20話
────同時刻、ヤンサのとある一室にて。
「それで? 例の調合師はどうなった?」
「思わぬ邪魔が入りまして、我々の用意した依頼書はすべて拒否されました」
小さな蝋燭の光源のみの薄暗い部屋の中で、ひとりの老人と、フードを被った男が薄暗い部屋の中で向き合っていた。
「邪魔? それは、ギルドの連中か?」
「いえ、調合師の連れの者でございます。潜入させていた者からの報告によりますと──」
老人は羊皮紙を広げ、蝋燭の明かりを頼りに読み上げていく。
「ふむ。あいつが戻ってくるまでにどうにかできそうなのか?」
「……何とも言えません」
「お前たちだけでは出来ないと言うのならばこちらも動かなければならないのだぞ?」
「お、お待ちくだされ! これは、わしらに任された仕事。それすらもこなせぬとなると今度こそ──」
「なに、予定ではあと2、3日ほど時間がある。その間にひとつでも納品させれば問題あるまい」
「で、ですが……」
「あいつに調合師が登録したことを知られる前に事を済ませなければならない。役に立つかどうか、それまでに調べなければならないのだぞ!」
「わ、わかっております……」
「調合師をこちらに引き込めれば莫大な富が手に入るも同然。抵抗するものなら、薬漬けにして言いなりにすればよいのだ」
「………………」
「あの御方に拾われた老いぼれは誰だ?」
「他でもない、自分でございます……」
「恩を忘れたとは言い出すまい?」
「……わかっております────」
ヤンサに生まれた者の大半は港で働いている。それは、貿易の拠点として発展する前から海の街として住民の食生活を支えてきた伝統ある職業でもあるからだ。商人が仕入れに来るようになってからは海産物を乾燥させたり、燻製にしたりと仕事が増え、人の出入りが頻繁になって観光地にまでなった。
仕事が増えると働き口が当然のように増え、ヤンサで働こうと付近の村や、遠方の集落と言った場所から若者が集うになったのは近年の事であり、それまで海の男たちを支えていたのは女性たちだ。互いに支えあってきたからこそ今のヤンサがあると言っても過言ではない。
昼下がりということもあって、行き交う人の少ない港。
「それでだな、与一。あれがヤンサで一番でかい帆船だ! 朝早くからあいつに乗って、海に出て漁をするんだぞ? くぅうう、海の男ってもんはかっけぇもんだ!」
「へー、すごーい」
馬車や荷物を運ぶ者に紛れて、与一とアルベルトの姿があった。
この港は石煉瓦を使って作られており、馬車が3台ほど通れる広さの道が先まで続いていて、その途中に倉庫のような大きな建築物がひとつ。そこから奥に続く道の途中には大小様々な船が停まっており、アルベルトはそれを見て目を輝かせてはあれやこれやと説明をしていた。が、彼は全くもって無関心な様子で、先ほどから同じ反応しかしていない。
「たまにはこうやって外に出るものいいだろ?」
港の先、道の途切れている場所で、アルベルトは楽しそうに言った。
吹き抜ける潮風が爽快感を感じさせ、目の前に広がる大海原は先に何があるのかと冒険心を揺さぶる。
海を楽しそうに眺める彼はいつもと違い、まるで故郷に帰ってきた旅人のように思い出に浸っている様子だった。
「海ってもんはいつ見ても同じにしか見えないもんだ」
「当たり前のことを言わないでくれ。そういえばカミーユが来てたぞ?」
「おぉ、あいつと会ったのか」
「かなり心配してたみたいだが……普通『助けてくれ』なんて書くか?」
「がっはっは! そう書けばすぐに来てくれる思ってだな!」
呑気に大笑いをするアルベルトを横目に、与一はカミーユの言っていたことが気になっていた。
ギルドの内部と繋がっている人物が誰なのかはまだわからない。だが、今後も与一を利用しようとなにかしら仕掛けてくる可能性がある。その際にセシルやアニエスを巻き込んでしまわないか。と、心配になってくる。
誰かに仕事を押し付けられるのは御免だ。そう思っていても、癖というものは抜けない。実際に、与一は依頼を受けそうになってセシルに止められた。あの場に彼女がいなければ、自分はまんまと相手の罠に掛かっていたと考えると、不安しか残らないのだ。
「なぁ、与一。おめぇは薬師みたいに自分の店を開かないのか?」
「どうだろうな。めんどくさい事はしたくないからなぁ、たぶんやらないと思うぞ?」
「そうか。ま、この先も居候されると俺の懐が痛いからな。早く仕事を見つけてほしいもんだ」
そう言うと、苦笑いを浮かべるアルベルト。
「わかってるよ。そのうち見つけるさ」
仕事のことなんて考えたくなかった与一は、不貞腐れたかのように胸ポケットからタバコを取り出して火をつけた。慣れというものは怖い。こちらの世界で人目のあるときにライターは使わないと決めていたにも関わらず、アルベルトの前で使ってしまったのだ。
「お、おい、与一……おめぇ、魔法が使えたのか?」
「あ、いや……これはだな?」
やってしまったと、言葉に詰まる与一。この後、何度も説明を求められてめんどくさくなって渋々説明をする羽目になった。




