れる体質なのだろうかと思えるほど覚えが悪いのだ。いや、ただただ興味がないだけなのかもしれない。が、本人は一生懸命にあちらこちらへと走って戻ってくるので、必死さは伝わってくる。伝わってくるのだが、


「……雑草」


 結局こうなる。

 最終的に、セシルが集めてアニエスがそれらを抱えるという形に収まった。荷物持ちという立場に不満でもあるのだろうか、ぷくーっと頬を膨らませながらいやし草を両手いっぱいに持つ彼女。だが、そんなアニエスを他所に、セシルは納品分を終えてもなお集めつ続ける。


「せ、セシル……? その、そろそろ重たくなってきたのだけれど」

「ん、大丈夫」

「ど こ が! 大丈夫なのよ! ちっとも大丈夫じゃないわよ! 腕がはち切れそうになってきているのだけれど──って、まだ集めるの!?」


 ぎゃーぎゃーと叫ぶアニエスを無視して、セシルは無言のままいやし草を積み上げていく。


「ん、これでよし」

「あの……前が見えないのだけれど……」


 セシルが手を止めた頃には、アニエスの抱えているいやし草は彼女の鼻の上にまで到達していた。


「せめて鞄に入れてもらえない? 流石に帰り道で捨てたくなる量よ……これ」

「そういうと思って、鞄整理してきた」

「最初っから鞄に入れなさいよぉおおおおお──ッ!!!」


 ここに来て沸点に達したのか、アニエスは声を荒げると共に宙へとすべてを投げ捨てた。




 帰路についてすぐの事だ。後方から、ものすごい勢いで駆け抜けていく馬と、焦った表情をして手綱を握っているローブを身に纏った金髪の女性。突然の事に驚いたふたりは、街道の脇に寄って何事かと目を丸くして互いを見合った。


「なにかあったのかしら……」

「ん、エルフ」

「い、今の一瞬でよく見えたわね。って、エルフ? こんな田舎に来るなんて珍しいこともあるものね」


 と、他愛のない会話をしながら再びヤンサの街を目指す。

 街に近づくにつれ、青々とした晴天は茜色に染まり始め、それを追うかのように涼し気な風が吹いてく。なぜか満たされない感覚を覚えたアニエスは、目の前に広がる景色を一望してから溜め息をこぼした。


「やっぱり、与一がいないとなにか足りないわね」


 ぼそりと、彼女の口から本音が出てきた。

 彼と出会う前まではこうして、セシルと共に依頼をこなしてこの景色を見ていた。短い時間だが、少しでも共に行動していた与一がいないだけで物足りなさを感じてしまう。

 彼と喋っていて退屈したことはない。むしろ気を使って疲れてしまう時もあるのだが、正直なところ慣れてきている自分もいる。最近は、ダメっぷり全開の与一を前にしてなんとも思わなくなってきていたのだが、冒険者として一緒の仕事をした間柄でもあり、親戚とも知り合いとなってくると話は別である。


「ねぇ、セシル。どうしたら与一に仕事をしてもらえるかしら」

「先生に……?」

「えぇ。なんか腑に落ちないのよ。私たちの知ってる調合師って、国の為にポーションを作ってるすごい人じゃない? 与一もきっとそうだったのかしらって思ってたのだけれど、仕事というよりもそれ自体を嫌がってるって感じがするわ」


 別にぐちぐち言いたいわけではない。彼が仕事をしている姿を、その背中を、アニエスは一度見てきたのだ。楽しそうに薬草などを集めていた与一が、あそこまで嫌悪感を露わにしたのには何かしら理由があるはずだ。


「わからない。でも、昨日から様子が変」

「そうよね。依頼を断ってからどこか嬉しそうだったのに、今日会ってみれば働きたくないとか言い始めるし……」

「疲れてる……とか?」

「なにに疲れるのよ。そもそも、依頼をこなしたのは前回だけよ? 疲れるようなことはなにもしてないと思うのだけれど」

「身体の疲れじゃない。心の疲れ?」


 上手く言葉にできず、首をかくんと傾げるセシル。


「まぁ、与一の問題は与一自身しかわからないものね。今はそっとしておいたほうがいいのかもしれないわね。と、それよりもセシル。今夜どこか食べにいきましょ────」


 これ以上踏み込んだ話題をしようにも、彼女らと彼との付き合いは短い。居候の一文無しというところを省けば、調合師という稀な職業なのだ。極めて珍しい職業であるが故に好奇なものであり、自分たちとは少し違った世界にいるのかもしれない。と、アニエスは自分を納得させた。




 一方、年端のいかぬ少女らに心配されている事など知らない居候はというと。


「んでよ、俺が若かったころはそりゃぁモテモテでな!」

「若かったって、まだそんな歳じゃないだろ?」


 アルベルトと厨房の長机越しに座って話し込んでいた。


「がっはっは! もうそろそろ三十路だからなぁ。もうおっさんだ。おっさん」

「歳だからって理由で冒険者をやめたのか?」

「いや、やめたのは8年くらい前のことだぞ?」

「8年前って……」

「ちょうどアニエスが、7歳の頃だな。兄貴に娘がいるって知って、一目見たくて居ても立っても居られなくてな。王都を飛び出してこっちに来たってわけだ」


 にぃっと笑うアルベルト。

 毎度見るその笑顔に、与一も釣られるかのように口元が緩んでしまう。

 あまり出会ったことのないタイプの人なのだ。会社にいた先輩たちはいつも仕事の話ばかりで、友人としての付き合いなんてものはなく、楽しく喋って笑い合うことなんてなかった。周りがそういう人間ばっかりで忘れてしまっていたのだろう。だが、そんな与一でも彼と話をしている時は自然と愉快な気分になってくるのだ。


「っま、姪を可愛がるのも叔父の務めって言うだろ? それから冒険者をやめてこっちで仕事を始めたんだ」

「なるほどね。俺は一人っ子だったから、そういうのはわからんな」

「そのうちわかる日が来るかもしれんぞ? っと、そうだ」


 何かを思い出したアルベルトは、立ち上がって厨房を出ていった。そして、戻ってきた彼の手には大きな瓶がひとつ握られている。黒紫色の液体がちゃぽちゃぽと瓶の中で揺れており、中身がこぼれないようにコルクでしっかりと閉められていた。


「こいつは、日々の感謝だ。いつも治してもらってるからな」


 与一が自身の怪我を治してくれている事に対しての感謝の気持ちらしい。察するに、アルベルトが持ってきたのは果実酒の類だろう。すると、アルベルトは与一の返事を待たずに、壁に掛けられた料理道具の中からコルク抜きを取ると椅子へと戻ってくる。


「ヤンサとは真逆の地方のものらしくてな。前に来た知り合いが、土産としてくれたんだ」

「ほんっと、知り合いだけは多そうだよな」

「知り合いだけって言い方はひどくねぇか? っま、そんなこと忘れて飲もうぜ」


 そう言って、コルクを抜こうとした瞬間、宿の入口を勢いよく開ける音が聞こえ、厨房の扉がバンっという音と共に開けられた。忙しなさそうに入ってきた人物は与一とアルベルトが知っている顔で、余程急いできたのか、肩で息をしながら膝に両手を添えていた。


「よ、与一君。ちょっとまずい事になってるかもしれないよ────」

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